(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年3月13日17時30分
島根県地蔵埼北東方沖合
(北緯35度38分 東経133度28分)
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船栄進丸 |
総トン数 |
86トン |
登録長 |
28.00メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
661キロワット |
回転数 |
毎分395 |
3 事実の経過
栄進丸は,昭和63年5月に進水した鋼製漁船で,兵庫県香住漁港を基地として主に島根県,山口県沖合において底引き網漁業に従事し,主機としてB社が製造したT26SR型と称するディーゼル機関を装備し,主機にはC社が製造したVTR201−2型と称する過給機が備えられていた。
過給機は,軸流排気ガスタービンが遠心ブロアを駆動するもので,タービンロータ軸にブロアインペラを取り付け,同軸をタービン側の単列玉軸受とブロワ側の複列玉軸受とで支持し,全体をタービン車室,排気入口囲,渦巻室及びブロア覆と呼ばれる各ケーシングに収めていた。
過給機のロータ軸は,排気ガスが外部への通気穴や軸受室に漏れないよう,タービンロータと軸受との間に4列及び5列の2群のラビリンスフィンが植え込まれ,両フィン群の中間部にブロワからシール空気が導入されていた。
過給機の軸受は,給気側がブロワ覆の軸受箱に,また,排気ガス側が排気入口囲の軸受箱にそれぞれ収められ,軸端に取り付けられた円板式潤滑油ポンプが噴射する潤滑油で潤滑されるようになっていた。
軸受箱は,円形のエンドカバーを取り付けて潤滑油が溜められ,ロータ軸が貫通する箇所に潤滑油漏れを抑えるブッシュが取り付けられ,同カバーには潤滑油の常用油面を示す上限線と下限線が刻まれた円形のアクリル製油面計が装着されていた。
過給機の潤滑油は,タービン油が常用油面の高さでは400ミリリットルほど溜められ,取扱説明書に運転時間500時間毎に取り替えるよう記載されていた。
栄進丸は,毎年9月1日から翌年の5月31日までを漁期とし,主機の年間の運転時間が4,950時間ほどで,6月以降の休漁期間中に上架され,2年毎に主機のピストン抜きなど開放整備が行われた。
ところで,栄進丸は,約20分間の投網作業の間に,繰り出した網と引き綱のたるみを除去するために,いったん引き綱の繰り出しが止められるとともに,主機ハンドルが急激に下げられ,主機の回転数が毎分350から250ほどに低下するので,その都度過給機が激しくサージングを起こし,その回数が1日に20回ないし30回ほどになった。
過給機は,平成16年2月に排気ガス側が損傷してタービンロータ軸,タービン側軸受などが取り替えられた。
A受審人は,昭和34年から底びき網漁船の機関員として乗船し,同43年に五級海技士の免許を取得し,同53年からいか釣り漁船の機関長を務め,平成6年から再び底びき網漁船に乗り組んで,機関長を務めており,同16年12月に栄進丸の機関長として乗船した。
過給機は,投網中の主機の急激な減速操作でサージングを起こすと,ブロワの吐出圧力が激しく変動してラビリンスフィンへのシール空気が脈動し,排気ガスが漏れてタービン側軸受箱にも押し込まれたほか,脈動時の負圧で同軸受箱の潤滑油がわずかに吸い出されることが頻繁に起こったので,軸受箱の潤滑油が汚損し,油面計が黒く汚れるとともに,通気穴から潤滑油が微かに漏れ続けた。
A受審人は,栄進丸に乗船してすぐに,過給機のタービン側軸受箱の油面計が黒く汚れ,トーチで照らしてようやく油面が分かる状態であったのを認め,その後同油面計の汚れがひどくなって全く見えなくなった油量の確認のために潤滑油を補給してみたところ,すぐにあふれ出たことから,油量が減少することはないだろうと思い,主機の運転時間の経過に合わせて汚損した潤滑油を取り替え,油面計の汚れを掃除して油面を見易くしたうえで,油量が減少したときには補給するなど,潤滑油管理を十分に行うことなく,運転を続けた。
過給機は,タービン側軸受箱の潤滑油量が減少し,やがて潤滑油ポンプの吸込管の下端近くまで減って,潤滑油ポンプが潤滑油を吸い上げ不能になるおそれが生じたが,なおもA受審人が潤滑油の補給をしないまま運転が続けられた。
こうして,栄進丸は,A受審人ほか10人が乗り組み,操業の目的で平成17年3月13日10時00分兵庫県香住漁港を発し,島根県沖合の漁場に向けて主機を380回転にかけて航行していたところ,主機過給機のタービン側軸受箱の潤滑油ポンプが潤滑油を吸い上げなくなり,17時30分北緯35度38分東経133度28分の地点において,主機過給機のタービン側軸受が焼損し,排気入口囲下部の通気穴から黒煙を吹き出した。
当時,天候は晴で風力3の西風が吹き,海上はかなり波があった。
A受審人は,連絡を受けて機関室に入り,主機の過給機が異常な回転音を発して排気入口囲の下部から黒煙が出ているのを見て,タービン側軸受箱の補給プラグを開き,潤滑油を補給したところ,過熱した同軸受から火が噴き出したので,直ちに主機を停止した。
栄進丸は,過給機を徐冷したのち,主機が始動できたので減速したまま境港に向かい,同港に入港後,過給機が精査されたところ,タービン側軸受が焼損して排気ノズル,タービン翼,ブロワインペラ,ラビリンスフィン,ロータ軸がいずれもケーシングと接触して,激しく摩耗損傷しているのがわかり,のちロータ軸仕組,ノズルリング,タービン側軸受装置など損傷部品が取替え修理された。
(海難の原因)
本件機関損傷は,主機過給機の潤滑油管理が不十分で,操業中の主機の操作で生じるサージングで潤滑油が徐々に吸い出され,タービン側軸受箱の潤滑油が減少するまま運転が続けられ,潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,主機の運転管理に当たり,過給機軸受箱の油面計が黒く汚れて油面が見えなくなった場合,軸受箱の潤滑油量が減少して軸受の潤滑が阻害されないよう,運転時間の経過に合わせて汚損した潤滑油を取り替え,油面計の汚れを掃除して油面を見易くしたうえで,油量が減少したときには補給するなど,過給機の潤滑油管理を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,油量が減少することはないものと思い,運転時間の経過に合わせて汚損した潤滑油を取り替え,油面計の汚れを掃除して油面を見易くしたうえで,油量が減少したときには補給するなど,潤滑油管理を十分に行わなかった職務上の過失により,操業中のサージングの都度過給機のタービン側軸受箱の潤滑油が吸い出されて減少し,潤滑が阻害される事態を招き,過給機のタービン側軸受が焼損して排気ノズル,タービン翼,ブロワインペラ,ラビリンスフィン及びロータ軸がいずれもケーシングと接触し,激しく摩耗損傷するに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。