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平成17年広審第66号
件名

油送船第三 八宝丸火災事件

事件区分
火災事件
言渡年月日
平成17年10月18日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(吉川 進,黒田 均,道前洋志)

理事官
河本和夫

指定海難関係人
A社 業種名:船舶修繕業
B 職名:A社現業グループ仕上チーム班長

損害
機関室下段のフレームとスチフナーの過熱変形,ポンプ,配管,配線と主機等の表面焼損及び機関室と居住区の汚損

原因
船舶修繕業者の防火対策不十分

主文

 本件火災は,修繕工事で入渠中,機関室で火気作業を行うに当たり,船舶修繕業者が,防火対策が十分でなかったことによって発生したものである。
 なお,火災が拡大したのは,初期消火が適切でなかったことによるものである。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年5月5日17時00分
 広島県尾道糸崎港
 (北緯34度24.0分 東経133度11.7分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 油送船第三 八宝丸
総トン数 999トン
全長 84.02メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,765キロワット
(2) 設備及び性能等
ア 船体
 第三 八宝丸(以下「八宝丸」という。)は,平成3年7月に進水した船首尾楼付凹甲板型の鋼製油送船で,船体の中央に5個の貨物タンクを,5番貨物タンク後部の船尾楼甲板下にポンプ室と機関室を,そして船尾楼に居住区と操舵室とをそれぞれ配置していた。
イ 機関室
 機関室は,下段中央の二重底上に主機,その船首側に増速機,右舷側に増速機で駆動される軸発電機と主機冷却水ポンプ,左舷側に空気圧縮機と海水サービスポンプが,また中段両舷に主発電機と主機関連ポンプ類と熱交換器,船尾側に補助ボイラが,上段には主配電盤と燃料及び潤滑油の小出しタンク類がそれぞれ配置されていた。また,下段では両舷の外板がキール方向に向かって傾斜し,外板フレーム上には小型ポンプのポンプ台が取り付けられており,二重底及び海水吸入箱以外の箇所がビルジ溜りになっていた。なお,法定の消防設備として,固定式炭酸ガス消火装置,持運び式泡消火器等を備えていた。
ウ 海水サービスポンプ
 海水サービスポンプは,主発電機,造水器等に冷却海水を送る横置渦巻ポンプで,中間に置かれた継手ケーシング及び船首側の渦巻室からなり,船尾側に駆動電動機をフランジ付けした一体構造で,継手ケーシングの足が厚さ12ミリメートルの鋼板製のポンプ受台にボルトとナットで締め付けられ,同受台が,15番及び16番フレーム上にアングル材で構築されたポンプ台に溶接付けされていた。

3 A社の工事管理と防火対策
(1)工事管理
 A社は,予め船主と工事仕様書を作成したうえで修繕工事契約を取り交わし,入渠後直ちに船体及び機関担当技師を配置し,機関に関わる工事を機関担当技師に統括させ,本船側との調整や,仕上,配管及び旋盤の各チームの工事を管理させた。
 修繕工事は,作業経過の中で仕様書の記載事項と異なる点が生じるなど,判断が難しいときには班長が機関担当技師に相談して,必要なときには同技師が本船側との調整の上,実施されるようになっていた。
(2)機関室での防火対策
 A社は,機関室でガス切断器による溶断など火気作業を行うときには,ビルジの表面やタンクトップにウエス類が落ちていなければ,溶鉄や火の粉が飛散しても着火し難いと考えており,船殻の切断など大がかりな火気作業をするときを除いて,ビルジを予め吸引し,ビルジの油分を取り除いておくことを作業基準などで規定しておらず,専ら溶断による火の粉などを,一斗缶を斜めに切って棒を取り付けた火受け皿で受けるなどの方法をとらせていたが,火を受ける方法については作業現場の判断に任せていた。
 また,作業内容が頻繁に火気作業を伴う班を除いて,火気作業を行うときに,周囲への影響を確認したり,飛散する火の粉を受けたり,消火器を使用するなど,作業を補助する警戒要員を配置するようにしていなかった。
 入渠船の機関室に配置する消火器は,9キログラム入りの炭酸ガス消火器で,仕上グループが工場で随時ガスの充填を行っていた。
 消火器による初期消火は,防火訓練において定期的に実施されていたが,主として新人などを対象としていた。

4 事実の経過
 八宝丸は,NK船級船で,平成17年5月1日年次検査のためにA社2号乾ドックに入渠した。甲板部では,船底洗いと塗装,揚錨機,錨鎖,船底弁,貨物倉等の整備が,また,機関部ではプロペラ磨きと船底弁の整備並びに軸系,主機,補機及びポンプ類の継続検査のほか,補助ボイラ,冷却器などの整備がそれぞれ計画され,海水サービスポンプのポンプ軸の修復とモーター取替えが行われることになっていた。また,機関室のビルジについては,工事に伴う火気作業が想定されていなかったので,出渠する間際に吸引して処理されることになった。
 A社は,船体及び機関担当技師が八宝丸の船長,機関長らと工事仕様書をもとに工事全体の打合せを行い,機関担当技師が該当する機器の整備内容を確認し,各班長に作業の開始を指示した。
 B指定海難関係人は,機関担当技師の指示を受けて工事仕様書に記載された冷却器類,ポンプ類の取外しと開放を班員に行わせ,自らは海水サービスポンプを取り外し,工場に陸揚げした。
 ところで,海水サービスポンプは,吸入及び吐出側の配管フランジの向きが据付け位置と合わずに引っ張りが強く,エルボ形状の吐出管に接続された計6個の弁とそれらを束ねる分岐管の剛性も高かったので,継手ケーシングとポンプ受台のボルト穴が大きくずれており,ボルトも全て腐食してなくなり,配管に支えられた状態であった。また,ポンプ直下が斜面になった船底外板で,間近には油が浮いたビルジが溜っていた。
 B指定海難関係人は,5月5日午後整備が終わった海水サービスポンプを機関室に搬入し,ポンプ受台に取り付けようとしたが,配管側を仮付けすると,フランジのボルト穴の範囲で調整しても継手ケーシングとポンプ受台のボルト穴には,4本のうち3本のボルトを通すことができなかった。そこで,対策を機関担当技師に相談し,八宝丸の機関長にも了承を取り付けて,先ず海水サービスポンプに配管を取り付け,その位置に合わせてボルト穴を新たに開け直すこととし,同技師にボルト穴のずれが半径ほどなのでドリルが使えず,ガス切断器による穴開けをしたい旨を説明した。
 A社は,海水サービスポンプを元の場所に据え付けるに当たって,火気作業が必要になったものの,担当技師が,作業場所付近のビルジが火災の発生につながらないか検討しなかったので,直下のビルジを吸引して油分の除去をせず,また,警戒要員を配置するよう指示されないまま,ガス切断器でポンプ受台にボルト穴を開け直すこととなった。
 B指定海難関係人は,ポンプ船尾側からビルジ溜りを覗いてビルジに黒い油が浮いているのを認めたが,付近にウエスの落ちている様子がないので多少の溶鉄の落下は問題ないと考え,ポンプ台下に幅40センチメートルばかりのブリキ板を挿入し,その上にカーボン繊維製の耐火織布を載せて溶鉄を受け止めることとし,仕上工場から炭酸ガス消火器を持参し,他班が使用するため機関室内に置いてあったガス切断器を運んで来た。
 耐火織布は,ブリキ板と同じ幅に折りたたんだもので,ガス切断器で吹き飛ばされた溶鉄が周りに飛散するおそれがあった。
 B指定海難関係人は,同日16時50分ごろガス切断器に点火し,同切断器のノズルをサービスポンプの継手ケーシングのボルト穴に差し込み,ポンプ受台に新たなボルト穴を開け始めたところ,ガス切断器で吹き飛ばされた溶鉄が,20センチメートルほど下に敷かれた耐火織布の周囲に飛び散って次々に船底外板に落下し,ビルジ近くの油がスポット状に加熱され,白煙状のガスが生じたが,溶断の煙に紛れてこのことに気付かず,順次ボルト穴を開口した。
 こうして,八宝丸は,同日17時00分尾道灯台から真方位180度110メートルの地点において,機関室下段の左舷側ビルジ近くの船底外板で生じていた白煙状のガスに更に多量の溶鉄が触れて発火し,火災となった。
 当時,天候は晴で風力1の南東風が吹いていた。
 B指定海難関係人は,3箇所目のボルト穴を開けているうちに炎からの黒煙に気付き,手元の炭酸ガス消火器と八宝丸備付けの持運び式泡消火器とを続けて煙の方向に向けて使ったが,炭酸ガス消火器のノズルをビルジに十分近づけたり,また,泡消火器を十分に振って消火液を混合させるなど,適切に初期消火を行わなかったので,炭酸ガスや泡の噴出が発火部に届かず,機関室に黒煙が拡がり始めて室外の消火ホースを準備するうち,機関室に入ることができなくなった。
 八宝丸は,17時13分ごろドック横に消防車が到着したが,煙の勢いが強い機関室内に乗組員も作業者もいないことが確認されたのち,開口部が閉鎖され,機関室の固定式炭酸ガス消火装置を発動して炭酸ガスが投入され,19時45分鎮火が確認された。
 火災の結果,機関室下段の左舷側が2フレーム余りの範囲で外板,フレーム,ポンプ,配管,配線,主機左舷側などの表面が焼損し,機関室の広い範囲と居住区の一部が煤で汚損し,のち過熱変形したフレームとスチフナーの切替え,海水サービスポンプ,主機等のオーバーホールが行われ,焼損した配管断熱材,配線等が取り替えられた。
 A社は,本件後,溶断作業箇所付近の燃焼物の排除と,溶鉄など火源の飛散防止とを十分に行うよう指示し,機関室で使用する消火器を,油火災により効果的で,随時使用できる泡消火器に変更し,警戒要員を必ず配置するなどの見直しを行い,作業現場の関係者に再発防止を徹底させた。

(本件発生に至る事由)
1 機関室で火気作業を行うに当たり,ビルジを予め吸引し,ビルジの油分を取り除いておくことを作業基準などで規定していなかったこと
2 A社が,火気作業を行うときに,警戒要員を配置するようにしていなかったこと
3 ポンプ直下が,斜面になった船底外板で,間近には油が浮いたビルジが溜っていたこと
4 直下のビルジを吸引して油分の除去をしなかったこと
5 B指定海難関係人が,警戒要員を配置するよう指示されなかったこと
6 B指定海難関係人が,ビルジに黒い油が浮いているのを認めたが,多少の溶鉄の落下は問題にならないと考えたこと
7 耐火織布が,ブリキ板と同じ幅に折りたたんだものであったこと
8 船底外板上で白煙状のガスが生じたが,B指定海難関係人が気付かなかったこと
9 初期消火が適切に行われなかったこと

(原因の考察)
 本件火災は,ガス切断器による溶断作業が行われた直下に近いビルジ溜りの油が燃え上がったものである。
 本件発生の現場は,海水サービスポンプ直下の斜面になった船底外板で,間近には油が浮いたビルジが溜っており,ガス切断器による火気作業で溶鉄が落下すると容易に発火する状況であった。
 A社が,機関室で火気作業を行うに当たり,ビルジを予め吸引し,ビルジの油分を取り除いておくことを作業基準などで規定しておらず,その結果,機関担当技師が,B指定海難関係人から,ガス切断器による穴開けをしたいと報告を受けた際に,作業場所付近のビルジが火災の発生につながらないか検討しなかったのであり,直下のビルジを吸引して油分を除去しなかったことは,本件発生の原因となる。
 また,B指定海難関係人は,滅多に火気作業がないことから警戒要員は義務づけられておらず,本件当時,機関担当技師から警戒要員を配置するよう指示されず,同指定海難関係人が単独で作業を行い,溶断による溶鉄の飛散を防止することができなかった。すなわち,A社が,警戒要員を配置するようにしていなかったことは,本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人が,ビルジに黒い油が浮いているのを認めたが,多少の溶鉄の落下は問題ないと考えたこと,耐火織布が,ブリキ板と同じ幅に折りたたんだものであったことは,いずれも前示のビルジに対する考えの影響を受けたもので,本件発生の過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 船底外板で白煙状のガスが生じた際,発見が遅れたことは,警戒要員が配置されなかった結果であり,パニックとなって初期消火の際に適切に対処できなくなった。
 初期消火が適切に行われなかったことは,構造部材や機器の焼損範囲が局部的であったものの,機関室の固定式炭酸ガス消火装置を発動せざるを得ないほど機関室全体に黒煙が充満し,広範囲な煙と煤による汚損につながったのであり,今後消火器使用についての訓練などにより,初期消火の確実さを期することが望まれる。
 なお,A社は,ウエス類の存在なしにはビルジの油分が発火しないとしているが,機関室の船底外板のビルジ溜り周辺が,常時ビルジの増減と船体の揺れで油分に曝され,油と埃等が付着しており,ウエス類が存在している状況と同様に考えるのが相当であることを付言する。

(海難の原因)
 本件火災は,修繕工事で入渠中,機関室で火気作業を行うに当たり,船舶修繕業者が,防火対策が不十分で,海水サービスポンプの受台にボルト穴を開ける溶断作業の溶鉄が,直下の船底外板に落下し,ビルジ近くの油が発火したことによって発生したものである。
 なお,火災が拡大したのは,初期消火が適切でなかったことによるものである。

(指定海難関係人の所為)
 A社が,機関室で火気作業を行うに当たり,直下のビルジを吸引して油分の除去を行ったり,警戒要員を配置させるなどの防火対策を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 A社に対しては,本件後,溶断作業箇所付近の燃焼物の排除,火源の飛散防止,機関室で使用する消火器の見直しなどを行い,必ず警戒要員を配置することとし,作業現場の関係者に再発防止を徹底させるなど,改善措置をとっていることに徴し,勧告しない。
 B指定海難関係人の所為は,本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。





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