(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年5月30日06時01分
鹿島灘
(北緯36度15.9分 東経140度59.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
第八進和丸 |
タイライン6 |
総トン数 |
403トン |
7,633トン |
全長 |
71.43メートル |
113.22メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
3,883キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第八進和丸
第八進和丸(以下「進和丸」という。)は,平成元年8月に進水した船尾船橋型貨物船で,船首端から船橋前面までの距離が約56メートルで,船橋には,前部に横長のコンソールが,その中央に操舵スタンド,左側に2台の衝突予防援助装置不装備のレーダー,右側に機関遠隔操縦装置がそれぞれ設置され,左舷側後部角に海図台が備えられていた。
イ タイライン6
タイライン6(以下「タ号」という。)は,1994年に本邦で建造された船尾船橋型貨物船で,船首端から船橋前面までの距離が約94メートルで,船橋には,前面中央部にレピータコンパス,その右側にエアホンのスイッチボックス,それらの両脇にVHF電話がそれぞれ備えられ,中央部に操舵スタンド,その右側に衝突予防援助装置不装備のデイライトタイプレーダーが2台並び,左側にはエンジンテレグラフがそれぞれ設置され,右舷側後部角に海図台,GPS受信機が,左舷側に航海灯スイッチボックス,音響測深機がそれぞれ備えられていた。
3 発生海域
本州東岸の犬吠埼から金華山にかけては,5月から8月にかけて霧が発生することが多く,通航船舶は注意を要する海域であった。
4 事実の経過
進和丸は,A受審人,D一等航海士(以下「一航士」という。)ほか2人が乗り組み,鋼材960トンを積載し,船首2.5メートル船尾4.3メートルの喫水をもって,平成16年5月29日18時00分宮城県仙台塩釜港を発し,大阪港へ向かった。
A受審人は,船橋当直を単独の6時間2直輪番制とし,22時30分から04時30分及び10時30分から16時30分を自らが,04時30分から10時30分及び16時30分から22時30分をD一航士がそれぞれ担当することにしており,出航後,法定灯火を表示し,予定どおりD一航士,自らの順に当直に就いて南下し,04時30分磯埼灯台から068度(真方位,以下同じ。)21.4海里の地点でD一航士に当直を引き継いだ。
このとき,A受審人は,航行海域が霧の発生する頻度が高い時期であったが,その気配が全く見られず,平素から視界が悪くなったときや,漁船が多く不安を感じるときなど,遠慮なく報告するよう乗組員を指導していたことから,特別指示することもあるまいと思い,視界制限状態時の報告について指示を徹底することなく降橋して休息した。
当直交代時,D一航士は,針路をA受審人から引き継いだ185度に定めて自動操舵とし,機関を全速力前進にかけ,10.1ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で進行したところ,05時30分ごろから霧模様となり,視程が2ないし3海里に狭められる中,6海里レンジとしたレーダーの監視を続けながら続航した。
05時44分少し前D一航士は,磯埼灯台から104度19.5海里の地点に達したとき,レーダーにより右舷船首6度6海里のところにタ号の映像を初めて探知し,その左方に2隻の反航船の映像も認めたことから,これら3隻と左舷対左舷で航過できるよう大きく右転することとし,針路を205度に転じた。
間もなくD一航士は,霧が濃くなって視界制限状態となったことを知ったが,A受審人に報告せず,霧中信号を行うことも,安全な速力に減じることもなく進行した。
D一航士は,大きく右転したことによりタ号の映像が一旦左舷船首14度となったものの,同映像が徐々に自船の船首輝線に接近することから,05時55分磯埼灯台から109度19.2海里の地点に至り,同船との距離が2海里となったとき,さらに右転して針路を234度に転じたところ,左舷船首35度となった同船の方位に明確な変化がなくなり,著しく接近することを避けることができない状況となったが,針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも,行きあしを止めることもなく続航した。
D一航士は,さらに視程が狭まる中,大幅な右転を繰り返しても,タ号が方位変化なく接近することにようやく不安を募らせたが,すでにA受審人を起こす時間的余裕もなく,06時00分半タ号の映像が左舷前方間近に接近したころ,ようやく霧中信号を開始し,右舵一杯とした。
自室で汽笛の吹鳴を聴いたA受審人は,自室を出て外部に通じるドアを開け,霧のため視界制限状態にあることを確認して急ぎ昇橋し,船橋左舷端にいたD一航士に声をかけた直後,タ号の吹鳴する連続した短音を聞き,ほぼ同時に左舷側から接近する同船の船首を認めたが,どうすることもできず,06時01分進和丸は,磯埼灯台から112度18.6海里の地点において,原速力のまま,252度を向首したその左舷側中央部に,タ号の船首が後方から70度の角度で衝突した。
当時,天候は霧で風力3の南西風が吹き,視程は70メートルであった。
また,タ号は,B及びC両指定海難関係人ほか17人が乗り組み,合板約2,623トンを積載し,船首4.25メートル船尾5.52メートルの喫水をもって,同月29日16時00分千葉港を発し,北海道苫小牧港に向かった。
ところでB指定海難関係人は,日本沿岸の航行経験が豊富で,本州東岸の犬吠埼から金華山にかけての海域では,霧の発生しやすい時期であることを知っており,夜間命令簿に視界制限時には報告するよう記載していたが,視程が何海里となったら報告することなどと具体的に示さず,その指示を徹底していなかった。
翌30日04時00分C指定海難関係人は,犬吠埼灯台から032度9.3海里の地点で操舵手とともに当直に就き,法定灯火の表示を確認するとともに針路を003度に定めて自動操舵とし,機関を全速力前進にかけ,12.6ノットの速力で進行したところ,05時30分ごろから霧模様となり,視程が2ないし3海里に狭められる中,6海里レンジとしたレーダーの監視を続けながら続航した。
05時44分少し前C指定海難関係人は,磯埼灯台から120.5度20.8海里の地点に達したとき,レーダーで右舷船首8度6海里のところに進和丸の映像を初めて探知し,右舷側に2隻の同航船が存在していたことから,左転して進和丸と右舷対右舷で替わすこととし,針路を352度に転じ,間もなく霧が濃くなって視界制限状態となったため,手動操舵に切り替えて操舵手を舵輪に付かせ,自動吹鳴装置により霧中信号を開始したが,B指定海難関係人に報告することも,安全な速力に減じることもなく進行した。
C指定海難関係人は,進和丸の映像の方位が少しずつ右方に変わっているのを認めていたところ,05時55分磯埼灯台から115度19.4海里の地点に達し,同船の映像が右舷船首27度2海里となったころから明確な方位変化がなくなり,著しく接近することを避けることができない状況となったが,針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも,行きあしを止めることもなく進行した。
C指定海難関係人は,さらに視程が狭まり,前部マストが霧で見えなくなる中,進和丸の映像が方位変化なく接近することから,06時00分エンジンテレグラフを微速力前進まで下げ,06時00分半操舵手に左舵一杯を令したところ,間もなく右舷船首方200メートルばかりに進和丸のレーダーマスト上部を認め,連続した短音を吹鳴して警告したが及ばず,タ号は,322度を向首し,約10ノットとなった速力で前示のとおり衝突した。
衝突の結果,進和丸は,左舷側中央部にタ号の球状船首部がめり込んで大破口を生じ,間もなく両船が離れたため,大量の海水が船倉内に流れ込んで沈没し,全損となり,D一航士が溺水で死亡,他2人が行方不明,A受審人が右第2及び第3指に全治一週間の切創を負った。一方,タ号は,船首部に数箇所の亀裂,破口をともなう凹損を生じたが,のち修理された。
(航法の適用)
本件は,霧のため視程が約70メートルの視界制限状態となった鹿島灘において,南下中の進和丸と北上中のタ号とが衝突したもので,海上衝突予防法第19条の視界制限状態における航法を適用するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 進和丸
(1)A受審人が,視界制限状態となったときの報告について指示を徹底しなかったこと
(2)視界制限状態となった際,D一航士がA受審人に報告しなかったこと
(3)霧中信号を行わなかったこと
(4)安全な速力にしなかったこと
(5)針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを止めなかったこと
2 タ号
(1)B指定海難関係人が,視界が悪くなれば報告があるものと思い,視界制限状態となったときの指示を徹底しなかったこと
(2)進和丸の映像を6海里に認めたとき,針路を左方に転じたこと
(3)視界制限状態となった際,C指定海難関係人が,B指定海難関係人に報告しなかったこと
(4)安全な速力にしなかったこと
(5)針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを止めなかったこと
(原因の考察)
本件は,進和丸が,霧で視界制限状態となった鹿島灘を南下中,安全な速力とし,タ号と著しく接近することを避けることができない状況となったとき,針路を保つことができる最小限度の速力に減じ,また,必要に応じて行きあしを止めることによって衝突を回避できたものと認められる。
従って,当直者が,安全な速力としなかったこと,タ号と著しく接近することを避けることができない状況となったとき,針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも,必要に応じて行きあしを止める措置もとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。また,こうした措置がとられなかったのは,A受審人が,当直者に対し,視界制限時の報告について指示を徹底していなかったこと及び当直者が報告をしなかったことによるものである。
従って,平素から指導していたので,視界が悪くなれば報告があるものと思い,視界制限時の報告について指示を徹底していなかったこと及び当直者が報告しなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
当直者が霧中信号を行わなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,タ号のC指定海難関係人が,進和丸との接近状況をレーダーで探知していたことから,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点からは是正されるべき事項である。
一方,タ号が,霧で視界制限状態となった鹿島灘を北上中,安全な速力とし,進和丸と著しく接近することを避けることができない状況となったとき,針路を保つことができる最小限度の速力に減じ,また,必要に応じて行きあしを止めることによって衝突を回避できたものと認められる。
従って,C指定海難関係人が,安全な速力としなかったこと,進和丸と著しく接近することを避けることができない状況となったとき,針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも,必要に応じて行きあしを止める措置もとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
また,こうした措置がとられなかったのは,B指定海難関係人が,C指定海難関係人に対し,視界制限時の報告について指示を徹底していなかったこと及びC指定海難関係人が報告をしなかったことによるものである。
従って,B指定海難関係人が,夜間命令簿に記載していたので,視界が悪くなれば報告があるものと思い,視界制限時の報告について指示を徹底していなかったこと及びC指定海難関係人が報告しなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
C指定海難関係人が,進和丸の映像を6海里に探知したとき,針路を左方に転じたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,進和丸と著しく接近することを避けることができない状況となったとき適切な措置をとっていれば,本件は発生していなかったことから,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点からは是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件衝突は,霧のため視界制限状態となった鹿島灘において,南下中の進和丸が,安全な速力にしなかったばかりか,タ号と著しく接近することを避けることができない状況となった際,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを止めなかったことと,北上中のタ号が,安全な速力にしなかったばかりか,進和丸と著しく接近することを避けることができない状況となった際,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを止めなかったこととによって発生したものである。
進和丸の運航が適切でなかったのは,船長が,当直者に対し,視界制限状態となった際の報告についての指示を徹底しなかったことと,当直者が,視界制限状態となった際の報告及び措置が不適切であったこととによるものである。
タ号の運航が適切でなかったのは,船長が,当直者に対し,視界制限状態となった際の報告についての指示を徹底しなかったことと,当直者が,視界制限状態となった際の報告及び措置が不適切であったこととによるものである。
(受審人等の所為)
A受審人は,鹿島灘を南下中,一航士に当直を行わせる際,時期的に霧のため視界制限状態となる可能性があったから,視界制限時の報告についての指示を徹底すべき注意義務があった。しかるに,同人は,平素から視界が悪くなれば報告するよう指導していたので大丈夫と思い,視界制限時の報告についての指示を徹底しなかった職務上の過失により,視界制限状態となった際,自ら操船の指揮を執ることができずにタ号との衝突を招き,自船の左舷側中央部に大破口を生じさせ,沈没の事態を招き,乗組員1人を溺水により死亡,2人を行方不明とさせるとともに,タ号の船首部に破口及び亀裂を伴う凹損を生じさせ,自らも右第2及び第3指に切創を負うに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人が,鹿島灘を北上中,一航士に当直を行わせる際,時期的に霧のため視界制限状態となる可能性があったから,当直者に対し,視界制限時の報告について指示を徹底しなかったことは,本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては勧告しない。
C指定海難関係人が,鹿島灘を北上中,視界制限状態となった際,船長に報告しなかったこと,安全な速力にしなかったこと,進和丸と著しく接近することを避けることができない状況となった際,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを止めなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
C指定海難関係人に対しては勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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