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平成17年広審第46号
件名

貨物船(船名なし)作業員死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成17年10月4日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(吉川 進,川本 豊,米原健一)

理事官
河本和夫

指定海難関係人
A社 業種名:造船業
B社 業種名:造船業

損害
作業員が溺死

原因
舷外作業の安全管理不十分

主文

 本件作業員死亡は,造船所で建造中の貨物船において,舷外作業についての安全管理が十分でなかったことによって発生したものである。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年3月18日15時55分
 広島県三原市
 (北緯34度20.1分 東経133度02.6分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船(船名なし)
総トン数 90,091トン
全長 288.93メートル
機関の種類 ディーゼル機関
(2)設備及び性能等
 本船は,C社がD社から受注し,A社が第2,177番船として建造中であった鋼製ばら積貨物船で,平成15年12月20日に起工され,翌16年2月23日に進水したのちA社造船所7号岸壁に右舷付けで係留され,艤装作業が行われていた。
ア 船体
 船体は,9個の貨物倉を有する全通甲板型で,上甲板下の船首部にボースンストアと船首タンクが,船尾部に機関室,船尾タンク及び操舵機室がそれぞれ配置され,船尾甲板室に居住区及び船橋が配置されていた。
イ 船尾甲板室
 船尾甲板室は,上甲板に空調機械室,食糧庫,ペイントロッカー,非常発電機室等を,その上にA甲板からD甲板まで4層の居住区と最上部に航海船橋をそれぞれ配置し,上甲板からB甲板までは幅20.8メートル長さ14.4メートルの箱形をなしていた。
ウ A甲板
 A甲板は,箱形の居住区の両舷側に救命艇等の乗り場が張り出し,甲板端部周囲にカーテンプレートが取付けられ,同プレート上端が高さ90ミリメートル(以下「ミリ」という。)のコーミング状になっており,両舷に膨張式救命いかだと並んで救命艇がダビットに収納されて装備されるようになっていた。


エ 救命艇ダビットと付属設備
 救命艇ダビットは,ヒンジ式重力型で,A字形のクレードルガイドが,舷端での傾斜が1,000分の7.5のキャンバーの甲板上に据え付けられ,同ガイド上のヒンジを支点とするクレードルが全長5.7メートルの全閉囲型救命艇を吊り,水平方向の振り出し距離が3,461ミリで,軽貨状態において船体傾斜角が20度のときにも降下できるものであった。


 付属設備は,救命艇振り出し時に,船体の傾斜や動揺で救命艇体が甲板に乗らないよう,舷端のコーミングの上に滑り台状の一対のボートスキッドが,ボートスキッドの間に縄梯子格納台,乗込み手摺などがあり,更にボートスキッド間のコーミングには,ローププロテクターと呼ばれる長さ900ミリ外径19ミリの棒鋼が縄梯子のすり切れ防止用に取り付けられようになっていた。


(3)建造工程
ア 進水と艤装
 主要な建造工程は,船尾甲板室を含む船殻の接続によるブロック組立工事がドライドックで行われ,進水後,艤装のため岸壁に係留され,甲板部ではハッチカバーの取付け,配管の接続と計装,外部甲板周りの艤装品取付け,航海計器類の取付け及び居住区内装が,また機関部では,機器の最終据付け,機関計装,配管接続の仕上げがそれぞれ行われるものであった。
イ 艤装中の係留
 船体は,直径2.5メートルの空気式防舷材を挟んで第7号岸壁に右舷付けされ,右舷救命艇横の外舷の直下が,岸壁から5メートルないし6メートル離れた海面上であった。
ウ 救命艇ダビットの艤装
 救命艇ダビットは,3月15日からダビット本体の設置,付属する設備の取付けが行われ,その後つり索となるワイヤロープの巻取りと救命艇搭載,降下試験などが続けられることになった。

3 建造工程での安全管理
(1)安全管理に関する規定
 A社は,造船所構内で発生する労働災害を未然に防止するために,創業以来の事故例と,造船団体で作成した安全指導の資料などを基に溶接,高所作業など作業内容に応じた作業基準を順次作成し,平成元年に安全衛生管理規程集にまとめて社員及び協力会社員の訓練と教育に用いていた。
(2)高所作業
 高所作業は,足場作業基準,足場架設基準及び足場技術標準によって規定されており,舷外に身体の重心を移して行う,いわゆる舷外作業を含め,高さが2メートルを超える箇所での作業と定義されていた。
 足場作業基準は,高所作業を行う際には足場を作業床とすることなど,足場架設基準は足場の設置要領を,また足場技術標準は,足場の分類,構造,足場材料の詳細などをそれぞれ規定していた。
 足場は,A社で認証された足場の組立等作業主任者(以下「足場主任」という。)が,これらの基準に則って構築することになっていた。
(3)ブラケット
 足場に使われるブラケットは,足場技術標準の中に7種類のものが製作図で示され,材料と寸法が詳細に規定されていた。
E作業員は,以前から自製していたものか,厚さ10ミリ幅65ミリ長さ500ミリないし650ミリの 鋼材に,フォークエンド形状にする挟み付けピースを溶接し,ボルトで舷端のコーミングなどに取り付けるブラケットとし,先端に470ミリ高さのスタンションを取り付けたものを,自らの道具箱に保管していた。
 道具箱に保管されていたブラケットは,足場技術標準の規定に合致しないもので,取付部に三角形の支えを有しておらず,挟み付けピースをブラケット本体に溶接した箇所には,片側のみビードが盛られていた。


(4)A社の安全管理
 A社は,安全衛生管理機構を設定し,工作グループについては,船装,機装,外業,塗装及び船渠の各チームと,その下の班毎に作業上の安全項目をチェックする体制を整え,毎日各チーム,協力会社及び安全警備チームがパトロールして不安全作業のチェックを行っていた。
 足場作成の手続は,高所作業が必要になったときに協力会社の作業責任者がA社の担当技師に申請し,同技師が外業チームに依頼し,同チームが足場設置の協力会社に足場作成を指示して足場主任によって構築させることとしていた。
 A社は,艤装中の現場でも前示現場パトロールを行わせていたが,足場のないまま身体を舷外に乗り出す態勢で行われている作業がチェックできず,協力会社であるB社に対して,艤装岸壁における舷外作業について足場構築を行うよう安全意識を徹底させていなかった。
(5)B社の安全管理
 B社は,A社から同型船の一連の艤装工事を請け負い,10人ないし15人毎に作業責任者が作業管理に当たる中,作業員数人ずつの単位に分け,あるいは,内容によっては作業員1人にそれぞれ作業に当たらせていた。また,数名の社員が足場主任の資格を有していたが,A社の担当技師を経由する前示手続によって足場を構築することを原則としていた。
 また,管理職と作業責任者が現場を見回るなどしていたが,現場における工具,治具等の使われている様子や,身体を舷外に乗り出す作業状況を把握していなかったので,救命艇ダビットの艤装工事において,足場を構築する措置をとっておらず,作業者に,舷外に乗り出す態勢で作業を行わせていた。

4 事実の経過
 B社は,本船の居住区内外の艤装を請け負い,平成16年3月15日からA甲板の救命艇ダビット本体と,付属設備の取付けを開始し,作業責任者が図面で確認した据付位置に仮付けを行い,溶接担当の作業員に仕上げ溶接を行わせた。
 E作業員は,同月17日に左舷の救命艇ダビットの乗込装置等,付属設備の仕上げ溶接を行い,翌18日09時から1人で右舷の同設備にとりかかって午前中にボートスキッドと縄梯子格納台の,午後に乗込み手摺の仕上げ溶接を順次行った。
 ところで,ローププロテクターは,一対のボートスキッドと乗込み手摺及び縄梯子格納台との間に囲まれた位置に取り付けられるので,厚さ10ミリのコーミングの上辺に仕上げ溶接するに当たり,外側のビードを盛るときには身体を舷外へ乗り出す態勢をとる必要があったが,B社が,救命艇ダビットの艤装工事に当たって予め足場を構築する措置をとらなかったので,現場の作業員が工夫して溶接作業を行っており,E作業員は,左舷側では自製のブラケットで足場を架設して溶接した。
 E作業員は,足場主任の資格がなかったが,15時30分ごろ前日と同様に足場技術標準に合致しないブラケット2本をボートスキッドの船首尾のコーミングに取り付け,現場近くに積まれていた足場板を両ブラケットの上に渡し,両ブラケットのスタンション先端の間にナイロン製の安全標識ロープを張った。
 こうして,E作業員は,自ら架設した足場に身体を載せて舷外に乗り出し,安全ベルトのフックを固定物に掛けずに安全標識ロープに掛け,ローププロテクターの外側を溶接し始めて船首側から50ミリほどビードを進めたところ,15時55分高根島灯台から真方位270度1.6海里の地点において,片側のブラケットの挟み付けピースが溶接部分で折れ,荷重がかかった他方のブラケットもコーミングから外れ,足場と共に直下の海面に転落した。
 当時,天候は晴で風はほとんどなく,海上は穏やかであった。
 その結果,E作業員は,作業用救命衣を装着していなかったので海中に沈み,第7岸壁隣の船殻組立場の作業員が,ブラケットが折損した音などに気付いてE作業員の落下を目撃し,海中転落を通報し,その後駆けつけた潜水士によって16時43分ごろ現場海底から引き揚げられたが,作業員Eは,病院に運ばれて溺死と検案された。

5 事後の措置
 A社は,B社を交えた対策会議を開いて落下に至る経過の把握に当たり,海中から回収されたブラケットが足場基準に合致しない構造であったこと,安全ベルトのフックがブラケットの安全標識ロープに掛けられていたこと,足場主任による正規の足場ではなったこと,救命艇ダビットの付 属設備の取付け箇所が近接しているため舷外に乗り出して作業を行わなければならない状況であったことなどを再検討し,
・舷外作業をなくすよう,船殻製作の段階で先行して艤装工事を行う
・協力会社に対して,作業員の作業状況を的確に把握させ,舷外を含む高所作業に対する考え方を徹底させる
・足場作成の基準を確認し,基準に合致しない足場材を一掃する
・安全ベルトを固定物に掛けることを徹底指導する
等の改善を行った。
 B社は,足場技術標準に合致しない足場材が他にないか作業員の道具箱を点検し,岸壁での艤装工事の実態を検討して,船殻製作中に付属設備等を取り付ける工程に変更したほか,舷外作業をとらざるを得ないときには予め足場を構築することとした。

(本件発生に至る事由)
1 A社が,B社に対して,岸壁における舷外作業について足場構築を行うよう安全意識を徹底させていなかったこと
2 B社が,救命艇ダビットの艤装工事において,足場を構築する措置をとっていなかったこと
3 道具箱に保管されたブラケットが,足場技術標準の規定に合致しないもので,挟み付けるピースをブラケット本体に溶接した箇所が,片側のみのビードであったこと
4 作業員が,足場主任の資格がなかったが,足場技術標準に合致しないブラケットを用いて自ら足場板を架設したこと
5 作業員が,安全ベルトのフックを固定物に掛けなかったこと
6 作業員が,作業用救命衣を着用していなかったこと

(原因の考察)
 本件作業員死亡は,岸壁に係留中,A甲板の右舷端で,救命艇ダビットの付属設備を取り付けるために,作業員が舷外に乗り出す態勢で溶接を行っていたところ,基準に合致しないブラケットで架設された足場が落下したことによって発生したものである。
 A社は,足場作製の手続,足場作製の専門化などを明確に設定し,作業状況を現場パトロールでチェックする体制を敷いていたが,基準に合致しない足場材が使用されていることを把握していなかった。すなわち,ボートスキッドと乗込み手摺等に囲まれた状態でローププロテクターを取り付ける溶接を行う際,身体を舷外に乗り出す状況にあったが,A社が,協力会社であるB社に対して,艤装岸壁における舷外作業について足場構築を行うよう安全意識を徹底させていなかったことは,本件発生の原因となる。
 B社は,同型船の一連の工事を請け負い,救命艇ダビットの艤装工事において,作業責任者が足場作製を検討した様子はなく,作業員が身体を舷外に乗り出すことになる状況にあっても,足場のないまま作業を行わせていたのが実情であり,足場を構築する措置をとっていなかったことは,本件発生の原因となる。
 道具箱に保管されたブラケットが,足場技術標準の規定に合致しないもので,挟み付けるピースをブラケット本体に溶接した箇所が,片側のみのビードであったこと,作業員が,足場技術標準に合致しないブラケットを用いて自ら足場板を架設したことは,同作業員が溶接の仕上がりを良くすることを目指して個人的に工夫して作製した結果と認められるが,数多くの経験,知見などが集大成された足場に関する基準類に沿わず,放置されると直接に安全を脅かすものであった。また,同作業員が,安全ベルトのフックを固定物に掛けなかったことは,安全作業に関する教育が十分に浸透していなかったことを示し,これらを排除できなかったのは,A社及びB社の安全管理が十分でなかったことによる。
 作業員が,作業用救命衣を着用していなかったことは,作業船での作業時以外に着用する習慣がなく,着用しておれば転落しても浮上して死亡に至らなかった可能性があるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件作業員死亡は,造船所で建造中の貨物船において,舷外作業についての安全管理が不十分で,救命艇ダビットの付属設備を取り付ける際,作業員が基準に合致しないブラケットを用いて足場を架設し,安全ベルトを固定物に取らないまま,身体を載せて舷外に乗り出して溶接を行い,足場が落下したことによって発生したものである。
 安全管理が十分でなかったのは,造船業者が,協力会社に対して舷外作業について足場構築を行うよう安全意識を徹底させていなかったことと,協力会社が,救命艇ダビットの艤装工事において,足場を構築する措置をとっていなかったこととによるものである。

(指定海難関係人の所為)
 A社が,岸壁で艤装工事中の貨物船で,協力会社であるB社に対して舷外作業について足場構築を行うよう安全意識を徹底させていなかったことは,本件発生の原因となる。
 A社に対しては,本件後,舷外作業をなくすよう,船殻製作の時点で先行して艤装工事を行う工事管理を行い,協力会社に対して高所作業に対する考え方を徹底させ,足場作成の基準を確認する等の改善を行ったことに徴し,勧告しない。
 B社が,救命艇ダビットの艤装工事において,足場を構築する措置をとっていなかったことは,本件発生の原因となる。
 B社に対しては,本件後,足場技術標準に合致しない足場材を一掃し,岸壁での舷外作業の実態を検討して,船殻製作中にダビット付属設備を取り付ける工程に変更するとともに,舷外作業をとらざるを得ないときには予め足場を構築していることに徴し,勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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