(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年12月16日09時50分
北海道焼尻島南東方沖合
(北緯44度22.1分 東経141度28.5分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第8政恵丸 |
総トン数 |
4.8トン |
全長 |
13.10メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
139キロワット |
(2)設備及び性能等
第8政恵丸(以下「政恵丸」という。)は,昭和58年7月に進水した,航行区域を限定沿海区域とするFRP製小型兼用船で,船体後部寄りに操舵室を有し,その下方と少し船首寄りまでが機関室となっていた。
操舵室は,長さ約1.6メートル幅約1.5メートル高さ約1.8メートルで,前面窓の両舷側には旋回窓を備え,前面下方の張出し部には操舵装置,航海及び漁ろう各計器,無線機,主機リモコン装置などが置かれ,左舷側後壁には配電盤が船首方を向いて据え付けられ,張出し部正面左舷側の開口が機関室入口となっており,右舷側後部には引戸式の出入口があった。
発電装置は,定格回転数毎分2,500(以下,回転数は毎分のものとする。)の主機から駆動される24ボルト出力約2キロワット直流発電機と220ボルト出力20キロワット交流発電機を有していた。
船内の電路系統は,両発電機の発生電流が操舵室の配電盤を経由し,直流が船内照明及び動力,航海及び漁ろう各計器,無線機,主機リモコン装置等に,交流が漁ろう機械,集魚灯等にそれぞれ給電されていた。
また,蓄電池は,主機始動用と船内電源用の2組があって,直流発電機から充電され,主機の始動用電動機及び配電盤を経由して船内にそれぞれ給電されるようになっていた。
配電盤は,ケーシングが横約40センチメートル(以下「センチ」という。)縦約55センチ奥行き約15センチのFRP製で,直流100アンペアノーヒューズブレーカー式(以下「ブレーカー式」という。)メインスイッチ及び交流150アンペアブレーカー式メインスイッチとともに,直流のスナップ式給電スイッチ及び交流のブレーカー式給電スイッチを有し,計器として直流の電流計及び電圧計のみが取り付けられていた。
3 事実の経過
政恵丸は,年間に11ないし12日遊漁船及び灯台施設点検用の作業船として使用するほか,10月の休漁期を除き,日帰りのたこ箱漁に主に従事して年間270ないし280日出漁し,平成14年9月に第一種中間検査を受検した。
ところで,配電盤は,船体振動及び海上環境などにさらされ,長期間経過のうちには結線端子部のねじの緩みによる接触不良等により発熱し,絶縁材が劣化するおそれがあった。
A受審人は,竣工以来の配電盤の金属製ケーシングの腐食が激しいので,平成4年ごろ地元の電気業者によって前示の配電盤に取り替えたものの,その後,何か不具合が生じたら同業者に見てもらえばよいものと思い,定期的に同業者に依頼して配電盤の結線端子部等を点検し,絶縁抵抗を測定するなど,配電盤の整備を行わなかったので,いつしか,配電盤内の端子台結線端子やスイッチ結線端子のねじの緩み等により発熱し,絶縁材が次第に劣化するようになったが,これに気付かなかった。
こうして,政恵丸は,A受審人が1人で乗り組み,たこ箱漁の目的で,船首0.5メートル船尾2.0メートルの喫水をもって,同16年12月16日07時00分僚船とともに北海道焼尻港を発し,同港南東方沖合の漁場に向かい,07時30分ごろ漁場に着いて操業を始めた。
A受審人は,主機を回転数1,000の停止回転として漂泊し,直流及び交流各発電機を運転したうえ,視界が悪いので回転灯を点灯するとともに,旋回窓,レーダー,GPSプロッタ,魚群探知器,無線機などに通電し,前部甲板で揚網機を操作して,ボンデンを取り付けたロープを巻き上げていたところ,政恵丸は,配電盤内電路の絶縁の劣化により配線が短絡して電線被覆が発火し,09時50分焼尻島灯台から真方位150度4.2海里の地点において,配電盤が燃え上がって火災となった。
当時,天候は雪で風力4の北東風が吹き,海上はやや波が高かった。
A受審人は,ふと後方を振り返って操舵室出入口から煙が出ているのを認め,急行したが煙が充満していて入室することができず,同室内の消火器を取り出すことも,主機を危急停止することも,散水ポンプ等による放水消火もしないまま,火勢が増大するので危険を感じ,船首部に避難して携帯電話で付近で操業中の僚船に救助を要請し,間もなく駆け付けた僚船に移乗した。
この結果,政恵丸は,操舵室内外に延焼を続け,僚船及び来援した巡視船により放水消火が行われたもののほぼ全焼し,12時20分ごろ沈没した。
(本件発生に至る事由)
1 配電盤の整備を行っていなかったこと
2 何ら初期消火を行わなかったこと
(原因の考察)
本件は,配電盤の結線端子部等を点検し,絶縁抵抗を測定するなど,配電盤の整備を行っていれば,同端子の緩み等から発熱して絶縁材が劣化していることに気付き,配線が短絡して配電盤から出火することを回避できたと認められる。
したがって,A受審人が,何か不具合が生じたら電気業者に見てもらえばよいものと思い,同業者に依頼して配電盤の結線端子部等を点検し,絶縁抵抗を測定するなど,配電盤の整備を行っていなかったことは,本件発生の原因となる。
何ら初期消火を行わなかったことは,火災が拡大した要因であり,突然の異常事態の発生により気が動転して適切な処置がとれなかったものであるが,火災が発生した際の迅速で適切な初期消火の方法を平素から考えておき,延焼を最小限にくい止めるよう努めるべきである。
(海難の原因)
本件火災は,電気機器の保守・管理に当たる際,配電盤の整備が不十分で,結線端子の緩み等により発熱して絶縁材が劣化し,配線が短絡して電線被覆が発火したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,電気機器の保守・管理に当たる場合,結線端子の緩み等により発熱して絶縁材が劣化するおそれがあるから,定期的に電気業者に依頼して配電盤の結線端子部等を点検し,絶縁抵抗を測定するなど,配電盤の整備を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,何か不具合が生じたら電気業者に見てもらえばよいものと思い,配電盤の整備を行わなかった職務上の過失により,結線端子の緩み等により発熱して絶縁材が劣化していることに気付かず,配線が短絡して火災を招き,政恵丸をほぼ全焼させ,沈没させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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