(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年9月25日09時08分
北海道積丹半島東北東方沖合
(北緯43度33.4分 東経140度40.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船第五芙蓉丸 |
総トン数 |
3,568トン |
全長 |
98.00メートル |
機関の種類 |
過給機付2サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
2,721キロワット |
回転数 |
毎分177 |
(2)設備及び性能等
ア 第五芙蓉丸
第五芙蓉丸(以下「芙蓉丸」という。)は,平成5年11月進水し,航行区域を限定沿海とするセメント運搬に従事する船尾船橋型の鋼製貨物船で,主機が船尾上甲板下の機関室に据え付けられ,船橋左舷後部の区画に主機遠隔操縦及び可変ピッチプロペラ翼角の操作などが行える機関監視制御盤が設置されていた。
イ 主機
主機は,指定海難関係人A社が製造した6UEC33LSII型と呼称する,シリンダ内径330ミリメートル(以下「ミリ」という。)行程1,050ミリのディーゼル機関で,各シリンダには船尾から順番号が付されており,排気弁を開閉する駆動油圧配管及び空気ばね等が組み込まれた排気弁箱がシリンダヘッド中央に取り付けられていた。
ウ 主機の排気弁
主機の排気弁は,全長666ミリ弁棒基準径33ミリ弁傘直径179ミリの耐熱鋼製きのこ弁で,弁座との弁傘当たり面にステライト盛金がなされ,弁棒の弁ガイドとの摺動部には,弁棒のコッタ接触箇所を除くように,コッタ固定溝上端から38.8ミリ位置を起点として弁傘方向に,長さ204ミリ厚さ0.075ないし0.105ミリの硬質クロムめっき(以下「クロムめっき」という。)が施されていた。
3 事実の経過
芙蓉丸は,北海道室蘭港及び青森県八戸港を主な積荷港として,函館,紋別,稚内,留萌などの北海道各港及び宮城県仙台塩釜港を揚荷港とし,年間,主機が5,500ないし6,000時間運転され,70航海程度の実績があった。
A社は,主機排気弁弁棒にクロムめっきを採用している機関としては,芙蓉丸の主機を含めて70機の出荷実績があり,同弁のクロムめっき補修等については,主機取扱説明書に機関製造業者である同社に依頼するよう記載していたものの,同補修が同社の指定業者以外の整備業者に依頼されていることを認めていたにもかかわらず,また,当初からクロムめっきがフレッティング摩耗に弱いという認識を持っていたが,これまで同排気弁では同摩耗により折損した事例がなかったことから,同弁弁棒のクロムめっき施工範囲等についての周知を十分に行っていなかった。
B社は,芙蓉丸について,毎年4月には入渠先の整備業者に主機全シリンダの排気弁整備を依頼し,平成14年ごろからは同弁のクロムめっき補修も依頼するようになり,また,年度半ばの10月ごろには,別業者に室蘭港入港の機会を捉えて,3シリンダずつ2回に分けて同弁の整備を行わせるなどして,主機取扱説明書記載の2,000ないし4,000時間ごとに行うべき全シリンダの排気弁整備を年間2回3,000時間程度で実施していた。
しかし,B社は,主機排気弁個々の使用時間及び同弁弁棒のクロムめっき補修等の整備来歴を十分に把握していなかったばかりか,主機取扱説明書に同弁弁棒のクロムめっき補修等について,機関製造業者に同弁弁棒の摩耗状況等を連絡し,肉盛り補修を依頼するなどが記載されていることを知っていたが,同製造業者への連絡及び依頼を行わず,同弁弁棒のクロムめっき施工範囲及び同施工範囲を超えてクロムめっきされた場合に生じる不具合等を機関製造業者に確認させるなど整備業者に対する指示を適切に行っていなかった。
ところで,芙蓉丸は,平成16年4月入渠の際,主機排気弁弁棒に生じていた心ずれを解消するために整備業者により同弁弁棒のコッタ接触箇所にクロムめっき補修がなされた排気弁が主機3番シリンダに再使用され,同機の運転が繰り返されるうち,同弁弁棒のコッタが接触していた同補修箇所にフレッティング摩耗に起因する微細な亀裂を生じるようになっていた。
こうして,芙蓉丸は,機関長ほか10人が乗り組み,船首2.33メートル船尾5.43メートルの喫水をもって,平成16年9月24日14時40分北海道紋別港を発し,室蘭港に向け航行中25日09時08分北緯43度33.4分東経140度40.0分の地点において,主機3番シリンダ排気弁弁棒のコッタ接触箇所に生じていた前示亀裂が進展して,折損し,燃焼室に落下した同弁弁傘等がシリンダヘッドとピストンとの間で挟撃されて,主機が異音を発した。
当時,天候は晴で,風力3の北風が吹き,海上には1メートルの波高があった。
芙蓉丸は,09時10分主機が停止されたのち,各部が点検され,3番シリンダにおいて,折損した排気弁弁傘等が燃焼室に落下しており,同シリンダの燃焼室内の損傷が明白であったが,海面状態が不良で,機関長が本船での修理を断念し,その旨船長に報告して救援を依頼した。
その結果,芙蓉丸は,来援した巡視船及びタグボートにより北海道小樽港に引き付けられ,業者により主機等が精査された結果,主機3番シリンダの排気弁,シリンダヘッド,ピストン及びシリンダライナ等の損傷のほか,同弁破片の飛込みによる過給機タービン側の損傷などが判明し,その後いずれも損傷部品が取り替えられ,修理された。
(本件発生に至る事由)
1 主機排気弁弁棒のクロムめっき施工範囲等の周知を十分に行っていなかったこと
2 主機排気弁個々の使用時間及び同弁弁棒のクロムめっき補修等の整備来歴を十分に把握していなかったこと
3 主機排気弁弁棒のクロムめっき施工範囲及び同施工範囲を超えてクロムめっき補修された場合に生じる不具合等を機関製造業者に確認させるなど整備業者に対する指示を適切に行っていなかったこと
4 主機排気弁弁棒のコッタ接触箇所にクロムめっき補修を行っていたこと
5 主機の排気弁弁棒のコッタ接触箇所にクロムめっき補修がなされた同弁を再使用し,同弁弁棒のコッタが接触していたクロムめっき補修箇所にフレッティング摩耗に起因する微細な亀裂が生じ,同亀裂が進展したこと
(原因の考察)
本件機関損傷は,主機排気弁弁棒のコッタ接触箇所にクロムめっき補修がなされた同弁を再使用し,同補修箇所にフレッティング摩耗に起因する微小な亀裂が生じ,同亀裂が進展して,同弁弁棒が折損に至ったものである。
機関製造業者が,当初からクロムめっきがフレッティング摩耗に弱いという認識を持っていたのだから,主機排気弁弁棒のクロムめっき施工範囲等を十分に周知していれば,本件は発生していなかったものと認められる。
したがって,機関製造業者が,主機排気弁弁棒のクロムめっき施工範囲等の周知を十分に行っていなかったことは,本件発生の原因となる。
海運業者が,主機排気弁弁棒のクロムめっき補修については,機関製造業者に同弁弁棒の摩耗状況等を連絡し,肉盛り補修を依頼するなどが主機取扱説明書に記載されていることを知っていたのだから,同弁弁棒のクロムめっき施工範囲及び同施工範囲を超えてクロムめっき補修されたのちに生じる不具合等を機関製造業者に確認させるなど整備業者に対する指示を適切に行っていれば,本件は発生していなかったものと認められる。
したがって,海運業者が,主機排気弁弁棒のクロムめっき施工範囲及び同施工範囲を超えてクロムめっき補修されたのちに生じる不具合等を機関製造業者に確認させるなど整備業者に対する指示を適切に行っていなかったことは,本件発生の原因となる。
海運業者が,主機排気弁個々の使用時間及び弁棒のクロムめっき補修等の整備来歴を十分に把握していなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
整備業者が,主機排気弁弁棒のクロムめっき施工範囲及び同施工範囲を超えてクロムめっき補修されたのちに生じる不具合等を機関製造業者に確認しないまま,同弁弁棒のコッタ接触箇所に同補修を行っていたことは,本件発生に至る過程で関与した事実である。原因としないものの,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件機関損傷は,主機排気弁弁棒のコッタ接触箇所にクロムめっき補修がなされた同弁を再使用し,同弁弁棒の同補修箇所にフレッティング摩耗に起因する微細な亀裂が生じ,同亀裂が進展したことによって発生したものである。
機関製造業者が,主機排気弁弁棒のクロムめっき施工範囲等の周知が十分でなかったことは原因となる。
海運業者が,主機排気弁弁棒のクロムめっき施工範囲及び同施工範囲を超えてクロムめっき補修されたのちに生じる不具合等を機関製造業者に確認させるなど同弁の整備業者に対する指示が適切でなかったことは原因となる。
(指定海難関係人の所為)
A社が,主機排気弁のクロムめっき施工範囲等の周知を十分に行っていなかったことは,本件発生の原因となる。
A社に対しては,本件後,サービスニュースにより,主機排気弁弁棒のコッタ接触箇所にはクロムめっき補修を施さない旨を周知するなどの改善措置をとった点に徴し,勧告しない。
B社が,主機排気弁弁棒のクロムめっき施工範囲及び同施工範囲を超えてコッタ接触箇所までクロムめっき補修されたのちに生じる不具合等を機関製造業者に確認させるなど整備業者に対する指示を適切に行っていなかったことは,本件発生の原因となる。
B社に対しては,本件後,機関製造業者からのサービスニュースを受けて,主機の全排気弁を新替えし,同弁個々の整備来歴を明確にするなどの改善措置をとった点に徴し,勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。