(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年12月12日07時15分
鹿児島県鹿屋港外
(北緯31度23.6分 東経130度45.6分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第八十八安栄丸 |
総トン数 |
324トン |
全長 |
54.19メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第八十八安栄丸
第八十八安栄丸(以下「安栄丸」という。)は,昭和52年8月に進水し,平成7年12月にまき網船団付属運搬船から活魚運搬船として改造された船尾船橋型の鋼製漁船で,船首楼下に船首タンク,1番燃料油タンク及びポンプ室を,船体中央部に1番から5番までの魚倉を,そして船尾部に操舵室,機関室及び居住区などをそれぞれ配置していた。
また,安栄丸は,主として九州及び四国地方から神奈川県三崎港への活魚運搬に従事しており,活魚を積載中には魚倉内の海水を常に新鮮に保つ必要から,各魚倉の船底部及び両舷側に海水取入口と排出口を設け,航走中には海水弁の操作により,自然対流を利用して海水の入れ替えを行い,荷役時を含む停泊中にはポンプ室及び機関室にそれぞれ2台ずつ装備した容量30キロワット(Kw)の電動機で駆動する魚倉用海水ポンプ(以下「魚倉ポンプ」という。)によって魚倉の海水を入れ替えるようになっていた。
イ 機関室
機関室は,上甲板によって上下2段に分かれた区画で,下段には,中央付近に主機を据え付け,その両舷船首寄りにディーゼル機関(以下「補機」という。)で駆動する発電機をそれぞれ設置して,左舷側を1号発電機,右舷側を2号発電機と呼称し,各発電機の前方に魚倉ポンプ,1号発電機の後方左舷側に主配電盤及び変圧器などをそれぞれ設置し,上段には,船首部に平成10年に増設したパッケージ型発電機(以下「停泊用発電機」という。),主配電盤の上方に蓄電池,電気温水器及び工作スペースなどをそれぞれ備え,船尾側両舷に船員室へ通じる出入口扉が設けられていた。
ウ 給電設備
給電設備は,いずれも三相交流電圧225ボルト(V)で容量160キロボルトアンペア(kVA)411アンペア(A)の1号発電機,容量120kVA308Aの2号発電機及び停泊用発電機を主電源とし,主配電盤から給電する220V及び100V交流電路と,100V及び24V直流電路の4系統を有していたが,各発電機には並列運転機能が装備されておらず,母線が1号及び停泊用発電機と,2号発電機の2系統に独立していた。
このため,船内の電路系統については,魚倉ポンプをポンプ室2台と機関室各1台ごとの3群に,他の電気機器も操舵室関係機器と100V及び24V電路の系統,機関室機器用の2系統の3群に,それぞれの所要電力が30ないし60kwとなる計6群に分割したうえ,両母線との間に手動双投形の切換開閉器を設けており,発電機の運転状況により,各群ごとに同開閉器でいずれかの母線に接続するようになっていた。
主配電盤は,高さ1.8メートル(m)幅2m奥行き0.5mのデッドフロント型で,船首側から発電機盤,220V給電盤,集合始動器盤並びに100V及び24V給電盤などで構成し,発電機盤には,中央に1,2号各発電機用の気中遮断器(以下「ACB」という。)を設け,上部に各母線の電圧計,電流計,周波数計,電力計及び接地灯などを組み込んでおり,切換開閉器については,ポンプ室魚倉ポンプ用と機関室魚倉ポンプ1台用を他の電気機器用とともに主配電盤の下部に配列し,もう1台の機関室魚倉ポンプ用が同盤船首側の側板に外付けで設けられていた。
エ ACBの過電流引きはずし装置
ACBは,B社が製造した機械式で,R及びT相には,発電機の保護装置として,オイルダッシュポット(以下「ダッシュポット」という。)を組み込んだ電磁式の過電流引きはずし装置を取り付けていた。
同装置は,電磁コイル内に,底部がピストン形状をした鉄心を装着したうえ,コイルの下部に取り付けられたダッシュポット内の制動油に鉄心のピストン部を挿入した状態となっており,コイルに流れる電流が定格値以内のときは鉄心がピストン部に制動油の粘性抵抗を受けて移動せず,設定以上の過電流が一定時間継続して流れると,コイルの起磁力が増大して鉄心が制動油の粘性抵抗に打ち勝って上昇し,主接点引きはずし機構に連結した可動鉄片を押し上げて,ACBをトリップさせるようになっていた。
ところで,ダッシュポットは,制動油として,専ら摂氏25度(℃)における粘度が100センチストークス(cSt(mm2/s))程度で,かつ温度による粘度変化の小さいシリコーン油が使用されており,同油の代わりに機関システム油などのシリコーン油よりかなり粘度の高い油を使用した場合,ピストン部の受ける粘性抵抗が大きくなり,設定以上の過電流が流れても過電流引きはずし装置が作動しないおそれがあった。
3 事実の経過
A受審人は,給電設備の取り扱いにあたり,発電機単独運転中には各切換開閉器を運転機側に操作しておき,船内荷役中などで魚倉ポンプ4台を運転する必要がある場合には,1,2号発電機を運転したうえで電力負荷がいずれも90パーセント(%)前後となるように切換開閉器を操作し,容量の大きい1号発電機からは魚倉ポンプ3台と他の電気機器1群に,2号発電機からは同ポンプ1台と他の電気機器2群にそれぞれ給電するようにしていた。
ところで,安栄丸は,毎年1月から2月にかけて入渠して船体及び機関の整備を実施しており,平成16年1月の中間検査工事において給電設備の絶縁抵抗試験及び各種効力試験を行っていずれも良好であることが確認され,活魚運搬を繰り返していたところ,平成16年8月になって2号発電機の通常負荷運転中にACBのトリップが頻繁に起きるようになった。
このため,A受審人は,主配電盤各部の調査に取り掛かり,そのときに,ダッシュポットに油を補給してトリップが収まったという話を思い出し,2号発電機ACBの過電流引きはずし装置用同ポットを点検したところ,制動油がほとんどなくなっているのを認めたが,潤滑油でも入れておけばトリップが収まるものと思い,ダッシュポット内に残っていた油を触手したり,電気整備業者などに問い合わせるなどして,粘度などの性状確認を十分に行うことなく,25℃における粘度が約360cStとなる主機システム油として使用している潤滑油を補給したので,設定以上の過電流が流れても同装置が作動せずにACBがトリップし難い状況となったまま運転を続けていた。
こうして,安栄丸は,A受審人ほか5人が乗り組み,活魚を積み込む目的で,同年12月11日10時30分愛媛県深浦漁港を発し,1号発電機を運転して鹿児島県鹿屋港外に所在するかんぱちの養殖施設に向かった。
翌12日05時50分A受審人は,魚倉ポンプの運転に備えるため,2号発電機を始動したうえ,切換開閉器による1号発電機との負荷分担を行った際,他の電気機器2群を2号発電機側に切り替え,同ポンプについては誤って通常1台のみに給電している同発電機から2台に給電するよう同開閉器を操作して,甲板上の作業に加わったが,いつも行っている操作で分担を間違えることはないものと思い,06時55分に各魚倉ポンプの運転を開始後,機関室に戻って主配電盤上の電力計などにより両発電機の負荷電力を十分に点検しなかったので,誤操作で2号発電機が過負荷運転となっていることに気付かなかった。
安栄丸は,07時00分鹿屋港港外に至り,養殖施設に横付けして活魚を積み込んでいたところ,2号発電機ACBの過電流引きはずし装置に設定以上の過電流が流れたものの,同装置が作動しないまま同発電機の運転が続けられたため,ACBが過熱して端子取付台に使用されていたベークライト板などの可燃物が発火し,07時15分鹿屋港南防波堤灯台から真方位219度950メートルの地点において,主配電盤内部が燃え上がり,機関室が火災となった。
当時,天候は曇で風はほとんどなく,海上は穏やかであった。
A受審人は,過電流によって2号発電機の励磁装置が焼損したことによるものか,一時的に2号補機の排気色が黒変したことを上甲板中央部でクレーン操作をしていた船長から知らされ,明らかに負荷変動で生じる黒煙とは異なることから機関室に急行し,下段に降りて主配電盤の同発電機ACB付近から出火していることを認め,事態を船長に報告したうえ,持運び式消火器による消火を試みたものの効なく,密閉消火を行うこととして同室に通じる開口部を閉鎖した。
安栄丸は,さらに養殖施設周辺にいた地元漁業関係者の船から消火用水の供給を受け,放水消火を並行して実施したところ火勢が衰えたことから,鹿屋港の岸壁に引き付けて待機していた消防車による消火作業により鎮火が確認され,のち回航された造船所で機関室内を調査した結果,2号発電機本体に損傷はなかったものの励磁装置が焼損しており,主配電盤及びその周辺電路などが焼損し,放水により1号発電機,変圧器及び蓄電池などが濡損していることが判明し,主配電盤を新替えしたほか,損傷機器がいずれも修理された。
(本件発生に至る事由)
1 給電設備が,発電機に並列運転機能を装備しないで,6群に分割した電路系統ごとに切換開閉器によって2系統の独立した発電機母線のいずれかに接続する方式であったこと
2 2号発電機ACBの過電流引きはずし装置用ダッシュポットに制動油を補給する際,潤滑油でも入れておけばトリップが収まるものと思い,粘度などの性状を十分に確認しなかったこと
3 2号発電機ACBの過電流引きはずし装置用ダッシュポットに補給された主機システム油用潤滑油がシリコーン油より高粘度であったこと
4 発電機2台から船内給電するにあたり,誤って2号発電機が過負荷となる切換開閉器の操作を行ったこと
5 魚倉ポンプ運転後,いつも行っている作業なので分担を間違えることはないと思い,両発電機の負荷電力を十分に点検しなかったこと
6 過電流引きはずし装置が作動しないまま2号発電機の過負荷運転が続けられ,ACBが過熱,発火したこと
(原因の考察)
本件は,発電機2台から個別に分担した電路系統に給電して,活魚の積込み作業中,過負荷となった2号発電機のACBがトリップしないまま,過熱,発火したことによって発生したものである。
トリップが頻発していた2号発電機ACBの過電流引きはずし装置用ダッシュポットを点検し,制動油を補給する際,同ポット内に残っていた油を触手したり,電気整備業者などに問い合わせるなどして,粘度などの性状確認を十分に行っていれば,専用のシリコーン油が使用され,過負荷運転時に同装置が正常に作動してACBがトリップし,過熱,発火を防止できたものと認められる。
したがって,A受審人が,過電流引きはずし装置用ダッシュポットに制動油を補給するにあたり,潤滑油でも入れておけばトリップが収まるものと思い,粘度などの性状確認を十分に行わず,シリコーン油より高粘度の主機システム油を補給したことは,本件発生の原因となる。
また,活魚積込み時の魚倉ポンプ運転に備え,発電機2台から給電する際,誤って2号発電機が過負荷となる切換開閉器の操作を行ったものの,同ポンプ運転後,機関室に戻って主配電盤上の電力計などにより両発電機の負荷電力を点検していれば,誤操作で2号発電機が過負荷運転となっていることが発見できたものと認められる。
したがって,A受審人が,いつも行っている操作で分担を間違えることはないものと思い,魚倉ポンプの運転後に両発電機の負荷電力を十分に点検しなかったことは,本件発生の原因となる。
給電設備が,発電機に並列運転機能を装備しないで,6群に分割した電路系統ごとに切換開閉器によって2系統の独立した発電機母線のいずれかに接続する方式であったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,平成11年5月から乗船しているA受審人にとっては習熟した方式であることから,本件発生の原因とはならない。
(海難の原因)
本件火災は,2号発電機ACBの過電流引きはずし装置用ダッシュポットに制動油を補給するにあたり,粘度などの性状確認が不十分で,シリコーン油より高粘度の主機システム油が補給されたばかりか,発電機2台から船内給電する際,魚倉ポンプ運転後の負荷電力の点検が不十分で,活魚積込み中,同装置が作動しないまま2号発電機が過負荷運転となり,過大な電流が流れ続けたACBが過熱,発火したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,機関の運転管理にあたり,2号発電機ACBの過電流引きはずし装置用ダッシュポットに制動油を補給する場合,同装置が作動不良を起こすと発電機が損傷するばかりでなく,ACBが過熱するおそれがあったから,同ポット内に残っていた油を触手したり,電気整備業者などに問い合わせるなどして,粘度などの性状確認を十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,潤滑油でも入れておけばトリップが収まるものと思い,粘度などの性状確認を十分に行わなかった職務上の過失により,ダッシュポットにシリコーン油より高粘度の主機システム油を補給し,2号発電機が過負荷運転となった際に過電流引きはずし装置が作動せず,過大な電流が流れ続けたACBが過熱,発火して機関室火災を招き,主配電盤及びその周辺電路などに焼損,1号発電機,変圧器及び蓄電池などに濡損を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の四級海技士(機関)の業務を1箇月停止する。
よって主文のとおり裁決する。
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