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第1部 総論 セキュリティ強化と貿易手続簡易化
1. グローバル貿易の課題:セキュリティと簡易化の連結
1.1 貿易取引環境の変化
 2001年9月11日の米国における同時多発テロ事件の発生を契機として、世界規模でセキュリティ強化の要請が高まり、貿易手続においても既に導入された措置を含め、今後、さらに多様な強化措置が講じられようとしています。今日、グローバル市場の拡大によって世界経済は大きく成長を遂げていますが、世界貿易量の80%強が海上輸送に依存しています。その90%がコンテナによって輸送されており、在来船時代のport-to-portでなく、door-to-doorという国際物流の重要な部分を担っています。多くの企業は生産・販売の拠点を海外に置いて活動しており、グローバル・サプライチェーンを展開しているので、テロ事件だけでなく、地震・洪水などの災害、暴動・ストライキなどによって、工場の生産が止まったり、港湾施設が破壊されて船積みまたは陸揚げができなくなることは、サプライチェーンの機能停止となり、多くの関係者に影響が生じます。特に、最近のテロ事件では、航空機、船舶、自動車などの人や貨物の輸送手段が凶器として悪用されており、コンテナは麻薬や武器などの密輸に悪用されています。税関のリスク・マネジメントは、従来の港(空港)という「点」から、輸出国の工場から輸入国のユーザーまでの「線」に変わりましたが、グローバル市場の拡大により自国だけでなく複数国の税関の間の電子データ交換ネットワークが貿易手続の簡易化とセキュリティ強化に必要となっています。
 
1.2 貿易から発生するリスク
 OECDは、貿易、特に貨物の海上輸送に関するリスク発生の要因として、次のものを挙げています。1 (1)貨物それ自体、(2)貨物を運送する船舶、(3)貨物および船舶の関係者、(4)不正通貨・偽造通貨の密輸。これらのリスク要因は、航空機、鉄道、トラックなど、運送手段が変わっても当てはまります。コンテナは、麻薬や武器(伝統的な武器、化学兵器、生物兵器、放射線・核兵器など)の密輸に悪用される可能性があります。このようなリスクは船舶によるコンテナだけでなく、航空機、トラック、鉄道によるコンテナ輸送でも同様です。船舶その他の運送手段自体もリスクを起こす可能性があります。運送手段自体が攻撃の標的にされることが考えられます。また、運送手段が攻撃の拠点(例えば、発射台)として悪用されることもあります。9.11テロ事件にみられるように、運送手段が武器として悪用される危険があります。貨物だけでなく、人もリスク要因になります。航空機がテロリストにハイジャックされたように、危険人物が船員となって船舶に乗り組み、港湾で作業員として働き、あるいは旅客として航空機に搭乗することも考えられます。
 
1 OECD, Security in Maritime Transportation: Risk Factors and Economic Impact, Directorate for Science, Technology, and Industry, July 2003, p.7.
 
1.3 貿易手続簡易化とセキュリティの連結
 国連CEFACTは、その前身であるUNECE/WP.4として設立された1960年から一貫して貿易手続簡易化に取組んできました。貿易関係書類の標準化、各種の国際標準コードの作成、EDIの国際規格であるUN/EDIFACT、国際標準メッセージの開発、シングルウインドウの設置に関する勧告を含む多数の勧告は、グローバル貿易の発展に多大な貢献をしました。すなわち、貿易手続簡易化は、より多くの国や市場関係者にグローバルビジネスへ参加する機会を与えました。貿易手続簡易化は、生産から国内輸送、輸出通関、国際輸送、輸入通関、輸入国内における消費まで、物流の円滑・迅速化をもたらしたわけです。従来、貿易は天災、事故、盗難等から脅威を受け、これに対するリスク・マネジメントが講じられてきました。しかし、90年代以降、コンテナ、船舶、航空機などが密輸やテロの武器として悪用されるようになって、貿易・輸送自体が脅威として受けとめられる時代に様変わりしました。9.11テロ事件発生後、貿易手続面におけるセキュリティ強化措置が講じられる傾向が高まり、貿易手続遅延の原因になってきました。2003年5月にジュネーブで開催された国連CEFACTの国際フォーラムで、貿易手続簡易化とセキュリティの調和的な連結がグローバル貿易における新しい課題であると指摘されています。 2
 
2 United Nations Economic Commission for Europe, Sharing the Gains of Globalization in the New Security Environment: the Challenges to Trade Facilitation, New York and Geneva 2003.
 
1.4 本稿の構成
 貿易手続面におけるセキュリティ強化は、米国のマニフェスト事前提出24時間ルール、CSIイニシアティブ、C-TPATイニシアティブなどの導入によって既に行われています。グローバル貿易は多数の国が関与しているので、米国とEU、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、日本など多数の国が協力しており、セキュリティ対策に取り組んでいます。また、国連CEFACTのほか、世界貿易機関(WTO)、国際海事機構(IMO)、世界税関機構(WCO)等においてもセキュリティに関するプロジェクトへの取組みが進められています。そこで、本特別委員会では、平成17年度事業計画として、「セキュリティ強化の環境下における貿易手続簡易化措置の調査研究」を取り上げました。本稿は、報告書の総論として、米国における国家安全保障政策の枠組みと法的根拠、24時間ルール、コンテナ・セキュリティ・イニシアティブ(CSI)、テロ防止のための税関・産業界提携(C-TPAT)、EUにおけるセキュリティ強化への取組み、WCOのグローバル貿易の効率化とセキュリティへの取組みについて纏めました。
 
 
2. 米国の国境・輸送セキュリティ政策
2.1 国境・輸送セキュリティの役割
2.1.1 9.11テロ事件後の制定法
 米議会は1990年代初頭からテロリズムと国境のセキュリティ問題に積極的に取組んできました。米国は、最初のニューヨークのワールド・トレード・センター地下爆破事件(1993年)に続いて、1995年と96年に起きたサウジアラビアでの事件、2000年に米軍艦Cole号事件、そして2001年9月11日の同時多発テロ事件を経験したわけです。そこで、米議会は一連の制定法により出入国管理・帰化制度の改正に取組みました。例えば、1996年「不法入国規則改正及び移民者責任法」(Illegal Immigration Reform and Immigrant Responsibility Act of 1996)(P.L. 104-208)があります。
 
 しかし、過激派の外国人による9月11日のテロ事件の後でいち早く取り上げられたのは、国家安全保障の構造的な枠組みを整備するための「国土安全保障法」(Homeland Security Act of 2002)、「米国愛国法」(the USA PATRIOT Act)3 などです。また、輸送保安行政庁(Transportation Security Administration: TSA)が設置され、航空輸送セキュリティ強化のため、the Aviation and Transportation Security Act of 20014 の制定、国境のセキュリティと出入国管理強化のため、the Enhanced Border Security and Visa Entry Reform Act of 2002 5 が、さらに海事関連分野でのテロ攻撃に対する防衛整備のため、the Maritime Transportation Security Act of 2002 6 が制定されました。
 
 2002年11月25日、ブッシュ大統領は国土安全保障法に署名し、各省庁から22の部局を移動して、翌年3月1日に新しく国土安全保障省(Department of Homeland Security: DHS)が発足しました。従来の米国関税庁(US Customs Service)、移民帰化局 (Immigration and Naturalization Service: INS)、国境警備隊 (US Border Patrol: USBP)、動植物検疫局(Animal and Plant Health Inspection Service: APHIS )などが関税国境警備局(Bureau of Customs and Border Protection: CBP)に組み込まれて、DHSの一つの部局になりました。沿岸警備隊(US Coast Guard: USCG)は独立した部局としてDHSに移動しました。
 
3 The USA PATRIOT Actは、“the Uniting and Strengthening America by Providing Appropriate Tools Required to Intercept and Obstruct Terrorism Act of 2001(USA PATRIOT Act)”の略称で、2001年10月26日に米議会で議決された制定法です(P.L.107-56)。また、the Homeland Security Act of 2002は、2002年11月25日に米議会で議決された制定法です(P.L.107-296)。
4 The Aviation and Transportation Security Act of 2001(ATSA, P.L.107-71)は、2001年11月19日に署名されました。
5 The Enhanced Border Security and Visa Entry Reform Act of 2002(P.L.107-143)は、2002年5月14日に署名されました。
6 The Maritime Transportation Security Act of 2002(P.L.107-295)は、2002年11月25日に署名されました。
 
2.1.2 国土安全保障の要
 国境・輸送セキュリティ(Border and Transportation Security: BTS)は、テロリストと彼らの大量破壊兵器を米国の国境・輸送システムの中で阻止するという、米国の国土安全保障システムにおいて一番重要な部分です。
 
 最初は、上記のようにテロの脅威を防ぐため文字通り米国の入国港(Port of Entry: POE)(海港、空港、国境の税関・入国検問所など)で危険な人物や貨物を防ぐ直接的な努力に重点を置きました。しかし、例えば、2001年9月11日のテロ事件直後、米国のすべての国境は事実上閉鎖され、米国税関は最高の警戒態勢に入り、カナダやメキシコから米国に入る自動車は厳重に検査され、ミシガン州やニューヨーク州に入るのに国境で16時間もかかる渋滞が生じました。そのため自動車部品の供給がストップし、ダイムラークライスラーやフォードの工場が一時操業停止に追い込まれるという苦い経験をしました。
 
 このような経験から、国境における防衛努力は、第1段階として、外国の出国港(Port of Exit: POE)(海港・空港など)で疑わしい人物や貨物に関する情報をできるだけ早く収集・分析して、「事前に絞り込む」(targeting)とか、「事前に選別する」(pre-screening)という「外国の国境を出る前」に拡張され、次いで、米国の国境にあるPOEとPOEの間を「不法に越境」して米国に入る人物や貨物を防ぐ防衛努力へとセキュリティ強化が広がります。第2段階では、主として国境警備隊などが中心に活躍します。そして、第3段階として、万一疑わしい人物や貨物が米国内に入った場合、このような人物や貨物がそこから他の場所へ移動するのを阻止する「国内防衛」へと拡大されました。 7 FBI、警察などがこれに当たります。
 
 米国向けの危険な人物や貨物が海外で早く発見されれば、それだけ米国の被る損害は少なくて済むのは自明の理です。この段階では、テロリスト等に関する情報を把握することが重要なので、外国政府や民間関連業界の協力・支援が不可欠であり、また米国の在外公館の役割も大切です。これが第1段階で、実質的に国土安全保障の一番重要な役割を担っています。したがって、国土安全保障省(DHS)は予算の約60%をこの段階のテロ対策に充てており、DHSの人員の85%以上が関税国境警備局(CBP)に配置されています。
 
7 CRS Report RL32840, Border and Transportation Security: Selected Proglams and Policies, by Lisa M. Seghetti, et al., March 29, 2005, p.2. このリポートは、国境と輸送セキュリティに関する米国議会への3部作からなる報告書の2番目になります。第1部は、CRS Report RL32839, Border and Transoportation Security: The Complexity of the Challenge, by Jennifer E. Lake, et al., March 29, 2005. 第3部は、CRS Report RL32841, Border and Transportation Security: Possible New Directions and Policy Options, by William H. Rebinson, et al., March 29, 2005.
 
2.1.3 DHSの構成と役割
 米国の安全保障、国境、領海水域、ターミナル、水路および航空・陸上・海上輸送システムのすべてに責任を負うBTSを担当するのは国土安全保障省(DHS)の中で、関税国境警備局CBP)、輸送保安局(Transportation Security Agency: TSA)8 、出入国税関管理局(Immigration and Customs Enforcement: ICE)および沿岸警備隊(USCG)です。CBPを構成するのは主に、米国関税庁(USCS)、動植物検疫局(APHIS)、国境警備隊(USBP)および移民帰化局(INS)です。また、CBPの中に渉外担当事務局(Office of International Affairs: OIA)があり、CBPが外国機関と双務協定または多角協定の交渉・締結、国際計画の実施、海外研修・支援プログラムなどを担当します。
 
 後述するように、USCSは、2002年通商法ファイナル・ルールに基づいて、24時間ルールの執行、CSIイニシアティブ、C-TPATイニシアティブなどを担当します。沿岸警備隊は、2002年海事保安法および同施行規則に従って、米国海域の港湾・関連施設のセキュリティ強化、海路による麻薬・武器・その他の密輸の撲滅、不法入国者の取締りなどを担当します。INSは、移民や帰化に関する法を執行する連邦機関で、出入国の審査、不法入国者の取締り・国外退去処分の執行、帰化申請者の調査などを行います。
 
8 The Homeland Security Act of 2002 (P.L.107-296)によると、輸送保安局(TSA)がDHS内に設置されるのは2004年までの2年間と規定されていますが、2005年5月現在でDHS内の部局に留まっています。
 
2.1.4 国境セキュリティ政策を実施するイニシアティブ
 国境セキュリティ政策を実施するため、C-TPAT、CSIのほかに、次のイニシアティブが計画されました。
2.1.4.1 Operation Noble Eagle
 9月11日のテロ事件に対応するすべての軍事作戦の一般的コードネームです。この分野における沿岸警備隊のプログラムに“Port and Waterway Security and Alien Migrant Interdiction Operation”があります。
 
2.1.4.2 National Security Entry-Exit Registration System
 これは、現行の移民帰化局の出入国登録システムを強化するもので、これには次の3つの部分的プロセスから構成されています。入国の際に指紋・顔写真をとる、30日以上滞在する者の登録、ビザの有効期限を超えて滞在する者を識別する出国管理などです。
 
2.1.4.3 Student and Exchange Visitor Program/Information System (SEVP/SEVIS)
 大学や交換プログラムから外国人留学生や交換研究者の情報を収集し、INSや国務省に提供するシステムです。


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