(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年10月25日14時28分
石川県金沢港北西方沖合
(北緯36度47.0分 東経136度26.2分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船千栄丸 |
総トン数 |
12トン |
全長 |
20.30メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
120 |
(2)設備及び性能等
千栄丸は,平成12年10月に進水した小型底びき網漁業に従事するFRP製漁船で,船体ほぼ中央部に,上段が操舵室で下段が機関室囲壁となっている船橋楼が設けられていた。
操舵室の床は,甲板上の高さが1.10メートルで,同室内の前部右舷側に操舵スタンド,主機遠隔操縦装置,磁気コンパス及びレーダーが,操舵スタンドの左舷側にレーダープロッター,GPSプロッター及び魚群探知機がそれぞれ配置され,同室後部右舷側に船長用のいすが,後部左舷側に潮流計がそれぞれ置かれていた。
また,操舵室前面から船首端までの長さが約8.80メートルで,長さ6.0メートル幅3.90メートルの船首甲板上には2台のネットローラが両舷側から使用できるよう船首尾線に対して平行に設置され,船橋楼下段の機関室囲壁前部両側面にはそれぞれ1基の揚網用ウインチのワーピングドラムが設置されていた。
機関室囲壁の後端から船尾端までの長さは5.50メートルで,船尾甲板上には3台の曳網索巻取リールが装備されていた。
船首甲板下は,船首から順にサイドスラスター室,氷倉,2区画の魚倉及び船具倉からなっており,船尾甲板下は,船員室及び2区画の船具倉が,それぞれ設けられていた。
上甲板両舷側には,甲板上の高さ約1.0メートルのブルワークが船首から船尾まで設けられ,その内側に沿って甲板上高さ約35センチメートル(以下「センチ」という。)のところに幅約40センチの段状の台が設けられ,投網作業時等における足場として用いられていた。
また,操舵室前面から前方2.6メートル及びその前方1.6メートルの右舷側ブルワーク上に,直径10センチ高さ90センチのステンレス製スタンションが,投網時における漁網の走出口として立てられていた。
3 操業形態
(1)漁法
千栄丸の漁法は,左かけ廻し式底びき網漁と称し,船尾右舷側から曳網索を付けた目印ブイを海上に投下し,同ブイに取り付けた同索を繰り出しながら機関を全速力前進として約10ノットの速力で直進し,同索を約1,100メートル繰り出したところで,原針路より約68度左に向けたのち再び同索を繰り出しながら直進し,やがて投網に備えて機関を約3ノットの極微速力前進に減速して,約700メートルの曳網索が出たところで袖網を右舷側から投下し,続いて袋網を投下するとともに進路を約96度左に変え,更に袖網を投下したうえ,機関を使用して約10ノットの速力に戻して曳網索を約700メートル繰り出しながら直進し,進路を左に転じて前示目印ブイに向かい,同ブイを回収したのち曳網作業を行うというものであった。
(2)漁網及び曳網索
漁網は,長さ20メートルの袋網開口部に長さ30メートルの袖網2枚を付けて全長50メートルとし,袋網の末端には網の沈下を早めるための錘が付けられていた。また,袋網に漁獲物が多く入り過ぎて同網を直接クレーンで海中から吊り揚げられない状態となったとき,舷側から袋網の末端部を先に引き揚げるために使用する「引き寄せ綱」と称する,長さ6メートル直径8ミリメートルのロープを袋網末端部に取り付け,同網開口部に向けて沿わせるように約50センチ毎に細索で仮止めされていた。
そして,曳網索は直径28ミリメートル全長1,800メートルのものが2本,船尾曳網索巻取リールにそれぞれ巻き取られていた。
(3)所要時間
千栄丸の1回の操業時間は,目印ブイの投下から回収までが約15分間,網の投下時間だけでは約1分間かかり,同ブイ回収後約50分間曳網を行い,その後約20分間かけて船首から揚網を行うものであった。
4 事実の経過
千栄丸は,A受審人及びB指定海難関係人ほか甲板員1人が乗り組み,底びき網漁業に従事する目的で,船首0.50メートル船尾2.00メートルの喫水をもって,平成16年10月24日23時00分金沢港を発し,翌25日00時40分ごろ同港北西方14海里ばかりの漁場に至って操業を開始した。
ところで,千栄丸の操業中における最も危険な作業は,狭隘な船首甲板上に積まれた漁網を右舷舷側から走出させるときであった。この作業を安全に行うため,B指定海難関係人及び甲板員は,揚網時に次回の投網に備え,袖網,袋網及び袖網と走出順に船首甲板上に整理して並べ,漁網走出口前部のブルワーク上に袋網の末端部付近をかける状態にしていたが,5回目の揚網時には,袋網の整理が不十分で,引き寄せ綱のたるみ部分が足場上にはみ出していた。
14時20分A受審人は,金沢港西防波堤灯台から321度(真方位,以下同じ。)11.6海里の地点において,当日6回目の操業を開始することとし,自らは操舵室内右舷側において指揮を執っていたが,右舷船首部のところに立っているB指定海難関係人が,長年底びき網漁船に乗船して経験を積んでいたから,投網に備えて漁網の整理や足元の安全確認をするよう指示するまでもないと思い,安全措置を十分にとらないまま,目印ブイを右舷船尾から投下させ,自らは曳網索の走出状況を確認しながら操船に当たり,針路を自動操舵により248度に定め,機関を全速力前進にかけて10.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で進行した。
14時25分A受審人は,曳網索を1,100メートル繰り出したところで自動操舵のまま針路を180度に転じて続航し,やがて投網に備えて機関を極微速力前進の3.0ノットの速力に減じ,曳網索が700メートル繰り出された同時27分半,操舵室右舷側のブルワーク内側足場のところで待機していたもう1人の甲板員に袖網を投入させ,操舵室右舷側窓から船尾方を見てその走出状況を確認していた。
一方,B指定海難関係人は,漁網の整理状態を十分に確認せず,袋網から引き寄せ綱がはみ出ていることに気づかないまま,目印ブイを投 下後船首甲板右舷側の漁網走出口前部の足場上に立ち,曳網索の走出状況を見張り,足元の安全確認を十分に行わないまま,袖網が走出し終えたとき,袋網末端部の錘を投下するため,袋網の方に左足を踏み出したところ,引き寄せ綱の内側に左足が入り,絡め取られた。
こうして,千栄丸は,180度の針路,3.0ノット速力で進行中,14時28分金沢港西防波堤灯台から316.5度11.4海里の地点において,B指定海難関係人の左足が引き寄せ綱に引きずられてブルワークに激突した。
当時,天候は曇で風力3の西風が吹き,視界は良好で,海上は穏やかであった。
A受審人は,B指定海難関係人の悲鳴を聞いて,同指定海難関係人がブルワーク上の船首側スタンションにしがみついているのを認め,機関を後進にかけて漁網の走出を止めた。
その結果,B指定海難関係人は,左下腿骨開放骨折,膝窩動脈損傷などの重傷を負った。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が,投網作業時に船首甲板上の甲板員に対して漁網の整理や足元の安全確認について十分指示しなかったこと
2 甲板上における漁網の整理が十分でなく,袋網に取り付けられた引き寄せ綱をたるませたままの状態で足場上に放置していたこと
3 B指定海難関係人が投網時に足元の安全確認を十分に行わなかったこと
(原因の考察)
本件乗組員負傷は,かけ廻し式底びき網漁において,船首甲板で投網作業に当たっていた甲板員が,走出する袋網に取り付けられていた引き寄せ綱のたるみ部に足を踏み入れて引きずられ,ブルワークに激突したことによって発生したものである。
A受審人が投網作業時に,操舵室から船首甲板上の甲板員に,漁網の整理及び足元の安全確認を十分に行うように指示するなど,安全措置が十分でなかったことは,本件発生の原因となる。
B指定海難関係人が,5回目の揚網作業を終えたとき,船首甲板上の漁網の整理を十分に行わず,袋網に付けられていた引き寄せ綱をたるんだ状態のまま足場上に放置していたこと,投網時に足元の安全確認を十分に行わなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
(海難の原因)
本件乗組員負傷は,石川県金沢港沖合において,かけ廻し式底びき網漁に従事中,投網作業時の甲板上における安全措置が不十分で,甲板員が,袋網からはみ出した引き寄せ綱に左足を絡め取られて引きずられ,ブルワークに激突したことによって発生したものである。
安全措置が不十分であったのは,操舵室から投網作業を指揮していた船長の船首甲板上の甲板員に対する漁網の整理及び足元の安全確認についての指示が十分でなかったことと,同甲板員が,甲板上の漁網の整理が不十分であったばかりか投網時の足元の安全確認が不十分で,同網からはみ出していた引き寄せ綱に左足を踏み入れたこととによるものである。
(受審人等の所為)
1 懲戒
A受審人は,石川県金沢港沖合において,かけ廻し式底びき網漁に従事して投網作業を指揮する場合,甲板上の作業において漁網走出時が最も危険であったから,乗組員が漁網などに足を取られることのないよう,漁網の整理及び投網時における足元の安全確認について十分に指示すべき注意義務があった。しかし,同受審人は,甲板員が長年底びき網漁船に乗船して経験を積んでいるから大丈夫と思い,漁網の整理及び投網時における足元の安全確認について十分に指示しなかった職務上の過失により,同甲板員が網からはみ出していた引き寄せ綱に左足を踏み入れ,引きずられてブルワークに激突して左足を骨折するに至らせしめた。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
2 勧告
B指定海難関係人が,船首甲板において投網作業を行う際,安全措置が十分でなかったことは,本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては,投網時における足元の安全確認などを十分に行わなかったことについて深く反省している点に徴し勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。
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