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平成17年門審第55号
件名

漁船第三萬丸火災事件

事件区分
火災事件
言渡年月日
平成17年11月9日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(西林 眞,清重隆彦,尾崎安則)

理事官
花原敏朗

受審人
A 職名:第三萬丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
上部構造物等の焼損,廃船処分

原因
機関室電気配線の点検不十分

主文

 本件火災は,機関室電気配線の点検が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年9月30日20時00分
 宮崎県細島港沖合
 (北緯32度25.7分 東経131度42.0分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第三萬丸
総トン数 4.98トン
登録長 11.49メートル
機関の種類 ディーゼル機関
漁船法馬力数 50
(2)設備及び性能等
ア 第三萬丸
 第三萬丸(以下「萬丸」という。)は,昭和57年10月に進水した,主にえびひき網と称する底引き網漁業に従事する1層甲板型FRP製漁船で,甲板下には,船首方から順に氷室,活魚倉,物入れ,その後方から船体中央にかけて機関室,次いで活魚倉3個,船尾物入れ及び舵機庫などをそれぞれ配置し,甲板上には,機関室囲壁の前部上方に操舵室が設けられていた。
イ 機関室
 機関室は,長さ約6メートル(m)幅約2.5m高さ1.5ないし1.8mの区画で,中央に,主機として平成7年1月に換装したB社製のS4M3E-MTK型と称する,A重油を燃料油とし,発電機及びポンプ類を直結した過給機付4サイクル4シリンダ・ディーゼル機関を据え付け,主機の船首側には,動力取出軸によりVベルトを介して駆動する充電機及び操舵機用油圧ポンプを右舷側に,漁労用油圧ポンプを左舷側にそれぞれ備えていたほか,船首側左舷寄りにディーゼル機関(以下「補機」という。)駆動の活魚倉用海水ポンプを設け,船底上には床材として杉板を敷き,表面に塗装が施されていた。
 また,機関室は,両舷側に鋼板にFRPコーティングを施した容量350リットルで床板からの高さが約70センチメートル(cm)の燃料油タンクを縦列に2個ずつ配置し,各タンクの上面前方に同室内に開口部を有する給油口を,前面にガラス製の油面計をそれぞれ備え,同室囲壁には,船尾側右舷寄りに幅約1m高さ約70cmの引戸式出入口,頂面に換気用ハッチ,及び右舷側に幅約80cm高さ約30cmの引戸式窓がそれぞれ設けられていた。
ウ 電気系統
 船内の電気系統は,12ボルト150アンペア時の鉛蓄電池2個を直列に接続して直流24ボルトとしたものを機関室後部の両舷側床板上にそれぞれ設置し,右舷側の蓄電池を主機始動用電源に,左舷側の蓄電池を補機セルモーター,航海機器及び照明等の船内機器用電源として使用しており,充電用及び給電用の電気配線がすべて機関室内を通り,いずれも操舵室内に設けた配電盤を介して給電するようになっていた。
 このうち,充電機から船内機器用蓄電池に至るキャプタイヤケーブル(以下「機器用ケーブル」という。)は,右舷側燃料油タンクの左舷上縁部を通り機関室後部隔壁に沿って敷設されており,同タンク上縁部では,主機付発電機から主機始動用蓄電池に至るキャプタイヤケーブル(以下「主機用ケーブル」という。)とともに50ないし70cm間隔の結束バンドで固定されていたものの,充電機端子部からタンク上縁部までの間は支持金具を設けずに弛(たる)ませた状態で配線されていた。
 また,主機用及び機器用両ケーブルが敷設された右舷側燃料油タンクの左舷上縁部付近は,近くに給油口があることから,機関室右舷窓から給油ホースを入れて同タンクに補油する際に,燃料油が降りかかるおそれのある箇所であった。

3 事実の経過
 A受審人は,機関及び電気設備の運転と保守にあたって,日頃から操業中も含め機関室内を見回るようにしており,主機及び補機器などの定期的な整備や修理を馴染みの機関整備業者に依頼して行うようにしていたところ,萬丸購入以来使用している主機用ケーブルにおいて,右舷燃料油タンク上縁部に敷設している部分の絶縁被覆に燃料油が付着するなどして劣化が進行していたことから,平成15年4月,同整備業者に依頼して同ケーブルを新替えすることとした。
 萬丸は,前示整備業者の手により主機用ケーブルを新替えするにあたり,燃料油の付着による劣化を防止するため,透明のビニールホースの中にケーブルを通し,これまでと同様,右舷燃料油タンクの上縁部に機器用ケーブルとともに結束バンドで固定して敷設されたものの,機器用ケーブルについては,そのまま継続使用したことから,その後,右舷燃料油タンク上縁前端部の結束バンド付近から充電機に至る箇所において,燃料油が付着したうえに,充電機端子部までの弛ませた部分が船体動揺等により振れて燃料油タンクとの接触を繰り返したことも加わり,絶縁被覆の経年劣化が進行する状況となった。
 ところが,A受審人は,機器用ケーブルも主機用ケーブルと同様の敷設状況であり,絶縁被覆の経年劣化が進行するおそれがあったにもかかわらず,主機用ケーブルを新替えした際に機器用ケーブルなどは外観上異常なかったので大丈夫と思い,その後機関室を見回るときに,燃料油の付着状況や接触部との摺れの有無を確認するなど,電気配線の点検を十分に行わなかったので,右舷燃料油タンク上縁前端付近で機器用ケーブルの絶縁被覆が著しく劣化していることに気付かないまま,機関の運転を続けていた。
 こうして,萬丸は,A受審人が1人で乗り組み,操業の目的で,船首0.5m船尾1.5mの喫水をもって,同16年9月30日05時00分門川漁港を発し,平岩鼻沖合の漁場に至って操業を行ったのち,19時30分操業を終え,6.0ノットの対地速力で自動操舵とし,同漁港に向け帰途に就いた。
 萬丸は,A受審人が後部甲板で漁獲物の選別を行いながら航行し,19時55分ごろ同選別作業を終え,機関室出入口から手を伸ばして同室船尾側壁面に設けられた後部甲板の作業灯用スイッチを切り,操舵室に戻って作業合羽を脱いでいたところ,機器用ケーブルが前示絶縁被覆の劣化箇所において線間短絡を生じ,過熱,溶解した同被覆に着火するとともに,隣接する主機始動用ケーブルを挿入したビニールホースなどに燃え移り,20時00分細島灯台から真方位070度1,500メートルの地点において,燃焼した絶縁被覆やビニールホースが滴下して床板から炎が上がり,機関室が火災となった。
 当時,天候は晴で風力1の北西風が吹き,海上は穏やかであった。
 A受審人は,操舵室の窓越しに機関室換気用ハッチが明るくなっていることに気付き,右舷側甲板に出たところ,すでに機関室の引戸式窓や出入口から炎と煙が出ていたので,操舵室に戻って主機を停止したのち,近くにいた僚船に無線電話で火災発生を通報するとともに救助を依頼し,同室にも煙が充満し始めたため船首に避難した。
 萬丸は,来援した巡視船の放水消火作業により21時50分ごろ鎮火したが,機関室及び甲板上の構造物をすべて焼損し,僚船により門川漁港に引きつけられ,のち廃船処理された。

(本件発生に至る事由)
1 機器用ケーブルの充電機端子部から右舷燃料油タンクの上縁部までの間が,支持金具を設けずに弛ませた状態で配線されていたこと
2 主機用及び機器用ケーブルの右舷燃料油タンク上縁部に沿って敷設された箇所に燃料油が付着しやすかったこと
3 機器用ケーブルが長期間使用されていたこと
4 新替えした主機用ケーブルがビニールホースの中を通して敷設されたこと
5 主機用ケーブルを新替えした際に機器用ケーブルなどは外観上は異常なかったので大丈夫だと思ったこと
6 機関室電気配線の点検が十分でなかったこと
7 機器用ケーブルの絶縁被覆の経年劣化が著しく進行したこと
8 機器用ケーブルが線間短絡して絶縁被覆に着火し,隣接するビニールホースなどに延焼したこと

(原因の考察)
 本件は,右舷燃料油タンク上縁部に敷設している部分の絶縁被覆に燃料油が付着するなどして劣化が進行していた主機用ケーブルを本件発生の約1年半前に新替えしていることから,機関室電気配線の点検を十分に行っていたなら,同様に長期間使用している隣接の機器用ケーブルにおいても絶縁被覆の経年劣化が進行していることが発見でき,同ケーブルを新替えするなどの整備を行うことで,発生を防止できたと認められる。
 したがって,A受審人が,主機用ケーブルを新替えした際に機器用ケーブルなどは外観上異常なかったので大丈夫と思い,その後,機関室電気配線の点検を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 機器用ケーブルの充電機端子部から右舷燃料油タンクの上縁部までの間が支持金具を設けずに弛ませた状態で配線されていたこと及び主機用及び機器用ケーブルの右舷燃料油タンク上縁部に沿って敷設された箇所に燃料油が付着しやすかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 新替えした主機用ケーブルがビニールホースの中を通して敷設されたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるものの,原因とはならない。

(海難の原因)
 本件火災は,機関及び電気設備の運転と保守にあたり,機関室電気配線の点検が不十分で,宮崎県門川漁港に向けて帰航中,燃料油の付着などで絶縁被覆が経年劣化した機器用ケーブルが線間短絡し,過熱した同被覆に着火して隣接するビニールホースなどの可燃物に延焼したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,機関及び電気設備の運転と保守にあたる場合,長期間使用していた主機用ケーブルの絶縁被覆に劣化の進行を認めて新替えしていたのであるから,同様に長期間使用している隣接の機器用ケーブルなどの絶縁被覆の経年劣化を見落とすことのないよう,機関室電気配線の点検を十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,主機用ケーブルを新替えした際に機器用ケーブルなどは外観上異常なかったので大丈夫と思い,その後,機関室電気配線の点検を十分に行わなかった職務上の過失により,宮崎県門川漁港に向けて帰航中,右舷燃料油タンク上縁前端付近で同ケーブルの絶縁被覆が著しく劣化して線間短絡を生じ,過熱した同被覆に着火し,隣接するビニールホースなどの可燃物に延焼して機関室火災を招き,上部構造物をすべて焼損して萬丸を廃船させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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