(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年11月28日09時45分
福岡湾北西方沖合
(北緯33度42.2分 東経130度08.6分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
モーターボート咸臨丸 |
総トン数 |
3.8トン |
登録長 |
9.10メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
77キロワット |
(2)設備及び性能等
咸臨丸は,船体中央やや後部に機関室が,その上の船首側に船員室が,同船尾側に操舵室がそれぞれ配置された全通一層甲板を有する最大搭載人員11人のFRP製モーターボートで,前部甲板下には,船員室前面に接して船倉2個が左右並列に設けられ,後部甲板下には,船体中心線上で操舵室後面に接して船倉1個が,同船倉の船尾側で船体中心線の左右に船倉2個が並列にそれぞれ設けられていた。
後部甲板の3個の船倉は,いずれも縦及び横の外寸が64センチメートル(以下「センチ」という。),深さが70センチで,船尾側の左舷船倉のコーミング左舷縁と同側ブルワークとの間隙が33センチであり,同船倉付近のブルワークの高さは甲板上45センチで,ブルワークトップにハンドレールは設置されていなかった。
同船は,救命胴衣を前部甲板の左舷側船倉に7個,操舵室に4個それぞれ備え,救命浮環を同室に1個備えており,後部甲板の左舷側船倉には,重量約10キログラムのステンレス製三爪錨を直径24ミリメートル長さ50メートルの合成繊維製錨索に繋いで収納し,錨索の一端を左舷船尾の係船柱に係止していて,船尾から錨を投入するようにしていた。
(3)来歴等
咸臨丸は,漁船として建造されたものの,平成15年11月に小型船舶として新規登録され,同16年2月A受審人,B船舶所有者及びCの3人が共同して購入したのち,日本小型船舶検査機構の検査を受け,同年3月交付の船舶検査証書に,用途を釣船,航行区域を限定沿海区域,最大とう載人員を船員1人旅客10人とそれぞれ記載された漁船仕様の船舶で,主に休日を利用して航行区域内での釣りや遊走に使用されていた。そして,A受審人とC共同購入者が操縦免許を受有していたことから,釣りで使用するときは目的とする釣場のポイント等に詳しい方が船長となることにしており,本件当時,長間礁のポイントに詳しいA受審人が船長に就くことになった。
3 気象等
本件発生前の気象及び海象は,2日前の11月26日に朝鮮半島北部で発生した低気圧が,発達しながら日本海を北東進し,翌27日には北海道西岸付近に至って中心気圧984ヘクトパスカルとなり,本件当日にはオホーツク海に達したものの,日本海側はその影響を受け,玄界灘周辺には波高約1.5メートルとなる北西のうねりが残っていた。なお,福岡管区気象台では,同月25日18時40分福岡地方に波浪注意報を発表して継続し,本件当日の08時06分にこれを解除した。
4 事実の経過
咸臨丸は,A受審人が1人で乗り組み,C共同購入者ほか知人2人を同乗させ,ひらめ釣りの目的で,船首0.5メートル船尾1.2メートルの喫水をもって,平成16年11月28日07時50分福岡県博多漁港を発し,同県玄界漁港内で餌の小あじを釣ったのち,09時15分同漁港を発進し,長間礁灯標西方の釣場に向かった。
これに先立つ07時ごろ,A受審人は,携帯電話で波高等の気象情報を入手したものの,福岡地方に波浪注意報が発表されていることを知らなかった。そして,博多漁港を出港するにあたり,同乗者が暴露部である後部甲板に乗船したとき,救命胴衣を着用するように指示したものの,同乗者に着用する様子が見られなかったが,知人なので強く言いにくいこともあって,同乗者の海中転落の危険性に備え,自ら救命胴衣を取り出し各自に手渡すなどして救命胴衣着用の徹底を図らなかった。
また,同乗者Dは,綿製の作業服上下を着て運動靴を履き,暴露部である後部甲板に乗船したものの,ブルワークが高くない船体構造でハンドレールがない状況では,船体の動揺等で身体の平衡を失った際,海中に転落する危険性があったが,救命胴衣を着用しなかった。
ところで,咸臨丸における釣りは,錨泊して釣りをすることが多く,知人同士の乗り合わせであったことから,投錨の際の役割分担は決められていなかったものの,船長が釣場に着き機関を停止して合図を送った時点で,同乗者の誰かが錨索に繋いだ錨を投入したのち,釣りを始めるのが習わしとなっており,当日も錨泊して釣りを行うことになっていた。
09時40分ごろA受審人は,目的の釣場から北東方至近の,長間礁灯標北方300メートルばかりの地点に至り,針路を西北西として進行していたとき,北西方からのうねりがあることを認めたが,この程度のうねりであれば釣りができると判断したことから,長間礁を北方から回り込みながら同礁とその東方の柱島との重視線を確認して釣場を決めたのちに,いったん漂泊状態にして投錨することとし,減速しながら左転を開始した。
A受審人は,漂泊状態としたとき,うねりを横方向から受ければ,船体固有の横揺れ周期とうねりとの出会い周期とが一致したときに船体の横揺れが増大し,両手で錨を持って投錨作業を行う同乗者が身体の平衡を保持することが困難となる状況であったが,同乗者が何度も船釣りを経験している人達なので投錨作業を無難に行えるだろうと思い,機関を極微速力前進にかけて船首をうねりに立てるなど,船体の横揺れを防止する安全措置をとることなく,09時44分船首が南南西方を向いたところで,機関を停止して漂泊状態とし,船体がときおり大きく横揺れをし始めたものの,同乗者に対し,改めて救命胴衣を着用するよう指示せずに,釣場に着いた旨の合図を送った。
D同乗者は,船体が横揺れする状況下,同乗者のもう1人が錨を収納している後部甲板の左舷側船倉の蓋を開け始めたことから,自らが錨を持ち上げて投入することとしたものの,依然として救命胴衣を着用しないまま,同船倉付近に赴いたが,横揺れに対して身体を両足で支えられるよう,同船倉の船首側又は船尾側に身体を置くなど,船体が横揺れするときに行う投錨作業時の安全措置をとることなく,同船倉と左舷ブルワークとの間に身体を置いて船内側を向き,同船倉から錨を両手で持ち上げて中腰の姿勢で立ったとき,船体が左舷側に傾いて身体の平衡を失い,09時45分長間礁灯標から真方位276度500メートルの地点において,船首が真方位202度を向いていたとき,同人が船内側を向いた状態で後ろ向きのまま左舷側から海中に転落した。
A受審人は,他の同乗者からの知らせでD同乗者の転落を知り,他の同乗者が操舵室から救命浮環を取り出して投下するも,船体が流されてD同乗者が見る間に離れ,同人に同浮環が届かないでいるうち,同人が海中に没したことから,船体を後退させるべく急ぎ機関を後進にかけたところ,錨索をプロペラに巻き込み,操船不能に陥って動きがとれなくなり,直ちに海上保安部に通報した。
当時,天候は曇で風力2の西寄りの風が吹き,潮候は上げ潮の末期で,波高約1.5メートルの北西のうねりがあった。
その結果,D同乗者が行方不明となり,海上保安部等の捜索活動が行われたが,越えて12月17日福岡湾北西方沖合において遺体で発見され,溺死と検案された。
(本件発生に至る事由)