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平成17年門審第50号
件名

漁船第八十八天王丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成17年10月13日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(西林 眞,上田英夫,片山哲三)

理事官
花原敏朗

受審人
A 職名:第八十八天王丸機関長 四級海技士(機関)(機関限定)

損害
クラッチ仕組及び軸受等の焼損

原因
潤滑油配管のゴムホース整備不十分

主文

 本件機関損傷は,主機駆動増速機の潤滑油配管に使用されていたゴムホースの整備が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年12月1日05時00分
 山口県見島北方沖合
 (北緯35度26分 東経131度22分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第八十八天王丸
総トン数 135トン
全長 43.20メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 860キロワット
回転数 毎分560
(2)設備及び性能等
ア 第八十八天王丸
 第八十八天王丸(以下「天王丸」という。)は,昭和61年1月に進水した,灯船及び運搬船各2隻とともに大中型まき網船団を構成する,船首楼付一層甲板型の鋼製網船で,船体中央やや前方に船橋及び機関室囲壁を設け,前部甲板上に浮子巻ウインチや環巻ウインチなどの,後部甲板上に網さばきブームやネットホーラーなどの各種油圧駆動漁労機械を配置していた。
イ 主機及び増速機
 主機は,B社が製造したZ280-ET2型と称するディーゼル機関で,連続最大出力1,471キロワット同回転数毎分720の原機に負荷制限装置を付設して登録されたもので,前部動力取出軸に連結したC社製のSGC140M-86B型と称する増速機を介して,4台の漁労機械用油圧ポンプ(以下「油圧ポンプ」という。)を駆動するようになっていた。
 増速機は,1段小歯車を焼嵌めした入力軸の両舷側に,1段小歯車,油圧湿式多板式クラッチ(以下「クラッチ」という。)及び2段歯車を組み込んだクラッチ軸と,2段歯車を焼嵌めした出力軸の組合わせを対称にそれぞれ配置し,両出力軸の船首尾端に油圧ポンプを連結するようになっているもので,各クラッチにはスチールプレート,摩擦板及び油圧ピストンなどが組み込まれていた。そして,油圧ポンプとともに上部を機関室の床板より約400ミリメートル(以下「ミリ」という。)高くなっている床板で覆う形で据え付けられていた。
 また,増速機の潤滑油系統は,入力軸船首側軸端に取り付けられた直結潤滑油ポンプによってケーシング底部の油だめから吸引加圧された潤滑油が,こし器を経て調圧弁で20ないし22キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)の範囲に調圧され,クラッチ油圧調整弁を経てクラッチ作動油系統に分配されるほか,調圧弁及びクラッチ油圧調整弁の逃し孔を経由した余剰油が油冷却器を経て潤滑油圧調整弁で1ないし1.6キロに減圧され,各軸受,各歯車及びクラッチ内部の潤滑を行うようになっていた。
 ところで,増速機は,潤滑油こし器から調圧弁に至る配管のうち,同こし器の出口側に接続している鋼管だけが,就航後いつしか長さ約700ミリ外径30ないし40ミリのゴムホースに取り替えられていた。また,潤滑油系統に圧力低下警報装置が備えられておらず,さらに床板下に据え付けられていることから,運転中に同油圧力が低下してクラッチ等が焼損することのないよう,油量の点検,漏油の有無及び圧力監視を適切に行い,不具合を発見した際には速やかに整備する必要があった。

3 事実の経過
 天王丸は,1箇月に15ないし20日出漁する形態で,毎年5月から10月まで三陸沖においてかつお,まぐろ漁に,11月から翌年3月下旬まで黄海から山口県見島北方沖に至る海域においてあじ,さば漁にそれぞれ従事しており,3月下旬から4月上旬にかけて入渠,上架のうえ,船体,機関及び漁労機械等の整備を行っていた。
 A受審人は,航海中の機関室当直を機関員3人と輪番で行い,操業中は機関部も全員が甲板上の作業に加わるため,作業の合間に同室を巡視するようにしており,増速機について,運転中の潤滑油圧力を1日に1回確認し,1週間ごとに上部の床板を外して同油量点検及び漏油の有無などの外観点検を行い,2箇月を目安に潤滑油こし器の開放掃除を行うようにしていた。
 そして,A受審人は,平成16年8月ごろに増速機潤滑油こし器を掃除した際,同こし器出口側に接続したゴムホースが経年劣化から硬化していることを認めたが,簡単には破孔することはないので7箇月後の次回入渠工事で新替えすればよいと思い,速やかに同ホースを新替えするなどの整備を行うことなく,やがてそのことを失念し,劣化が進行したゴムホースの下側表面に円周方向のひび割れが数箇所生じ,このうち2箇所が亀裂破孔して潤滑油がわずかに漏洩する状況となったまま,増速機の運転を続けていた。
 こうして,天王丸は,A受審人ほか20人が乗り組み,操業の目的で,同年11月28日11時00分愛媛県中浦漁港を発し,同日22時ごろ見島北方沖合の漁場に至って操業を始め,超えて12月1日03時30分ごろから投網を行い,環巻きを終えたのち主機を回転数毎分380として揚網中,増速機の潤滑油こし器出口ゴムホースに生じていた破孔が拡大して漏油量が増加し,油だめの油量が著しく減少したため潤滑油ポンプが空気を吸引するようになり,クラッチの作動油圧が低下し,05時00分北緯35度26分東経131度22分の地点において,クラッチが滑って過熱するとともに油圧ポンプが停止した。
 当時,天候は晴で風力3の西北西風が吹き,波高約3メートルの波浪があった。
 甲板上で作業中のA受審人は,突然自らが操作中のネットホーラーが停止したほか,他の漁労機械も作動不能となったことから機関室に急行し,増速機付近からミスト状の白煙が上がり,同機を点検して油だめの潤滑油量が著しく減少するとともに本体が過熱しているのを認め,除冷して残油を抜き取り,新油を張り込んで試運転を行ったものの,油圧ポンプの圧力が十分に上昇しないのでクラッチが損傷したものと判断し,その旨を船長に報告した。
 天王丸は,右舷発電機駆動用ディーゼル機関に連結した補助油圧ポンプを運転して揚網作業を終えたのち,増速機修理のため博多港に入港し,整備業者による増速機の開放調査の結果,右舷側に比べて左舷側クラッチの焼損が激しいことが判明し,スチールプレート,摩擦板及び軸受などの損傷部品を新替えしたほか,亀裂破孔したゴムホースを鋼管に新替えして修理された。

(本件発生に至る事由)
1 増速機の点検を行うには床板を外す必要があったこと
2 増速機に潤滑油圧力低下警報装置が設けられていなかったこと
3 就航後,増速機潤滑油配管の一部がゴムホースに取り替えられていたこと
4 ゴムホースの経年劣化を認めた際,速やかに同ホースを新替えするなどの整備を行わなかったこと
5 ゴムホースの劣化が進行して亀裂破孔を生じ,潤滑油が漏洩したこと

(原因の考察)
 本件は,増速機潤滑油こし器出口側に使用されていたゴムホースの経年劣化による硬化を認めた際,速やかに同ホースを新替えするなどの整備を行っていれば,潤滑油の漏洩を防止でき,発生しなかったものと認められる。
 したがって,A受審人が,潤滑油配管のゴムホースが経年劣化から硬化していることを認めた際,簡単には破孔することはないので7箇月後の次回入渠工事で新替えすればよいと思い,速やかに同ホースを新替えするなどの整備を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
増速機に潤滑油圧力低下警報装置が設けられていなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 増速機の点検を行うには床板を外す必要があったことは,日常点検に支障となるが,不具合を発見した際に速やかに措置すれば本件を回避できたのであるから,本件発生の原因とならない。
 就航後,増速機潤滑油配管の一部がゴムホースに取り替えられていたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,適正な高圧ホースの使用は支障とならないことから,本件発生の原因とならない。

(海難の原因)
 本件機関損傷は,増速機の潤滑油配管に使用されていたゴムホースの整備が不十分で,操業中,同ホースに経年劣化による亀裂破孔が生じて潤滑油が漏洩し,作動油圧が低下してクラッチが滑ったまま運転が続けられたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,機関の運転管理にあたり,増速機の潤滑油配管に使用されていたゴムホースが硬化していることを認めた場合,経年劣化していたから,さらに同劣化が進行して同ホースから潤滑油が漏洩することのないよう,速やかに同ホースを新替えするなどの整備を十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,簡単には破孔することはないので7箇月後の次回入渠工事で新替えすればよいと思い,ゴムホースの整備を十分に行わなかった職務上の過失により,操業中,同ホースに亀裂破孔を生じて潤滑油が漏洩し,作動油圧が低下してクラッチが滑る事態を招き,クラッチ仕組及び軸受等を焼損させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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