(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年7月9日04時00分
東京都利島北東方沖合
(北緯34度32.3分 東経139度17.3分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第三十五晴興丸 |
総トン数 |
99トン |
全長 |
34.34メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
882キロワット |
回転数 |
毎分720 |
(2)設備及び性能等
ア 第三十五晴興丸
第三十五晴興丸(以下「晴興丸」という。)は,昭和55年10月に進水した,主にさば一本釣り漁業に従事する鋼製漁船で,主機として,B社が製造した6MG25CX型と呼称するディーゼル機関が,同機船尾側にガイスリンガー継手を介して,C社が製造したMGN1100V型と呼称する逆転減速機(以下「減速機」という。)を連結し,船体中央部の甲板下に据付けられており,主機遠隔操縦装置が操舵室に設置されていた。
イ 減速機
減速機は,1段減速歯車と湿式油圧多板クラッチを内蔵しており,主機の運転開始により前進側及び後進側の各入力軸が回転するが,操縦レバーで前進若しくは後進の操作を行えば,クラッチ切替弁を経て,操作された側のクラッチに油圧がかかり,いずれのクラッチも,各12枚ずつ交互に組み込まれている,標準厚さ4.9ないし5.0ミリメートル(以下「ミリ」という。)摩耗限度厚さ4.9ミリの摩擦板及び標準厚さ0.38ないし0.53ミリ摩耗限度厚さ0.2ミリのスチール板が密着・嵌合(かんごう)し,同クラッチ側の入力軸小歯車が回転を始め,出力軸大歯車を介して,プロペラに出力されるようになっており,前進及び後進各入力軸の船首側が複列自動調心ころ軸受,船尾側が単列円筒ころ軸受,出力軸の船首側が単列円筒ころ軸受,船尾側が複列円すいころ軸受で,それぞれ支えられていた。
ウ 減速機潤滑油系統
減速機潤滑油系統は,総量70リットルの潤滑油が同機油だめから32メッシュのこし器を経て,直結潤滑油ポンプに吸引・加圧されたのち,クラッチ油圧調整弁で,17ないし20キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)に調節され,クラッチ作動油として働き,クラッチ油圧調整弁から分岐された潤滑油が,潤滑油冷却器及び150メッシュのこし器を経由し,潤滑油圧調整弁で2ないし4キロに調節されて同機各軸軸受や減速歯車歯面など各部の潤滑及び冷却を行い,油だめに戻るようになっていた。
また,減速機出力軸大歯車の回転による油だめ内の潤滑油撹拌(かくはん)防止のため,できるだけ同大歯車を潤滑油に触れさせないよう,同油の標準油面より約28ミリ上を上縁とし,同上縁からの最大深さ166ミリとなる半月状の2枚の鋼板に,幅163ミリの底板の鋼板が溶接された,左右の取付け代を含む長さ730ミリの,出力軸大歯車の先端部分の最大65ミリ程度が入った状態となる油よけ箱と称する箱や三方弁を切り替えて潤滑油の機外排出が行える手動ウイングポンプ(以下「手動ポンプ」という。)などが付設されていた。
3 事実の経過
晴興丸は,主に千葉県千倉漁港を基地として,八丈島以北の太平洋側海域を主な漁場とし,昼前に出航して翌日水揚げのために帰港する操業を周年繰り返し,月間10日あまり,年間8箇月程度の操業を行い,年間2回上架するなどして船体及び機関の整備が行われ,平成12年1月に定期検査を,また,同14年7月に第一種中間検査をそれぞれ受検して,減速機の点検等が行われていた。
A受審人は,機関長として機関の運転保守にあたっており,平素,主機を始動するには,発航前に補機を始動して機関室の照明を確保したのち,同室後部に移動し,主機の各部油通し及びターニングを行うようにしており,同16年3月30日10時00分千倉漁港停泊中も主機始動準備のために同室後部に移動したところ,主機冷却海水系統の海水こし器と冷却海水ポンプとの連絡管が腐食破口し,同破口部から多量に漏洩した海水で同室が減速機出力軸の半分あたりまで冠水していることに気付いた。
A受審人は,ただちに,機関室からの排水及び前示破口海水管の応急処置を行ったのち,潤滑油へのビルジ混入が疑われ,減速機手動ポンプを使用したところ,ビルジが多量に出てきたので,同機にビルジの浸入と,同ビルジで潤滑油が汚損されていることを知り,引き続き,同ポンプで同機油だめのビルジ及び汚損潤滑油(以下「汚損油」という。)を排出し,掃除用窓を開放して手探りで同機油だめ内を拭き取るなどしたのち,潤滑油の交換を終えて運転を再開した。
その後,晴興丸は,減速機油よけ箱に滞留していたビルジが出力軸大歯車に掻(か)き揚げられ飛散するなどして潤滑油に混入し,同油が汚損されて白濁するようになっていた。
しかし,A受審人は,減速機潤滑油の白濁を認めたものの,減速機内にビルジなどが残留していて潤滑油を汚損したことが疑われる状況であったが,手動ポンプで白濁した汚損油を機外排出して新油への交換を行ったので大丈夫と思い,同機の上部点検窓からの内部目視,若しくは,取扱説明書添付の構造図にあたるなどして,油よけ箱等の汚損油を拭き取ったうえ,減速機潤滑油系統のフラッシングを実施するなど,減速機内の汚損油の除去措置を適切に行っていなかったので,同機各部の排除されなかった汚損油が新油に混入し,汚損が進行して乳化するなど潤滑油の性状が著しく劣化し,減速機各部の潤滑が阻害される状況のまま運転を続けていた。
こうして,晴興丸は,A受審人ほか15人が乗り組み,操業の目的で,船首1.4メートル船尾3.9メートルの喫水をもって,同年7月8日12時30分千葉県小湊漁港を発し,利島沖合の漁場に至って操業を行ったのち,主機を回転数720にかけて帰航中,9日04時00分利島灯台から真方位045度1,300メートルの地点において,潤滑が阻害されて前進クラッチの摩擦板及びスチール板が損傷し,同クラッチがすべり始めて速力が低下した。
当時,天候は晴で風力3の南風が吹き,海上は穏やかであった。
その結果,晴興丸は,低下した速力のまま自力で航行し,千倉漁港に帰港した後,業者により減速機が精査され,前示損傷のほか,前進及び後進の入力軸軸受,後進クラッチの摩擦板及びスチール板等の損傷が判明し,のち損傷部品等が取り替えられた。
(本件発生に至る事由)
1 減速機内の汚損油の除去措置を適切に行っていなかったこと
2 汚損油で減速機各部の潤滑が阻害されたこと
(原因の考察)
機関長が,ビルジが浸入した減速機の潤滑油を交換して運転再開後,同油の白濁を認めた際,減速機内にビルジなどが残留していて潤滑油を汚損したことが疑われるから,白濁した汚損油を手動ポンプで機外排出し,同機の上部点検窓からの内部目視及び取扱説明書添付の構造図にあたるなどして,同機油よけ箱などに残留する汚損油を拭き取るなどしたうえ,減速機潤滑油系統のフラッシングを実施するなど減速機内の汚損油の除去措置を適切に行っていれば,同汚損油で減速機各部の潤滑が阻害されることがなく,本件は発生していなかったものと認められる。
したがって,A受審人が,減速機内の汚損油の除去措置を適切に行っていなかったこと,及び汚損油で減速機各部の潤滑が阻害されたことは,いずれも本件発生の原因となる。
(海難の原因)
本件機関損傷は,ビルジが浸入した減速機の潤滑油を交換して運転再開後,同油の白濁を認めた際,減速機内の汚損油の除去措置が不適切で,同機各部の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,ビルジが浸入した減速機の潤滑油を交換して運転再開後,同油の白濁を認めた場合,減速機内にビルジなどが残留していて潤滑油を汚損したことが疑われるから,同汚損油を排除できるよう,同機の上部点検窓からの内部目視,若しくは,取扱説明書添付の構造図にあたるなどして,油よけ箱等の汚損油を拭き取ったうえ,減速機潤滑油系統のフラッシングを実施するなど,同機内の汚損油の除去措置を適切に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,再度新油に交換すれば大丈夫と思い,減速機内の汚損油の除去措置を適切に行っていなかった職務上の過失により,同機各部の排除されなかった汚損油が新油に混入し,運転を続けるうち,汚損が進行して乳化するなど同油の性状が著しく劣化し,減速機各部の潤滑が阻害される事態を招き,同機の前進及び後進各入力軸軸受,各クラッチの摩擦板及びスチール板等を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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