(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年8月1日17時01分
神奈川県逗子市逗子海岸
(北緯35度17.4分 東経139度34.3分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
水上オートバイアップルハウス |
登録長 |
2.66メートル |
機関の種類 |
電気点火機関 |
出力 |
95キロワット |
(2)設備及び性能等
ア アップルハウス
アップルハウス(以下「ア号」という。)は,平成12年7月に製造されたB社製のジェットスキー1100STXDI型と称する3人乗り用FRP製水上オートバイで,艇体中央部に座って操縦し,ハンドル左グリップにスターターとストップスイッチ,同右グリップにスロットル及びハンドル中央部前面の艇体にデジタル表示の速力計がそれぞれ取り付けられていた。
イ 被引浮体
被引浮体(以下「バナナボート」という。)は,直径0.65メートル長さ5.30メートルの両端が紡錘形となった黄色ビニール製で,両側下部に直径0.3メートルの同ビニール製の浮体を取り付けて足置きとし,中空を空気で充満し5人乗りで利用されるようになっていて,乗客は本体に跨って(またがって)両足を足置きに乗せ,本体上部に0.7メートル間隔に取り付けられた化学繊維製の持ち手に両手でつかまり,ア号が本体前部左 右のリングに取り付けた曳航索(えいこうさく)を引いてその遊走並びに落水のスリルを楽しむようになっていた。
バナナボートは,安定性が悪く,遊走中に簡単に転覆する類の浮体で,乗客が落水することは普通に起こることであった。
3 事実の経過
ア号は,A受審人が乗り組み,後部座席に見張り員1人を乗せ,船尾に長さ18メートルの曳航索で5人乗りバナナボートを引き,前から男性,女性,女性,男性の順番で乗客4人を乗せ,遊走する目的で,船首尾とも0.3メートルの等喫水をもって,平成16年8月1日16時59分神奈川県葉山港A防波堤灯台(以下「A灯台」という。)から055度(真方位,以下同じ。)900メートルの地点となる逗子海水浴場の海岸を発し,同海岸から西方に200メートルほど離れた同海水浴場沖合の水域に向かった。
ところで,A受審人は,4年前からバナナボートの遊走を営んでいたが,乗客に泳げるか否かを尋ねたのみで,骨折をする危険な事態もあることを十分に説明しておらず,同ボートからの落水時に乗客同士がぶつかることを知っていたのに,遊走するに際して救命胴着を着用させたものの,これまで頭部に大けがをした乗客がいなかったので大丈夫と思い,ヘッドギア等の頭部保護具を着用させる安全措置を十分にとらなかった。
こうしてA受審人は,前示発進地点から西方約200メートルまでの徐行水域を時速5キロメートル(以下「キロ」という。)ないし10キロで徐行したのち20キロに増速し,折からの南南東風の風波によりバナナボートの上下動が大きくなる中を西航し,17時01分少し前A灯台から048度760メートルの地点に達したとき,右転して355度の針路に定め,30キロに増速し,約400メートル前方の折り返し地点に向け進行中,17時01分A灯台から044度800メートルの地点において,乗客全員が同ボートの右舷側後方に落水し,前から2番目と3番目に乗っていた女性客同士の頭部がぶつかった。
当時,天候は曇で,風力4の南南東風が吹き,潮候は上げ潮の末期であった。
A受審人は,後部座席の見張り員から乗客の落水を知らされ,直ちに落水地点に戻り,引き続き搭乗を希望する男性客2人を乗せて遊走を再開する一方,女性客2人を別の水上オートバイにより海水浴場の海岸まで運ばせた。
その結果,女性客1人が間もなく手配された救急車により病院に搬送され,2週間の入院治療を要する外傷性脳内出血,頭蓋骨骨折等と診断された。
(本件発生に至る事由)
(1)バナナボートを30キロの速力で曳航したこと
(2)搭乗者に対して骨折をする危険な事態もあることを十分に説明しなかったこと
(3)A受審人が,落水時に乗客同士がぶつかることを知っていたものの,これまで頭部に大けがをした乗客がいなかったので大丈夫と思い,ヘッドギア等の頭部保護具を着用させる安全措置をとらなかったこと
(原因の考察)
バナナボートは,安定性が悪く,曳航中に簡単に転覆する類の浮体であり,乗客の落水は普通に起こることで,落水時に乗客同士が身体をぶつけ合うことは容易に想定できたのであるから,頭部を保護するヘッドギアを着用させる措置をとっていたなら,本件は発生しなかったものと認められる。
したがって,A受審人が,落水時に乗客同士がぶつかることを知っていたものの,これまで頭部に大けがをした乗客がいなかったので大丈夫と思い,ヘッドギア等の頭部保護具を着用させる安全措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,搭乗者に対して骨折をする危険な事態もあることを十分に説明しなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
バナナボートを30キロの速力で曳航したことは,搭乗客が子供や老人ではなく若者である場合の通常の遊走速力であったと考えられるから,原因とするまでもない。
(主張に対する判断)
補佐人は,本件のような頭部の事故を予見する可能性がないので,ヘルメットを着用させる義務はない旨主張するので,このことを検討する。
一般的に危険な行為を行うにあたっての安全配慮義務は,危険性の高い行動であればあるほど重くなり,車,船舶等の免許制度は一種の安全教育も含めて高度な安全配慮義務を履行させるためのものと言える。
小型船舶操縦士免許を受有するA受審人が,バナナボートによる遊走を営業して客を搭乗させる場合,明文化された契約を交していなくても,乗客との間に発生する安全配慮義務があり,同受審人は,それまでの経験から落水時に乗客同士がぶつかることを認識していたのであるから,頭部負傷を引き起こす可能性のあることは十分に予見できると認められ,搭乗客に対してヘッドギアを着用させる等の具体的措置を講じ,安全に十分に配慮した上で実施する注意義務があったと言うべきである。
よって,補佐人の主張は採用しない。
(海難の原因)
本件被引浮体乗客負傷は,神奈川県逗子市逗子海岸において,ア号が,バナナボートを引いて遊走する際,乗客の落水に対する安全措置が不十分で,遊走中に落水した乗客同士がぶつかったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,神奈川県逗子市逗子海岸において,客を乗せたバナナボートを引いて遊走する場合,それまでも遊走中に落水した乗客同士がぶつかることがあったから,頭部に大けがをする事態を招かないよう,ヘッドギア等の頭部保護具を着用させて,乗客の落水に対する安全措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,これまで頭部に大けがをした乗客はいなかったので大丈夫と思い,乗客の落水に対する安全措置を十分にとらなかった職務上の過失により,落水した乗客同士がぶつかり,1人に2週間の入院治療を要する外傷性脳内出血,頭蓋骨骨折等を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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