(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年6月18日16時50分
富山県氷見漁港北東方沖合
(北緯36度53.2分 東経137度00.8分)
2 船舶の要目
船種船名 |
押船とみ丸 |
総トン数 |
19.00トン |
登録長 |
11.95メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
588キロワット |
回転数 |
毎分1,800 |
3 事実の経過
とみ丸は,平成3年5月に竣工し,富山県氷見漁港を基地として,富山湾内での浚渫,消波ブロックの据付け及び石材の投下などの港湾整備作業に年間100日ばかり従事する鋼製押船で,上甲板の船首寄りに操舵室,同室上部で同甲板から約6メートル(m)の櫓上に上部操舵室,操舵室下方に機関室がそれぞれ設けられており,長さ40m及び幅16mの台船とみ丸(以下「台船」という。)に船首部を嵌合した押船列を構成して操船する際には,台船によって前方視界が遮られることにより,上部操舵室が使用されていた。
機関室には,その中央部両舷の対称位置に2機の主機が据付けられ,それぞれ逆転減速機,中間軸,推進軸並びに外径1,350ミリメートル(mm)ピッチ680mm及び翼数3枚の高力黄銅製プロペラからなる軸系装置が連結されていた。
主機は,B社が製造した,6LAA-DT型と称する6シリンダ4サイクル機関で,操舵室及び上部操舵室にそれぞれ設けられた操縦卓上の操縦ハンドルにより,調速機を介して遠隔操縦できるようになっており,同卓には,主機の運転状態を監視できるよう,回転計などの計装設備が組み込まれていた。
逆転減速機は,B社が製造した,YP-180型と称する推力軸及び湿式多板クラッチ内蔵の歯車式のもので,主機クランク軸からの動力を入力軸で受け,前進の場合,入力歯車を介して各2個の前進入力軸,前進クラッチ,前進小歯車の順に,また,後進の場合,後進クラッチ及び後進小歯車の順に,それぞれ大歯車を装着した推力軸に伝達できるようになっていた。
クラッチの嵌・脱操作は,主機の各操縦ハンドルに隣接して設けられた逆転減速機操縦ハンドルにより,同減速機直結の潤滑油ポンプで加圧された同油の一部を制御し,作動油として前進又は後進クラッチの油圧ピストンに作用させて行えるようになっていた。
平成16年6月18日11時00分とみ丸は,A受審人が単独で乗り組み,石材を投下する目的で,砕石350立方メートルを積載して5人の作業員を乗せた台船と共に押船列を構成し,船首1.0m船尾2.4mの喫水をもって富山県伏木富山港を発し,同港北西方約8海里に位置し,すでに10回ばかりの石材投下を南方に向け順次進めていた薮田漁場増殖場造成工事現場(以下「薮田魚礁」という。)に向かった。
13時ごろとみ丸は,押船列船首方を陸岸に向けた態勢で薮田魚礁南端の投下予定地点に至り,台船の船尾両舷から水深約3mの海底にそれぞれ錨を投入して鋼製錨索を延出し,さらに,海岸近くに敷設された2箇所の浮標から台船の船首両舷にそれぞれ1本ずつの係留索をとって押船列を固定し,作業員の終業時刻である17時までに基地に帰港する予定で石材投下作業を開始した。
16時30分作業を終えたA受審人は,押船列を構成したまま約2海里の距離にある基地に向け帰港することとし,両舷主機を始動後,両舷クラッチが中立の回転数毎分500の運転状態で,両舷係留索を放し,次いで,台船に搭載しているウインチを使用して,その船尾から延出していた両舷錨索を巻き揚げ,徐々に後退した。
16時40分A受審人は,台船の錨の揚収を確認したので,両舷逆転減速機の前進クラッチを嵌入したところ,海底付近に浮遊していたロープ及びワイヤロープが右舷プロペラに絡み付き,船尾付近で発する衝撃音及び平素とは異なるわずかな船体振動を認めた。
その後,A受審人は,両舷主機を回転数毎分約1,800に増速し,船尾付近を起震源とした船体振動が増大していることを認めたとき,プロペラに異変が生じていることがわかる状況であったが,終業時刻に間に合うよう作業員を基地に送り届ける必要に迫られていたこともあり,近距離であった基地までの短時間ならば前記状況のまま運転しても支障ないものと思い,両舷主機について,それぞれの操縦ハンドル位置及び回転計の指示状態を比較するなど,主機運転状態の監視を十分に行わなかったので,右舷主機について,操縦ハンドル位置が左舷主機の同ハンドル位置に比べて進み,また,回転計の指針が大きく振れていることに気づかず,左舷主機のみの片舷運転で航行するなどの措置をとることなく続航した。
こうして,とみ丸は,依然として前記船体振動が続いている状況で氷見漁港に向け全速力前進中,右舷プロペラに絡んだロープ及びワイヤロープが船尾管後端部内の推進軸に巻き付く状態となり,平成16年6月18日16時50分薮田港防波堤灯台から真方位101度1,050mの地点において,過大な負荷がかかった右舷プロペラの回転が阻害され,右舷主機が自停した。
当時,天候は曇で,風力3の北東風が吹き,海上には小波が立っていた。
A受審人は,急ぎ機関室に赴いたところ,右舷逆転減速機からの発煙を認めたので始動を断念し,左舷主機のみの片舷運転で航行を再開して17時30分氷見漁港に帰着した。
その後,潜水調査が行なわれた結果,右舷プロペラ及び推進軸に外径18mmのロープ及び同9mmのワイヤロープなどが複雑に絡み付き,右舷軸系装置について,プロペラ翼の曲損,船尾管後部軸受支面材の損傷,逆転減速機前進小歯車の欠損及びクラッチ摩擦板の焼損などが判明し,のち,いずれも同型品と取り替えられた。
(原因)
本件機関損傷は,作業員を乗せた台船に船首部を連結して押航中,両舷主機を前進にかけた直後に推進軸系が衝撃を受け,その後も船尾付近を起震源とした船体振動が継続して生じる状況となった際,主機運転状態の監視が不十分で,右舷プロペラにワイヤロープなどの浮遊物が絡み付いた状態のまま運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,作業員を乗せた台船に船首部を連結して押航中,両舷主機を前進にかけた直後に推進軸系が衝撃を受け,その後も船尾付近を起震源とした船体振動が継続して生じている状況を認めた場合,それらの運転続行の可否を判断できるよう,それぞれの操縦ハンドル位置及び回転計の指示状態を比較するなど,主機運転状態の監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,終業時刻に間に合うよう作業員を基地に送り届ける必要に迫られていたこともあり,近距離であった基地までの短時間ならば前記状況のまま運転しても支障ないものと思い,主機運転状態の監視を十分に行わなかった職務上の過失により,右舷主機について,操縦ハンドル位置が左舷主機の同ハンドル位置に比べて進み,また,回転計の指針が大きく振れていることに気づかないまま運転を続けるうち,右舷プロペラに複雑に絡み付いたワイヤロープなどが船尾管後端部内の推進軸に巻き付いて回転が阻害され,右舷主機が停止する事態を招き,右舷軸系装置について,プロペラ翼の曲損及び船尾管後部軸受支面材の損傷のほか,過大な負荷を受けた逆転減速機内の前進小歯車に欠損及びクラッチ摩擦板に焼損などをそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。