(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年2月23日20時30分
和歌山県地ノ島北岸
(北緯34度18.0分 東経135度03.4分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船第八勇進丸 |
総トン数 |
491トン |
全長 |
67.71メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,323キロワット |
(2)設備及び性能等
第八勇進丸(以下「勇進丸」という。)は,昭和63年4月に進水した船尾船橋型の鋼製砂利採取運搬船で,船首にジブクレーンを装備していた。
船橋内には,主レーダー,ジャイロレピーター,操舵装置,主機遠隔操縦盤などが組み込まれた操作卓,その右舷側に副レーダー及びGPSプロッターが設備されていた。副レーダーとGPSプロッターの後方に,これらを座ったままで監視できるように肘掛と背もたれの付いた椅子が置かれていた。
船橋からの前方視界は,船首のジブクレーンによって制限を受けていたが,当直者が船橋内を左右に移動すれば解消できた。
海上試運転成績によれば,その旋回径は,左右とも180メートルで,前進全速から後進一杯を発令して船体が停止するまでに,1分14秒を要していた。
3 運航及び荷役作業
(1)運航計画の立案
A受審人は,荷主や仲介業者からの輸送注文を自身が直接電話などで受け付けて,勇進丸の運航計画を立案していた。
(2)船橋当直体制
A受審人は,船橋での航海当直を,航海時間の長さが1時間半くらいまでは,自身が1人で行い,それを超えて3時間くらいまでは,同人及び一等機関士の2人で,また,3時間を超えると,同人,一等機関士及びB受審人の3人で,それぞれ人数で分割した時間を単独で行っていた。
(3)土砂等の荷役作業
停泊中の土砂等の荷役作業はほとんど自船のジブクレーンで行われており,その運転については,A及びB両受審人が,交互に分担していた。
(4)本件発生前の運航
通常,勇進丸では1週間に1回10時間程度の休息をとるほかは,瀬戸内海各港間での土砂等の輸送に従事していた。また,前示のとおり,A及びB両受審人は,停泊中にジブクレーンを使った荷役等の仕事を交互に分担して行っていたので,長時間の休憩をとる機会は限られていた。
A及びB両受審人が比較的長い休憩がとれるのは,長時間の航海に従事した時の非番の間,あるいは,海砂の潮抜きをする間くらいであり,短時間の航海を頻繁に繰り返したり,夜間に荷役をしたりすると,乗組員の疲労の蓄積を回避することが難しくなることがあった。
勇進丸は,平成17年2月20日の日曜日には,土砂の荷役作業ができないため,土砂を積載したまま,広島県似島で10時間余り停泊し,乗組員はそれぞれ休息をとったが,その後本件乗揚が発生するまでの3日間において,航海が8回のうち,比較的短時間の航海は6回で,荷役が5回のうち,夜間の荷役は1回であった。
A受審人は,かねてより荷主等からの注文が途絶えることへの不安を抱いていたので,依頼された全ての注文を遂行しようと思い,前示のような乗組員の疲労の蓄積を回避することが難しい短時間の航海を頻繁に繰り返す運航計画とするなど,適切な航海当直の実施への配慮を十分に行わなかった。
4 事実の経過
勇進丸は,A及びB両受審人ほか2人が乗り組み,空倉で,船首1.40メートル船尾3.10メートルの喫水をもって,平成17年2月23日17時10分大阪港大阪区第3区で,千本松大橋上流の木津川 右岸岸壁を発し,加太瀬戸を経由する予定で,和歌山県和歌山下津港に向かった。
A受審人は,和歌山下津港まで約4時間の航海を,自身,B受審人及び一等機関士の3人による船橋での単独航海当直とすることとして,自身が単独で離岸操船と港内操船を行った。
同日17時40分A受審人は,大阪港大関門付近で,昇橋してきた一等機関士に航海当直を引き継いで,自室に下がり,夕食をとって休憩した。このとき,A受審人は加太瀬戸に入る15分ほど手前で再度昇橋し,加太瀬戸の通航とその後の和歌山下津港までの操船に当たるつもりであったが,自身の昇橋時刻や地点について伝えていなかった。
一方,B受審人は,出港配置を終えて乗組員の夕食を準備し,食事をとって休憩してから,19時20分関西国際空港の北西方沖合となる,地ノ島灯台から037度(真方位,以下同じ。)12.8海里の地点で,一等機関士と交代して航海当直についた。
B受審人は,交代したとき,針路を地ノ島に向く218度に定め,機関を前進全速として11.0ノットの対地速力で自動操舵により進行した。
B受審人は,定針後,副レーダーとGPSプロッターの後方に備えられ,肘掛と背もたれの付いた椅子に腰掛けたり,船橋内を移動したりしながら航海当直に当たっていたが,19時50分地ノ島灯台から037度7.2海里の地点に達したとき,周囲に危険な関係となる船舶を認めなかったので,前示椅子に腰掛けて副レーダーとGPSプロッター映像を監視しながら続航した。
B受審人は,数日前から十分な休息をとることができないで,入直した直後から疲労と眠気を感じていたが,なんとか我慢できるものと思い,A受審人に昇橋を依頼するなど居眠り運航の防止措置をとることなく,椅子に腰掛けたまま当直を続けているうち,いつしか居眠りに陥った。
ところで,自室にいたA受審人は,椅子に腰掛けて休憩しているうちに,加太瀬戸通航のために昇橋する時機を失念して,昇橋しなかった。
こうして,勇進丸は,B受審人が居眠りを続けるうち,A受審人の昇橋予定地点も加太瀬戸中央に向けるための変針予定地点も通過し,地ノ島北岸に向首したまま進行中,20時30分地ノ島灯台から306度350メートルの地点において,原針路,原速力で同島北岸に乗り揚げた。
当時,天候は晴で風はほとんどなく,潮候は下げ潮の中央期であった。
A受審人は,乗り揚げた衝撃で異変に気付き,ボートデッキに出てその事実を知り,昇橋して事後の措置に当たった。
乗揚の結果,球状船首と船首部船体外板に亀裂を伴う凹損を生じたが,翌朝の満潮で自力離礁し,のち修理された。
(原因の考察)
本件乗揚は,A受審人が,運航計画を立案するとき,乗組員の疲労の蓄積を回避することが難しい短時間の航海を頻繁に繰り返さないなど,適切な航海当直の実施への配慮が十分でなく,単独で航海当直に当たっていたB受審人が眠気を催し,居眠り運航の防止措置をとらないまま,居眠りに陥って地ノ島北岸に向けて進行し,乗り揚げたと認められる。
したがって,A受審人が適切な航海当直への配慮を十分に行わなかったことと,B受審人がA受審人に昇橋を依頼するなど居眠り運航の防止措置を十分にとらずに,居眠りに陥り,地ノ島北岸に向けて進行したことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,加太瀬戸通航15分前に昇橋しなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
(海難の原因)
本件乗揚は,運航計画を立案する際,適切な航海当直の実施への配慮が不十分であったことと,夜間,加太瀬戸に向けて南下する際,居眠り運航の防止措置が不十分で,地ノ島北岸に向けて進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,運航計画の立案に当たって,乗組員の疲労の蓄積を回避できるよう,短時間の航海を頻繁に繰り返さないなど,適切な航海当直の実施への配慮を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら,同人は,荷主等からの注文が途絶えることへの不安を抱いていたので,依頼された全ての注文を遂行しようと思い,適切な航海当直の実施への配慮を十分に行わなかった職務上の過失により,疲労の蓄積したB受審人を居眠りに陥らせて地ノ島北岸に向けて 進行させ,同北岸への乗揚を招き,船底等に損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して,同人の五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
B受審人は,疲労の蓄積を回避することが難しい短時間の航海を頻繁に繰り返す運航計画のもと,夜間,加太瀬戸に向けて南下する場合,疲労と眠気を感じながら単独の航海当直に当たっていたのだから,居眠りに陥らないよう,A受審人に昇橋を依頼するなど,居眠り運航の防止措置を十分にとるべき注意義務があった。しかしながら,同人は,なんとか眠気を我慢できるものと思い,居眠り運航の防止措置を十分にとらなかった職務上の過失により,椅子に腰掛けたまま居眠りに陥り,地ノ島北岸に向けて進行して乗揚を招き,前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して,同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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