6. 結論
駅プラットホームと車両乗降口との間の段差・隙間がベビーカー、視力障害者(ロービジョン者)、電動車いす使用者、手動車いす使用者に与える影響について通過実験によって検証した。その結果、いくつかの知見が得られた。
ロービジョン者については、白杖で段差・隙間があることが認識できれば、それを通過する方法は健常者の場合と同じであるので、それほど問題はないことが明らかになった。
ただし、今回の実験で使ったステンレス製沓摺りの実物は、視認性があまり良くないとの評価であった。ロービジョン者の中には、普段白杖を使わない人もいるので、周囲とのコントラストが大きい色のテープを貼付するなどの工夫をして視認性を良くすることが望まれる。
電動車いす使用者については、段差・隙間を通過するにあたって、体力を使うわけではないので、身体的負担はなく、通過の可否は電動車いすの車輪径や動力性能に左右される。
今回の検証実験においては、ハンドル型電動車いす(車輪径は前後輪ともに256mm)の場合、段差高30mmまでは隙間幅にかかわらず通過可能であり、段差高が40mmになると隙間幅80mmは通過不可であり、段差高が50mmになると、隙間幅が50mm以上になると通過不可である。
普通型電動車いす(前輪径220mm、後輪径330mm)の場合、段差高30mmまでは隙間幅に関係なく通過可能であるが、段差高が40mmなると隙間幅80mmは通過不可であり、段差高が50mmになると隙間がなくても通過不可であった。
簡易型電動車いす(前輪170mm、後輪560mm)の場合、隙間幅に関係なく通過できる段差高は20mmまでであり、段差高が30mmになると隙間幅80mmは通過不可、段差高が40mm以上になると隙間がなくても通過不可である。
今回の検証実験で用いた簡易型電動車いすの前輪(キャスター)径は170mmであったが、一般的にはもっと小さい径(130mm程度)のキャスターを使っている方が多い。キャスター径が小さくなると、当然のことながら今回の検証結果より厳しい結果になることが予想される。近年、簡易型電動車いすの使用者は増えているので、電動車いす使用者が自力で列車に乗降できるようにするためには、駅プラットホームと車両間の段差・隙間は大きくても30mm・50mmくらいまでに抑えることが望まれる。
手動車いす使用者については、対応できる段差・隙間の大きさは使用者の駆動能力に負うところが大きい。
手動車いすに関しては、胸髄損傷者8名、頸髄損傷者6名、片麻痺者1名について検証実験を行った。
(1)胸髄損傷者
胸髄損傷者については、上肢機能は健常者と同等もしくは普段手動車いすを駆動しているので健常者以上である。また、ほとんどの人が前輪キャスターを地面から浮かせた状態を維持しながら(ウィリー)走行可能であった。被験者Iは、完全なウィリー状態を長時間維持することはできなかったが、キャスターを段差に乗せる程度のウィリーは可能であった。
胸髄損傷者の場合は、全員が段差高50mm・隙間幅80mmまで楽に通過もしくは楽ではないが通過可能であった。
今回の検証実験の結果から、ウィリーできる程度の残存機能が残っている場合は、段差・隙間が通過を妨げることはないと言える。しかし、かなり上肢機能が良好な被験者であっても、実験後、隙間については万一操作を失敗してキャスターを隙間に落としてしまうと身動きが取れなくなるので、実験施設ではなく実際の駅プラットホーム・車両であれば心理的圧迫感があるとのコメントを残した人もいた。
(2)頸髄損傷者
頸髄損傷者については、上肢機能も麻痺しているので、その残存機能(ハンドリム駆動力)によって、通過できる段差高・隙間幅が違うことが今回の検証実験から明らかになった。頸髄損傷者の場合、発揮できる駆動力が小さいので、ウィリー状態を維持して走行することはできない。ただし、今回の被験者のほとんどが駆動輪をかなり前方に設置(前出し)した車いすを使っており、段差高さによっては瞬間的にウィリー状態を作ってキャスターを段差上に乗せることは可能であった。しかしながら、キャスターは段差上に乗り上げたものの駆動輪で段差を越えられない人も多く見られた。
(3)難易度のスケール化について
今回の手動車いす使用被験者による検証実験データから、発揮できる駆動力と対応できる段差・隙間の大きさの関係をある程度スケール化することができた。
各被験者の駆動力の絶対値と段差・隙間通過難易度との明確な関係はなかった。しかし、駆動力を車いす・使用者の総重量で正規化した値を使うことによって、正規化駆動力と段差・隙間通過難易度の関係が比較的明確になり、スケール化できることが示唆された。
手動車いす走行操作時のハンドリムに加えられる駆動力と駆動輪回転数が測れる計測用車いすを使用して、手動車いす使用被験者が試行したのと同じ段差・隙間を通過するのに要する駆動力を求めた。
今回は、実際の車両の乗降口に使われている沓摺りを設置して検証実験を行った。その結果、段差高が小さい場合は、沓摺りに設けられているドアレールが手動車いすの滑らかな通過を妨げる要因になることが定量的に明らかになった。ラッシュ時はドアが大きな力で押されることから、ドアレールは必要であるが、例えば、手動車いすの車輪が通過する部分に切り欠きを設けるなどの技術的改善の方策を探ることが望まれる。
また、今回の検証実験だけに限って言うと、いずれの段差高においても、隙間が60〜70mm以上になると、キャスター(径130mm)が隙間に落ち込む程度が大きくなることにより、みなし段差高が大きくなり、必要とされる駆動力が急に増加することが明らかになった。今回用いたキャスター径130mm最も一般的に用いられているものである。したがって、当然のことながら段差も隙間も0に近づける努力は必要であるが、隙間は最大でも50mmまでに抑えられることが望まれる。
環境を完全にバリアフリー化することは、現実には困難な面がある。とくに、駅プラットホーム・車両に関しては、乗客の乗り降りしたり車両が揺れたりするときにプラットホームに接触しないようにする必要から、ある程度の段差と隙間が生ずることは避けられないのが現実である。また、地理的制約により、プラットホームが曲線状にならざるをえない状況も生まれる。
したがって、環境を可能な限りバリアフリー化する一方で、車いす側にも段差・隙間を通過しやすくする技術的改善を施す可能性を追求することも必要と考えられる。
こうしたことから、今回、車いすのプットサポートに取り付けて段差・隙間を通過しやすくする方法を考えた。そして、試作モデルを製作して計測用車いすに取り付け、その有効性について検証した。その結果、考案した装置は、とくにキャスターで段差に乗り上げるのに必要な駆動力を非常に軽減することが明らかになり、段差・隙間通過補助装置として非常に有効であることが示唆された。とくに、通常の方法では、段差高50mm・隙間幅80mmがまったく通過できなかったのに対し、試作した補助装置を取り付けた場合、キャスターが隙間に落ち込むこともなく、また、駆動力も格段に軽減された。このことは、キャスターが段差・隙間を越える際の駆動力が軽減される効果だけでなく、安全性確保の面でも有効に働くことを示すものである。今後の実用化開発の検討に値するものと考えられる。
本研究報告は、車いすユーザーを始めとするできる限り大勢の移動制約者が自立して問題なく車両の乗降が可能となるホームと旅客用乗降口の段差と隙間はどのような値となるかを検証することを目的に実験を実施した。その結果、下記に挙げるいくつかの大きな知見が得られた。
(1)電動車いすについては今後利用者が大きく伸びると思われる移動手段となるであろうと予測される。今回の実験では比較的問題なく乗車できた。しかしながら、著しく普及しつつあるハンドル型電動車いすについては今回考察していない。この理由として、未だ乗車後の問題が解決されていないことなどが挙げられる。
(2)単独での乗車に困難を伴っていたのは、手動車いす使用者であった。とくに、対応できる段差・隙間の大きさは使用者の駆動能力に負うところが大きく、個人差がかなりあった。
(3)手動車いす利用者は、今回胸髄損傷者8名、頸髄損傷者6名、片麻痺者1名について実験を行ったが、胸髄損傷者の場合は、全員が段差高50mm・隙間幅80mmまで楽に通過もしくは楽ではないが通過可能であった。ウィリーできる程度の残存機能が残っている場合は、それほど問題はなかったと言える。ただし、かなり上肢機能が良好な被験者であっても、実験後、隙間については万一操作を失敗してキャスターを隙間に落としてしまうと身動きが取れなくなるので、実験施設ではなく実際の駅プラットホーム・車両であれば心理的圧迫感があるとのコメントを残した人もいたことは留意しておく必要がある。また、頸髄損傷者については、上肢機能も麻痺しているので、その残存機能(ハンドリム駆動力)によって、通過できる段差高・隙間幅が違うことが今回の検証実験から明らかになった。そのような意味では、今回の実験では手動車いすユーザーの損傷部位も大きく関与していることが分かった。
(4)今回の手動車いす使用被験者による検証実験データから、車いすユーザーの駆動力が重要であることが分かった。とくに車いすとユーザーの総重量と発揮できる駆動力が分かれば対応できる段差・隙間の大きさが推定できる可能性を示すことができた。そのような意味では、今後の福祉器具選定の考え方や購入に際してのアドバイスなど、本研究で得られた数値は役立つものと思われる。
(5)車いすのプットサポートに取り付けて段差・隙間を通過しやすくする方法を考えた。そして、試作モデルを製作して計測用車いすにより検証した。その結果、考案した装置は、とくにキャスターで段差に乗り上げるのに必要な駆動力を非常に軽減することが明らかになり、段差・隙間通過補助装置として非常に有効であることが示唆された。とくに、通常の方法では、段差高50mm・隙間幅80mmがまったく通過できなかったのに対し、試作した補助装置を取り付けた場合、キャスターが隙間に落ち込むこともなく、また、所要あるいは必要な駆動力も格段に軽減された。このことは、キャスターが段差・隙間を越える際の駆動力が軽減される効果だけでなく、安全性確保の面でも有効に働くことを示すものである。今後の実用化開発の検討に値するものと考えられる。
(6)段差・隙間を0にしてもドアレールが通過の障害(の原因)になりうることが判明した。とくに、駆動力の弱い手動車いすユーザーに関しては段差・隙間・ドアレールの乗り越えを考慮する必要がある。現実問題では段差と隙間を0にすることは困難である。そのような意味では、ホーム側での今後の開発・車両側での開発・ユーザーの使用する福祉機器の開発が一体となって開発してゆく必要も今後は考えられる。
(7)視覚障害者の「見え方」も多様である。今後の判読のしやすい車両・段差のあり方や音声の使用など今回はあまり実験できなかったが、今後考察を深めて行く必要がある。
本研究は日本財団の助成の下実施することができた。改めて感謝の意を記します。また、研究に協力いただいた兵庫県立福祉のまちづくり工学研究所のスタッフの方々、および実験に協力いただいた兵庫県立総合リハビリテーションセンター入所者の方々に感謝いたします。
|