(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年9月27日09時45分
鹿児島県徳之島金見埼北東方沖合
(北緯27度56.7分 東経129度06.1分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
引船第八平成丸 |
交通船第10東阿丸 |
総トン数 |
19トン |
7.07トン |
全長 |
16.00メートル |
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登録長 |
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10.03メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
132キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第八平成丸
第八平成丸(以下「平成丸」という。)は,平成9年8月に進水した,一層平甲板型鋼製引船で,船体中央やや船首寄りに操舵室を設け,同室後方の機関室囲壁船尾側に曳航用フックを設備し,操舵室上部のマスト下部には後方を照らす作業灯が取り付けられ,単独航海時の最大速力は,機関回転数毎分710の約11ノットで,レーダー及びGPSプロッターを装備していた。
イ 第10東阿丸
第10東阿丸(以下「東阿丸」という。)は,昭和54年3月に進水した,一層平甲板型鋼製交通船で,甲板下には,船首側から順に船倉,機関室,燃料油槽及び舵機室が,甲板上には,船首側から前部甲板,機関室囲壁,船体ほぼ中央に後壁のない操舵室及び後部甲板が配され,前部甲板には船倉へのハッチが,機関室囲壁右舷側後部には機関室出入口が,それぞれあり,同出入口には,甲板上高さが20センチメートル(以下「センチ」という。)のところに,幅70センチ,高さ1.2メートルの鋼製扉が設置され,同扉は,老朽化が進んでパッキンが脱落し,水密が保たれていなかった。また,後部甲板の左右両舷にマンホール及び同中央には舵機があって甲板上に舵柱上部が露出し,甲板は,全周が甲板上高さ50センチのブルワークで囲まれ,船体中央において,乾舷が50センチで,ブルワーク下部には1メートル間隔で片舷それぞれ4箇所に長さ40センチ高さ8センチの排水口が設けられていた。
3 事実の経過
平成丸は,A受審人ほか2人が乗り組み,無人とし空船で燃料を搭載せず,船首0.8メートル船尾1.2メートルの喫水となった東阿丸を平成丸の曳航用フックから伸出した直径60ミリメートル(以下「ミリ」という。)長さ7メートルのクロスロープにアイを介して直径50ミリ長さ30メートルの同ロープ2本を直列に接続し,同船の船尾から東阿丸の船尾端までの距離が約77メートルの引船列(以下「引船列」という。)を構成し,船首1.5メートル船尾2.7メートルの喫水をもって,平成15年9月26日13時50分沖縄県名護漁港を発し,熊本県三角港に向かった。
ところで,平成丸は,平成13年3月からC社に用船され,名護漁港において港湾工事に使用されていたもので,用船期間が終了したので,熊本県所在の同船所有者に返還するため,三角港まで回航されることになり,同社が,限定沿海区域から沿海区域への航行区域の変更申請を行い,同変更が認められたが,回航に当たって貨物の搭載及び他の船舶の曳航が禁止されていた。
また,東阿丸は,平成13年11月からC社に用船され,平成丸とともに名護漁港において港湾工事に使用されていたもので,用船期間が終了したので,前示の同船所有者に返還するため,平成丸に引かれて回航することになったが,航行区域の変更の申請が行われていなかった。
B指定海難関係人は,A受審人から,回航に当たり,貨物の搭載と他船の曳航が禁止されていることを知らされたが,限定沿海区域のまま,東阿丸の航行区域の変更手続きを行わないで,同船に所定の乗組員を乗り組ませず,平成丸で東阿丸を曳航して三角港まで回航するよう,同人に命じた。
一方,A受審人は,平成丸を回航するに当たり,B指定海難関係人が,東阿丸の航行区域変更の申請を行わないで,同人から同船に所定の乗組員を乗り組ませず曳航するよう命じられたものの,東阿丸の航行区域変更の申請を行うよう求めることも,同船に所定の乗組員を乗り組ませるよう,求めることもしなかった。
出港したのち,A受審人は,伊平屋島東方沖合に達し,前日に通過した寒冷前線と南西諸島南東方沖合の熱帯低気圧の影響で,北北東の風が強く,波高2メートルの波浪とうねりがあったので,九州西岸に向けて直航することを断念し,鹿児島県沖永良部島東方沖合に向けて針路を転じ,気象情報を収集するため,気象通報を聴取しながら東行した。
23時00分A受審人は,沖永良部島の知名港指向灯から100度(真方位,以下同じ。)2.0海里の地点で,針路を046度に定め,機関を半速力前進にかけ,5.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,波浪とうねりで難航しながら,自動操舵により進行した。
定針したとき,A受審人は,気象情報から前示熱帯低気圧が,発達する見込みであることを知り,東阿丸が,船体の老朽化が進んだ,乾舷の小さい小型船だったので,このまま難航すると,パッキンが脱落して水密が保たれていない機関室出入口から,海水が,同室に容易に浸入して滞留するおそれがある状況であったが,沖永良部島の島陰で動揺が一時的に収まったことから,このままでもなんとか航行できるものと思い,同島の島陰で漂泊して波浪とうねりが収まるのを待つなど,荒天避難の措置をとらないで,曳航索を15メートル短縮し,右舷船首方から海水の打ち込みを受けながら続航した。
その後,A受審人は,甲板員に当直を引き継いで自室で仮眠をとったのち,再び昇橋し,翌27日07時00分鹿児島県徳之島の喜念埼灯台から052度6.0海里の地点に達したとき,波浪とうねりを船首方から受け,海水が,東阿丸の甲板上にさらに打ち込むようになったので,同島と奄美大島の間に向け,針路を左に転じて007度とし,4.2ノットの速力で進行した。
A受審人は,右舷船首方から海水の打ち込みを受けながら続航し,08時50分金見埼灯台から067度7.6海里の地点に達したとき,東阿丸の船体が,右舷側に傾斜しているのを認め,同船の機関室内に海水が大量に滞留したため,同傾斜が生じたものと判断して浸水の状況を確認することとし,平成丸を東阿丸に接近させて機関を停止し,甲板員1人を同船に移乗させたところ,動揺が大きく危険なので,09時00分同人を平成丸に戻し,波浪とうねりを避けて浸水の状況を確認するため,奄美大島南西方沖合の島陰に向けて進行した。
09時40分A受審人は,東阿丸が,右舷側に傾斜を更に増したのを認めたが,ビルジポンプを作動させることもできず,09時45分東阿丸は,金見埼灯台から067度7.7海里の地点において,右舷側に大傾斜し,復原力を喪失して転覆した。
当時,天候は晴で風力5の北北東風が吹き,潮候は下げ潮の中央期で,付近海域には波高2メートルの波浪とうねりがあった。
その後,A受審人は,転覆したままの東阿丸の曳航を再開したところ,同船は10時30分金見埼灯台から064度8.2海里の地点において沈没した。
(本件発生に至る事由)
1 B指定海難関係人が,東阿丸の航行区域の変更手続きを行わなかったこと
2 B指定海難関係人が,東阿丸に所定の乗組員を乗り組ませず,A受審人に同船を平成丸で曳航して三角港まで回航するよう命じたこと
3 A受審人が,東阿丸の航行区域変更の申請を行うよう求めることも,同船に所定の乗組員を乗り組ませるよう求めることもしなかったこと
4 波高2メートルの波浪とうねりを避けるため,沖永良部島東方沖合に向けて針路を転じ,東行したこと
5 沖永良部島東方沖合に達したとき,曳航索を15メートル短縮したこと
6 東阿丸が,船体の老朽化が進んだ,乾舷の小さい小型船であったこと
7 東阿丸機関室出入口扉のパッキンが脱落し,水密が保たれていなかったこと
8 沖永良部島の島陰で漂泊して波浪とうねりが収まるのを待つなど,荒天避難の措置をとらなかったこと
9 東阿丸の機関室内に海水が大量に滞留したこと
10 東阿丸のビルジポンプを作動させることができなかったこと
(原因の考察)
本件は,平成丸が無人の東阿丸を曳航中,波浪とうねりを避けるため転針したものの,難航する状況となった際,沖永良部島の島陰で漂泊して波浪とうねりが収まるのを待つなど,荒天避難の措置をとっていれば,海水の打ち込みを受けることも,東阿丸機関室出入口から浸入した海水が,大量に滞留することもなく,転覆は避けられたものと認められる。
したがって,A受審人が,沖永良部島の島陰で漂泊して波浪とうねりが収まるのを待つなど,荒天避難の措置をとらなかったこと及び東阿丸の機関室内に海水が大量に滞留したことは,いずれも本件発生の原因となる。
A受審人が,波高2メートルの波浪とうねりを避けるため,沖永良部島東方沖合に向けて針路を転じ,東行したこと,沖永良部島東方沖合に達したとき,曳航索を15メートル短縮したこと,東阿丸が,船体の老朽化が進んだ,乾舷の小さい小型船であったこと,同船の機関室出入口扉のパッキンが脱落し,水密が保たれていなかったこと及びA受審人が,同船のビルジポンプを作動させることができなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
B指定海難関係人が,東阿丸の航行区域の変更手続きを行わなかったこと,東阿丸に所定の乗組員を乗り組ませず,A受審人に同船を平成丸で曳航して三角港まで回航するよう命じたことは,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,船舶安全法並びに船舶職員及び小型船舶操縦者法に照らし,違法な状態で航行させたものであり,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
A受審人が,B指定海難関係人に対し,東阿丸の航行区域変更の申請を行うよう求めることも,同船に所定の乗組員を乗り組ませるよう求めることもしなかったことは,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,前示の違法な状態で航行することを容認したものであり,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件転覆は,無人の交通船を曳航し,沖縄県名護漁港から熊本県三角港へ向け北上中,波浪とうねりを避けるため転針したものの,難航する状況となった際,荒天避難の措置をとらずに進行し,同船が長時間にわたり波浪の打ち込みを受け,水密が保たれていない機関室出入口から,海水が打ち込んで同室内に大量に滞留して大傾斜し,復原力を喪失したことによって発生したものである。
(受審人等の所為)
A受審人は,無人の交通船を曳航し,沖縄県名護漁港から熊本県三角港へ向け北上中,波浪とうねりを避けるため転針したものの,難航する状況となった場合,水密が保たれていない機関室出入口から,海水が,同室内に浸入して滞留することのないよう,沖永良部島の島陰で漂泊して波浪とうねりが収まるのを待つなど,荒天避難の措置をとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,沖永良部島の島陰で動揺が一時的に収まったことから,このままでもなんとか航行できるものと思い,荒天避難の措置をとらなかった職務上の過失により,同船が長時間にわたり海水の打ち込みを受け,機関室内に大量に滞留して右舷側に大傾斜し,復原力を喪失して転覆を招き,のち沈没させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人の所為は,本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
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