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平成17年長審第8号
件名

漁船扇丸漁船勝福丸衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年11月1日

審判庁区分
長崎地方海難審判庁(藤江哲三,山本哲也,稲木秀邦)

理事官
平良玄栄

受審人
A 職名:扇丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
B 職名:勝福丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
扇丸・・・船首船底に擦過傷及び左舷側船底中央部に破口,同乗者1人に恐慌発作
勝福丸・・・左舷側外板中央部に破口,同乗者1人に脳挫傷,右肩甲骨骨折,右血気胸及び右多発肋骨骨折など同乗者4人に右肩甲部痛,急性頚部痛,左腰殿打撲及び腰痛症など

原因
扇丸・・・動静監視不十分,狭い水道等の航法(右側航行,衝突回避措置)不遵守(主因)
勝福丸・・・動静監視不十分,船員の常務(衝突回避措置)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は,扇丸が,狭い航路筋の右側から中央に斜航する進路で航行したばかりか,動静監視不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが,勝福丸が,狭い航路筋の右側端に寄って航行しなかったばかりか,動静監視不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 受審人Bを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年8月15日21時53分
 佐賀県住ノ江港
 (北緯33度11.8分 東経130度13.0分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船扇丸 漁船勝福丸
総トン数 4.97トン 3.6トン
全長 12.97メートル 13.12メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
漁船法馬力数 50 50
(2)設備及び性能等
ア 扇丸
 扇丸は,昭和54年10月に進水し,舵及びプロペラシャフト昇降装置を備えたFRP製漁船で,夏場は採介藻漁業,冬場は海苔養殖漁業に従事し,船首端から後方89センチメートル(以下「センチ」という。)が船首楼,その後端から船尾方647センチが主甲板,さらにその後方が船尾楼甲板となっており,船尾楼甲板下に機関室を設けてその上方に取り外しが可能な操舵室が取り付けられ,操舵室右舷側後部に当たる船尾端から約240センチのところに金属製の支柱を立てて,その上部に舵輪と機関操縦装置が取り付けられていた。
 灯火設備は,船尾端にある船尾楼甲板上高さ約2メートルのマストの上端に両色灯及び船尾端ブルワークの上方に船尾灯がそれぞれ設けられていたものの,マスト灯は備え付けられていなかった。
イ 勝福丸
 勝福丸は,昭和60年5月に進水し,舵及びプロペラシャフト昇降装置を備え,有効な音響による信号を行うことができる設備を有さないFRP製漁船で,夏場は採介藻漁業,冬場は海苔養殖漁業に従事し,船首端から後方108センチが船首楼,その後端から船尾方639センチが主甲板,さらにその後方が船尾楼甲板となっており,船尾楼甲板下に機関室を設けてその上方に前後にスライドするさぶたを取り付け,船尾端から約240センチの甲板上右舷側に金属製の支柱を立ててその上部に舵輪と機関操縦装置が,同支柱の中間部に可動式のいすが取り付けられていた。
 灯火設備は,船尾端にある船尾楼甲板上高さ約2メートルのマストの上端に両色灯及び船尾端ブルワークの上方に船尾灯がそれぞれ設けられていたものの,マスト灯は備え付けられていなかった。

3 住ノ江港の状況等
(1)住ノ江港
 住ノ江港は,島原湾奥の六角川河口にある潮差が最大約6メートルの河川港で,港域内には住ノ江漁港があって臨港道路が整備され,主として有明海における浅海域養殖業に従事する漁船が利用する水産基地となっていた。
(2)水路及び航路標識
 住ノ江港の沖合から港奥に至る河口からの航路筋は,六角川の川筋を利用した最深部の水深が最低水面下0.8ないし1.9メートルの水路で,低潮時には両岸の広い範囲が干出し,幅が狭くて水深も浅く,港域外には,沖合から上流に向けて順に,住ノ江港灯浮標,住ノ江港導灯(前灯),住ノ江港導灯(後灯)及び住ノ江川口第1号立標が,港域内には上流に向けて順に,左舷標識の住ノ江川口第3号灯標,右舷標識の住ノ江川口第4号灯標及び住ノ江川口第6号灯標(以下「6号灯標」という。)がそれぞれ航路筋の両側に設置されていた。
(3)航路筋沿いの各施設等
 航路筋の両岸には,福富1号物揚場及び芦刈1号物揚場など櫛型の物揚場や海苔水揚場などが設けられ,地元の漁業協同組合が自発的に航路筋両岸の必要箇所に一定の間隔で立てたプラスチック製のポールや竹ざおが,漁船などが出入航する際の目安となっていた。
 また,6号灯標の西南西方対岸には,干出堆から航路筋の内側までプラスチック製のポールを2列に打ち込んだ,灯火設備のない海苔水揚場が6箇所に周年設けられ,その西端の海苔水揚場先端のポールは,6号灯標から256.5度(真方位,以下同じ。)580メートルの地点に,航路筋に突出する状態で設けられていた。

4 事実の経過
 扇丸は,A受審人が1人で乗り組み,知人の依頼を受けて精霊流しを行う目的で,ダンボール紙製の精霊船1隻と同乗者11人を主甲板上に乗せ,船首0.4メートル船尾1.0メートルの喫水をもって,平成16年8月15日21時38分半6号灯標から262度1,610メートルの地点に当たる,住ノ江港の港奥に設けられた海苔水揚場を発し,同港沖合に向かった。
 A受審人は,平素,沖合に向けて航行する際には,6号灯標を目標として航路筋の中央付近を航行し,前方に入航船があるときには右側に寄って同船を替わすようにしていたものの,折から,港内では地元の漁業協同組合の協力による精霊流しの行事が開催中で,同行事に参加した数隻の漁船が6号灯標から260度1,330メートルのところにある芦刈1号物揚場(以下「1号物揚場」という。)東側の桟橋に向けて定期的に入航して来るので,航路筋の中央から少し右側を航行することにし,発航後,両色灯と船尾灯を掲げて機関を回転数毎分500(以下,回転数については毎分のものを示す。)の極微速力前進にかけ,同乗者を主甲板に座らせて自らは操舵室の後方に立ち,操舵操船に当たって進行した。
 21時44分少し過ぎA受審人は,6号灯標から253度1,350メートルの,航路筋の中央から少し右側に当たる地点に達したとき,針路を航路筋に沿うよう070度に定め,機関を極微速力前進にかけたまま,2.0ノットの速力で,沖合に向けて手動操舵で続航した。
 21時51分A受審人は,6号灯標から254度940メートルの地点に達し,ほぼ正船首方約550メートルのところに,船体の上方に提灯を連掲した勝福丸を初認したとき,機関回転数を1,500に上げて増速し,7.6ノットの速力で,前路に精霊流しの行事に参加している漁船があると思って進行した。
 21時52分少し過ぎA受審人は,6号灯標から256.5度640メートルの地点に達したとき,ほぼ正船首方260メートルのところに,西方を向いて発航する態勢の勝福丸を認めたが,同船は精霊流しを終えて1号物揚場に向けて帰航するので,このまま自船と互いに左舷を対して航過するものと思い,その後同船の動静監視を十分に行わないまま続航した。
 21時52分半A受審人は,6号灯標から257度580メートルの地点に達し,勝福丸が左舷船首1度170メートルに存在する状況となったとき,右舷側約5メートルのところに,同灯標西南西方対岸に設けられた海苔水揚場西端のポールを認め,海苔水揚場に近付き過ぎたことに気付いて驚き,同水揚場から離れることにしたが,6号灯標の灯火の方位を目標として航路筋の右側端に寄って航行することなく,急ぎ左舵をとって針路を054度に転じ,航路筋の中央に向けて斜航する進路で進行した。
 転針したとき,A受審人は,勝福丸を右舷船首15度に見る態勢となり,その後同船の方位に変化がないまま衝突のおそれがある態勢で互いに接近する状況となったが,海苔水揚場から離れることに気を奪われ,依然として勝福丸の動静監視を十分に行うことなく,このことに気付かず,右転するなど,衝突を避けるための措置をとらないで続航中,扇丸は,21時53分6号灯標から263度470メートルの地点において,054度の針路および原速力のまま,その船首が勝福丸の左舷側ほぼ中央部に前方から42度の角度で衝突した。
 当時,天候は晴で風力1の北東風が吹き,潮候はほぼ高潮時で,潮高は約5.4メートルであった。
 また,勝福丸は,B受審人と甲板員が2人で乗り組み,同じ漁業協同組合に所属する数隻の僚船とともに精霊流しの行事に協力して参加し,19時ごろから1号物揚場でダンボール紙製の精霊船と同乗者を乗せて6号灯標付近の海域で精霊船を流す作業を繰り返した。そして,精霊船2隻と同乗者10人を主甲板に乗せ,9回目の精霊流しを行う目的で,船首0.4メートル船尾1.0メートルの喫水をもって,21時29分1号物揚場の桟橋を発して沖合に向かった。
 B受審人は,船首と船体中央部に仮設のマストを立てて船首尾方向に約10個の提灯を連掲し,両色灯及び船尾灯を掲げて6号灯標付近の海域に向かい,21時37分6号灯標の西南西方約400メートルの地点で機関を中立運転として停留し,船首を北方に向けた態勢で精霊船を海上に流した。
 やがて,B受審人は,精霊流しを終えて帰航することにし,同乗者を主甲板に座らせ,甲板員を船首で見張りに当たらせて自らは船尾楼甲板後部で操舵操船に当たり,21時52分機関を極微速力前進にかけて左舵をとり,同時52分少し過ぎ船首を照明で照らされた1号物揚場に向く260度としたとき,左舷船首8度260メートルのところに,扇丸が掲げる両色灯の紅,緑2灯を初認したが,速やかに狭い航路筋の右側端に沿って航行することなく,1号物揚場に向く予定針路より少し右側に向けて航行することにし,針路を276度に定めて6号灯標から260度380メートルの地点に当たる,航路筋の中央から少し左側の海域を発進し,機関の回転数を少し上げ,4.0ノットの速力で,帰途に就いた。
 発航後,B受審人は,自船が予定針路より少し右側に向けて航行しているので扇丸と互いに左舷を対して無難に替わるものと思い,同船の動静監視を十分に行っていなかったので,21時52分半6号灯標から261度410メートルの地点に達したとき,左舷船首27度170メートルのところで扇丸が針路を左に転じ,その後同船の方位に変化がないまま衝突のおそれがある態勢で互いに接近する状況となったことに気付かなかった。
 こうして,B受審人は,右転するなど,扇丸との衝突を避けるための措置をとらないで,航路筋のほぼ中央を進行中,21時53分わずか前左舷前方至近に迫った扇丸に気付いてとっさに機関を中立とした直後,勝福丸は,原針路,原速力のまま,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,扇丸は,船首船底に擦過傷及び左舷側船底中央部に破口を,勝福丸は,左舷側外板中央部に破口をそれぞれ生じ,扇丸の同乗者1人が恐慌発作を,勝福丸の同乗者1人が脳挫傷,右肩甲骨骨折,右血気胸及び右多発肋骨骨折などを,同4人が右肩甲部痛,急性頚部痛,左腰殿部打撲及び腰痛症などをそれぞれ負った。

(航法の適用)
 住ノ江港は,港則法適用港であるが,同港においては,港則法における「命令の定める航路」が設けられていないことから,同法における航路及び航法規定の適用はない。
 一方,同港内の水路は,最低水面下の川筋の幅が約150ないし200メートルあるものの,両岸を広い干出堆に覆われて水深が浅く,川筋が屈曲した部分においては最深部の位置が中央からそれぞれ左右両岸の干出堆寄りに偏することから,川筋の両岸には航行の目安としてプラスチック製のポールや竹ざおが立てられるとともに海苔水揚場などの施設が設けられて船舶が航行できる水域が限定され,潮差によって可航幅が変化する航路筋を多数の漁船が出入航する状況であった。
 したがって,本件は,海上衝突予防法第9条(狭い水道等)によって律するのが相当であり,当該水道をこれに沿って航行する船舶は,安全であり,かつ,実行に適する限り,狭い水道の右側端に寄って航行しなければならない。
 また,海上衝突予防法第38条に規定される切迫した危険がある特殊な状況においては,この危険を回避する措置をとる必要があり,これらを怠れば,同法第39条の規定により責任を免れることはできない。

(本件発生に至る事由)
1 扇丸
(1)平素から,航路筋のほぼ中央を航行していたこと
(2)狭い航路筋の右側から中央に斜航する進路で航行したこと
(3)海苔水揚場から離れることに気を奪われて,勝福丸の動静監視を行わなかったこと
(4)衝突を避けるための措置をとらなかったこと

2 勝福丸
(1)航路筋の右側端に寄って航行しなかったこと
(2)互いに左舷を対して無難に替わるものと思って,扇丸の動静監視を行わなかったこと
(3)衝突を避けるための措置をとらなかったこと

3 その他
(1)扇丸,勝福丸の両船がマスト灯を備え付けていなかったこと
(2)夜間,港内で精霊流しの行事が行われていたこと

(原因の考察)
 狭い航路筋を出航する扇丸と帰航する勝福丸の両船が,それぞれ右側端に寄って航行していれば,互いに左舷を対して無難に航過することが可能であったと認められる。
 したがって,A受審人が,航路筋の中央に斜航する進路で航行したこと,B受審人が,航路筋の右側端に寄って航行しなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 さらに,航路筋の中央に向けて斜航中の扇丸と航路筋のほぼ中央を航行中の勝福丸の両船が,相手船の動静を十分に監視していれば,衝突のおそれがある態勢で互いに接近する状況であることを認識して,それぞれ衝突を回避する措置をとることができたと認められる。
 したがって,A受審人が,海苔水揚場から離れることに気を奪われて,動静監視を十分に行わなかったこと,衝突を避けるための措置をとらなかったこと,B受審人が,扇丸と互いに左舷を対して無難に替わるものと思って,動静監視を十分に行わなかったこと,衝突を避けるための措置をとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 扇丸が,平素から航路筋のほぼ中央を航行していたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件結果と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 扇丸,勝福丸の両船が,マスト灯を備え付けていなかったことは,本件結果と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 夜間,港内で精霊流しの行事が行われていたことは,本件発生の過程で関与した事実であるが,原因とならない。

(海難の原因)
 本件衝突は,夜間,佐賀県住ノ江港の狭い航路筋において,精霊流しのため沖合に向けて航行中の扇丸が,航路筋の右側から中央に斜航する進路で航行したばかりか,動静監視不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが,精霊流しを終えて帰航中の勝福丸が,航路筋の右側端に寄って航行しなかったばかりか,動静監視不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,夜間,佐賀県住ノ江港の狭い航路筋において,精霊流しのため沖合に向けて航行中,航路筋の右側に設置された海苔水揚場に接近してこれから離れるために中央に向けて針路を転じた場合,前路に1号物揚場に向けて帰航中の勝福丸が存在することを知っていたのだから,同船と衝突のおそれがあるかどうかを判断できるよう,その動静を十分に監視するべき注意義務があった。しかしながら,同人は,海苔水揚場から離れることに気を奪われ,勝福丸の動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,同船と衝突のおそれがある態勢で互いに接近することに気付かず,右転するなど,衝突を避けるための措置をとらないまま航路筋の中央に斜航する進路で航行して衝突を招き,扇丸の船首船底に擦過傷及び左舷側船底中央部に破口を,勝福丸の左舷側外板中央部に破口をそれぞれ生じさせ,扇丸の同乗者1人に恐慌発作を,勝福丸の同乗者1人に脳挫傷,右肩甲骨骨折,右血気胸及び右多発肋骨骨折などを,同4人に右肩甲部痛,急性頚部痛,左腰殿部打撲及び腰痛症などをそれぞれ負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 B受審人は,夜間,佐賀県住ノ江港の狭い航路筋において,精霊流しを終え,1号物揚場に向けて帰航中,前路に出航して来る態勢の扇丸を認めた場合,同船と衝突のおそれがあるかどうかを判断できるよう,その動静を十分に監視するべき注意義務があった。しかしながら,同人は,自船が予定針路より少し右側に向けて航行しているので,扇丸と互いに左舷を対して無難に替わるものと思い,同船の動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,前路で航路筋の中央に向けて針路を転じた扇丸と衝突のおそれがある態勢で互いに接近することに気付かず,右転するなど,衝突を避けるための措置をとらないまま航路筋のほぼ中央を進行して衝突を招き,両船に前示の損傷を生じさせ,両船の同乗者を前示のとおり負傷させるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

  よって主文のとおり裁決する。


参考図
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