日本財団 図書館




 海難審判庁採決録 >  2005年度(平成17年度) >  衝突事件一覧 >  事件





平成17年門審第80号
件名

貨物船第一大成丸貨物船ピン ヤン No.8衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年12月19日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(清重隆彦,尾崎安則,片山哲三)

理事官
勝又三郎

受審人
A 職名:第一大成丸船長 海技免許:五級海技士(航海)

損害
第一大成丸・・・右舷前部ブルワークに損傷
ピン ヤン No.8・・・左舷船首部外板及びアンカーベッドに損傷

原因
第一大成丸・・・狭視界時の航法(レーダー,速力)不遵守
ピン ヤン No.8・・・狭視界時の航法(速力)不遵守

主文

 本件衝突は,第一大成丸が,視界制限状態における運航が適切でなかったことと,ピン ヤン No.8が,視界制限状態における運航が適切でなかったこととによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年5月30日10時08分
 周防灘東部姫島沖合
 (北緯33度48.0分 東経131度41.8分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船第一大成丸 貨物船ピン ヤン No.8
総トン数 386トン  
国際総トン数   1,424トン
全長 55.17メートル 73.42メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 735キロワット 882キロワット
(2)設備及び性能等
ア 第一大成丸
 第一大成丸(以下「大成丸」という。)は,平成5年7月に進水した沿海区域を航行区域とする船尾船橋型の砂利運搬船で,1箇月に3回ないし4回,大分県津久見港から徳島県阿南港への石灰石輸送に従事するほか,九州北岸と瀬戸内海沿岸の諸港間で,砕石,砂及び石炭等の輸送に従事していた。
 船橋前面から船首端までの距離は40.5メートルであり,船橋前方に貨物倉1個が設けられ,船首部甲板上に容積2.5立方メートルのグラブバケット付きジブクレーン1基が備えられていた。操舵室の中央に設けられたコンソールには,右舷側からGPS,主機遠隔操縦装置及びジャイロコンパスが配置され,コンソール中央に設置された舵輪の後方にはいすが置かれていた。コンソールの左舷側にはレーダーが2台設置されていたが,1台は故障のため使用不能の状態であった。VHF送受信機は操舵室後部左舷側の壁面に設置されていたが,本件当時,電源が切られていた。同船はエアーホーン1個を装備していた。
 海上公試運転成績書によれば,11.778ノットの全速力前進中に舵角35度をとって左旋回したとき,旋回径及び360度旋回に要する時間は,88メートル及び2分25.95秒で,同じく右旋回したときは,88メートル及び2分13.84秒であった。また全速力前進中,全速力後進発令から船体停止までに要する時間は,1分38秒であった。
イ ピン ヤン No.8
 ピン ヤン No.8(以下「ピ号」という。)は,1987年に日本で進水した船尾船橋型の鋼製貨物船で,中華人民共和国(以下「中国」という。)と本邦の間で鉱石等のばら積み貨物輸送に従事しており,船橋前面から船首端までの距離は56メートルであり,船橋前方に貨物倉1個が設けられ,操舵室にはGPS,レーダー2台が備えられていた。同船はエアーホーン1個,モーターホーン1個を装備していた。
 海上公試運転成績書によれば,12.75ノットの全速力前進中に舵角35度をとって左旋回したとき,旋回径及び360度旋回に要する時間は,271メートル及び3分6.6秒で,同じく右旋回したときは,263メートル及び3分10.1秒であった。また全速力前進中,全速力後進発令から船体停止までに要する時間及び移動距離は,3分9秒及び550メートルであった。

3 事実の経過
 大成丸は,A受審人ほか3人が乗り組み,セメント原料の水砕803トンを積載し,船首3.10メートル船尾4.20メートルの喫水をもって,平成16年5月29日21時50分岡山県水島港を発し,山口県宇部港に向かった。
 翌30日08時50分A受審人は,祝島南西方灯浮標の北方200メートルばかりの地点で,一等航海士から船橋当直を引き継いだとき,もやのため視程が約1.5海里に制限されていることを知り,法定灯火が点灯されていることを確認し,レーダーの距離レンジを3海里として,舵輪後方に置かれたいすに腰掛けた姿勢で見張りにあたり,引き続き機関を毎分290回転の全速力前進にかけ,10.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で,周防灘東部を西行した。
 09時38分A受審人は,姫島灯台から055度(真方位,以下同じ。)5.8海里の地点に達したとき,針路を280度に定め,同時45分ごろ霧で視程が80メートルばかりとなったことを認めたものの,霧中信号を行うことも,安全な速力とすることもなく,いすに腰掛けたまま,レーダーによる見張りを行いながら進行し,同時50分ごろ一等航海士及び甲板員が視界の悪化に気付いて自発的に昇橋したことから,それぞれを見張りにあたらせ,同じ速力で,自動操舵によって続航した。
 09時58分半A受審人は,姫島灯台から014度4.1海里の地点に差し掛かったとき,右舷船首2度3.0海里のところにピ号の映像を初めて探知したが,相対方位表示としたレーダー画面で,同映像が船首輝線の右側を距離を置いて接近するように見えたことから,同船と右舷を対して航過できると思い,その後,レーダープロッティングその他の系統的な観察を行わず,ピ号の真針路を確認しなかったので,同船の船首が自船の右舷方に向いていると勘違いして進行した。
 10時01分半A受審人は,姫島灯台から013度4.1海里の地点に達したとき,ピ号の映像が右舷船首2度2.0海里まで接近し,その後,同船と著しく接近することを避けることができない状況となったが,依然として互いに右舷を対して航過できるものと思い,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,必要に応じて行きあしを止めることもなく,ピ号の映像をレーダーで監視しながら,同じ針路,速力のまま続航した。
 10時05分A受審人は,姫島灯台から005度4.1海里の地点に至り,ピ号のレーダー映像が右舷船首2度1.0海里に接近したとき,同船との航過距離を離すつもりで針路を5度左に転じ,275度の針路で進行し,同時07分半わずか前同映像が0.2海里に接近したころから,予期に反して急激に船首輝線に近づきながら接近するのを認めて衝突の危険を感じ,手動操舵に切り替えて左舵一杯をとり機関のクラッチを中立としたが効なく,左回頭中の同時08分わずか前,ピ号の船首を右舷前方至近に認め,10時08分姫島灯台から357度4.2海里の地点において,大成丸は,原速力のまま船首が230度を向いたとき,その右舷前部にピ号の船首部が後方から70度の角度で衝突した。
 当時,天候は霧で風はほとんどなく,視程は約80メートルで,潮候は下げ潮の末期であった。
 また,ピ号は,中国国籍の船長Bほか同国籍の9人が乗り組み,鉱石1,573トンを積載し,船首3.70メートル船尾4.70メートルの喫水をもって,同月26日19時30分(中国標準時)同国バユーチゥアン港を発し,広島県呉港に向かった。
 30日08時30分(日本標準時,以下同じ。)B船長は,草山埼灯台から202度10.3海里の地点で,相当直の甲板員1名とともに船橋当直につき,機関を全速力前進にかけ,9.0ノットの速力で,自動操舵によって,周防灘東部を東行した。
 09時57分B船長は,姫島灯台から339度5.0海里の地点に達したとき,針路を104度に定め,霧で視程が200メートル以下になったことを認め,法定灯火が点灯していることを確認したものの,霧中信号を行うことも,安全な速力とすることもせず,このとき,レーダーで左舷船首2度3.5海里のところに大成丸の映像を初めて探知した。
 B船長は,その後レーダーで大成丸の映像を監視していたところ,同映像に方位変化がなく,このまま進行すれば同船と著しく接近することとなる状況にあると判断したが,同映像が船首輝線の左側から接近することから,接近したときに同船とVHF送受信機で連絡を取り合って互いに右転動作をとれば左舷を対して無難に航過できると考え,そのまま進行した。
 B船長は,大成丸をVHF送受信機で数回呼び出し,同船からの応答がなかったものの,左舷を対して航過したい旨を発信し,10時01分半姫島灯台から346度4.6海里の地点に達したとき,大成丸の映像が左舷船首2度2.0海里となり,その後,同船と著しく接近することを避けることができない状況となったが,同船がそのうち右転するものと考え,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,必要に応じて行きあしを停止することもなく続航した。
 10時05分B船長は,姫島灯台から352度4.4海里の地点に至り,大成丸の映像が同じ方位のまま1.0海里に接近し,その後,同映像が徐々に船首輝線に近づいたものの,依然として同船の右転を期待していたところ,予期に反して同映像が船首輝線に重なって接近することを知り,10時07分半わずか前,針路を120度に転じたが,なおも接近するので,あわてて右舵一杯としたものの効なく,ピ号は,160度に向首したとき,原速力のまま前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,大成丸は,右舷前部ブルワークに損傷を生じ,ピ号は,左舷船首部外板及びアンカーベッドに損傷を生じたが,大成丸はのち修理された。

(航法の適用)
 本件は,霧のため視界制限状態となった周防灘東部の姫島沖合において,西行中の大成丸と東行中のピ号とが衝突したものであり,海上交通安全法の適用海域で発生したものであるが,同法の航法には,視界制限状態に適用する規定がなく,海上衝突予防法第19条で律するのが相当である。

(本件発生に至る事由)
1 大成丸
(1)霧中信号を行わなかったこと
(2)安全な速力としなかったこと
(3)ピ号と右舷を対して航過できると思い,レーダープロッティングその他の系統的な観察を行わなかったこと
(4)ピ号の船首が自船の右舷方に向いていると勘違いしたこと
(5)針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,必要に応じて行きあしを停止しなかったこと
(6)針路を左に転じたこと

2 ピ号
(1)霧中信号を行わなかったこと
(2)安全な速力にしなかったこと
(3)接近したときに大成丸とVHF送受信機で連絡を取り合って互いに右転動作をとれば左舷を対して無難に航過できると考え,そのまま進行したこと
(4)そのうち大成丸が右転するだろうと考え,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,必要に応じて行きあしを停止しなかったこと

3 気象等
 衝突地点付近が霧のため視界制限状態となっていたこと

(原因の考察)
 大成丸が,霧で視界制限状態となった周防灘東部の姫島沖合を西行中,レーダーで前路にピ号を探知し,同船と互いに接近する状況であることを認めたとき,レーダープロッティングその他の系統的な観察を行い,同船の真針路を確認していれば,同船の船首が自船の右舷方に向いていると勘違いすることはなく,同船と著しく接近することを避けることができない状況になりつつあることを認識でき,また,著しく接近することを避けることができない状況となったことが分かり,針路を保つことができる最小限度の速力に減じ,必要に応じて行きあしを停止することができ,本件は発生していなかったものと認められる。
 したがって,A受審人が,ピ号と右舷を対して航過できると思い,レーダープロッティングその他の系統的な観察を行わなかったこと,また,ピ号と著しく接近することを避けることができない状況になったとき,針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも,必要に応じて行きあしを停止する措置もとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 そして,A受審人が,ピ号の船首が自船の右舷方を向いていると勘違いしたことは,レーダープロッティングその他の系統的な観察を行わず,ピ号の真針路を確認しなかったことから,自船の左舷方に向いていたピ号の船首方向が自船の右舷方に向いていると判断を誤ったことによるものと認められる。
 A受審人が,霧中信号を行わなかったことは,ピ号が,レーダー画面上で大成丸を3.5海里の距離に探知し,その存在を知っていたことから,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 A受審人が,安全な速力としなかったことは,遺憾であるが,余裕のある時機に大幅に右転するなどの動作をとっていれば,ピ号と著しく接近する状況にはならなかったのであるから,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 A受審人が,ピ号が1.0海里に接近したとき,レーダーのみにて右舷前方に探知した同船に対して,航過距離を離すつもりで針路を左に転じたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,互いに視認することができず,相手船の動静を瞬時に判断することができない視界制限状態にあって,レーダー映像で前方1海里に他船が接近したとき,針路を左に転じることは,左舷を対して航過することを基本的な理念とした海上衝突予防法に相反する行為であり,積極的にとるべき行為とは認められない。
 一方,ピ号が,霧のため視界制限状態となった周防灘東部の姫島沖合を東行中,レーダーで前路に認めた大成丸と著しく接近することを避けることができない状況となったとき,針路を保つことができる最小限度の速力に減じ,必要に応じて行きあしを止めていたなら,本件は発生していなかったものと認められる。
 したがって,B船長が,レーダーで前路に認めた大成丸と著しく接近することを避けることができない状況となったとき,そのうち大成丸が右転するだろうと考え,針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも,必要に応じて行きあしを停止する措置もとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 B船長が,霧中信号を行わなかったことは,大成丸が,レーダーでピ号を3.0海里に探知し,その存在を知っていたことから,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 B船長が,安全な速力としなかったことは,遺憾であるが,余裕のある時機に,接近すればVHF送受信機で交信をして互いに右転動作をとれば無難に航過できるなどと考えずに,大幅に右転するなどの動作をとっていれば,大成丸と著しく接近する状況にはならなかったのであるから,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 衝突地点付近が霧のため視界制限状態となっていたことは,この時期に周防灘を航行する船舶にとって特別な状況とはいえず,運用方法で対応できたのであるから,本件発生の原因とならない。

(海難の原因)
 本件衝突は,霧で視界制限状態となった周防灘東部の姫島沖合において,西行する大成丸が,レーダーで前路に探知したピ号に対し,レーダープロッティングその他の系統的な観察を行わなかったばかりか,同船と著しく接近することを避けることができない状況となった際,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,必要に応じて行きあしを停止しなかったことと,東行するピ号が,レーダーで前路に探知した大成丸と著しく接近することを避けることができない状況となった際,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,必要に応じて行きあしを停止しなかったこととによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,霧のため視界制限状態となった周防灘東部の姫島沖合を西行中,レーダーで前路にピ号を探知し,同船と互いに接近する状況であることを認めた場合,同船と著しく接近するかどうかを判断できるよう,レーダープロッティングその他の系統的な観察を行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,ピ号のレーダー映像が船首輝線の右側を距離を置いて接近するように見えたことから,同船と右舷を対して航過できると思い,レーダープロッティングその他系統的な観察を行わなかった職務上の過失により,同船の船首が自船の右舷方を向いていると勘違いし,同船と著しく接近することを避けることができない状況となったとき,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,必要に応じて行きあしを停止せずに進行して,ピ号との衝突を招き,大成丸の右舷前部ブルワークに損傷を生じさせ,ピ号の左舷船首部外板及びアンカーベッドに損傷を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図1
(拡大画面:16KB)

参考図2
(拡大画面:9KB)





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION