5. まとめ
(1)数値予報モデルを用いた海上風推算手法の検討
数値予報モデルを用いた海上風推算手法の検討では、平成16年度事業「台風時の内湾海上風の研究」で課題として挙げられた台風ボーガスの作成手法、データ同化に焦点を当てて検討を行った。
台風ボーガスは、初期場に気象庁RANALのような空間解像度の低いデータを用いる場合、台風の中心付近に見られるシャープな気圧構造や強風を再現することができないために必要である。しかし、MM5に付属の台風ボーガスでは、(1)非現実的なパラメータを投入しなければならない、(2)台風進路の推算精度が悪いという問題があった。そこで、新たな台風ボーガスとして気象庁ボーガスを作成し、ボーガスなし、MM5付属の台風ボーガス、気象庁ボーガスを初期値とした場合の推算精度の比較を行った。気圧深度誤差は、MM5ボーガス、気象庁ボーガスとも計算初期の中心気圧がベストトラックに近くなり、誤差が大きく改善していたが、MM5ボーガスは負のBiasであるのに対し、気象庁ボーガスは正のBiasであった。進路推定誤差は、気象庁ボーガスは24時間で誤差が80kmとボーガスなしとほぼ同程度の誤差であったが、MM5ボーガスは、24時間で誤差が150km以上とボーガスを投入することで誤差は増加していた。以上から、台風ボーガスは、気象庁ボーガスを投入することがもっとも精度がよいことが分かった。
データ同化は、解析値や観測値の情報を数値予報モデルに同化し、より精度の高い処理を行うために必要である。しかし、ナッジングは、強制的に解析値になじませるため、推算値にスムージングをかける効果があり、進路推定誤差を小さくしようとすると気圧深度誤差が大きくなり、気圧深度推定誤差を小さくしようとすると進路推定誤差が大きくなるというトレードオフの関係があった。また、解析値の変化に対して、予測値が遅れる傾向があった。そこで、新たなデータ同化としてIAUを作成し、データ同化なし、ナッジング、IAUを行った場合の推算精度の比較を行った。進路推定誤差は、推算時間36時間で、データ同化なしの場合に約100kmであったのに対し、ナッジングは約80km、IAUは60kmと小さくなっていた。気圧深度推定誤差は、推算時間36時間でデータ同化なしの場合に約18hPaであったのに対して、ナッジング、IAUとも10hPa弱と小さくなっていた。しかし、これは気象庁ボーガスが推算時間36時間で、負のバイアスを持っていたため、気圧深度が減衰したことで見かけ上、良化しただけである。IAUは、台風0416号や、0418号などで、非現実的な気圧の深まりがあり、気圧深度推定は、ナッジングより悪化したと考えられる。以上から、データ同化手法は、(1)IAUは、進路推定誤差を小さくするものの、特定の事例で気圧深度が非現実的な深まりを見せること、(2)IAUは、ナッジングより計算時間が1.5倍かかることから、ナッジングを使用することとした。
(2)数値予報モデルを用いた海上風推算手法の評価
数値予報モデルを用いた海上風推算手法の評価は、まず台風9918号による詳細な検証を行い、その後、20事例による総合的な検証を行った。
台風9918号は、中心気圧950hPaと強い勢力を保ったまま八代海を通過し、周防灘を抜けた台風である。台風は、九州上陸前には、軸対称に近い雲域を持っていたが、九州に上陸し周防灘を通過する時刻になると、本州の北に存在していた前線と相互作用し、非軸対称な構造に大きく変化していた。八代海や周防灘では30m/sを越える強風が吹き、苅田では、台風通過前に39.5m/sの強い風を観測していた。これまでの推算手法は、風を過小評価する傾向があり、苅田では台風通過後に最大風を推算していた。一方、数値予報モデルを用いた推算手法は、風速の最大値を概ね再現しており、苅田の台風通過前の強風も推算することができていた。これは、数値予報モデルを用いた推算手法は、(1)これまでの推算手法では求められなかった海上と陸上の風速差など、地形影響をより精密に表現することが可能である、(2)対流活動や中緯度に特有の前線との相互作用など、様々な原因から生じる台風の非対称性を表現することが可能であるためであると考えられる。
総合的な検証は、(1)八代海・周防灘、(2)伊勢湾、(3)播磨灘に高波をもたらした20事例で行った。八代海・周防灘に高波をもたらした12事例では、数値予報モデルを用いた推算手法は、これまでの推算手法と比較して相関係数が高く、精度が良かった。伊勢湾に高波をもたらした2事例についても、数値予報モデルを用いた推算手法の精度は良かった。一方、播磨灘に高波をもたらした6事例では、数値予報モデルを用いた推算手法の精度は、他の2海域と比較してよくなかった。この原因は、播磨灘に達する台風は九州や四国を通過してくるために、対称性は崩れており、台風ボーガスで表現することが難しいためと考えられる。しかし、八代海・周防灘や伊勢湾のように外洋に面している海域については、数値予報モデルを用いた推算手法の精度は、これまでの推算手法と比較してよかった。
(3)波浪・高潮推算の評価
周防灘を対象として、この海域に強風をもたらした3事例の台風、T9918、T0314、T0418号について、(1)2次元台風モデルとマスコンモデルの組み合わせ(以下、従来モデル)による海上風と海面気圧の推算値を外力とした場合、(2)数値予報モデルによる海上風と海面気圧の推算値を外力とした場合の波浪・高潮推算結果を比較・評価した。
従来モデルの海上風による波浪推算の結果、波高はピーク時には徳山沖で4m以上に達したが、周防灘西方では波高は概ね2m前後であった。数値予報モデルの海上風による波浪推算の結果、波高はピーク時には徳山沖まで5m以上に達し、強い東風により周防灘西方でも3mを超えた。周防灘西方の波浪観測地点(苅田)における波高および周期の時間変化は、従来モデルの場合には観測値と比較して過小であったが、数値予報モデルの場合はほぼ再現した。これは、周防灘を東から西へ向かう強風の再現性が向上したためであると考えられた。数値予報モデルの海上風・海面気圧による高潮推算の結果は、従来モデルの場合と比較して、最大潮位偏差の分布パターンが異なった。これは推算された海上風の風向の違いによるためであると考えられた。数値予報モデルの海上風・海面気圧による高潮推算の結果は従来モデルの場合と比較して潮位観測値に近づいた。
台風0314号、台風0418号についても、同様に数値予報モデルの出力結果を用いた場合は従来モデルの場合と比較して波浪・高潮の精度が向上した。
数値予報モデルを用いた海上風推算手法は、有明海や伊勢湾など外洋に面している地域では、複数の事例で推算精度が向上しており、一般性のある手法であることが確かめられた。今後は、本手法を実用化し、航行安全や海岸・港湾の背後地の安全のための有益な資料として活用することが求められる。
一方、播磨灘では推算精度は向上しなかった。この原因は、播磨灘に達する台風は九州や四国を通過してくるために、対称性は崩れており、台風ボーガスで表現することが困難であるためと考えられる。今後は、このような台風に対する推算手法も、確立していくことが求められる。
参考文献
1)大澤 輝夫,2001: メソ気象モデルと台風ボーガスを用いた伊勢湾台風時の風の場のシミュレーション,海岸工学論文集,第48巻,pp.281-285
2)大澤 輝夫,2005: 台風時の内湾海上風推算の研究 研究報告書(1)
3)大澤 輝夫,2006: 台風時の内湾海上風推算の研究 研究報告書(2)
4)吉野 純,2003: 中緯度帯における台風の温帯低気圧化過程とそのメソスケール構造に関する数値的研究,京都大学大学院理学研究科学位論文
5)上野 充,2000: 数値モデルによる台風予報,気象研究ノート(第3章),第197号,pp.131-286
6)気象庁技術報告 第122号 1999年台風第18号高潮災害調査報告(1999)
7)河合 弘泰,平石 哲也,丸山 晴広,田中 良男,2000: 台風9918号による高潮の現地調査と追算,港湾技研資料 No. 971
8)Roux, F., and N. Viltard, 1995: Structure and evolution of Hurricane Claudette on 7 September 1991 from airborne Doppler radar observations. Part I: Kinematics. Mon. Weather Review, Vol 123, pp.2611-2639.
9)A. Davis and Simon Low-Nam, 2001: The NCAR-AFWA Tropical Cyclone Bogussing Scheme A Report Prepared for the Air Force Weather Agency
10)Simon Low-Nam, and Christpher Davis: Development of Tropical Cyclone Bogussing Scheme for the MM5 system National Center for Atomospheric Research Boulder, Colorado
11)Y.-R Guo: Testing of Newtonian Nudging Technique in Data Assimilation on the Meso-Beta-Scale, National center for Atomospheric Reserch Boulder, Colorado
12)John Nielsen-Gammon, 2004: Performance Evaluation of Profiler Nudging in the MM5 Meteorological Model A Report to the Texas Environmental Research Consortium and the Texas Commission on Environmental Quality
13)Qginong Xiao: Assimilation of Doppler Radial velocities using a regional 3D-Var system and its impacts on mesoscale weather prediction over the Korean Peninsula, Thirteenth PSU/NCAR Mesoscale Model Users' Workshop
14)S.C.Bloom, L.L.Takacs,A.M.Da Silva, and D.Ledvina, 1995: Data assimilation Using Incremental Analysis Updates, Monthly Weather Review
15)Mi-Seon Lee, Dale Barker, Ying-Hwa Kuo, and Eun-Ha Lim: Initialization of 3DVAR using Incremental Analysis Updates(IAU), National Center for Atmospheric Research
16)Qingnong Xiao, Ying-Hwa Kuo, Ying Zhang, D.M.Barker and D.J.Won, Experiments of Typhoon Bogussing Scheme in the MM5 3D-Var Cycling System, National Center for Atmospheric Research
17)Kyungjeen Park and X.Zou, 2003: Toward Developing an Objective 4DVAR BDA Scheme for Hurricane Initialization Based on TPC Observed Parameters, Monthly Weather Review
18)Noel E. Davidson, Harry C.Weber, 2000: The BMRC High-Resolution Tropical Cyclone Prediction System: TC-LAPS, Monthly Weather Review
謝辞
本研究では、第3章で使用した海上風のデータを、熊本県庁、九州整備局熊本港湾・空港整備事務所からご提供いただいた。また、高潮解析の検証には、気象庁及び海上保安庁の潮位観測データをJODCのHPより入手した。
神戸大学の大澤輝夫助教授には、気象庁ANLボーガスに準じた台風ボーガスを作成するに当たり協力をいただき、様々な機会に助言をいただいた。岐阜大学の吉野純助手には、ワーキングで貴重なご意見をいただくだけでなく、MM5の使用上の諸問題に対して多くの助言をいただいた。気象研究所の益子渉研究官には、数値予報モデルの細部に関して的確な助言をいただいた。港湾空港技術研究所の河合室長には、波浪・高潮に関する的確な助言をいただいた。ここに記して謝意を表します。
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