(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年5月20日22時33分
明石海峡
(北緯34度37.9分 東経135度01.8分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船第八天神丸 |
総トン数 |
492トン |
全長 |
51.34メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
544キロワット |
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(2)設備及び性能等
第八天神丸(以下「天神丸」という。)は,平成元年4月に進水した,限定沿海区域を航行区域とする二層甲板船尾船橋型の砂利採取運搬船で,船首部に旋回式ジブクレーン(以下「クレーン」という。)1基を備え,船首から約37メートル後方に操舵室があり,主に瀬戸内海東部の諸港間で砂や砕石などの輸送に従事していた。
操舵室は,長さ約3.5メートル幅約5.0メートルで,同室内には前面窓の後方中央に磁気コンパス組込型の操舵スタンド,その左にレーダー1台,右に主機遠隔操縦盤等が配置され,右舷側前部にGPSプロッタが装備されていた。また,同室内の右舷側後部にベッドが据え付けられ,操舵スタンドの後方とGPSプロッタの後方には,それぞれ背もたれ付きのいすが置かれていた。
海上運転成績表によれば,最大速力は,主機回転数毎分320の11.0ノットであり,同速力における舵角35度での旋回径が左右とも約90メートルで,同速力で前進中,全速力後進発令から船体停止に要する時間は58秒であった。
3 平素の運航及び荷役
A受審人は,荷主などからの注文を自身が直接電話等で受け付けて航海計画を立てており,通常,船長,一等航海士,甲板員及び機関長の4人が乗り組み,出入港の頻繁な短時間の航海を繰り返し,出入港及び狭水道や船舶の輻輳する海域では自らが操船に当たり,そのほかを一等航海士又は甲板員が単独で当直に就く体制で運航していた。
また,荷役作業は,主に自船のクレーンを使用して,積及び揚荷役にそれぞれ2ないし3時間を要し,クレーンについては,操縦資格を有するA受審人が専らその操作に当たっていた。
4 事実の経過
天神丸は,A受審人ほか2人が乗り組み,同乗者1人を乗せ,砕石1,150トンを積載し,船首3.70メートル船尾5.10メートルの喫水をもって,平成17年5月20日17時25分香川県小豆島の土庄港を発し,明石海峡を経由する予定で神戸港に向かった。
ところで,A受審人は,同月13日一等航海士が怪我により下船したのち乗船できなくなり,以前乗船していた人などに問い合わせたが,適当な人が見つからず,少しの間はやむを得ないと考え,欠員運航となることを知っていたものの,有資格の航海士の手配に十分手を尽くさないで,欠員のまま運航を続けていた。
A受審人は,当時,1日2港の出入港の頻繁な短時間の航海が続き,一等航海士が下船したのち,同航海士が担当する時間帯の当直も自ら受け持ち,また入港着岸中,自らクレーンの操作に当たっての荷役作業,更に荷主からの問い合わせや交替要員の手配などの所用で忙しく,沖待ち中や航海中に断続的に休息をとりながらの運航が続き,連続した十分な休息がとれなかったことから,疲労が蓄積した状態となっていた。
A受審人は,発航操船に当たったのち池田湾を南東進し,18時ごろ地蔵埼南方沖合で,甲板員に当直を引き継いで降橋して夕食をとり,洗濯などの雑用をこなした後,20時27分半播磨灘航路第4号灯浮標付近の,都志港北防波堤灯台から309度(真方位,以下同じ。)7.8海里の地点で昇橋し,甲板員から当直を引き継いだ。
単独で当直に就いたA受審人は,針路を播磨灘の推薦航路線に沿う068度に定めて自動操舵とし,機関を全速力前進にかけ,9.5ノットの対地速力(以下「速力」という。)で,航行中の動力船の灯火を表示し,明石海峡に向けて進行した。
21時ごろA受審人は,播磨灘航路第5号灯浮標を左舷方に見て航過し,操業中の漁船をかわしたあと,針路を068度に戻して自動操舵とし,操舵スタンドの後方及びGPSプロッタの後方に置かれたいすに交互に腰を掛けて見張りに当たっているうち,21時11分ごろ蓄積した疲労から眠気を催すようになったが,緊張が強いられる明石海峡が近いので,まさか居眠りに陥ることはあるまいと思い,休息中の機関長を昇橋させて2人で当直に当たるなど,居眠り運航の防止措置をとらなかった。
その後,A受審人は,何とか眠気を我慢して当直を続け,21時34分半少し過ぎ江埼灯台から251度7.3海里の地点で,播磨灘航路第6号灯浮標を左舷正横0.3海里に見て航過したとき,自動操舵のまま針路を明石海峡航路東行路西口のほぼ中央に向く065度に転じ,間もなく腰に強い疲労を覚えるようになったものの,依然として居眠り運航の防止措置をとらずに,腰の疲れをとるため,少しの間だけと考えて操舵室右舷側後部にあるベッドで横になり,腰に枕を当てて腰を伸ばしていたところ,いつのまにか居眠りに陥った。
こうして,天神丸は,22時20分江埼灯台から329度1,500メートルの地点で,明石海峡航路東行路に入航し,予定転針地点に至ったが,A受審人が居眠りを続けて転針措置をとることができないまま,折からの東流により4度右方に圧流されながら,11.3ノットの速力となって,明石海峡大橋本州側基部西方の浅所に向かって続航し,22時33分江埼灯台から050度2.4海里の地点において,065度の原針路のまま,同一速力で,浅所に乗り揚げた。
A受審人は,衝撃で目覚め,乗り揚げたことを知り,機関を中立として事後の措置に当たった。
当時,天候は晴で風はほとんどなく,潮候は上げ潮の初期にあたり,明石海峡には約1.8ノットの東流があった。
その結果,天神丸は,船底外板に凹損と擦過傷を,プロペラ翼に欠損と曲損をそれぞれ生じたが,サルベージ船の来援を得て引き降ろされ,のち修理された。
(本件発生に至る事由)
1 有資格の航海士を乗り組ませずに運航したこと
2 A受審人が,疲労の蓄積した状態にあったこと
3 A受審人が,眠気を催したとき,居眠りに陥ることはあるまいと思い,休息中の機関長を昇橋させるなど居眠り運航の防止措置をとらなかったこと
4 A受審人が,腰の疲れをとろうと操舵室右舷側後部のベッドで腰に枕を当てて横になったこと
5 A受審人が,居眠りに陥ったこと
(原因の考察)
本件は,夜間,播磨灘を東行中,疲労が蓄積した状態で単独の船橋当直に就いていた当直者が居眠りに陥り,明石海峡大橋本州側基部西方の浅所に向かって進行したことによって発生したものであり,適切な居眠り運航の防止措置がとられていたなら,居眠りに陥ることもなく,乗揚を防止できたものと認められる。
したがって,A受審人が,疲労が蓄積した状態で当直中,眠気を催したとき,居眠りに陥ることはあるまいと思い,休息中の機関長を昇橋させるなど居眠り運航の防止措置をとらずに,腰の疲れをとろうと操舵室右舷側後部のベッドで腰に枕を当てて横になり,居眠りに陥ったことは,本件発生の原因となる。
また,船舶所有者でもあるA受審人が有資格の航海士を乗り組ませずに長期間運航したことは,疲労を蓄積させた要素であり,本件発生に至る過程において関与した事実であるが,眠気を催したとき,休息中の機関長を昇橋させて2人で当直に当たるなど居眠り運航の防止措置をとることができたことから,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは船舶職員法に違反するもので,同受審人としては,有資格の航海士の手配に十分手を尽くして補充し,安全運航の確保に努めるべき責務があり,法令遵守及び海難防止の観点から速やかに対処されるべき事項であった。
(海難の原因)
本件乗揚は,夜間,播磨灘を明石海峡に向けて東行中,居眠り運航の防止措置が不十分で,明石海峡大橋本州側基部西方の浅所に向首進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,単独で船橋当直に就き,播磨灘を明石海峡に向けて東行中,蓄積した疲労から眠気を催した場合,そのまま当直を続けると居眠りするおそれがあったから,居眠り運航とならないよう,休息中の機関長を昇橋させて2人で当直に当たるなど,居眠り運航の防止措置をとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,緊張が強いられる明石海峡が近いので,まさか居眠りに陥ることはあるまいと思い,休息中の機関長を昇橋させて2人で当直に当たるなど,居眠り運航の防止措置をとらなかった職務上の過失により,居眠りに陥り,明石海峡大橋本州側基部西方の浅所に向かって進行して乗揚を招き,船底外板に凹損と擦過傷を,プロペラ翼に欠損と曲損をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
よって主文のとおり裁決する。
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