(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年12月12日13時00分
静岡県仁科漁港北方沖合
(北緯34度47.4分 東経138度45.4分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第3龍弘丸 |
総トン数 |
1.2トン |
全長 |
9.20メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
80キロワット |
(2)設備及び性能等
第3龍弘丸(以下「龍弘丸」という。)は,平成8年9月に進水したFRP製小型兼用船で,刺網漁業及び遊漁船業に使用されていた。
同船は,船体中央より少し後方に操舵室を設け,左舷船首側にネットホーラを備えていたものの,見張りを妨げる構造物はなかったが,速力が7ないし8ノットを越えると船首が浮上し,15ノットばかりで航走すると,操舵室中央よりやや右舷側に立った姿勢では,正船首からそれぞれ左方約7度右方約3度の範囲に死角が生じる状況にあったが,船首を左右に振るなどして見張りを行えば,死角を補うことができた。
3 仁科漁港付近の地勢等
仁科漁港は,伊豆半島西部の中央に位置し,主として沿岸漁業を営んでおり,同漁港から北方の田子漁港にかけての沿岸は,入り組んだ地形となっていて,その沖合には多数の小島が点在し,付近海域がB組合の第1種共同漁業区域の一部とされ,あわび,さざえ,とこぶしなどの好漁場であり,同組合には素潜り漁に従事する潜水者が多数在籍してほぼ周年操業が行われていた。
そして,潜水者の操業形態は,沿岸近くで潜る者,沖合まで泳いで行って潜る者,自船を使って沖合もしくは沿岸近くで錨泊させ付近で潜る者など様々であったが,潜水者がほとんど同じ形及び色の浮樽を携行して操業する実態から,同者が使用する船を見掛けなくても,浮樽があればその付近で素潜り漁が行われていることを,素潜り漁に従事しない漁業関係者等でも十分承知していた。
4 潜水者Cの装備
C潜水者は,黒色のウエットスーツを着用のうえ,手袋,ブーツ,水中眼鏡,シュノーケル,青色の足ひれ及びウエイトベルトを装着し,浮樽として,縦約27センチメートル(以下「センチ」という。)横約40センチ高さ約14センチの発泡スチロールに白色のビニールテープを巻いて白地とし,その両端部分に黄色の同テープを巻いて横帯を付け,採捕した漁獲物を入れるよう袋網が取り付けられたものを携行していた。
5 太陽位置
本件当時の太陽方位が約201度(真方位,以下同じ。),同高度が約29度で,日光が海面で鏡面反射する状況があったが,逆光でなければ肉眼による前方の見張りに支障をきたすという,そして,前示の浮樽を視認することができないというほどの現象ではなかった。
6 事実の経過
龍弘丸は,A受審人ほか1人が乗り組み,5島の小島に瀬渡しした釣り客の見回りと数日前に設置した刺網を揚収する目的で,船首0.15メートル船尾0.50メートルの喫水をもって,平成16年12月12日12時30分仁科漁港を発し,同港北方沖合に向かった。
A受審人は,北西進して高島を含む3島の釣り客を順に見回ったのち,引き続き1海里ほど北上して2島の釣り客の見回りを終えたところで,刺網の揚収のため高島の北北東方の沿岸部に向かうこととし,機関を速力5ないし6ノットの回転数にかけ,操舵室中央よりやや右舷側に立って左手で舵輪を握り南下を始めた。
12時59分半少し前A受審人は,仁科灯台から330.5度2,150メートルの地点に達したとき,刺網設置場所に向ける予定が左舷前方のやとりと呼ぶ島に釣り人が数人見えたので,航走波で釣りの邪魔をしないようにやとりを離して航過するつもりで,針路を160度に定め,機関を回転数毎分2,800にかけ,15.0ノットの対地速力で進行した。
定針したとき,A受審人は,前路に錨泊船など他船を見掛けなかったので水深の深いところで素潜り漁をしている潜水者はいないものと思い,増速し船首が浮上して死角を生じるようになったものの,船首を左右に振るなどして死角を補う見張りを行わないで続航した。
12時59分半わずか過ぎA受審人は,仁科灯台から330度2,050メートルの地点に至ったとき,正船首200メートルのところに,浮樽を視認することができる状況であったが,死角を補う見張りを行わなかったので,これを認めることができず,C潜水者を避けないまま進行した。
こうして,A受審人は,やとりを過ぎ針路を刺網設置場所に向けようとした矢先,13時00分仁科灯台から329度1,850メートルの地点において,龍弘丸は,原針路,原速力のまま,その船底部が,C潜水者に接触した。
当時,天候は晴で風はほとんどなく,潮候は上げ潮の中央期であった。
A受審人は,衝撃に驚いて後方を見たところ,海面に浮いているC潜水者を認め,直ちに同人を収容し浮樽を引き上げて仁科漁港に帰港し,救急車で病院に搬送する措置をとった。
また,C潜水者は,素潜り漁の目的で,自船を仁科漁港に係留したまま,同12日昼ごろからやとりとおじがごしと呼ぶ沿岸の間を泳いで行って前示接触地点付近に至り,自己の存在を示す浮樽を浮かべて操業していたところ,前示のとおり,頭部等に龍弘丸の船底部が接触した。
その結果,龍弘丸は,損傷がなかったが,C潜水者は,脳挫傷や肋骨骨折等により死亡した。
(本件発生に至る事由)
1 死角が生じていたこと
2 やとりを離して航過するつもりで針路を定めたこと
3 15ノットに増速したこと
4 鏡面反射する状況があったこと
5 前路に錨泊船など他船を見掛けなかったので水深の深いところで素潜り漁をしている潜水者はいないと思ったこと
6 死角を補う見張りを行わなかったこと
7 潜水者を避けなかったこと
(原因の考察)
本件は,航行中の龍弘丸が,死角を補って見張りを十分に行っていたなら,潜水者が使用する浮樽に気付いて容易に同者の存在を察知することができ,潜水者を避けるための措置がとられて発生を回避できたものと認められる。
したがって,A受審人が,前路に錨泊船など他船を見掛けなかったので水深の深いところで素潜り漁をする潜水者はいないと思い,船首を左右に振るなどして死角を補う見張りを行わず,同者を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,15ノットに増速したことは,船首の浮上による死角に関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,航行した海域が素潜り漁がほぼ周年行われる操業海域にあたることから,死角を生じさせない程度の速力に減じて安全な速力とし,見張りの時間に十分な余裕を持って慎重に進行するよう,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
龍弘丸において,航走中に操船位置から前方に死角が生じることは,船舶の構造と運用における不可避的事実であって,運航者は,実務上,この事実を前提とした見張りが求められているのであり,本件の場合,船首を左右に5度ばかり振るなどして死角の解消ができたことから,運航者としての定常的な見張りが阻害される状況にあったものとは認められず,死角が生じていたことは,原因とならない。
A受審人がやとりを離して航過するつもりで針路を定めたこと及び鏡面反射する状況があったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
(主張に対する判断)
補佐人は,発泡スチロール製の浮樽があるということで潜水者がいることを認識するには漠然としており,同者がその存在を明らかにするためには,船もしくは旗を立てた浮樽を準備して自己の存在を明確に示すべきであり,C潜水者にも原因があったと,主張するので,以下この点について検討する。
B組合には素潜り漁に従事する潜水者が多数在籍しており,同組合に所属するA受審人は,同者がみんな同じような浮樽と呼ばれる目印になるものを浮かべて素潜り漁をしていることを十分に承知していたうえ,速力をスローにしていたら浮樽を浮かべたC潜水者の存在が分かった,見張りを十分に行っていればこのようなことが起きなかったと述べていること,また,D目撃者がおじがごしからでも浮樽を視認できたこと及び見張り状況についての実況見分調書写中には死角を補えば浮樽を視認することができたとの記載があること,更に浮樽が見えないという客観的な証拠もないのである。
つまり,A受審人が浮樽を浮かべて素潜り漁に従事中のC潜水者に気付かなかったことは,死角を補う見張りをしていなかったことに起因するものであるから,敢えて,補佐人の主張を是認する理由はない。
(海難の原因)
本件潜水者死亡は,静岡県仁科漁港北方沖合において,航行中の龍弘丸が,見張り不十分で,自己の存在を示す浮樽を浮かべて素潜り漁に従事中の潜水者を避けなかったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,静岡県仁科漁港北方沖合において,素潜り漁の操業海域を航行する場合,船首浮上による死角を生じていたのであるから,潜水者やその使用する浮樽を見落とさないよう,船首を左右に振るなどして死角を補う見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,定針したとき,前路に錨泊船など他船を見掛けなかったので水深の深いところで素潜り漁をしている潜水者はいないものと思い,死角を補う見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,自己の存在を示す浮樽を浮かべて素潜り漁に従事中のC潜水者に気付かず,これを避けないまま進行して同潜水者と接触する事態を招き,脳挫傷や肋骨骨折等により死亡させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
よって主文のとおり裁決する。
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