II. 描かれた神戸
古来、神戸の中で一番知られた名所は何といっても須磨である。『源氏物語』や『松風』、源平合戦の舞台として、須磨は伝説と古跡にあふれている。でもそれはもっぱら文字から作り出された観念的な名所であって、たしかに今でも風光明媚な土地ではあるけれども、眼をみはるような絶景はない。絵にすればただ茫洋とした海浜風景である。そこに光源氏や海女(あま)の姉妹や敦盛(あつもり)・直実(なおざね)を立たせてみることで、人は須磨という名所を「体験」してきたのであった。明石は今は神戸市域ではないが、源氏絵でしばしば須磨とセットの海浜風景となり、さらに歌聖・柿本人麻呂(かきのもとひとまろ)の詠んだ「ほのぼの」イメージが加わっている。また布引の滝は『伊勢物語』に支えられた名所であり、在原業平(ありわらのなりひら)が見上げていなければいったいどこの滝だか区別しにくい。
古い神戸名所の絵画は、このように実に曖昧(あいまい)な景色であった。ところが江戸時代になって参勤交代や商売や物見遊山や巡礼やらで西国街道の往来がにぎやかになってくると、現実の景色を体験した人たちの感動から新たな名所が生まれてくる。文人仲間では千里の道を旅することが理想とされ、名所図会という旅行案内のような書物の出版ブームがそれに拍車をかけた。ここから実際の景色を画家の眼でとらえた、新しい感覚の名所図が登場する。これを真景図(しんけいず)と呼んでおり、旧名所というべき布引の滝も実景観察にもとづいて描き変えられることとなる。また新たに加わった名所の方では、圧倒的に多い舞子浜をはじめ、摩耶山からの眺望などがあげられる。
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摂津名所図会※
秋里籬島
1798(寛政10)年
Illustrated Guide to Scenic Spots in Setsu province
Akisato Rito
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〔布引滝〕
播州名所巡覧図絵※
村上石田
1804(文化4)年
Illustrated Guide to scenic spots in Setsu and Harima province
Murakami Sekiden
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〔舞子の浜より淡路嶋を望む〕
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真景図巻(摂州摩耶山眺望)※
白雲
1799(寛政11)年か
View of Osaka bay from Mt. Maya
Haku-un
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49
従摩耶山至須磨寺眺望※
愛山
1861(文久元)年
Panoramic View of Kobe
Aizan
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50
金谷上人御一代記
横井金谷
江戸時代後期
Illustrated biographical story of the priest Kinkoku
Yokoi Kinkoku
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崎奥日録※
井上竹逸
1839(天保10)年
Illustrated diary of travel from Edo to Nagasaki
Inoue Chikuitsu
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〔楠公之廟〕
〔敦盛墓之図〕
〔敦盛墓の前全景〕
〔舞子の浜之図〕
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