第7章 サプライチェーンをめぐるリスクと保険でのカバー範囲
本稿は、サプライチェーンをめぐり、想定されるリスクがどのような損害保険でカバーできるのか、あるいは保険の対象外なのか、について一般的な内容を概説するものです。「一般的な」としているのは、実際の保険契約はそれぞれの契約条件によってカバーの範囲が異なる為であり、本稿において「カバーする」あるいは「カバーしない」と記述したことでも、保険会社各社の引受方針や、保険の目的(保険をかける対象)の違いなどによって、個々の保険契約の内容にはヴァリエーションが生じうるということです。
まず、「7.2 リスクの分類と損害保険でのカバー」において、それぞれのリスク類型毎に適用されうる損害保険の種類を説明します。次に「7.3 特殊なリスク(異常危険)に対する損害保険カバーの状況」において、戦争、テロ、地震等の異常危険による損害に関するカバーの状況について説明します。以上の説明を「7.4 一覧」においてサプライチェーンのプレーヤー(当事者、関係者)別に整理しました。最後に、「7.5 サプライチェーンに関わる主要な保険の概要」において、ご参考まで各保険の種類(種目)ごとに保険内容を説明します。
各企業の従業員の業務上の障害(ケガ等)に関するカバーについては、政府所管の公的な労災保険があり、その上乗せ補償保険として損害保険である労働災害総合保険があります。従業員への労働災害補償として政府労災保険のみでは不十分なケースも多く、サプライチェーンに関係する企業のみならず、広く採用されております。
貿易業者、製造業者等においては、従業員の海外出張も多く、海外滞在中およびその行き帰りの行程中に想定される「人」に関するほぼあらゆるリスクをカバーする海外旅行傷害保険の活用が一般的です。このような企業では、出張の都度個々に保険手配するのではなく、企業が保険契約者となり従業員を被保険者とする包括的な契約を締結するケースが一般的です。
サプライチェーンにおける財産系のリスクとしてまず挙げられるのは、取引貨物に関するリスク(滅失、毀損等)です。荷主である貿易業者あるいは製造業者が保険契約者となり、外国との輸出入においては外航貨物海上保険、国内のみの輸送については運送保険を締結することになります。
外航貨物海上保険は、我が国と外国相互間の貿易に伴う貨物の輸送中に発生する様々なリスクをカバーする保険であり、保険の趣旨(外来的かつ偶発的な危険によって発生する損害・費用等の補償)に該当するほぼあらゆるリスクをカバー(オールリスクカバー)します。通常は、貨物が仕出地の倉庫を搬出されたときから仕向地の倉庫に搬入されたときまで(ただし荷卸後60日限度)を保険期間としてカバーしますが、貿易取引条件に伴う輸出者側、輸入者側のリスク負担範囲、付保義務の違いにより保険期間も異なってきます。なお、一部品目については保険カバー範囲が制限されたり、各保険会社の引受方針により契約内容に制約が生じることもありますので注意が必要です。そのような制限、制約があるものの、おおむね外航貨物海上保険は非常に柔軟で自由な保険といえます。輸送中のカバーだけでなく、特約等を付帯することで輸送に付随する保管や組立てのリスクなど個別の保険設計をすることも可能です。あらかじめ、契約者と保険会社が細かく保険条件(リスクカバーの範囲や保険期間など)を設定した包括的な契約を締結しておき、個々の輸送についてはその包括契約のもとで自動的に付保される方式が一般的です。
運送保険は、従来は国内間の輸送に限定された、輸送中リスクのカバーを中心とした保険であり、貿易に直接の関係はありませんでした。しかしながら、ここ10年くらいの間に各保険会社では従来の運送保険をバージョンアップさせた、物流総合保険というような商品名で、取引貨物(製品、半製品)のサプライチェーン(輸送中、保管中、加工中)におけるリスクを切れ目無く一貫してカバーする包括タイプの保険を用意しており、これは、サプライチェーンという観点からは欠かすことのできない保険と考えられます。外航貨物海上保険同様、カバー範囲が制限される品目や保険会社の引受方針による制約はありますが、原則としてオールリスク型の保険であり、契約者毎にきめ細かく保険設計を行うことも可能です。自動車保険や火災保険と同様に、保険期間を1年間として毎年更新していく方式が一般的です。
製造業者、倉庫業者、梱包業者などにおいては、工場、倉庫、作業場などの建物の損害はサプライチェーンへの影響が大きく、建物復旧費用を保険でカバーすべく火災保険を付保しています。しかし、企業の場合は、建物が復旧するまでの間は休業を余儀なくされ、事故がなければ得られたであろう利益の喪失や営業継続のために必要となる余計な費用負担という損失が発生する事が考えられるので、このような休業損失をカバーする保険が火災保険の一類型である費用利益保険です。なお、企業としては保険料コスト負担等も勘案して、保険カバーだけでなく防火設備の充実や他社との提携による代替設備の確保などにより、総合的なリスク管理を行うことが一般的な傾向です。
運送業者、船会社、航空会社など貨物の輸送を担う企業は、輸送用具に関係するリスクをカバーする必要があり、保険としてはそれぞれ自動車保険、船舶保険、航空保険が用意されています。保険条件の設定や別特約の付帯有無により異なりますが、衝突による損害賠償や輸送用具の不稼動による費用損害も保険でのカバーが可能です。
製品の欠陥によって生じた人身または財産にかかる損害についての、企業の賠償責任が製造物責任(Products Liability: PL)であり、1970年代以降、欧米においては、かなりの件数のPL訴訟が提起され、高額な賠償責任や応訴費用等、訴訟対応に追われる企業が多く発生したことは記憶に新しいところです。輸出製品に関するPLに特化したカバーが、賠償責任保険の一類型である海外PL保険です。賠償責任保険は、被保険者が負担する法律上の賠償責任をカバーする保険ですが、輸出製品のPLの場合、海外の法律にも対応しなければなりませんので、一般の賠償責任保険とは区分した保険となっています。当海外PL保険は、損害賠償金のカバーだけでなく、被保険者に対して提起された訴訟の防御に保険会社も関与することが盛り込まれております。
運送業者、倉庫業者など、荷主から取引貨物を受託する企業が負担する、当該貨物の損壊等に伴う損害賠償責任をカバーする保険は、それぞれ次のとおりとなります。
海外輸送については、船会社の場合は外航貨物海上保険の一類型としての貨物損害賠償責任保険が相当し、航空会社の場合は航空保険に付帯できる「受託物に関する損害賠償条項」が相当します。国内輸送については、運送保険の一類型である運送業者貨物賠償責任保険があります。倉庫業など、輸送を伴わない場合の賠償責任のカバーは、賠償責任保険の一特約である受託物賠償責任保険が相当します。
いずれの保険も、受託貨物に生じた偶発的な事故による損害に関して荷主に対して負担する法律上の賠償責任をカバーすることが原則ですが、運送保険(運送業者貨物賠償責任保険)や外航貨物海上保険(貨物損害賠償責任保険)など運送人が付保する保険は、通常、運送契約においては運送人の賠償責任が一定限度に制限されていることもあり、契約上の賠償責任もカバーします。
貿易において相手国の企業や政府の規制等により代金回収等に不測の事態が生じる場合の、いわゆる信用リスクをカバーする保険としては、政府が管掌する貿易保険があります。最近では貿易保険がもつ機能の一部において損害保険会社の進出が認められ、各保険会社から信用保険の一種として商品の提供が始まっています。
日本国内の取引においては、その取引先の倒産等により売買契約の売掛金、手形等の回収ができない場合の損害をカバーする取引信用保険を用意しております。
その他のリスクとして、為替リスクや誤出庫、ミスオペレーション、梱包不良による貨物の損壊、輸送の遅延などのリスクが考えられますが、原則として損害保険のカバー範囲とはなっておりません。
7.3 特殊なリスク(異常危険)に対する損害保険カバーの状況
戦争、政治・社会的騒擾、地震・噴火またはこれらの発生による津波、核燃料物質またはその汚染物による事故によって保険の目的として生ずる損害は、保険会社にとって予測しがたいほど巨大となり、しかもその負担に耐え得ない程度になる恐れがあり、原則として免責(保険会社として保険金を支払わない事由)としています。ただし、一部の保険においては条件や制限をつけた上で引受をする場合もありますので、その一般的な内容について説明します。
人に関するリスクをカバーする労働災害総合保険、海外旅行傷害保険は戦争危険については特約によりカバー可能とする商品構成をとる保険会社もありますが、積極的な引受は行っていません。
取引貨物に関するリスクカバーで、外航貨物海上保険では通常、戦争危険を以下の条件で引き受けております。「一般的な危険(海上危険)とは別の特約で引き受けること、リスクをカバーする期間を外航本船積み込みから荷卸しまでに限定すること(海上危険は仕出地の倉庫搬出から仕向地の倉庫搬入まで)、貿易相手国の危険状況により保険料率が変動すること」等です。
船舶保険、航空保険も別途特約等を付帯することで戦争危険のカバーは可能です。
なお、国内運送保険、火災保険など、その他の保険は、原則として戦争危険の引受は行なっておりません。
テロは、「政治的・社会的な主義・主張を有する団体又はこれと連帯するものが、その主張に関して行う暴力行為であり、武装反乱・暴動までには至らない政治的・社会的暴力である」と解され、戦争とは異なるものとして取り扱う保険があります。ただし、テロ行為が組織的かつ間断なく継続的に行われ、平面的な広さをもち、これを阻止しようとする勢力と交戦状態に至った場合は戦争、内乱等に該当するとしており、上述「7.3.1 戦争」の項で述べた取り扱いとなります。
(人リスク)
労働災害総合保険、海外旅行傷害保険はテロ危険をカバーします。
(物リスク)
外航貨物海上保険では、テロ危険は戦争ストライキ危険をカバーする特約を付帯することで戦争危険よりも広くカバーすることが可能となるため、通常の輸送行程中はカバーされます。ただし、通常の輸送行程以外、すなわち別途特約等によって付加された保管中や加工中におけるテロ危険はカバーされません。運送保険では、戦争危険同様にテロ危険もカバー範囲とはしておりません。
船舶保険、航空保険では、戦争関係の特約を付帯することでテロ危険もカバーされます。火災保険は、一般的にはテロ危険をカバーしますが、付保する保険金額に上限を設ける場合が多いです。
(賠償リスク)
テロ危険による事故で製造物、あるいは受託貨物に関する賠償責任を負担することは通常は考えられませんので、保険カバーの対象外です。
テロ危険は戦争危険ほどではないにしてもカバー範囲は制限されており、諸外国においては政府の関与等によりテロ危険のカバーを企業に提供する仕組みが存在する国もありますが、我が国においては現在のところそのような動きはありません。
地震危険に関しては、海外旅行傷害保険と外航貨物海上保険、船舶保険、航空保険については通常は他の危険と同様のカバー内容となっています。火災保険においては、別特約を付帯することでカバーは可能ですが、制限された内容となっております。他の保険は地震危険をカバーしておりません。
原子力危険(核燃料物質やその汚染物による事故)は、どの保険でも一切カバーしておりません。
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