(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年8月7日18時00分
和歌山県勝浦港北東方沖合
(北緯33度37.0分 東経136度00.0分)
2 船舶の要目
船種船名 |
モーターボートグレースクラブ |
総トン数 |
33トン |
全長 |
19.34メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,471キロワット |
回転数 |
毎分2,300 |
3 事実の経過
グレースクラブ(以下「グ号」という。)は,平成7年11月に進水し,同8年2月にB社が購入したFRP製モーターボートで,船体中央部にキャビン,その下方に機関室がそれぞれ配置されていた。
主機は,キャビン内前部右舷側の操縦席及びキャビン上部の操舵室にそれぞれ設置された操縦卓からの遠隔操縦が可能で,各操縦卓には,回転計,圧力計及び温度計などの計器が組み込まれていた。
機関室には,その中央部両舷の対称位置に2機の主機,その後方に2機の発電機及び燃料消費量がわずかな発電機用原動機が据え付けられており,両主機を挟んだ左右の船側にそれぞれ容量945リットル(L)及び前部に同1,928Lの置きタンクが燃料油タンクとして設置されていた。
主機は,C社が製造した,MTU12V183TE92型と称する高速機関で,燃料として軽油を使用し,最小燃料消費率が1時間1馬力当たり約210グラム(g/ps/h)とされていたが,グ号にはそのことを知るための資料が備えられていなかった。
3個の燃料油タンクは,共通状態にして主機及び発電機用原動機に同油を供給できるよう使用されていたところ,各タンク付のダイアル式油量計及びキャビン内の操縦卓に組み込まれていた遠隔油量計がすべて故障していたので,油量を計測するには,それぞれの頂面に開けられた内径約250ミリメートルの穴(以下「点検口」という。)の蓋を開放して測深する必要があった。
ところで,B社は,グ号の売却を仲介業者に委託していたところ,福岡県在住の購入者との売買契約が成立したので,同業者が京浜港東京区にある造船所で整備を済ませ,前記各油量計を現状のまま,購入者から引渡し地に指定された福岡県博多港までの航海を回航業者D社に依頼した。
D社は,各燃料油タンクが満杯となった状態でグ号を受け取り,回航中に要する燃料油にかかる費用等を,仲介業者に回航後請求する内容の契約でこれを請け負った。
A受審人は,昭和52年6月に甲種二等機関士(のち,三級海技士(機関)に更新)の免許を取得し,漁船の機関長などの職を経験したのち,昭和57年にD社に入社し,同社が請け負った回航などの業務にあたっていた。
D社は,回航に先立って燃料消費計画を立案するにあたり,主機の負荷率を75パーセント,軽油の密度を0.84キログラム毎立方メートルとし,燃料消費率を機関メーカーに問い合わせることなく160g/ps/hとして同油消費量を算定し,更に10パーセントの余裕を見込んだものの,実際の消費量よりも少なく見積もられ,回航中に数回の補油が必要となる旨を記載した同消費計画書を示してA受審人にグ号への乗船を命じ,実際の補油地の選定を同人の判断に委ねた。
A受審人は,回航に際し,前記各油量計が不作動状態であるものの,測深することが可能であることを承知し,前記燃料油消費計画書によれば,1海里あたりの同油消費量が13.62Lであったから,ほぼ計画された負荷率となる毎分2,050の回転数で主機を運転し,約21ノットの速力で航行すると,航程が約200海里の三重県大王埼沖合に達したときには約1,000Lの残量となるので,まだ余裕のあるうちにその近くの三重県浜島港に寄港し,最初の補油を行うつもりでいた。
平成15年8月6日グ号は,各燃料油タンクに軽油を補給してほぼ満杯状態とし,翌7日07時40分A受審人ほか2人が乗り組み,瀬戸内海を経由する予定で博多港に向け前示造船所を発した。
その後,グ号は,主機を予定していた回転数である毎分2,050とし,計画どおりの速力で順調に航行していたが,1海里あたりの実際の燃料油消費量が前記計画量を大きく上回る17.37Lとなったので,同日15時35分ごろ三重県大王埼沖合に至ったとき,同油タンクには辛うじて浜島港に到達できる量である合計約250Lを残すのみとなっていた。
このときA受審人は,折しも台風が接近するとの予報を得ていたので,日没時刻までの余裕があるうちに避泊が容易な瀬戸内海までの航程を短縮しておこうと,浜島港から約65海里先の和歌山県勝浦港に補油地を変更した際,燃料油が同油消費計画のとおりに消費され,予定の残量で十分に航行できるものと思い,同油タンクの点検口から測深するなどして油量の計測を行わなかったので,残量がわずかとなっていることに気づかないまま航行を続けた。
こうして,グ号は,依然として主機を回転数毎分2,050として運転し,燃料油タンク内の残量が更に減少する状況で航行を続けていたところ,18時00分大平石灯台から真方位100度1,700メートルの地点において,同油が欠乏して供給が不能となった左舷主機,続いて右舷主機がいずれも自停した。
当時,天候は雨で,風力2の南風が吹き,海上は平穏であった。
その結果,グ号は,A受審人からの依頼を受けて来援した巡視船に曳航され,和歌山県新宮港に引き付けられたのち,燃料油の補給を受け,主機の運転が可能となった。
(海難の原因)
本件運航阻害は,燃料消費計画を立案するにあたり,主機の燃料消費率の設定が不適切であったばかりか,同計画に基づいて回航中,予定補油地を変更する際,燃料油タンク内の油量計測が不十分で,十分な量を保有しないまま続航しているうち,同油が欠乏し,主機の運転が不能となったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,立案された燃料消費計画に基づいて回航中,予定補油地を変更する場合,それまでの燃料油消費量が計画量を上回っていることがあるから,新たな寄港地までに必要な同油量を判断できるよう,同油タンクの点検口から測深するなどして油量の計測を行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,燃料油が同油消費計画のとおりに消費され,まだ十分な残量があるはずで,予定補油地から少し先まで航程を延ばしても航行できるものと思い,同油タンクの点検口から測深するなどして油量の計測を行わなかった職務上の過失により,同一回転数のまま続航しているうち,同油の欠乏を招き,航行を不能とさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。