(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年4月29日03時15分
島根県浜田港沖合
(北緯34度53.8分 東経132度02.2分)
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第五東洋丸 |
総トン数 |
14.92トン |
全長 |
19.80メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
404キロワット |
回転数 |
毎分1,850 |
3 事実の経過
第五東洋丸(以下「東洋丸」という。)は,昭和55年6月に進水したFRP製漁船で,島根県浜田港を基地として日帰り操業で底引き網漁に従事し,主機が,平成6年にB社が製造した6LAH−ST型と称するディーゼル機関に換装されていた。
主機は,一体鋳造のシリンダブロックにシリンダライナを嵌め込み,シリンダ毎にシリンダヘッドを載せ,同ブロック下部に鋳鉄製のオイルパンを取り付けてクランクケースを形成した構造で,清水冷却方式とし,同ブロック後部に海水による冷却器を内蔵した冷却水タンクを,また右舷側に排気マニフォルドと冷却水ポンプとを取り付けていた。
主機の潤滑油系統は,オイルパンの潤滑油が潤滑油ポンプで加圧され,こし器及び潤滑油冷却器を経て潤滑油主管から主軸受,カム軸伝動装置,弁腕装置,過給機軸受等に送られ,潤滑と冷却を終えて再びオイルパンに戻るようになっていた。
主機の冷却水系統は,冷却水タンクの清水が冷却水ポンプで加圧され,シリンダライナ周囲,シリンダヘッド,排気マニフォルドを順次冷却したのち,再び冷却水タンクに戻るもので,排気マニフォルドから冷却水タンク入口への接続部にゴム継手が使われており,同タンクには水位低下時に補給する1.1リットル容量のサブタンクが備えられていた。また,同タンク水位が満水時の量から約19リットル以上減少すると水位スイッチが,また,シリンダヘッド出口温度が摂氏100度を超えると温度スイッチがそれぞれ作動し,機関警報盤に警報を発するようになっていた。
冷却水ポンプは,カム軸伝動装置の中間歯車で駆動される横置型遠心ポンプで,ポンプケーシングがクランクケースに組み込まれ,同ケーシングをポンプ軸が貫通する箇所には,冷却水側に軸シールが,またクランクケース側にオイルシールがそれぞれ取り付けられ,両シールの中間部には漏洩した水を機関室に落とすドレン管が取り付けられていた。
東洋丸は,毎年9月1日から翌年の5月31日までを漁期とし,荒天時を除く出漁日数がほぼ半分で,主機の年間の使用時間が2,000時間ほどで,6月以降の係船期間中にA受審人が鉄工所に依頼して潤滑油及び潤滑油こし器エレメントの取替えが行われたが,主機換装後,主機の主要部の開放整備が行われていなかった。
A受審人(昭和50年5月一級小型船舶操縦士免許取得)は,平成13年に東洋丸を購入した際に,換装されてから7年を経過していた主機の整備歴を確認しないまま,購入後もシリンダヘッドの整備を含め主要部の開放整備を行わず,機関室の日常作業を専ら息子に任せて,主機の潤滑油及び冷却水の点検と補給を帰港後に行わせていた。
冷却水ポンプは,主機換装後全く整備されないまま使用されており,経年摩耗で軸シールの当たり部から冷却水が徐々に漏洩し始め,平成16年4月中旬ごろには,その量が増加するところとなった。また,同ポンプのオイルシールのリップとポンプ軸の当たり部も経年摩耗しており,逆方向のシール力が低下していた。
同じころ,冷却水タンクは,配管のゴム継手の劣化によるわずかな漏洩も加わって,定常的に1日の運転で概ね1リットルほど冷却水が減少していた。
ところで,冷却水ポンプの軸シールから漏れた水は,平素はドレン管から主機台の右舷側に落ちて機関室ビルジとなり,ビルジポンプの定期的な運転で船外に排出されるものであったが,ドレン管がゴミや錆で塞がり気味であったので,一部がオイルシールを逆方向にクランクケースに漏れ込むようになった。
A受審人は,同年4月20日ごろ息子から冷却水の漏洩量が増加して毎日4リットルほど補給する状況になったことを報告され,かつて所有していた船での経験から,ひび割れを生じたゴム継手を取り替えておけば漏洩はなくなるものと思い,同月24日平素から整備を依頼していた鉄工所を呼んだが,冷却水ポンプのドレン管を外して軸シールの漏れがないか点検させることなく,同継手を取り替えさせたのみで,冷却水ポンプの軸シールの取替えを行わなかった。
東洋丸は,時化が数日間続いて休漁したのち,同月28日に出漁して17時ごろ帰港したが,休漁中とその後の運転時にも主機のクランクケースに冷却水が浸入し,主機の潤滑油の乳化が進んだ。
主機は,帰港して停止された後に冷却水タンクが満水に補給され,翌29日の出漁に備えて機関を準備する際には,冷却水及び潤滑油量が確認されなかった。
こうして,東洋丸は,A受審人ほか4人が乗り組み,操業の目的で船首0.3メートル船尾1.5メートルの喫水をもって,平成16年4月29日03時00分島根県浜田港を発し,同港北西方の沖合の漁場に向けて主機を回転数毎分1,600に増速していたところ,主機冷却水タンクが警報水位を下まわり,03時15分浜田港沖防波堤灯台から真方位306度770メートルの地点において,船橋の機関警報盤の冷却水タンク低水位の警報が,続けて冷却水温度高の警報が鳴った。
当時,天候は晴で風はほとんどなく,海上は穏やかであった。
A受審人は,主機を中立回転として息子に主機の冷却水タンクを点検させたところ,同タンクの冷却水が払底しているのが分かり,30リットルほど補給して満水にさせたうえで,浜田港に引き返すこととした。
東洋丸は,主機を減速運転して浜田港に帰港し,その後,主機が精査されたところ,冷却水ポンプの軸シールが漏れてクランクケースの潤滑油に多量の冷却水が混入し,主軸受,クランク軸ジャーナルなど主要部がそれぞれの軸受とともにかき傷と摩耗を生じ,過給機ロータがケーシングと接触して損傷していることが分かり,のちすべての損傷部品が取替え修理された。
(原因)
本件機関損傷は,主機冷却水の漏洩量が増加して整備を行った際,冷却水ポンプ軸シールの点検が不十分で,同ポンプ軸シールに漏洩を生じたまま運転が続けられ,冷却水がクランクケースに漏れ込んで潤滑油が乳化したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,主機の冷却水漏洩量が増加して整備業者に整備を行わせる場合,主機が換装されてから7年を経過するまでの整備歴も確認しておらず,購入後もシリンダヘッドの整備も含め主要部の開放整備を行っていなかったのであるから,ドレン管を外して漏洩量を見るなど,冷却水ポンプ軸シールを点検させるべき注意義務があった。しかるに,同人は,ひび割れを生じたゴム継手を取り替えておけば漏洩はなくなるものと思い,冷却水ポンプの軸シールを点検させなかった職務上の過失により,冷却水ポンプの軸シールを取り替えないまま運転を続け,冷却水が同シールとオイルシールを通してクランクケースに漏れ込み,潤滑油が乳化する事態を招き,主軸受,クランク軸ジャーナルなど主要部がそれぞれの軸受とともにかき傷と摩耗を生じ,過給機ロータがケーシングと接触して損傷するに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。