4. 運動特性の調査
製作した魚類型ロボットの運動特性を調査するため、水中におけるロボットの泳動をデジタルビデオカメラで真上から撮影し、得られた動画像データを用いてロボットの体軸の運動を計測する7)。今回の計測では、動画像データより得られる静止画(640×480画素)内の中央部において、初期静止状態のロボットが470×80画素で記録されるようにビデオカメラをセットしており、毎秒30フレームの静止画が得られる。
基本的に、筋肉ユニットにはFig. 4に示す周期0.48秒のパルス波状の電圧を与える。すなわち、魚体に搭載されたBMFの片方に0.12秒間12Vの電圧を入力し、その後0.12秒間両BMFへの入力を0とした後、もう片方のBMFに0.12秒間12Vの電圧を入力し、再び0.12秒間両BMFへの入力を0とする。入力信号の周期はコイ科の魚の平均的な泳動周期を参考に決定した。同図には、周期0.48秒、電圧12Vの入力信号と、定常状態における尾鰭先端の運動を計測した結果の平均値が破線により示されている。ここで、右縦軸の入力電圧の正負の符号は、正が左側BMFへの入力を、負が右側BMFへの入力であることを表している。与えられたパルス波状の入力信号に対し、正弦波状の尾鰭先端の運動が得られていることが分かる。
パルス波状入力信号の周期に対するロボットの応答特性を調査するために、入力電圧は12Vで一定としたまま、周期を0.40秒〜0.72秒まで0.08秒刻みに変化させた場合のロボットの運動を計測した。ここで、いずれの条件においても1周期中における片方のBMFへの通電時間はFig. 4の場合と同様に周期の1/4であり、解析には約3分間の動画像データを使用している。また、運動の振幅は、初期静止状態におけるロボットの魚体中心線に対して示されている。計測された尾鰭先端部の振幅をFig. 5の上図に示す。また同図下には周期を0.48秒に固定し、入力電圧を6Vから12Vまで3Vおきに変化させた場合の尾鰭先端部の振幅が示されている。これらの結果より、入力信号の周期と電圧の増加に伴い、ロボットの尾鰭先端部の振幅が概ね増加して行くが、周期が0.56秒を超えた辺りから尾鰭の振幅が横ばいとなることが確認出来た。
周期0.40秒および0.48秒で電圧12Vのパルス波状入力信号を周期的に与えた場合の定常状態におけるロボットの体軸の形状をFig. 6とFig. 7に示す。図の横軸は体長方向を、縦軸は体軸の体幅方向の変位量を表している。図には、1泳動周期中におけるロボットの体軸の形状が、泳動周期をTとして0、1/8T、1/4T、1/2T、3/4T、7/8T付近の6つの時刻に対して示されており、図中の番号が時間経過に伴う体軸形状の変化の順番を表している。胴体の運動振幅は入力信号の周期によって大きく異なるが、これらの条件においては、体軸の形状を表す波形が時間の進行に伴って後方へ増幅し伝播している様子が確認出来る。同様に、電圧12Vのパルス波状入力信号を周期的に与えた場合のロボットの運動をFig. 8〜10に示す。入力信号の周期はそれぞれ0.56秒、0.64秒、0.72秒である。先程と同様に、図中の各曲線は泳動の1周期中における各体軸の形状を示している。周期0.56秒以上の入力信号に対しては定常波状の応答となり、ロボットは初期位置で波打つだけの運動を行うことが確認された。このように比較的周期が長い条件では、人工筋肉によるロボット本体の屈曲力が本体に作用する流体力に比べ相対的に増大すること等により、体長方向の運動に位相差が生じ難くなるため、適当な泳動運動を得ることが出来なくなるものと考えられる。
魚類の泳動はLighthillによって以下の式で近似出来ることが示されている8),9)。初期静止状態での魚体中心線に沿う座標系に対し、体軸の体幅方向の変位hは時刻t、体長方向の位置xの関数として次式のように表される。
h(x,t)=f(x)g(t-x/c) (1)
ここで、fは進行波のxに沿う振幅分布、cは波の伝播速度であり、xの原点は魚の口吻とする。ここでは、fに指数関数、gに正弦関数を用いて
h(x,t)=Aebxsin(ω(t-x/c)) (2)
とする。ここで、Aは振幅、bは振幅の増大率、ωは角振動数を示している。
得られたロボットの泳動を、その動画像データを回帰分析することによって式(2)によりモデル化する。周期0.48秒、入力電圧9Vのパルス波状入力信号を与えた場合のロボットの運動をモデル化した結果をFig. 11に、同周期で電圧を12Vとした場合の結果をFig. 12に示す。ここでは、泳動のモデル化に約40フレームの静止画データを用いた。いずれの図においても、左図が回帰分析により得られたモデル、右図が同条件において観測されたロボットの運動を示している。また、体幅方向の変位がほぼ最大となる時刻について、モデルと観測値とを比較し同図下に示している。図中の直線付の結果がモデルを、直線無しの結果が観測値を表す。電圧が12Vの場合にはモデルと観測結果間の差異が比較的大きいが、得られたモデルによりロボットの運動が概ね表されることが分かる。Table 2には回帰分析により得られたモデルの各係数の値がそれぞれの入力信号電圧について示されている。
Table 2 Coefficients of the numerical model
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9V |
12V |
A: amplitude (cm) |
0.098 |
0.150 |
b: growth rate of amplitude (1/cm) |
0.067 |
0.064 |
ω: circular frequency (1/sec) |
13.092 |
13.086 |
c: wave velocity (cm/sec) |
41.201 |
41.177 |
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電圧が9Vの場合には、12Vの場合に比べて泳動の振幅が減少するが、両条件において式(2)によりロボットの泳動が近似出来ることが確認された。
Fig. 13に水槽内で泳動する魚類型ロボットの写真を示す。実験は、長さ6m、幅0.3m、水深0.4mの水槽内で実施された。写真はロボットの上方斜め方向より撮影された動画像の1コマであり、初期の静止状態における魚体中心線と、背景に表示された目盛りの間隔が参考のため記されている。実験では、水中重量が0となり、初期状態において水平に静止するようにロボットの重量を調節している。また、外部の制御回路とロボットを繋ぐ電力線は、ロボットの運動に影響を与えないように支持されている。実験中の観察において、電圧12V、周期0.48秒の入力信号を与えた場合、ロボットが約2.0cm/secの速度で前進することが確認された。
Fig. 4 Input signal and motion of caudal fin
Fig. 5 Amplitude of caudal fin by input signals
5. 結言
魚類型ロボットの運動機構として現在一般的に用いられているモーターやクランクを組み合わせた機構に代わり、形状記憶合金タイプの人工筋肉を用いた筋肉ユニットを考案し、その製作を実施した。さらに、本筋肉ユニットを用いた魚類型ロボットを開発してその運動特性を解析し、魚類型ロボットの運動機構としての有効性について検討した。その結果、開発された筋肉ユニットにパルス波状の入力信号を与えることにより、水中で魚類型ロボットを正弦波状に泳動させることが可能であり、コイ科の魚と同様な運動機構により推進出来ることを確認した。
開発された筋肉ユニットは、その単純な構造により様々な用途に合わせたロボットの小型化にも対応可能であり、またロボットにユニットを複数搭載することで、より複雑な急発進泳動や急旋回運動等の魚類特有の運動の再現も可能になると考えられる。今後、本運動機構を搭載する魚類型ロボットの自律化を進めることにより、実用的な魚類型ロボットの開発が期待される。
参考文献
1)浦環、高川真一: 海中ロボット、成山堂書店、1997
2)永井實: イルカに学ぶ流体力学、オーム社、1999
3)平田宏一: 小型魚ロボットの設計・試作、日本設計工学会、平成11年度春期研究発表講演会論文集、No.99-春季、PP29-32、1999
4)平田宏一: 高速化を目指した実験用魚ロボットの開発、日本設計工学会、平成11年度春期研究発表講演会論文集、pp163-166、2001
5)中島求、小野京右: 2関節イルカ型水中推進機構の動力学的解析、日本機械学会論文集(B編)62巻600号、No.96-0148、PP136-143、1996
6) Jamie M. Anderson : The Vorticity Control Unmanned Undersea Vehicle, Proceeding of the International Symposium on Seawater Drag Reduction, pp479-483, 1998
7)山口悟、寺田昌史: 魚類の加速泳動に関する基礎的調査、西部造船会々報第108号、pp41-48、2004
8) M. J. Lighthill: Note on the Swimming of Slender Fish, J. Fluid Mech., vol.9, pp305-317, 1960
9) M. J. Lighthill: Aquatic Animal Propulsion of High Hydromechanical Efficiency, J. Fluid Mech., vol.44, part2, pp265-301, 1970
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