(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年9月15日07時56分
愛知県赤羽根漁港沖合
(北緯34度37.0分 東経137度26.6分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
遊漁船第八丸万丸 |
遊漁船清水丸 |
総トン数 |
19.0トン |
11.0トン |
全長 |
19.80メートル |
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登録長 |
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12.59メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
669キロワット |
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漁船法馬力数 |
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160 |
(2)設備及び性能等
ア 第八丸万丸
第八丸万丸(以下「丸万丸」という。)は,平成12年6月に進水した,バウスラスターを有する一層甲板型FRP製遊漁船で,船体中央部に操舵室を,両舷船首から船尾にかけての魚倉,倉庫及び操舵室の舷側に釣り座を,それぞれ設けていた。
操舵室内には,GPSプロッター,カラーソナー,オートパイロット,レーダー2台及び機関計器盤がそれぞれ設置され,音響信号装置としてモーターサイレンを備え,舵輪下方に漁業無線が設置されていた。
オートパイロットは,C社製のCD−50型と称し,直流24ボルトを電源とするコントロールユニット,磁気センサー,追従発信器,電磁弁ユニット及び遠隔管制器からなり,モードスイッチの切り替えでGPS情報に基づく自動操舵のNAVIモードやリモコンモード,手動モード等6種の各モードを実行できるようになっていた。また,同オートパイロットには各種警報装置が装備され,NAVIモードで航走中に予め設定した目的地到着時に鳴るアライバル警報や針路から左右に0.5海里以上外れたときのXTEオーバー警報等があった。
イ 清水丸
清水丸は,昭和54年3月に進水した一層甲板型FRP製遊漁船で,船体中央部に操舵室を,両舷船首から船尾にかけての魚倉,倉庫及び操舵室の舷側に釣り座をそれぞれ設けていた。
操舵室内には,レーダー,GPS,魚群探知機及び無線電話が設置され,音響信号装置としてモーターサイレンを備え,黒色球形形象物は同室内に積み込まれていた。
3 事実の経過
丸万丸は,A受審人が1人で乗り組み,釣り客5人を乗せ,釣りの目的で,船首0.7メートル船尾1.8メートルの喫水をもって,平成16年9月15日06時00分愛知県赤羽根漁港を発し,同港沖合の釣り場に向かった。
ところで,丸万丸は,同月10日にそれまでのC社製オートパイロットから同社製新型オートパイロットに取り換え,同社技術者同乗のうえ習熟運転を行ったが,同運転に立ち会ったA受審人は,いまだ同装置の操作に不慣れで,これを熟知していなかった。
A受審人は,06時20分ごろ赤羽根港東防波堤灯台(以下「赤羽根港灯台」という。)から116度(真方位,以下同じ。)7.5海里の予定の釣り場に至り釣りを始めたものの釣果がなく,無線連絡により東方7海里ほどで錨泊中の僚船2隻は釣果がよいことを知って同地点に移動することとし,07時36分前示地点を発進し,針路を055度に定め,機関を全速力前進にかけ,23.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で自動操舵のNAVIモードにより進行した。
A受審人は,操舵室右舷側の椅子に腰掛けて操船と見張りに当たり,07時50分少し過ぎ赤羽根港灯台から092度11.0海里の地点に達したとき,正船首方2.0海里のところに僚船の西方付近に錨泊している清水丸を視認し,同船に数百メートル接近したところで速力を減じ,50メートルほどのところで同船の周囲を旋回して釣果の状況を認める予定で続航した。
07時55分A受審人は,赤羽根港灯台から085.5度12.5海里の地点に達し,清水丸に向首したまま300メートルとなったとき,半速力の10.0ノットに減速して進行し,07時55分半少し過ぎ同船との距離が100メートルとなったとき,自身がGPSに設定した目的地到達の信号情報により,オートパイロットのアライバル警報ブザーが鳴り出した。
A受審人は,警報切断ボタンを押したが警報ブザーは鳴り止まず,その理由が分からないまま,手動モードに切換えずに舵輪を左に回したものの,舵角を得ることができなかったことから操舵不能と勘違いし,そのままの針路で続航すると,清水丸に衝突する危険があったが,オートパイロットの操作をやり直すことに気を取られ,直ちに行きあしを止めることなく続航し,その後清水丸に向首のまま50メートルとなったものの,慌てて舵輪を左右に回したのみで,依然機関を後進にかけて行きあしを止める措置をとらずに続航中,07時56分直前,ようやくクラッチを切り離したが効なく,07時56分赤羽根港灯台から086度12.6海里の地点において,丸万丸は,原針路,原速力のまま,その船首が,清水丸の右舷中央部に後方から80度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で,風力3の南東風が吹き,潮候は下げ潮の初期で,視界は良好であった。
また,清水丸は,B受審人が1人で乗り組み,釣り客5人を乗せ,船首0.6メートル船尾1.3メートルの喫水をもって,同日05時30分赤羽根漁港を発し,同港沖合の釣り場に向かった。
B受審人は,06時20分赤羽根港灯台から086度12.6海里の地点に至り,船首から重さ46キログラムの鉄製錨を水深45メートルの海中に投入し,直径25ミリメートルのナイロン製錨索を90メートルほど延出して船首たつに係止し,機関を中立運転とし,折からの南東風に船首を立てて錨泊した。
B受審人は,黒色球形形象物の表示を忘れたまま,自らは操舵室内の椅子に腰掛けて周囲の見張りに当たり,釣り客3人は左舷側後部の釣り座に,同2人は右舷側後部の釣り座にそれぞれ腰を下ろして釣りを始め,07時40分自船の周囲に錨泊中の僚船2隻と丸万丸との漁業無線を傍受し,同船が自船のいる釣り場に移動中であることを知った。
B受審人は,07時50分少し過ぎ船首が135度を向いていたとき,右舷船尾80度2.0海里に丸万丸を初認し,その後同船が自船に向首して接近するのを認め,07時55分丸万丸が,300メートルとなったものの,漁業無線で同船に呼びかけるなり,いつでも移動できるよう,中立運転としていた機関のクラッチを入れるなどしないで錨泊を続けた。
07時55分半少し過ぎB受審人は,丸万丸が,避航の気配を見せずに100メートルとなったが,同船は仲間の船だからそのうちに速力を落として自船の周りを周回するものと思い,クラッチを入れて移動するなどの衝突を避けるための措置をとることなく錨泊中,07時56分直前丸万丸が30メートルに接近したとき,異常な事態に気付いて,漁船無線で呼び掛けたものの効なく,清水丸は,135度を向首した状態で,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,丸万丸は船首部ハンドレールに曲損及び船首外板に擦過傷等を生じ,清水丸は右舷中央部及び操舵室を圧壊し,まもなく付近で沈没し,のち引揚げられたが廃船とされ,B受審人及び釣り客全員は衝突時に船上につかまって難を逃れて丸万丸に移乗した。
(航法の適用)
本件は,遠州灘において,航行中の丸万丸と錨泊中の清水丸とが衝突したもので,海上衝突予防法が適用され,同法上,航行船と錨泊船の関係について個別に規定した条文はないから,同法第38条及び第39条の規定によるのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 丸万丸
(1)清水丸に向首する針路で進行したこと
(2)オートパイロットの操作方法を熟知していなかったこと
(3)操舵不能と勘違いしたとき,オートパイロットの操作をやり直すことに気を取られ,直ちに行きあしを止めなかったこと
2 清水丸
(1)黒色球形形象物を掲げずに錨泊したこと
(2)注意喚起信号を行わなかったこと
(3)丸万丸は仲間の船だからそのうちに速力を落とすものと思い,クラッチを入れて移動するなどの衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(原因の考察)
丸万丸の船長が,オートパイロットの操作方法を熟知していたなら,操作を誤ることはなく,清水丸との衝突は発生しなかったものと認められる。また,清水丸に接近中に鳴り出した警報ブザーが,警報切断ボタンを押しても鳴り止まず,その理由が分からなかったときに,機関を使用して直ちに行きあしを止めていたなら,同じく衝突を回避できたものと認められる。
したがって,A受審人が,オートパイロットの操作方法を熟知していなかったこと及び操舵不能と勘違いしたとき,オートパイロットの操作をやり直すことに気を取られ,直ちに行きあしを止めなかったことは,本件発生の原因となる。
一方,清水丸は,錨泊中に避航の気配がなく接近する丸万丸を認めた際,中立運転状態としてていた機関のクラッチを入れて移動するなどの措置をとっていたなら,衝突は回避できたものと認められる。
したがって,B受審人が,丸万丸は仲間の船だからそのうちに速力を落とすものと思い,クラッチを入れて移動するなどの衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
清水丸が,黒色球形形象物を掲げずに錨泊したことは,海上衝突予防法に違反するものの,丸万丸及び周囲の僚船は清水丸の錨泊を知っていたので,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
A受審人が清水丸に向首する針路で進行したことは,同船と著しく接近する前に行きあしを止めて衝突を回避できることにより,また,B受審人が注意喚起信号を行わなかったことは,両船が互いに相手船を視認し,接近を認めていることにより,いずれも原因とするまでもない。
(海難の原因)
本件衝突は,遠州灘において,釣り場を移動する丸万丸が,錨泊している清水丸に接近中,新設のオートパイロットの操作方法を熟知していなかったこと及び操舵不能と勘違いする事態が生じた際,直ちに行きあしを止めなかったことによって発生したが,清水丸が,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,遠州灘において,釣り場を移動中,操舵不能と勘違いする事態が生じた場合,そのままの針路で進行すると,錨泊中の清水丸に衝突する危険があったから,直ちに行きあしを止めるべき注意義務があった。しかるに,同人は,新設のオートパイロットの操作をやり直すことに気を取られ,直ちに行きあしを止めなかった職務上の過失により,清水丸との衝突を招き,丸万丸の船首部ハンドレールに曲損及び船首外板に擦過傷等を,清水丸を右舷中央部及び操舵室を圧壊して沈没させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B受審人は,遠州灘において,自船に向け来航する丸万丸が,避航の気配を見せずに接近するのを認めた場合,釣り客5人を乗せていたから,不測の事態を生じることのないよう,クラッチを入れて移動するなどの衝突を避けるための措置をとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,丸万丸は仲間の船だからそのうちに速力を落とすものと思い,衝突を避けるための措置をとらなかった職務上の過失により,同船との衝突を招き,両船に前示の損傷及び沈没を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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