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平成17年横審第67号
件名

漁船第一大慶丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成17年11月8日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(浜本 宏,田邉行夫,岩渕三穂)

理事官
小金沢重充

受審人
A 職名:第一大慶丸機関長 海技免許:三級海技士(機関)(機関限定)

損害
主機のピストン及びシリンダライナの焼損

原因
主機潤滑油の性状管理不十分

主文

 本件機関損傷は,主機潤滑油の性状管理が不十分で,ピストンとシリンダライナとの摺動部の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年12月31日05時10分
 東京都小笠原群島南東方沖合
 (北緯25度02分 東経147度05分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第一大慶丸
総トン数 349トン
全長 64.20メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 2,574キロワット
回転数 毎分620
(2)設備及び性能等
ア 第一大慶丸
 第一大慶丸(以下「大慶丸」という。)は,平成3年9月に進水した,大中型まき網漁業に従事する船首船橋型の鋼製漁船で,可変ピッチプロペラを装備し,主機遠隔操縦装置が船橋に備えられ,主機が船尾甲板下の機関室に据え付けられ,同室船尾側に機関制御室が配置されていた。
イ 主機
 主機は,B社が製造した,間接冷却式のシリンダ内径330ミリメートル(以下「ミリ」という。),行程440ミリの6N330−EN2型と呼称するディーゼル機関で,各シリンダには船尾側から順番号が付され,架構船首側上部に過給機が装備されており,燃料最大噴射量制限装置が付設されて計画出力1,912キロワット回転数毎分560(以下,回転数は毎分のものとする。)として登録されていたが,受検後,同装置の封印が解除されていた。
ウ 主機潤滑油系統
 主機潤滑油系統は,ドライサンプ方式で,総量7,000リットルの潤滑油がサンプタンクから250メッシュの複式ノッチワイヤ式こし器を通って歯車式直結ポンプで吸引・加圧され,同ポンプ吐出側の250メッシュのノッチワイヤ式手動逆洗式こし器(以下「手動逆洗式こし器」という。)及び潤滑油冷却器を経て,主軸受からクランクピン軸受,連接棒を経由してピストンピン軸受等を潤滑したのち,同軸受頂部のノズルから噴油されてダクタイル鋳鉄製一体型ピストンの冷却を行い,主機油だめからサンプタンクに戻るようになっており,ピストンとシリンダライナとの摺動部(しゅうどうぶ)はクランクアームの回転によるはねかけで注油されるようになっていた。
 また,主機潤滑油系統には,主機入口の潤滑油圧力(以下「油圧」という。)が2.0キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)以下になると警報を発する装置や同油圧1.5キロ以下を検知して主機を危急停止する装置などが付設されていた。

3 事実の経過
 大慶丸は,毎年6月から9月までは宮城県石巻港を基地とし,三陸沖など日本近海を漁場に1航海が10日程度の操業を繰り返し,また,毎年10月から翌年4月までは静岡県焼津港若しくは鹿児島県枕崎港を基地として,南方漁場において1航海が40ないし50日程度で,周年かつお・まぐろ漁を行っており,さらに,4月から5月にかけての休漁期に,20日ないし1箇月程度上架して船体及び機関の整備を行い,主機については,同休漁期にシリンダヘッドの整備を行っており,魚群を発見したら全速力で追尾するなど回転数620にかかる高出力領域で頻繁に運転されるなか,月間400時間ばかりの運転が行われていた。
 A受審人は,機関長として機関の運転保守を行っており,機関制御室監視盤において,通常4.8キロないし4.9キロを示している主機の油圧が4.7キロまで低下した際,手動逆洗式こし器のブローを行い,同機潤滑油については,過去には1年間通して使用していたこともあったが劣化が早いことから,前示休漁期と10月ごろの年2回交換するようにしていた。
 ところで,大慶丸は,平成13年6月第一種中間検査において,主機は,ピストン抜出し整備,シリンダブロック,クランク軸,ピストンリング及び全シリンダライナの新替えを行っており,同15年5月入渠先整備業者に主機2,3番シリンダのピストン及びシリンダライナの抜出し整備を行わせ,3番シリンダライナについては,腐食状況から新替えされており,また,同機油だめ及びサンプタンクの開放掃除を行わせ,同機潤滑油の交換を実施させていたが,その後,操業を繰り返すうち,掃除が行われなかった同油系統の配管等に除去されず滞留したままとなっていたスラッジ等の異物や燃料運転で生じるカーボン等の燃焼生成物などが同機潤滑油に混入するなどして,いつしか汚損が進行して性状の劣化した同油が主機の各部を循環するようになっていた。
 しかし,A受審人は,主機が頻繁に高出力領域で運転され,同機潤滑油が早く劣化することを認識していて,また,同機取扱説明書には,2,000時間使用程度で性状分析を行ったうえ,交換するよう記載されており,例年であれば10月ごろの南方漁場出漁前に,同油の交換を行うところ,1航海先の年明け1月に予定されていた定期検査まで同油の交換を先延ばししても大丈夫と思い,業者に性状分析を依頼するなど同機潤滑油の性状管理を十分に行わなかったので,同油の汚損が進行して性状が劣化していることに気付かないまま,同油の交換を先延ばしして出航することとした。
 こうして,大慶丸は,A受審人ほか21人が乗り組み,操業の目的で,平成15年11月18日13時00分石巻港を発したが,このころから主機潤滑油消費量が通常の2倍に増加していて,各シリンダにおいて,ピストンリングの摩耗による燃焼ガスの吹き抜けなどが懸念され,また,12月1日南方漁場に至って操業を開始したが,8日にはクラッチ嵌脱(かんだつ)用電磁弁が故障したために,主機油圧低下危急停止装置用電磁弁を転用修理しており,以後,主機の油圧が低下しても同機が危急停止されない状況のまま,操業を続け,26日06時15分漁獲730トンを得て満載状態となったことから,操業を終え,水揚げのために主機を全速の回転数620にかけ,プロペラ翼角を18度として,14.0ノットの速力で帰航中,31日05時10分北緯25度02分東経147度05分の地点において,同機潤滑油の汚損が進行して性状が著しく劣化し,同機のピストンとシリンダライナとの摺動部の潤滑が阻害され,5,6番シリンダにおいて燃焼ガスが吹抜けるなどして,主機油圧低下警報が鳴り,オイルミストの白煙が機関室に充満した。
 当時,天候は晴で風力2の北風が吹き,海上は穏やかであった。
 A受審人は,機関制御室で機関日誌に記載中,前示警報を聞き,主機の油圧の著しい低下を認め,ただちに同機を停止して,クランク室点検を行ったところ,5,6番シリンダのピストン及びシリンダライナが焼損し,両シリンダライナ内壁面に多数の亀裂があり,漏水が見られたので,以後は,同機の減筒運転に対処できるよう,両シリンダのピストン抜き出し及びシリンダライナ漏水止めの亀裂補修などを行う旨船長に報告して,救援を依頼した。
 その結果,大慶丸は,来援したタグボートによる曳航が開始されたものの,曳航索が切断するなどしたので,主機の減筒運転を開始し,石巻港に帰港した。その後,業者により主機が精査された結果,前示損傷のほか,4番シリンダライナのスカッフィング等が判明し,各損傷部品等が取り替えられた。

(本件発生に至る事由)
1 主機が頻繁に高負荷領域で運転されていたこと
2 主機潤滑油の性状管理を十分に行わなかったこと
3 主機潤滑油の交換を先延ばししたこと
4 主機の油圧低下危急停止装置が作動しない状況となっていたこと
5 主機潤滑油の汚損が進行して性状が著しく劣化していたこと

(原因の考察)
 機関長が,主機の運転保守を行う際,潤滑油業者に性状分析を依頼するなど主機潤滑油の性状管理を十分に行なっていれば,同油の交換が先延ばしされず,汚損が進行して性状の劣化していた同油が交換されるなどして,本件は発生していなかったものと認められる。
 したがって,A受審人が,主機潤滑油の性状管理を十分に行わなかったこと,同油の交換を先延ばししたこと及び同油の汚損が進行して性状が著しく劣化していたことは,本件発生の原因となる。
 主機が頻繁に高出力領域で運転されていたこと及び同機の油圧低下危急停止装置が作動しない状況となっていたことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件機関損傷は,主機の運転保守を行う際,業者に性状分析を依頼するなど同機潤滑油の性状管理が不十分で,同油の交換が先延ばしされ,同油の汚損が進行して性状が著しく劣化し,ピストンとシリンダライナとの摺動部の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,主機の運転保守を行う場合,同機潤滑油は,除去されず配管等に滞留していたスラッジ等の異物や燃料運転で生じるカーボン等の燃焼生成物が混入するなどして,次第に汚損が進行して性状が劣化するから,その変化を見落とさないよう,業者に性状分析を依頼するなど同機潤滑油の性状管理を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,1航海先に予定されていた定期検査まで半年ごとの同油の交換を先延ばししても大丈夫と思い,業者に性状分析を依頼するなど同機潤滑油の性状管理を十分に行わなかった職務上の過失により,同油の性状が著しく劣化していたことに気付かないまま運転を続け,ピストンとシリンダライナとの摺動部の潤滑が阻害される事態を招き,同機5,6番シリンダのピストン及びシリンダライナ等を損傷させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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