日本財団 図書館


設計不規則波を用いた最大応答推定法
―第1報:縦曲げモーメントの推定―
 
正員 深沢塔一*
 
* 金沢工業大学機械系
原稿受理 平成17年9月26日
 
Maximum Response Estimation by means of Design Irregular Wave
 
by Toichi Fukasawa, Member
 
Summary
 A methodology to apply the Design Irregular Wave to ship structural design was studied in the present paper. The Design Irregular Wave is an irregular wave train which is comprised of intentionally superposed regular waves to realize a maximum of a certain ship response in a given short-term sea condition. In order to apply the Design Irregular Wave to ship structural design, a design short-term sea condition has to be fixed firstly. The Irregular wave components of Design regular Wave is extracted from the wave spectrum of the given short-term sea condition. Frequency range and the phase angle of the regular wave components are fixed based on the linear response calculations. Simulating the nonlinear ship response in the Design Irregular Wave, the maximum response can be estimated. Problems in producing the Design Irregular Wave were discussed in the present paper; that is, how to determine the significant wave height and the mean wave period of short-tem sea condition, and how to confine the number of regular wave component. Example calculations were performed on vertical wave bending moment of S175 container ship. Simulating linear and nonlinear ship responses in Design Irregular Wave, maximum wave bending moments were estimated. The results were compared with the bending moment of 10-8 and 10-6 occurrence probability obtained by long-term predictions and also the design values provided by IACS unified rule. It was found that vertical wave bending moments relevant to a design value can be estimated by using Design Irregular Wave.
 
1. 緒言
 船体構造設計を合理的に行おうとする場合、通常、確率・統計理論に基づいた解析が行われる。すなわち、規則波中の応答関数をベースに、波スペクトルを仮定して短期予測を行い、さらに長期の波浪データを用いて長期予測を行う。しかしながら、この方法には、荷重の非線形性や同時性を如何に考慮するか、という問題とともに、解析工数を如何に減少させるか、という問題がある。確率・統計的予測法は線形重ね合わせ理論に基づいているため非線形現象を扱い辛く、特に最終強度に大きな影響を及ぼす強非線形現象は取り扱えない。また、船体には、外部から加わる波浪による荷重のみならず、積荷やバラスト水等による内部からの荷重が作用する。このような複数の荷重が同時に加わる場合の局部応力の応答関数を厳密に計算するにはかなりの数のFEM構造解析が必要となる。
 一方、荷重の非線形性や同時性を考慮する方法として、実際の波を模擬した不規則波中での非線形シミュレーションがあるが、不規則波中でのシミュレーションで最大応答を見つけるにはかなり長時間の計算が必要であり、この方法でもやはり解析工数が問題となる。このため、実際の船体構造設計においては、「設計規則波」という概念を導入し、少ない計算手数で最大応答を求める方法が用いられてきた。しかしながら、実際の波浪は規則波ではないため、等価規則波を用いた設計規則波法は、簡便ではあるが精度的に限界があり、実際の波浪に近い不規則波を用いた設計波を求める試みがなされてきた。
 著者は1995年に本論文で用いる設計不規則波の基本概念を提案し1)、その後いくつかの適用例を示している2, 3)。設計不規則波とは、その中での船体応答が最大となるように、各素成波の位相を線形計算により得られる応答の位相より定めた不規則波である。一方、Adegeestらは1998年に線形計算により得られた応答スペクトルより最大応答を求める方法としてMLER(Most Likely Extreme Response)法を提案した4, 5)。この方法では、応答スペクトルを応答関数によって逆変換することにより素成波振幅を求め、それらを応答の位相を用いて重ね合わせて設計波を作成する方法も示されている。著者の設計不規則波とMLER法は、計算手順等に違いはあるものの、応答の位相を用いて設計波を求めるという基本的な考え方は同じである。
 MLER法による最大応答値は統計的に求められた最大値とほぼ一致するなど、有義波高が10m程度までの妥当性はPastoorによる水槽試験や統計解析値との比較により検証されている6, 7)。しかしながら、設計不規則波でもMLER法でも、有義波高が10mを越える高有義波高の海象中での応答の議論はなされておらず、また船体構造設計のための短期海象の採り方についても明確な検討はなされていない。そこで、本論文では、有義波高の高い短期海象への設計不規則波の適用性を議論し、設計不規則波を船体構造設計における最大応答推定法として用いる手順について、コンテナ船を対象として検討を行うこととする。
 
2. 設計不規則波の生成法
 船体に加わる荷重やそれによる船体応答を考えた場合、スラミングのようなある閾値を越えると現れるような非線形性を除けば、大抵の非線形性は波高の上昇とともに徐々に顕著になってくる。したがって、ある強度にとって重要となる海象や波浪に注目すると、線形理論による推定値は、実際の値を過大・過小評価することになっても、その強度に対してクリティカルな海象や波浪を特定するという目的には使用できると考えられる。設計不規則波は、ある強度について最大応力が発生する海象や波浪を線形理論によって特定し、その中での応答については非線形理論等のより精度の高い手法を用いて推定を行う、という考え方をベースとする。以下では、S175コンテナ船(L x B x d = 175m x 25.4m x 9.5m)を対象船とし、midship縦曲げモーメントを検討対象強度として、設計不規則波の生成法について説明する。
 
Fig. 1 Wave spectrum & spectrum of VBM at midship
 
 ある短期海象は、有義波高と平均波周期で特定でき、一般に波スペクトルの形で表現される。今、船の針路(波との出合い角)と設計海象の平均波周期とを適宜定め、波高をある値に仮定すれば、この海象における応答スペクトルは唯一に定まる。波との出合い角をχ=180°とし、平均波周期T=8.5sの場合の縦曲げモーメントの応答スペクトルをISSC波スペクトルとともにFig. 1に示す。両スペクトルは、比較を容易にするため、最大値が1となるように正規化してある。一般的に、船体応答はすべての周波数領域で顕著になるわけではなく、ある限られた周波数領域において顕著になるため、設計不規則波の生成にあたっては応答スペクトルが有意となる周波数領域を選定し、波スペクトルにおいてこの周波数範囲に含まれる素成波のみを取り出して不規則波を構成する。実際の計算では、応答スペクトルの値がピーク値のα倍となる周波数を上限・下限として、この周波数範囲を定める。なお、設計不規則波およびその中で得られる最大応答はαの値によって変動するが、試計算の結果、0.1<α<0.5の範囲であれば最大曲げモーメントはそれほど変わらないことが判明した。Fig. 1では、α=0.2とした周波数領域を示している。ただし、JONSWAPのようなモードの周期に集中度が高いスペクトルについてはこの限りでは無い。
 波スペクトルS(ω)の対象となる周波数領域をN分割し、N個の素成波を発生させるには(1)式を用いる。
 
 
 (1)式のNは任意に決めることができるが、Nを大きくとればとるほど素成波を重畳した不規則波の最大振幅値はNの平方根に比例して大きくなってしまうため、設計不規則波を唯一に定めるためには、なんらかの方法で素成波の数を限定する必要がある。ここでは、以下の制限を科すことにより、Nの値を決定することにする。
●設計不規則波の波高は有義波高のβ倍よりも小さい。
●設計不規則波の最大岨度はδより小さい。
 1番目は波高の最大値の制限であり、β=2とすれば最大波高を1/1000最大値程度に抑えることに相当する。2番目は砕波の条件である。実際の海面で観測される波の限界岨度はδ=1/10程度であることが知られており、ストークス波の理論的限界岨度はδ=1/7である8)。シミュレーションに用いる不規則波は人工的な正弦波の重ねあわせであるため、理論的にどのような岨度の波でも生成できてしまうが、より実際に近い波を表現するためにこのような制限を適用した。これらの制限により、素成波の数Nを5〜20程度の値に一意に定めることができる。
 さて、(1)式の素成波の位相εiは、通常の不規則波を生成する場合にはランダムにとられるが、設計不規則波においては、その中である応答が最大になるように、線形計算により得られるそれぞれの素成波中での応答の位相を用いる。本論文では縦曲げモーメントの位相を用いた。これにより、設計不規則波中では、線形応答を仮定すると時刻t=0の時に最大曲げモーメントを発生させることが可能となる。Fig. 2に、このようにして作成された縦曲げモーメントに対する設計不規則波の各時刻における波形の例を示す。図の横軸は船体固定座標で、船体は横軸の-0.5〜0.5に存在する。一方、波は図の右から左に進行する。図の縦軸は波の隆起を表し、線形計算では時刻t=0で最大曲げモーメントが発生することになる。これらの図より、最大曲げモーメントは、大きな波の山とそれに続く深い波の谷、その後のもう一つの波の山の連なりによって引き起こされることがわかる。
 
Fig. 2 Design Irregular Wave for VBM at midship
(H=12.5m, T=8.5s)
 
3. 短期海象の設定法
 設計不規則波を設定するためには、まず、短期海象を特定する必要がある。指定された航路や特定の短期海象中での応答を調べる場合を除き、一般の船体構造設計においては短期海象を特定しないため、最大応答を与えるような短期海象、いわゆる最悪短期海象、を選択しなければならない。著者は、以前に、長期予測を行う際に得られる超過確率の密度関数を用いて最悪短期海象を推定する方法を示した3)。すなわち、曲げモーメントの変動成分ΔMの超過確率の密度関数を以下のように定義する9)
 
 
 ここで、p(H,T)は有義波高H、平均波周期Tの海象が発生する確率であり、χは船と波との出会角である。この密度関数の超過確率Q=10-1〜10-8における有義波高と平均波周期に対する分布形状を調べれば、どの短期海象がどの超過確率において支配的であるかがわかる。Fig. 3に縦曲げモーメントの超過確率の密度関数のうち、Q=10-4,10-6, 10-8に対応するものを示す。これを見てわかるように、10-8のように、発現確率の低い大きな曲げモーメントが発生する場合は有義波高が高い限られた海象であるため、この密度関数がピークとなる海象を設計短期海象として用いることができる。しかしながら、種々の船について試計算を行ったところ、最悪短期海象として平均波周期は特定できるものの、有義波高については常に最大値となってしまうことが判明した。
 
Fig. 3 Density function of VBM exceeding probability
 
 一方、河邊らは、短期予測から得られる短期パラメータより最悪短期海象を求める方法を提案している10), 11)。すなわち、短期パラメータの最大値が長期分布において応力の高い部分を決定するので、短期パラメータが最大となる海象を最悪短期海象とするものである。Fig. 4に短期予測より得られた縦曲げモーメントの標準偏差を示すが、波との出合い角χ=180°の場合をとるとすると、T=8.5sと平均波周期が決定できる。しかしながら、この方法では設計短期海象の有義波高を決めることはできないため、波浪の長期発現頻度分布表から出現する最大波高を海象の波高として定めるなど、有義波高は何らかの方法で推定する必要が生ずる。
 
Fig. 4 Standard deviation of VBM at midship
 
 以上のように、船体構造設計において設計不規則波を生成すべき短期海象を定める場合、超過確率の密度関数を用いた方法でも短期パラメータを用いる方法でも平均波周期を特定することはできるが、有義波高を定めるには問題があることがわかった。一方、船舶を運行する場合、航行海域の気象・海象情報を取得し、船舶の推進性能、耐航性能を勘案しながら航路が選定されることが知られている。すなわち、荒れた海域に遭遇するとしても、甲板冠水、船首船底露出、過大なRollingなどが発生しないように航路が選ばれ、航行中の船舶に働く荷重と構造強度との関係を間接的に意識して航行していると言える。したがって、船体構造設計のための短期海象、特に有義波高を設定する場合は、このような意識的な避航や変針といった要因を考慮しなければならない。しかしながら、現状ではこれらの要因について十分な情報があるとは言えないため、少なくとも船体構造設計においては、別途、有義波高を決定する方法を考えなければならない。
 そこで、短期海象の有義波高が船体応答に与える影響について設計不規則波を用いて考察してみる。まず、設計不規則波を生成する場合の制限条件のうち、砕波による最大岨度の制約条件を外し、最大波高の制限のみを用いて計算を行った。Fig. 5に設計不規則波中で線形計算により得られた最大曲げモーメントを短期海象の有義波高に対して示す(β=2とした)。図には、長期予測で得られた10-6、10-8の値および船級協会規則(IACS unified rule)で規定されている波浪中縦曲げモーメントの値も示している12)。この図より、有義波高が8m程度を超えると設計不規則波による縦曲げモーメントはIACSのサギングモーメント値を越え、有義波高14.5mではその倍近い値となっていることがわかる。この結果が正しいとすると、実際の海域での船舶の運航では船長が的確な判断を下し避航を適切に行ってこのような海域を避けている、または、このような海象に進入しても設計不規則波で表されるような特殊な波の連なりにはたまたま遭遇しなかった、と考えなければ、かなりの数の船舶が事故を起こしていることになる。しかしながら、実際にはこのようには考えにくい。また、Fig. 5の計算は線形計算なので、実際の応答は非線形性のために線形計算よりかなり小さくなっている、ということも考えられるが、非線形性によって縦曲げモーメント値が増加することはあっても、このように大きく減少するとは思われないし、IACSで規定されている縦曲げモーメントの値と比べてみても、Fig. 5の設計不規則波中での縦曲げモーメント値は過大であろう。
 
Fig. 5 Maximum VBM at midship
(Linear calculation, Fn=0.10, p=2, δ=∞)
 
 そこで、設計不規則波の設定において、最大波高の制限のみならず、砕波による最大岨度の制限も加えて計算を行った。Fig. 6に最大岨度をδ=1/10とした場合を、Fig. 7に最大岨度をδ=1/7とした場合の計算結果を示す。なお、Figs. 6, 7ともにFig. 5と同じく線形計算結果である。これを見てわかるように、最大岨度の制限を設けることによって最大縦曲げモーメント値が頭打ちとなり、最大縦曲げモーメント値は、δ=1/10の場合は有義波高7.5m以上の海象でIACSで定められるサギングモーメントや10-6の長期予測程度の値となり、また、δ=1/7の場合は有義波高9.5m以上の海象で10-8の長期予測値を若千超える程度となった。
 
Fig. 6 Maximum VBM at midship
(Linear calculation, Fn=0.10, β=2, δ=1/10)
 
Fig. 7 Maximum VBM at midship
(Linear calculation, Fn=0.10, p=2, δ=1/7)
 
 ここで、短期海象の有義波高が増加した場合の設計不規則波の波形について考察する。Fig. 8に時刻t=0の時の設計不規則波の波面形状を各有義波高について示す。図より、線形理論で最大応答が発生する時刻t=0では、7.5m以上の有義波高でほぼ似た波面形状となっており、有義波高が変化しても最大縦曲げモーメントに重要となる波の形状はほぼ同じものであることがわかる。また、Table 1に短期海象の設計不規則波を構成する素成波の数を有義波高ごとに示す。これより、有義波高が高くなると設計不規則波を構成する素成波の数が減少し、より振幅の大きい素成波成分が最大縦曲げモーメントに重要となっていることがわかる。なお、設計不規則波を構成する素成波の数が変わっても、用いる波スペクトルの周波数範囲が異なるのではなくスペクトルの分割数が変わるだけであるので、設計不規則波のトータルエネルギーは変化しないことに注意を要する。
 以上の線形計算による検討結果より、有義波高がある程度以上の短期海象中では最大曲げモーメントはほぼ一定になることがわかった。すなわち、実際の船舶においては、短期海象の有義波高が増加した場合、最大曲げモーメントが増加するのではなく、最大値を与える波に遭遇する確率が上がるものと考えられる。したがって、設計海象の有義波高としては10m程度のものを考えればよいことになる。
 
Fig. 8 Profiles of Design Irregular Wave at t=0
(T=8.5s, β=2, δ=1/10)
 
Table 1  Number of regular wave component of Design Irregular Wave
H[m] 0.5 1.5 2.5 3.5 4.5
N 18 18 18 18 18
H[m] 5.5 6.5 7.5 8.5 9.5
N 18 18 15 12 10
H[m] 10.5 11.5 12.5 13.5 14.5
N 8 7 6 5 4


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION