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表情評価モデルによる乗り心地の評価
正員 有馬正和*  正員 池田和外**
 
* 大阪府立大学大学院工学研究科
** ダイハツ工業株式会社(研究当時 大阪府立大学大学院工学研究科)
原稿受理 平成17年9月9日
 
Evaluation of Ride Comfort using Facial-Expression Analysis Models
 
by Masakazu Arima, Member
Kazuto Ikeda, Member
 
Summary
 The authors have elaborated an evaluation method of ride quality using facial expression. They introduced the concept of Fourier Descriptor (FD) to characterise the outline of facial factors such as eyes and mouth. Two facial-expression analysis models were proposed so as to relate one's facial expression with his/her psychological state as fundamental emotions. One was modelled for estimating subjects' own emotion from their facial expression. The discriminant analysis was applied to classify facial expressions into the six fundamental emotions, and the optimised model with a comparatively small number of FDs could discriminate them with a high discrimination rate. The other was modelled for estimating emotions by other people from subjects' facial expression. Fuzzy measure theory was here introduced to model human ambiguous judgement in evaluation. In this paper, these facial-expression analysis models were applied to subjects' facial expressions who actually felt sick in motion-exposure experiments using a ship-motion simulator and in a high-speed passenger craft. To conclude, facial expression can be an objective physiological index of motion sickness and the proposed models were found to be useful to evaluate ride comfort from facial expression.
 
1. 緒言
 本研究の目的は,眼や口の形状にフーリエ記述子法1)を適用して,(1)表情の定量的表現,(2)表情と心理状態との関連付け,(3)表情評価モデルの構築を行い,表情から乗り心地や乗り物酔いの発症を推定・評価するための手法を確立することである。
 著者等は,フーリエ記述子法を用いて表情要素(眼と口)の特徴表現を試みた結果,眼や口のように2次元閉曲線で記述できる表情要素は,フーリエ記述子によって定量的に表現でき,統計的手法のひとつである判別分析を用いることにより,表情からそのときの心理状態を判別できる可能性があるということを明らかにした2)
 そして,乗り物酔い発症者に特徴的に見られる「うつろ」な表情には,表情要素のすべてにうつろである手掛かりが示される必要のあること,眼と口の組み合わせでうつろの状態を表現し得ることを明らかにした3)
 また,フーリエ記述子による特徴表現を表情(両眼と口)に適用し,心理学の分野で用いられる6基本感情4)との関連性を調べてモデル化を試みた。この表情判別モデルでは,フーリエ記述子によって定量的に表された被験者の表情から本人の申告に基づく基本感情を推定・評価することのできるモデルの構築を目指した。そして,統計的手法の判別分析や重回帰分析をモデルに適用することによって,高い判別率で表情から基本感情の推定・評価が可能なモデルを提案することができた5)
 さらに,基本感情を表出した表情を第三者が評価する際に,表情要素のどの部分に重点を置いて評価を行うのかを明らかにするために,ファジィ測度の概念6)を導入した表情評価モデルを構築し,表情評価実験の結果よりモデルの妥当性・有効性を明らかにした7)
 本研究の最終目標は,表情を客観的で非侵襲な計測が可能な唯一の生理指標として乗り心地や乗り物酔いの発症を評価することである。本論文では,前述の表情判別モデル5)と表情評価モデル7)を,船体動揺模擬装置(乗り心地シミュレータ)を用いた動揺暴露実験および大阪湾を就航する高速旅客船における実船実験で実際に乗り物酔いを発症した被験者の表情に適用し,表情が乗り物酔いの発症や乗り心地評価の指標となり得ることと,表情評価モデルによる乗り心地評価手法の妥当性・有効性を示す。
 
2. 表情評価のためのモデリング
 表情から乗り心地や乗り物酔いの発症を評価する場合,客観的指標を用いて定量的に表現された表情と本人の心理的状態との関連,および表情と第三者による表情評価との関連を明らかにする必要がある。そこで,本人の内部モデルとして構築した表情判別モデルと,第三者による外部モデルとして構築した表情評価モデルを,実際に乗り物酔いを発症した被験者の表情に適用する。
 乗り心地や乗り物酔い発症の評価に「幸福」,「驚き」,「恐怖」,「怒り」,「嫌悪」,「悲しみ」の6つの基本感情を用いる理由は,乗り心地・乗り物酔いの発症が直接表情に現れるわけではなく,乗り心地の良し悪しや乗り物酔いの発症に基づく感情表現として表情に表出されると考えたことによる。なお,本研究で提案する表情判別モデルと表情評価モデルでは,いずれの感情をも表出していない「平静」の表情からの変化として捉えることで,眼や口といった表情要素の個人差による影響をできるだけ排除している。
 
2.1 表情判別モデル(内部モデル)
 表情判別モデルは,表情からその人の心理的状態を推定するためのモデルである。まず,右眼・左眼・口の輪郭形状からフーリエ記述子を算出する。表情表出実験のデータを用いて予め同定した線形判別式を用いて,前述の6基本感情に対してこれら3つの表情要素ごとの感情確信度を求める。そして,右眼・左眼・口の感情確信度から重回帰式によって表情全体が表す感情確信度を求める。この表情判別モデルの特徴は,右眼・左眼・口の輪郭形状から直接その感情を推定・評価するのではなく,表情要素ごとの感情確信度を求めて,重回帰係数として表される右眼・左眼・口の重視度(評価における寄与度)を考慮したモデルとなっていることである。また,判別分析の変数減少法によって,少ないフーリエ記述子から判別することのできる最適モデルを構築した。
 
2.2 表情評価モデル(外部モデル)
 表情評価モデルは,ある人の表情を第三者が見たときの評価を表現するためのモデルである。まず,右眼・左眼・口の輪郭形状からフーリエ記述子を算出する。そして,右眼と左眼のフーリエ記述子の平均値と差,および口のフーリエ記述子の3つを用いて基本感情の推定・評価を行う。これら3つの評価項目を選んだ理由は,第三者が他人の顔の表情を見てその人の心理状態を推定・評価する場合,表情要素の形状の細かな変化を見ているわけではなく,大まかな眼の形状や開き具合,眼の形状の左右差,口の形状を見ていると判断したことによる。表情評価モデルの概念図をFig. 1に示す。
 
Fig. 1  Schematic diagram of the facial-expression evaluating model.
 
 この表情評価モデルの特徴は,どの評価項目が重要視されているかを考慮したモデルとするために,重視度をファジィ測度で表現したことである。両眼のフーリエ記述子の平均値,口のフーリエ記述子,両眼のフーリエ記述子の差の3つの評価項目から,重回帰式によって,それぞれの評価項目単独での基本感情の度合いを求める。そして,これらを個別評価値としてファジィ積分を行い,表情全体が表す基本感情の度合いを求める。なお,このモデルで使用したファジィ積分は,Choquet積分6)と呼ばれるものである。
 
3. 乗り物酔い発症者の表情評価
3.1 船体動揺模擬装置による動揺暴露実験
 本研究では,大阪府立大学が所有する船体動揺模擬装置(乗り心地シミュレータ)8)を用いた動揺暴露実験で実際に乗り物酔いを発症した被験者の表情を解析した。動揺暴露実験は,1995年11月〜1996年12月にかけて行われたもので,その詳細は文献9)に譲る。
 動揺暴露実験では,動揺開始から5分ごとに乗り物酔いの発症程度をTable 1に示すような7段階で聞き取り調査しているので,聞き取り調査前後の定常的な表情を取得し,動揺開始前の乗り物酔いを発症していないときの表情を「平静」として,その表情からの変化をフーリエ記述子の差として解析に用いた。
 
Table 1 Subjective response scale10).
Subjective Response Corresponding Feeling
1 No symptoms
2 Any symptoms, however slight
3 Mild symptoms, e.g. stomach awareness but no nausea
4 Mild nausea
5 Mild to moderate nausea
6 Moderate nausea, but can continue
7 Moderate nausea, want to stop
 
 乗り物酔いを発症した被験者の表情評価結果の一例をTable 2に示す。表は,内部モデル(Int)と外部モデル(Ext)による6基本感情の評価結果である。被験者TU39は,乗り物酔いの発症程度が動揺開始時の「1. 普段と同じである」から5分後に「7. 気分が悪く,実験を続けることも困難である」となり,8分01秒に嘔吐して動揺を停止した被験者で,被験者YS41は,動揺開始直後から「5. 少し気分が悪く,やや吐き気もする」で3分57秒後に本人の要望で動揺を停止した被験者である。被験者KT65は,途中で吐き気を訴えたが,その後「1」にまで快復した。被験者YS53は,20分後に「5」に至り,22分後に嘔吐している。
 表より,乗り物酔い発症時には,「嫌悪」や「悲しみ」,「怒り」といった基本感情が表出されていると評価されていることがわかる。いずれの表情も「幸福」と評価されたものはなく,乗り物酔い発症者の表情には「幸福」が現れにくいことからも妥当な結果であると判断することができる。TU39の外部モデルでは,「驚き」と評価されているが,これは口が開いたことによるものである。
 以上のように,内部モデルと外部モデルを組み合わせることで,表情による乗り心地評価が可能となると考えられる。
 
Table 2  Examples of facial-expression evaluation by the models.
SUBJECT MODEL HAPPINESS SURPRISE FEAR ANGER DISGUST SADNESS
TU39 Int. 0.108 0.121 0.161 0.169 0.179 0.152
Ext. 0.044 0.281 0.054 0.003 0.037 0.078
YS41 Int. 0.058 0.000 0.000 0.167 0.500 0.559
Ext. 0.000 0.000 0.058 0.137 0.114 0.201
KT65 Int. 0.000 0.163 0.304 0.000 0.365 0.371
Ext. 0.000 0.290 0.271 0.394 0.268 0.420
YS53 Int. 0.000 0.000 0.225 0.186 0.406 0.326
Ext. 0.000 0.041 0.291 0.242 0.005 0.363


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