(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年7月10日01時50分
北海道利尻島西方沖合
(北緯44度53分 東経140度05分)
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第十八永宝丸 |
総トン数 |
138トン |
登録長 |
29.73メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
573キロワット |
3 事実の経過
第十八永宝丸(以下「永宝丸」という。)は,昭和54年11月に進水したいか一本釣り漁業に従事する鋼製漁船で,発電用機関として,平成15年4月に換装された,船内電源用の300キロボルトアンペア交流発電機を駆動するディーゼル機関と集魚灯用の400キロボルトアンペア交流発電機を駆動するディーゼル機関(以下「集魚灯用補機」という。)を,それぞれ機関室の左舷側と右舷側に備えていた。
集魚灯用補機は,同4年6月B社が製造し,全シリンダのクランクピンボルト等が取り替えられて整備されたうえ,同11年3月に換装された6NSE−G型と称する,定格出力353キロワット同回転数毎分1,800の過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関で,シリンダ番号が出力軸側の船尾方から順番号で呼ばれ,回転方向は船尾側から見て左回転で,クランク室開口のふたが各シリンダの左舷側のみに取り付けられていた。
集魚灯用補機のピストンは,浮動式のピストンピンで連接棒小端部と連結され,斜め割りセレーション合わせの連接棒大端部と連接棒キャッブとの間に薄肉完成ケルメットメタルが組み込まれたうえ,2本のクランクピンボルトで締め付けられており,同ボルトの頭部は左舷側となっていた。
クランクピンボルトは,ねじ部外径20ミリメートル(以下「ミリ」という。)ねじ底部直径19ミリねじピッチ1.5ミリ幹部外径17.8ミリ全長120ミリのニッケル・クロム・モリブデン鋼製で,32キログラムメートルのトルク(以下「規定トルク」という。)で締め付けられるようになっており,回り止めは取り付けられない構造となっていた。
ところで,クランクピンボルトのトルクレンチによる締付け方法は,締め不足は重大な事故となるおそれがあるので,取扱説明書には規定トルクとともに,同ボルトのねじ精度及びねじ発錆の有無を調べ,ねじ部及び頭部座面を清浄にしてモリコート等の潤滑剤を必ず塗布し,いきなり本締めせず,肌付き締め,中間締め及び本締めの3段階で馴染ませながら平均に締め付けたうえ,同ボルトの締付けマーク(以下「合いマーク」という。)が連接棒キャップの合いマークと一致することを確認するよう記載していた。
A受審人は,昭和56年4月に五級海技士(機関)の免許を取得し,平成5年6月永宝丸に機関長として乗船して機関部の保守・管理に当たり,毎年6月から12月ごろまでの間,一航海2週間から1箇月の操業に従事していた。
また,A受審人は,基地の石川県小木港において機関の開放整備を行う際,従来から地元の整備業者の指導と手伝いのもと,他船の機関士の応援を得てお互いに行うようにしており,同16年5月定期検査に当たり,3人の機関士とともに主機及び集魚灯用補機を開放整備することとした。
A受審人は,集魚灯用補機を船内で開放し,各部品を整備業者の工場に持ち込み,クランクピンボルト等のカラーチエックを含む整備を行なったうえ機関室に搬入し,同業者の手伝いのもと,各シリンダのピストンをシリンダライナに挿入して同ボルトを取り付けたが,主機の作業もあるため,同ボルトの締付けを一人で行うこととし,取扱説明書が船内に備え付けられていなかったので,同業者を通して規定トルクを照会のうえ,シグナル式プリセット形のトルクレンチを借りた。
そして,A受審人は,陸電による照明のもと,ターニングしながら懐中電灯及びパイロットミラーを使用し,左舷側のクランク室開口から順次各シリンダのクランクピンボルトを締め付けるに当たり,トルクレンチにより規定トルクで締め付けるので大丈夫と思い,締め付け後同ボルトの合いマークと連接棒キャップの同マークの一致により,締付け状態の確認を十分に行うことなく,4番シリンダの2本とも締め不足となったまま復旧したことに気付かなかった。
永宝丸は,翌6月から操業に従事していたところ,いつしか集魚灯用補機の4番シリンダのクランクピンボルトが2本とも緩み,運転中に衝撃的な引っ張り応力が繰り返し作用してねじ下端部が疲労し,亀裂が発生して進展するようになった。
こうして,永宝丸は,A受審人ほか8人が乗り組み,操業の目的で,船首1.8メートル船尾3.3メートルの喫水をもって,同月22日09時00分小木港を発し,翌23日16時00分日本海中部の漁場に至り,以後北上しながら操業を続け,翌7月10日北海道利尻島西方沖合で集魚灯用補機を運転して操業中,4番シリンダのクランクピンボルトが2本ともねじ下端部から折損し,01時50分仙法志埼灯台から真方位255度51.2海里の地点において,連接棒がクランク軸から離脱して振れ回り,大音を発した。
当時,天候は曇で風力2の南東風が吹き,海上は穏やかであった。
A受審人は,仮眠から起きていた自室で異音を認め,直ちに機関室に赴いて集魚灯用補機を停止した。
この結果,永宝丸は,操業の継続が不可能となり,集魚灯用補機の修理のため函館港に向かい,破損した4番シリンダのピストン,シリンダライナ,連接棒,破孔したシリンダブロック,損傷したクランク軸などが取り替えられた。
(海難の原因)
本件機関損傷は,集魚灯用補機を開放整備するに当たり,クランクピンボルトを締め付ける際,同ボルトの締付け状態の確認が不十分で,4番シリンダの同ボルトが締め不足のまま復旧され,衝撃的な引っ張り応力の繰返しによりねじ下端部が疲労し,生じた亀裂が進展して折損したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,集魚灯用補機を開放整備するに当たり,トルクレンチを使用してクランクピンボルトを締め付ける場合,同ボルトが締め不足となれば重大な事故となるおそれがあるから,締め付け後同ボルトの合いマークと連接棒キャップの同マークの一致により,同ボルトの締付け状態の確認を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,トルクレンチにより規定トルクで締め付けるので大丈夫と思い,クランクピンボルトの締付け状態の確認を十分に行わなかった職務上の過失により,4番シリンダの同ボルトを締め不足となったまま復旧したことに気付かず,衝撃的な引っ張り応力の繰返しによりねじ下端部が疲労し,亀裂が発生して進展した同ボルトの折損を招き,連接棒がクランク軸から離脱して振れまわり,同シリンダの連接棒,ピストン,シリンダライナを破損させ,シリンダブロックに破孔を生じさせ,クランク軸等を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。