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時間領域ハイブリッド法による波浪中船体運動および抵抗増加の推定
正員 片岡史朗*  正員 岩下英嗣**
 
* (株)新来島どっく
** 広島大学大学院工学研究科
原稿受理 平成17年10月11日
 
Estimations of Motions and Added Wave Resistance of Ships Advancing in Waves by a Time-Domain Hybrid Method
 
by Shiro Kataoka, Member
Hidetsugu Iwashita, Member
 
Summary
 A time-domain hybrid method developed by authors is applied to estimate motions and added wave resistance of ships advancing in waves. The fluid domain around a ship is decomposed into the near field and the far field, and the Rankine panel method and the Green function method are applied in each field. Combining both solutions on the artificial surface makes it possible to satisfy the radiation condition exactly and to take the nonlinearities of ship motions and the free-surface into account. The estimation accuracy of the method has been already confirmed in regard to hydrodynamic forces and wave fields in the previous studies.
 In this paper, we apply the method to simulate ship motions in regular head waves and also to estimate added wave resistance for four ships; two modified Wigley models, Series-60(Cb = 0.6) and Series-60(Cb = 0.8). The computed results are compared with experimental results and another numerical results by the strip method and the enhanced unified theory. Through the comparison, it is confirmed that the present hybrid method can estimate ship motions and added wave resistance with high accuracy for any cases.
 
1. 緒言
 波浪中の船舶の船体運動や波浪中抵抗増加の推定は,船舶の耐航性能の中でも特に重要な項目であり,古くはKorvin Krokovsky1)や渡辺2)以来数々の理論推定法が開発されて来ている.2次元流体力の推定を基礎とするストリップ法は,その中で最も成功した方法であり,今日でも設計レベルで広く用いられている.1970年代に入ると,船前進速度影響や3次元影響をより合理的に取り入れる方法として,Ogilvie & Tuck3)の研究を契機に細長船理論の開発が展開される.ストリップ法を細長船理論に包含して考えれば,一連の理論計算法の開発はEnhanced Unified Theory4)や高速域対応のHigh-Speed Strip Theory5)において一応の完成を見たと言える.一方,1980年前後には小林6)に代表されるように境界要素法を用いた3次元計算法の開発が始まり,1990年前後には3次元グリーン関数法7)やランキンパネル法8)9)10)11)など様々な数値計算法が提案されるに至る.非線形影響を考慮できる3次元時間領域解法12)13)14)が提案され出したのもこの時期であり,この解法は設計における非線形外力推定の要求,それに今日の計算機の発達もあいまって最近の耐航性能研究の主流となって来ている.
 こうした様々な研究によって,船体運動や波浪中抵抗増加の推定精度は大幅に向上したかに思えるが,実際には,たとえば船体運動の推定を例に取っても,ストリップ法を明らかに陵駕したと明言できる方法は決して多くはない.かくして設計レベルでは依然としてストリップ法が現役で使用されているのが現状である.ストリップ法を陵駕できない原因としては,計算格子数に起因する計算精度の問題など計算機能力の発達を待てば自然と解決できる問題もあるが,複雑な計算手続の見直しや新しい理論計算法の提案・開発など方法自体を刷新することによって解決できる問題も未だに残されているように思われる.
 こうした背景に鑑み,著者等は新たに時間領域ハイブリッド法を提案・開発し,船体に作用する流体力や船体まわりの波動場に関して本手法の妥当性を検証してきた15)16).それらに引き続き,本論文では時間領域ハイブリッド法の船体運動および波浪中抵抗増加の推定に関する妥当性を検証する.本計算法を,波浪中を自由動揺しながら前進する4隻の船に適用して船体運動および波浪中抵抗増加を推定し,実験結果や他の計算法と比較することによってその推定精度を明確にする.加えて,本計算法を用いて非線形船体運動を計算し,入射波振幅が船体運動や抵抗増加に及ぼす非線形影響についても考察する.
 
2. 理論計算
2.1 定式化の概略
 問題の定式化の詳細は,同方法を扱った著者らの論文15)16)に記載されているので,ここではその骨子のみを記述するに留める.
 船体まわりの流場の求解においては,Fig. 1のように空間に固定された座標系o-xyzを取って考える.船体上の点の時刻tにおける位置をr=(x,y,z)とし,船は角度χにて入射する波の中を動揺運動をしながら任意の速度U(t)で前進しているとする.ここで,物体表面をSH,自由表面をSF,空間に固定された仮想境界面SCを図中に示すように取り,特異点を取り囲む流体領域を内部領域(ΩI)と外部領域(ΩII)に分割して考える.流体領域として無限水深を考えると,波動現象は水深の増加とともに指数関数的に減少することから仮想境界面SCの底部は省略することができる.その際仮想境界面の深さは扱う波動場に応じて適切な深さを設定しなくてはならない.
 
Fig. 1 Coordinate system
 
 流体は非圧縮・非粘性・非回転の理想流体とし,ポテンシャル理論で考える.内部領域および外部領域の流体の速度ポテンシャルを各々ψ(x,y,z;t),(x,y,z;t)と記すと,それらは各々の領域における撹乱速度ポテンシャルφおよびと入射波の速度ポテンシャルφ0の和として次のように表すことができる.
 
 
 φ0は,たとえば規則波を考える場合には次式のように表すことができる.
 
 
 ω,K,Aは各々入射波の円周波数波数(K=ω2/g),波振幅であり,gは重力加速度を表している.
 船体による自由表面の撹乱は小さいと仮定して線形自由表面条件を適用すると,撹乱速度ポテンシャルφおよびは下記の初期値境界値問題の解として求められなくてはならない.
 
 
 
 (3)〜(6)式は各々Laplace方程式,線形自由表面条件,物体表面条件,初期条件である.物体表面条件右辺のVnは,空間固定座標系における船体表面の法線方向移動速度である.(7)式は仮想境界面SC上における流場の連続条件を表わしており,この条件を通じて放射条件を満足する解との結合が行われる.φ,はこの他に無限水深条件を満足しなくてはならない.
 内部領域,外部領域の各々の流体領域にGreenの第二定理を適用し,内部領域にランキンパネル法,外部領域にGreen関数法を適用して定式化すると,撹乱速度ポテンシャルφおよびは次式により表記される.
 
 
 ただし,P=(x,y,z),Q=(x',y',z'),S=SH+SF+SCであり,式中に現れる核関数は以下のように定義されている.
 
 
 (8)式および(9)式においてP点が各境界面上にある場合の積分方程式を導出して離散化した上,(4),(5),(7)式の境界条件および(6)式の初期条件を適用して時間進行法により求解することにより撹乱速度ポテンシャルφ,を数値的に求めることができる.数値計算法については,著者らの論文15)16)参照されたい.
2.2 流体力および運動方程式
 船体運動を扱う部分においては,空間固定座標系よりは船体固定座標系を使用した方が便利である.そこで,Fig. 2に示すように船の重心を原点とする船体固定座標系を導入し,船体固定座標系上の諸量に関してはオーバーラオンを施して記述することにする.船体固定座標系における船の速度を,角速度をとし,船体固定座標系と空間固定座標系との関係をオイラー角θ=(θ1,θ2,θ3)により表記する.
 
Fig. 2 Body-fixed coordinate system
 
 境界値問題を解いて求めたψより,船体表面上の圧力は空間固定座標系上で
 
 
となる.船体固定座標系において船体の運動方程式は次式により記述される.
 
 
により計算される.ここで,変換マトリックスE-1,T-1は次式で定義される.
 
 
 これらの変換マトリックスは慣性系空間においての時間微分に対して不変である故,(18)式の時間微分に関しては
 
 
が成立する.
2.3 船体運動計算の手順
 
Fig. 3 Computation flow of the hybrid method
 
 本研究における一連の計算の流れをFig. 3に示すとともに,図中の各番号に対応する計算手順を以下に記す.計算要素の再配置法や核関数の演算法などの詳細については著者らの論文15)を参照されたい.
 
 
 手順 で求めた船体の姿勢情報に基づき水面下の船体表面要素SHおよび船体近傍の自由表面要素を再配置する.
 
 再配置を行った船体表面要素および自由表面要素について核関数GRの計算を行う.
 
 (8),(9)式より得られる積分方程式を解き吹き出し強さσmを決定する.マトリックス演算に対しては反復法の一種であるSOR法を用いている.
 
 得られたσmを用いて速度ポテンシャルφmおよび速度ポテンシャルの時間微分値を計算し(12),(13)式を用いて船体表面上の圧力および流体力を決定する.
 
 
 核関数は手順 で求めた際の値に固定したまま,(5)式の船体表面条件式に関わる部分のみを更新して(8),(9)式から得られる積分方程式を解き吹き出し強さσmを決定する.
 
 
 手順 〜 の過程,すなわち運動方程式の解の修正を行なう過程においては,積分方程式の係数マトリックス自体は計算し直すことなく計算を遂行している.この種の方法は一般に係数凍結法(frozen coefficient法)として知られているが,今回の計算においては非常に効果的であったことを付記しておく.係数凍結法を導入した場合には,適用しない場合に比べて収束までの計算回数が増加する傾向にあるものの,各過程での核関数の演算が不要となるため1回の収束計算に要する演算時間は大幅に短縮される.また,収束までの計算回数が増すことによりマトリックス演算回数が増加し,結果的に計算時間が増加するように思われるが,SOR法のような反復計算法を適用する場合には収束計算毎に初期値が更新されていくことによりある回数以降では非鴬に高速で演算が行えるようになる,実際に試計算を行った結果では係数凍結法の導入により1時間ステップ当りの演算時間が30%以上短縮出来ることを確認している.


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