(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年12月9日09時00分
長崎県生月島北方沖
(北緯33度27.8分 東経129度26.3分)
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船飛鳥丸 |
総トン数 |
19トン |
登録長 |
19.25メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
617キロワット |
回転数 |
毎分2,100 |
3 事実の経過
飛鳥丸は,平成9年8月に進水したFRP製漁船で,毎月月夜間と称する満月前後の4日ばかりを休業する以外は,周年,午後出漁して翌朝帰港する操業形態で,中型まき網漁業に船団の灯船兼運搬船として従事し,操舵室に主機の遠隔操縦装置を装備していた。
主機は,B社製の6M160A-1型機関で,燃料油として軽油を使用し,全速力前進時の回転数を毎分1,800に定めて年間2,000時間程度運転され,各シリンダには船首側を1番とする順番号が付されていた。
主機のピストンは,一体型ダクタイル鋳鉄製で,ピストンリング3本を装着し,シリンダライナ下方のピストン冷却ノズルからピストンの内側に向けて潤滑油を噴射して冷却されており,シリンダライナとの間の潤滑にははねかけ注油法がとられていた。そして,燃焼室はシリンダヘッド中央に燃料噴射弁を有する直接噴射式で,ピストン頂部の平面部とシリンダヘッドとの隙間を最小限におさえ,ピストン頭部中央を大きくくぼませて,必要な圧縮容積を確保するとともに噴射された燃料油と空気の混合を促進し,良好な燃焼状態を保つ構造となっていた。
主機の燃料油系統は,燃料油タンクから同供給ポンプで吸引された燃料油が,こし器を経たのち集合型燃料ポンプで加圧され,燃料油高圧管を通って燃料噴射弁から300キログラム毎平方センチメートル近い高圧で燃焼室に噴射されるようになっていた。
ところで,主機の燃料噴射弁は,運転時間の経過とともに,噴射ノズルの摩耗による噴射圧力の低下や燃焼生成物の付着などで燃焼不良となって燃焼効率が悪化し,さらに運転を続けると,異状燃焼によって機関が損傷するおそれがあり,取扱説明書には1,000運転時間毎に同弁を抜き出して噴射圧力と噴霧状態を点検するよう,また,点検調整には特殊工具が必要なので主機メーカーの販売サービス店などに依頼して行うよう記載されていた。
A受審人(昭和57年2月一級小型船舶操縦士免許取得)は,本船進水時から船長として乗り組み,自ら機器の運転管理に当たり,主機については,出漁時に潤滑油量及び冷却清水量のほか冷却海水の排出状況等を確かめ,2箇月毎に潤滑油を新替えし,また,6箇月に一度上架して船底を掃除する際,熱交換器の保護亜鉛交換などを整備業者に行わせていたが,燃料噴射弁については,運転に支障がなかったことから状態は良いものと思い,進水後1年程度経過した時期にノズルチップを交換して以来一度も整備を行っていなかった。
主機は,長期間燃料噴射弁の整備が行われないまま運転が続けられ,いつしか,5番シリンダ同弁の噴射圧力が低下し,噴射された燃料油の一部が燃焼不良で油粒のまま直接ピストン頭部のくぼみ表面に当たり,間欠的に異状燃焼を繰り返す状況となり,やがてピストンが過熱膨張してくぼみ上部に亀裂が,また,シリンダライナにかき傷がそれぞれ発生し始めた。
こうして,飛鳥丸は,A受審人ほか2人が乗り組み,操業の目的で,船首0.5メートル船尾2.5メートルの喫水をもって,平成15年12月8日12時30分長崎県鹿町町の係留地を発し,同県生月島北西方17海里ばかりの漁場に至って操業を開始し,翌9日07時30分漁獲物の積込みを終了し,主機を回転数毎分1,800の全速力にかけて帰航中,09時00分大碆鼻灯台から真方位010度3,100メートルの地点において,5番シリンダのピストンとシリンダライナが焼き付いて異音を発し,主機の回転数が低下するとともに,燃焼ガスがクランク室に吹き抜け,操舵室左舷側船尾方の甲板上に導かれたクランク室ガス抜き管からオイルミストが噴き出した。
当時,天候は晴で風力3の北西風が吹き,海上には白波があった。
A受審人は,操舵室で操船中,異音とともに主機の回転数が低下したことに気付き,主機を停止して機関室に向かう途中,ガス抜き管からオイルミストが噴出し,凝縮した潤滑油が海面にまで流出していることを認め,自力航行は不能と判断して僚船に来援を要請した。
飛鳥丸は,流出した油の処理を終え,僚船に曳航されて長崎県田平港で水揚げを行ったのち鹿町漁港に帰港し,業者の手により主機を精査した結果,5番シリンダのピストン頭部の亀裂破孔やシリンダライナの焼損等が判明し,のち損傷部品を全て交換して修理され,全燃料噴射弁がノズルチップを新替えして整備された。
(海難の原因)
本件機関損傷は,主機燃料噴射弁の整備が不十分で,噴射圧力が低下して燃焼不良のまま間欠的に異状燃焼を繰り返す状況となり,ピストンが過熱膨張してシリンダライナと焼き付いたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,主機の運転管理に当たる場合,燃料噴射弁は運転時間の経過とともに噴射圧力の低下や燃焼生成物の付着などによって燃焼不良となり,さらに運転を続けると異状燃焼によって機関が損傷するおそれがあるから,定期的に業者に依頼するなど燃料噴射弁の整備を十分に行うべき注意義務があった。しかるに同受審人は,運転に支障がなかったことから状態は良いものと思い,燃料噴射弁の整備を十分に行わなかった職務上の過失により,5番シリンダ同弁の噴射圧力が低下して燃焼不良となり,異状燃焼を間欠的に繰り返してピストンが過熱膨張する事態を招き,漁場から帰航中,ピストンとシリンダライナとを焼き付かせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。