日本財団 図書館




 海難審判庁採決録 >  2005年度(平成17年度) >  死傷事件一覧 >  事件





平成17年広審第62号
件名

漁船久吉丸乗組員死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成17年12月7日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(道前洋志,吉川 進,黒田 均)

理事官
阿部能正

受審人
A 職名:久吉丸船長 海技免許:五級海技士(航海)(旧就業範囲)

損害
甲板員が外傷性ショック死

原因
引綱巻揚げ作業中の安全措置不十分

主文

 本件乗組員死亡は,底びき網の引綱巻揚げ作業中の安全措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年9月27日13時35分
 隠岐諸島東方沖合
 (北緯36度11.4分 東経133度56.7分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船久吉丸
総トン数 75.62トン
登録長 27.58メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 404キロワット
(2)設備及び性能等
 久吉丸は,昭和51年6月に進水した沖合底びき網漁業に従事する鋼製漁船で,船体中央部に一層の船橋楼を有し,その船首側に操舵室を設け,同楼下方は,幅2.80メートル長さ5.10メートル高さ1.65メートルのトンネル状で,甲板は全通の木製甲板となっており,同甲板の船尾端には網を船内に巻揚げるためのスリップウエーが設けられていた。また,漁労設備として,船尾両舷側にロープリール,船橋楼船尾側中央部に網巻取リール,船尾ギャロース両舷側にトップローラー,同楼下方トンネル部両舷側壁の船尾側に受けローラー2台(以下,船首側のものを第1ローラー及び船尾側のものを第2ローラーという。)及び同部両舷側壁の船首側に油圧ウインチドラムがそれぞれ設置されていた。

3 操業方法等
久吉丸の行う沖合底びき網漁は,かけ廻し式と呼称されるもので,最初に目印となる浮標を投入し,次に1,800メートルの引綱,網及び1,800メートルの引綱をほぼ三角形になるように20分かけて順に投入して浮標を取り込み,1時間ないし1時間半かけて1.5ノットの速力で引網したのち,20分かけて引綱を巻揚げ,10分かけて網を揚網機で巻揚げて袋網から漁獲物を取り出すもので,2日ないし4日間の操業であった。
 また,引綱の巻揚げ方法は,引綱を船尾ギャロースのトップローラー及び第1ローラーを介して油圧ウインチドラムに4回巻き,更に第2ローラーを介してロープリールに巻き取るものであった。

4 油圧ウインチドラム及び同操作レバーの状況
 油圧ウインチドラムは,甲板上からその中心までの高さが85センチメートル(以下「センチ」という。)のところに設置され,同ドラムの直径は62センチ及び幅は54センチであった。
 また,油圧ウインチドラム操作レバー(以下「操作レバー」という。)は,甲板上からの高さが112センチで,同ドラム端から船尾側60センチのところに下方に向けて取り付けられ,真下が停止,船尾側が巻揚げ及び船首側が巻出しとなっていた。
 したがって,操作レバーの操作は,同ドラムに向かう上側の引綱と同ドラムから出る下側の引綱の間から行うことになり,操作する際には引綱巻揚げ中の油圧ウインチドラムに巻き込まれるおそれがあることから,監視員をつけたうえ経験豊富な乗組員が行う必要があった。

5 A受審人の指導模様など
A受審人は,甲板長を甲板及び漁労両作業の指揮者に定め,また,B甲板員が乗船した際,両作業については,経験豊富な乗組員の作業方法を見て覚えることなどについて指導したが,引綱巻揚げ作業中の監視員を定めたり,B甲板員に対して,同作業中には油圧ウインチドラム及び引綱には接近しないよう指導しなかった。

6 事実の経過
 久吉丸は,A受審人ほか7人が乗り組み,操業の目的で,船首1.8メートル船尾2.2メートルの喫水をもって,平成16年9月26日21時00分兵庫県諸寄漁港を発し,隠岐諸島東方の漁場に向かい,翌27日01時30分北緯36度14分東経134度03分の漁場に至って操業を開始した。
 13時25分A受審人は,船首を西南西に向け,機関を中立として漂泊し,船橋内において油圧ウインチを起動して5回目の揚網作業の開始を指示した。
 甲板上にいた乗組員は,船橋楼下方トンネル部両舷側壁の操作レバーなどをそれぞれ巻揚げの位置に操作して引綱巻揚げ作業を開始し,その後,B甲板員を含む5人の乗組員は,同作業が終了するまでの間船首甲板で待機した。
 B甲板員は,船尾方を向いてトロ箱に腰を掛けて待機していたところ,右舷側油圧ウインチドラムに引綱が絡んだのを認めたが,この状況を待機中のほかの乗組員に知らせることなく,無断で同レバーに接近して右手で停止させようとしたとき,13時35分北緯36度11.4分東経133度56.7分の地点において,900メートルばかり巻揚げられた引綱によって左手が同ドラムに巻き込まれ,続いて頸部などが巻き込まれた。
 当時,天候は雨で風力1の東北東風が吹き,海上は平穏であった。
 船首甲板上で待機していた乗組員は,異変に気付いて右舷側油圧ウインチドラムを停止してB甲板員を救出し,A受審人は,救助を依頼するなどその後の措置に当たった。
 その結果,B甲板員は,ヘリコプターによって病院に搬送されたが,同日16時00分外傷性ショックにより死亡した。

7 事後の措置
 両舷操作レバー及び同レバーの107センチ船尾側に設置されていたロープリール操作レバーは,本件発生の経緯を鑑み,各レバーからそれぞれ延長棒を接続し,油圧ウインチドラムの船首側で操作できるように改善された。

(本件発生に至る事由)
1 B甲板員の漁労作業経験が浅かったこと
2 操作レバーの操作は上側の引綱と下側の引綱の間から行わなければならなかったこと
3 A受審人が引綱巻揚げ作業中に監視員を配置したうえ,経験の浅い甲板員に対し,同作業中には油圧ウインチドラム及び引綱に接近しないよう指導しなかったこと
4 油圧ウインチドラムに引綱が絡んだこと
5 B甲板員が無断で操作レバーを操作しようとしたこと

(原因の考察)
 本件は,A受審人が,引綱巻揚げ作業中に油圧ウインチドラムに引綱が絡んだことが速やかに分かるよう監視員を配置したうえ,経験の浅い甲板員に対し,同作業中には同ドラム及び引綱に接近しないよう指導し,また,同甲板員が引綱の異常を他の乗組員に知らせていれば,同甲板員が操作レバーを操作することはなく,本件発生は防止できたものと認められる。
 したがって,A受審人が,引綱巻揚げ作業の監視員を配置せず,経験の浅い甲板員に対し,同作業中には油圧ウインチドラム及び引綱に接近しないよう指導しなかったことは,本件発生の原因となる。
 また,B甲板員が,無断で操作レバーを操作しようとしたことは,本件発生の原因となる。操作レバーの操作は上側の引綱と下側の引綱の間から行わなければならなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは,海難防止の観点から是正されるべき事項であった。
 B甲板員の漁労作業経験が浅かったこと及び油圧ウインチドラムに引綱が絡んだことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。

(海難の原因)
 本件乗組員死亡は,隠岐諸島東方の日本海において,底びき網の引綱巻揚げ作業を行う際,同作業中の安全措置が不十分で,乗組員が引綱巻揚げ中の油圧ウインチドラムに巻き込まれたことによって発生したものである。
 引綱巻揚げ作業中の安全措置が十分でなかったのは,船長が同作業の監視員を配置しなかったうえ,経験の浅い乗組員に対し,油圧ウインチドラム及び引綱に接近しないよう指導しなかったことと,同乗組員が無断で操作レバーを操作しようとしたこととによるものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,底びき網の引綱巻揚げ作業を行う場合,巻揚げに異常が発生したことが速やかに分かるよう監視員を配置したうえ,経験の浅い乗組員に対し,油圧ウインチドラム及び引綱に接近しないよう指導すべき注意義務があった。しかるに,同受審人は,監視員を配置せず,経験の浅い乗組員に対し,油圧ウインチドラム及び引綱に接近しないよう指導しなかった職務上の過失により,同乗組員が引綱巻揚げ中の油圧ウインチドラムに巻き込まれて死亡する事態が生じるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION