2.4 実験材料の相変態ひずみの取り扱い方
本研究で残留応力及び変位を検討した供試鋼の相変態ひずみについて説明する.直径3.5mm,軸長12mmの試験片を用い,加熱及び冷却過程での膨張量を高周波加熱式全自動変態記録測定装置(Formaster-F)で測定した.試験片は3.1節に示す3.5%Ni-Cr-Mo-V鋼を用い,γ域の840℃に加熱後,マルテンサイト相(以下,αm'相)を生じさせるためにl00℃/minの等速冷却にて膨張量を測定した.
実験結果よりフェライト相(以下,α相)の線膨張係数は1.2×10-5℃-1,γ相の線膨張係数は2.3×10-5 ℃-1であった.また式(2.2)を用いて求めた相変態ひずみは,加熱過程で相変態ひずみεtr(α→γ)0.0030であり,冷却過程で相変態ひずみεtr(γ→αm')0.0075であった.この値を用いて線膨張係数を求め,Formaster-Fで使用した試験片の加熱及び冷却過程の膨張量の変化を数値解析にて求めた.実験値の膨張量と解析値を比較した結果をFig. 7に示す.実験より求めた相変態ひずみは実験値の膨張量を精度良く解析できていることが分かる.
Fig. 7 Expansion curve of 3.5%Ni-Cr-Mo-V steel
マルテンサイトは無拡散変態であるため,温度とマルテンサイト変態分率は比例関係で表すことはできない.マルテンサイト変態分率は,Ms点からMf点の間ではKoistinen-Marburger則7)-9)の式(2.3)で求めることができる.
式(2.3)の  はマルテンサイト変態分率を示し,Ms点の温度より温度Tが小さくなるほど指数関数的に  は100%に近づくことを意味する.Fig. 7及びCCT図 10)より供試鋼のMs点は300℃,Mf点は100℃であることからMs点以下のマルテンサイト変態分率を式(2.3)より求めた.一方,Fig. 7より実験値の相変態ひずみから相変態中のマルテンサイトの変態分率を求めた.実験及びKoistinen-Marburger則より求めたマルテンサイトの変態分率の結果をFig. 8に示す.
Koistinen-Marburger則を用いマルテンサイト変態分率を計算した結果を実線で示す.実線はMf点にて100%マルテンサイト変態を生じていないことを意味するが,本鋼種は相変態後に残留オーステナイトが無いことよりMf点にて100%マルテンサイト変態を生じている.したがって,Mf点にて100%マルテンサイト変態が生じていると仮定し,式(2.3)に1/[1-exp{-0.011(Ms-Mf}]を乗じて,相変態中の変態分率の補正計算を行った.計算結果を破線にて示す.変態分率の補正計算に使用したmodified Koistinen-Marburger則を式(2.4)に示す.破線と実験値の相変態ひずみより求めた相変態中の変態分率はほぼ等しいことが分かる.
これにより式(2.4)のmodified Koistinen-Marburger則を用いれば,相変態中の任意温度での相変態ひずみを容易に推測することができる.
Fig. 8 |
Relation between temperature and fraction of martensite |
2.5 熱弾塑性解析に必要な材料定数
熱弾塑性解析で熱伝導の計算に必要な物性値である比熱c(J/g・℃),熱伝導率λ(J/mm・s・℃)の温度依存性について説明する.始めに,比熱の温度依存性をFig. 9に示す.
破線で示した比熱の○印は35%Ni鋼の文献値11)であるが,比熱の値が約700℃前後にて上昇していることが分かる.これは冷却過程ではγ相からα相の発熱を意味している.したがって,マルテンサイト変態発熱を考慮して冷却過程中のγ相並びにαm'相における比熱の値を次のように仮定した.
γ相に加熱後,冷却開始からMs点までは相変態を生じないことより,冷却中のγ相の物性値はオーステナイト系ステンレス(SUS304)の値を使用した.また相変態中のαm'相とγ相の混在域はMs点から,Ms点とMf点の中間温度である200℃までSUS304の値を用い,200℃以下の温度範囲では3.5%Ni鋼の文献値を使用した.相変態温度範囲では変態発熱量を考慮するため,マルテンサイトの変態発熱が約84J/g12)であることから,Ms点とMf点の間では,Ms点から200℃までのSUS304の比熱の値及び200℃からMf点までの3.5%Ni鋼の文献値の値それぞれに,マルテンサイトの変態発熱量を考慮した.冷却過程のマルテンサイトの相変態を考慮した比熱の値を●,▲のプロット並びに実線で示す.
次に,熱伝導率の温度依存性をFig. 10に示す.破線で示した熱伝導率の□印は3.5%Ni鋼の文献値11)であるが,比熱と同じく冷却過程ではマルテンサイト変態が考慮されていない.したがって,上述の比熱と同様にして,冷却過程においてγ相から相変態中のαm'相とγ相の混在域の200℃までSUS304の値を用い,200℃以下の温度範囲では3.5%Ni鋼の文献値を用いてマルテンサイト変態を考慮した熱伝導率の値を仮定した.マルテンサiトの相変態を考慮した熱伝導率の値を■のプロット並びに実線で示す.
熱弾塑性の解析に用いた降伏応力及びヤング率の値をFig. 11に示す.降伏応力は高温引張試験の実験値から求めた.常温から各所定の温度に加熱し,保定後,引張試験を行った.
実験に使用した供試鋼は,円柱焼き入れ前の母材である焼入・焼戻し処理された,焼戻しマルテンサイト組織の素材を用いた.またヤング率は文献値13)を用いた.
Fig. 9 |
Temperature dependence of specific heat when considered phase transformation |
Fig. 10 |
Temperature dependence of thermal conductivity coefficient when considered phase transformation |
Fig. 11 |
Temperature dependence of yield stress and Young's modulus |
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