(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年3月14日20時04分
東京湾富津岬南方沖合
(北緯35度17.1分 東経139度48.4分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船泉栄丸 |
総トン数 |
499トン |
全長 |
75.92メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
(2)設備及び性能等
泉栄丸は,平成7年3月に進水した限定沿海区域を航行区域とする船尾船橋型の鋼製貨物船で,操舵室に,ジャイロコンパス,舵輪,主機遠隔操縦装置,サイドスラスタ操縦装置,レーダー,自動衝突予防援助装置,GPSプロッター等の航海設備のほか,警報音を発する居眠り防止装置が備えられ,国内各港間の鋼材,スクラップなどの輸送に従事していた。
3 富津岬南岸ののり養殖漁場とのり養殖施設
富津岬南岸の水深約7メートルの浅海域には,海岸線から約1.7海里沖合まで,幅約5海里にわたりのり養殖漁場があり,同漁場内に197基ののり養殖施設が設営され,同漁場の南縁に沿って41個の灯浮標が設置されていた。
1基ののり養殖施設は,幅46メートル長さ121ないし132メートルの長方形で,周囲を直径18ミリメートル(以下「ミリ」という。)の枠綱で囲んだ中に,幅約1.8メートル長さ23メートルののり網を132ないし144枚張り,11メートル間隔で直径364ミリの浮玉を枠綱に取付けてのり網を海面に浮かせていた。また,枠綱には11メートル間隔で直径18ミリ長さ70メートルの錨索を取り付け,錨索の先端には直径64ミリ長さ1.8メートルの鉄パイプ1個を錨として付け,海底に固定していた。
4 事実の経過
泉栄丸は,A受審人ほか3人が乗り組み,銑鉄(せんてつ)1,549.880トンを積載し,船首3.50メートル船尾4.50メートルの喫水をもって,平成17年3月14日03時00分名古屋港を発し,揚荷の目的で,京浜港横浜区に向かった。
A受審人は,船橋当直体制を,自ら,一等航海士及び甲板長の3人による単独4時間交替の3直制とし,03時30分から07時30分まで及び15時30分から19時30分までは一等航海士が,07時30分から11時30分まで及び19時30分から23時30分までは自らが,11時30分から 15時30分まで及び23時30分から翌日03時30分までは甲板長が,それぞれ同当直に就いていた。
ところで,A受審人は,発航前に名古屋港において,13日15時10分から14日02時50分まで荷役作業が行われ,その間,積荷の鉄類が貨物倉に当たる大きな音と振動のため安眠できず,また,03時20分出航操船を終え,一等航海士に船橋当直を委ねて降橋し,04時00分ごろベッドで休息して,3時間ばかり睡眠をとったものの,午前中の同当直を終えたのちは,個人的な心配事のため,夕刻からの同当直前に熟睡できなかったことから,睡眠不足の状態であった。
A受審人は,14日19時30分浦賀水道航路(以下「航路」という。)の1.5海里手前で単独の船橋当直に就き,同時38分浦賀水道航路第2号灯浮標(以下,灯浮標の冠称は「浦賀水道航路」を省略する。)から270度(真方位,以下同じ。)200メートルの地点で,航路に入航し,針路を000度に定めて自動操舵とし,機関を全速力前進にかけ,11.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で進行した。
A受審人は,前路に他船はなく,航路入口の第2号灯浮標はすぐ確認できたことと,疲れていたこととから,椅子に腰掛けたまま船橋当直し,居眠り防止装置及び2台のレーダーをいずれも使用せず,船橋内が寒かったので,電気ストーブのスイッチを入れ,船橋内が暖まってきて眠気を催すようになったが,まさか航路内で居眠りすることはあるまいと思い,他の乗組員に応援を求めて二人で同当直をするなど居眠り運航の防止措置を十分にとらなかったので,航路入航直後に居眠りに陥った。
19時52分半A受審人は,第4号灯浮標から270度200メートルの地点に達したとき,平素から灯浮標の灯質の違いに注意していなかったので,もうろうとした状態で見た第4号灯浮標を航路北口の第6号灯浮標と誤認して,京浜港横浜区に向けて右転したつもりで,コンパスの指度を確認しないまま,自動操舵装置のつまみをおおまかに回して針路を036度に転じ,航路を逸脱してのり養殖漁場に向首したところ,航路を逸脱している船がいるから元に戻せと,東京湾海上交通センター(以下「東京マーチス」という。)からVHFで警告を受けたが,居眠りに陥っていたうえ音量を絞っていたので,これに気付かずに続航した。
20時00分A受審人は,第2海堡灯台から128度3.7海里の地点に達したとき,船首方750メートルのところにのり養殖漁場の南縁に沿って設置された各灯浮標の灯火を視認することができ,その後同漁場に向首して乗り入れるおそれのある態勢で接近していたが,依然,居眠りに陥っていたことにより気付かず,同漁場を避けないまま進行し,20時03分同灯台から123度3.6海里の地点において,同漁場に乗り入れ,泉栄丸は,原針路,原速力のまま,20時04分第2海堡灯台から116.5度3.7海里の地点において,その船首がのり養殖施設の1基に接触した。
当時,天候は晴で風力2の西風が吹き,潮候は下げ潮の初期にあたり,視界は良好であった。
泉栄丸は,さらに隣接したのり養殖施設にも接触し,20時04分半A受審人が目覚めて,ようやく東京マーチスの呼び掛けに気付くとともに,前方に富津岬を視認してレーダーを作動させ,陸岸の映像を認めて手動操舵で左舵一杯をとり,機関を停止して,その後,巡視船に誘導されてのり養殖漁場の外に出た。
その結果,泉栄丸は,推進器にのり養殖施設の錨索が絡まり,同施設は,9基ののり網,枠綱,錨索にそれぞれ損傷を生じた。
(本件発生に至る事由)
1 睡眠不足の状態であったこと
2 前路に他船がいなかったこと
3 椅子に腰掛けたまま船橋当直していたこと
4 居眠り防止装置を使用していなかったこと
5 2台のレーダーを使用していなかったこと
6 船橋内が暖房の効いた状態であったこと
7 眠気を催した際,まさか航路内で居眠りすることはあるまいと思い,他の乗組員に応援を求めて二人で船橋当直するなどの居眠り運航の防止措置を十分にとらなかったこと
8 居眠りに陥ったこと
9 平素から灯浮標の灯質の違いに注意していなかったこと
10 もうろうとした状態で見た第4号灯浮標を航路北口の第6号灯浮標と誤認して,コンパスの指度を確認しないまま,自動操舵装置のつまみをおおまかに回して右転し,のり養殖漁場に向首進行したこと
11 VHFの音量を絞っていたこと
12 のり養殖漁場を避けなかったこと
(原因の考察)
本件のり養殖施設損傷は,居眠り運航防止措置を十分にとっていたなら,発生していなかったものと認められる。
したがって,A受審人が,眠気を催した際,まさか航路内で居眠りすることはあるまいと思い,他の乗組員に応援を求めて二人で船橋当直するなどの居眠り運航の防止措置を十分にとらないまま居眠りに陥り,もうろうとした状態で見た第4号灯浮標を航路北口の第6号灯浮標と誤認して,コンパスの指度を確認しないまま,自動操舵装置のつまみをおおまかに回して右転し,のり養殖漁場に向首進行して同漁場を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,睡眠不足であったこと,椅子に腰掛けたまま船橋当直していたこと,居眠り防止装置を使用していなかったこと,2台のレーダーを使用していなかったこと,平素から灯浮標の灯質の違いに注意していなかったこと及びVHFの音量を絞っていたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
前路に他船がいなかったこと及び船橋内が暖房の効いた状態であったことは,居眠りに陥りやすい要因の一つであるが,航行船にとって特別の状況とはいえず,本件発生の原因とはならない。
(海難の原因)
本件のり養殖施設損傷は,夜間,浦賀水道航路を北上中,居眠り運航の防止措置が不十分で,船橋当直者が居眠りに陥り,同航路を逸脱し,富津岬南岸ののり養殖漁場に向首進行して同漁場を避けなかったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,単独で船橋当直に当たり,京浜港横浜区に向け浦賀水道航路を北上中,眠気を催した場合,居眠り運航とならないよう,他の乗組員に応援を求めて二人で船橋当直するなどの居眠り運航の防止措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,まさか航路内で居眠りすることはあるまいと思い,居眠り運航の防止措置を十分にとらなかった職務上の過失により,椅子に腰掛けたまま居眠りに陥り,もうろうとした状態で見た第4号灯浮標を航路北口の第6号灯浮標と誤認して,コンパスの指度を確認しないまま,自動操舵装置のつまみをおおまかに回して右転し,同航路を逸脱して富津岬南岸ののり養殖漁場に向首進行して乗り入れ,泉栄丸の推進器にのり養殖施設の錨索が絡まり,9基ののり養殖施設ののり網,枠綱,錨索及び養殖のりにそれぞれ損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の三級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
よって主文のとおり裁決する。
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