(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年9月13日21時00分
島根県大田市沖合
(北緯35度16.4分 東経132度27.6分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第二協和丸 |
総トン数 |
18.09トン |
全長 |
19.50メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル8シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
272キロワット |
回転数 |
毎分1,800 |
(2)設備及び性能等
第二協和丸(以下「協和丸」という。)は,昭和53年7月に進水した単甲板構造のまき網漁業に従事するFRP製漁船で,主機としてB社製造の3408T−S型と称するディーゼル機関を装備していた。
主機は,昭和63年ごろ換装され,V型シリンダ配置のシリンダブロックにシリンダライナが装着され,同ブロック下面に取り付けた吊メタル式主軸受でクランク軸を支え,アルミニウム製ピストンとクランク軸を鍛鋼製の連接棒で接続し,同ブロック下部にオイルパンが取り付けられていた。
主機の潤滑油系統は,オイルパンの潤滑油が歯車式潤滑油ポンプで加圧され,こし器及び冷却器を経て潤滑油主管に入り,主軸受,カム軸受,伝動歯車装置,ピストン冷却管,吸排気弁ロッカー装置,過給機軸受等に分配され,潤滑と冷却を終えて再びオイルパンに戻るもので,潤滑油主管に入る圧力が0.32メガパスカルないし0.56メガパスカルの範囲となるよう圧力調整されるようになっていた。また,潤滑油主管には油圧低下警報用圧力スイッチが取り付けられていた。
冷却水系統は,内容量約50リットルの冷却水タンクから吸引された清水が冷却水ポンプで加圧され,シリンダライナ周囲からシリンダヘッドへの主流に送られるものと,潤滑油冷却器,インタークーラを冷却したのちシリンダライナ周囲に合流するものとに分かれ,後者の一部が更に過給機及び排気マニフォルドを冷却し,それぞれ高温になった冷却水がシリンダヘッド出口の集合管で合流し,海水による冷却器で冷却され,再び冷却水タンクに戻るもので,集合管と冷却水タンクとの間にサーモスタット式再循環調整弁が装備され,同弁入口に高温警報用温度スイッチが取り付けられていた。
冷却水ポンプは,カム軸伝動装置で駆動される横置型遠心ポンプで,ポンプケーシングの船尾側に収めた玉軸受でポンプ軸を支え,軸端に駆動歯車を,ポンプ軸が同ケーシングを貫通した船首側にインペラをそれぞれ取り付け,貫通部の水側に軸シールを,また,軸受側にオイルシールをそれぞれ装着し,両シールの間のドレン排出口にフィルタが取り付けられていた。
操舵室の計器板は,主機の潤滑油圧力計,冷却水温度計,燃料圧力計,バッテリー充放電電流計及び回転計が備えられたほか,潤滑油圧力スイッチまたは冷却水温度スイッチが作動したときにそれぞれ警報を表示する警報ランプとブザーが装備されていた。
3 事実の経過
協和丸は,島根県沖合の漁場で通年で日帰りの操業を行い,年間操業日数が約120日で,1日当たりの主機の運転時間が約11時間で,主機の整備について,鉄工所に委託して燃料弁整備,潤滑油取替えなどの整備が行われたが,換装後10年以上経過してもピストン抜きなど主要な整備が行われたことがなかった。
主機の冷却水系統は,いつしか冷却水ポンプ軸シールに異物を噛み込んだかしてわずかな漏れを生じ,経年摩耗も加わって冷却水の漏れ量が増加し,インタークーラのチューブなどからも冷却水が漏洩していた。
A受審人は,甲板員として乗船したときから主機の主要な整備が行われたことがないことを知っており,船長の職務を執り始めたのち,主機冷却水の補給量が増加し,平成15年末には3,4日毎に1.5リットルほど補給を要するようになったが,冷却水ポンプ及びインタークーラなど冷却水系統機器の整備歴も確認しないまま,それまで無難に運転できたので,整備をしなくても問題を生じることはないものと思い,翌16年2月上架した際,主機の冷却水系統を整備することなく,オイルパンの潤滑油を取り替えたのみで,運転を続けた。
主機は,冷却水ポンプの軸シールが漏れ続けるうち,ドレン排出口のフィルタが錆で詰まり,漏れた冷却水がオイルシールを逆流してクランクケースに入り,オイルパンの潤滑油に冷却水が混入し始めた。
A受審人は,9月13日18時ごろ出漁に備えて冷却水タンクの水量を点検し,1リットルほど補給して概ね満杯とし,潤滑油量については検油棒の規定の高さにあることを確認したが,潤滑油への冷却水の混入によって同油が乳化し始めていることに気付かなかった。
こうして,協和丸は,A受審人ほか1人が乗り組み,船首0.5メートル船尾1.5メートルの喫水をもって,同日18時30分島根県五十猛漁港を発し,同県大田市久手港沖合の漁場に到着して主機をクラッチ中立回転にかけて網船の投網を待っていたところ,主機のインタークーラの漏れが増加するとともにポンプ軸シールから漏れた冷却水がオイルパンに大量に混入して潤滑油が完全に乳化し,21時00分久手港北防波堤灯台から真方位320度3.2海里の地点で,潤滑油圧力が低下し,主機の潤滑油圧力低下警報が鳴った。
当時,天候は晴で風はほとんどなく,海上は穏やかであった。
A受審人は,機関室に入って主機をいったん停止し,徐冷した後に冷却水タンクを点検したところ,ほとんど空になっていることを認め,冷却水の補給を行い,温度が低下したのを確認して主機の始動を試みたが始動できず,僚船に曳航を依頼した。
協和丸は,五十猛漁港に引き付けられて精査の結果,主機の全てのシリンダライナとクランクジャーナルがかき傷を生じ,主軸受,クランク軸受,潤滑油ポンプ等が異常摩耗し,冷却水ポンプ軸シールが漏れていたほか,インタークーラのチューブも漏洩しているのが分かり,のち主機が修理されないまま廃船処理された。
(本件発生に至る事由)
1 主機が,換装後10年以上経過してもピストン抜きなど主要な整備が行われたことがなかったこと
2 主機の冷却水ポンプ軸シールが,異物を噛み込んだかして漏れを生じていたこと
3 主機の冷却水ポンプ及びインタークーラなど冷却水系統機器の整備歴を確認しなかったこと
4 主機の冷却水系統を整備しなかったこと
5 冷却水ポンプ軸シールのドレン排出口のフィルタが錆で詰まったこと
(原因の考察)
本件機関損傷は,潤滑油中に冷却水が混入し,潤滑油が乳化したことによって発生しており,主機の冷却水系統の開放整備を行っておれば冷却水ポンプ軸シールの摩耗と傷を発見し,冷却水の漏洩を防止できたものである。
したがって,A受審人が,主機冷却水系統を整備しなかったことは本件発生の原因となる。
主機が,換装後10年以上経過してもピストン抜きなど主要な整備が行われたことがなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当なる因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
A受審人が主機の冷却水ポンプ及びインタークーラなど冷却水系統機器の整備歴を確認しなかったことは,冷却水系統を開放整備する動機付けを失ったことになり,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
主機の冷却水ポンプ軸シールが,異物を噛み込んだかして漏れを生じていたこと,及び冷却水ポンプ軸シールのドレン排出口のフィルタが錆で 詰まったことは,いずれも主機冷却水がオイルパンに混入するに至る重要な経過であり,定期的な開放整備で排除できる事由である。
(海難の原因)
本件機関損傷は,主機の冷却水系統の整備が不十分で,冷却水ポンプの軸シールが漏れて冷却水がクランクケースに入り,オイルパンの潤滑油が乳化したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,主機の運転及び整備管理に当たり,冷却水補給量が増加したのを認めた場合,換装後10年以上主要な整備が行われたことがないことを知っていたのであるから,冷却水が漏洩して潤滑油に混入することのないよう,主機の冷却水系統を整備すべき注意義務があった。しかるに同人は,それまで無難に運転できたので,整備をしなくても問題を生じることはないものと思い,主機の冷却水系統を整備しなかった職務上の過失により,冷却水ポンプの軸シールから漏れた冷却水が大量にクランクケースに混入し,潤滑油が乳化する事態を招き,全てのシリンダライナとクランクジャーナルがかき傷を生じ,主軸受,クランク軸受,潤滑油ポンプ等が異常摩耗するなど,主要部を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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