日本財団 図書館




 海難審判庁採決録 >  2005年度(平成17年度) >  衝突事件一覧 >  事件





平成17年門審第52号
件名

漁船萬吉丸漁船恵比須丸衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年11月10日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(上田英夫,千手末年,片山哲三)

理事官
濱田真人

受審人
A 職名:萬吉丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
B 職名:恵比須丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
萬吉丸・・・船首部錨台座の損壊及び船首部船底外板に擦過傷
恵比須丸・・・右舷船尾部,操舵室天井,船尾マスト及びレーダーマストの損壊並びに舵板の曲損及びGPSアンテナなどの損傷

原因
萬吉丸・・・見張り不十分,船員の常務(衝突回避措置)不遵守
恵比須丸・・・動静監視不十分,船員の常務(衝突回避措置)不遵守

主文

 本件衝突は,萬吉丸が,見張り不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことと,恵比須丸が,動静監視不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったこととによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年11月6日14時00分
 長崎県対馬上島西方沖合
 (北緯34度35.7分 東経129度11.5分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船萬吉丸 漁船恵比須丸
総トン数 4.8トン 4.8トン
全長 13.65メートル  
登録長   11.25メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 301キロワット  
漁船法馬力数   70
(2)設備及び性能等
ア 萬吉丸
 萬吉丸は,平成元年12月に進水した一本つり漁業に従事するFRP製漁船で,船体後方に配置された操舵室には,中央やや右舷寄りに舵輪があり,機関遠隔操縦装置,レーダー,GPSプロッタ及び魚群探知機などの計器が設けられていた。
 同船は,20ノットばかりで航走すると船首が浮上し,操船者が舵輪後方に設置のいすに腰を掛けた姿勢では,正船首方向から右舷側に約5度,左舷側に約15度の範囲で水平線が見えなくなる死角を生じる状況であった。
イ 恵比須丸
 恵比須丸は,昭和58年9月に進水した一本つり漁業に従事するFRP製漁船で,船体後方に配置された操舵室には,舵輪,機関遠隔操縦装置,レーダー,GPSプロッタ及び魚群探知機などの計器が設けられており,同室からコードを延ばして船尾甲板でも使用可能な遠隔操舵装置が備えられていた。
(3)恵比須丸のひき縄漁
 恵比須丸のひき縄漁は,船体中央やや後方において,長さ8メートルのグラスファイバー製の竿2本を両舷船外へそれぞれ振り出し,各竿から2本ずつ及び船尾中央部に設置した竿から1本の,それぞれの先端に疑似針を取り付けた計5本のひき縄を海面付近に流し,低速力でひきながら仕掛けにかかった魚を取り込むものであった。

3 事実の経過
 萬吉丸は,A受審人が1人で乗り組み,船首0.65メートル船尾1.75メートルの喫水をもって,平成16年11月6日06時30分長崎県鹿見港を発し,同時50分田里生埼北西方約2海里の漁場に至り,よこわ(くろまぐろの幼魚)を漁獲対象としたひき縄漁を開始した。
 A受審人は,北西進しながら操業を続けたものの,数匹のよこわが釣れたのみで漁獲が芳しくなかったことから操業を切り上げ,13時50分対馬棹尾埼灯台(以下「棹尾埼灯台」という。)から277度(真方位,以下同じ。)9.0海里の地点を発進し,帰途に就いた。
 発進するとき,A受審人は,スタンバイ状態としていたレーダーを12海里レンジで作動させ,レーダー映像により伊奈埼南端の方位を確認したものの,ほぼ同方位3.4海里のところに存在した恵比須丸のレーダー映像に気付かないまま,レーダーをスタンバイ状態に戻し,針路を同埼南端に向く132度に定め,機関を全速力前進にかけ,20.5ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,舵輪後方のいすに腰を掛け,船首方に死角を生じる状況のもと,手動操舵によって進行した。
 ところで,A受審人は,平素,船首方に死角を生じる状況となった際,身体を左右に移動するなり,船首を左右に振るなどして同死角を補う見張りを行っていた。
 13時59分A受審人は,棹尾埼灯台から262度6.7海里の地点に達したとき,左舷船首7度550メートルのところに,船首を南南西方に向けた恵比須丸を視認でき,同船の両舷側から振り出した竿や,低速力で旋回していることから,同船が自船と同業船で,ひき縄漁中であることが分かり,同時59分半少し前同船が左転しながら左舷船首4度350メートルのところに接近し,同船がこのまま左転を続ければ同船と衝突のおそれのある態勢で接近していることが分かる状況となったが,周辺で操業していたほとんどの同業船が既に帰途に就いていたことから,前路に操業中の同業船などはいないと思い,身体を左右に移動するなり,船首を左右に振るなどして,死角を補う見張りを十分に行わなかったので,この状況に気付かずに続航した。
 こうして,A受審人は,右転するなど同船との衝突を避けるための措置をとることなく進行中,14時00分棹尾埼灯台から260度6.5海里の地点において,萬吉丸は,原針路,原速力のまま,その船首が恵比須丸の右舷船尾部に真後ろから衝突し,同船に乗り上げた。
 当時,天候は曇で風はほとんどなく,潮候は下げ潮の中央期にあたり,視界は良好であった。
 また,恵比須丸は,B受審人が1人で乗り組み,よこわを漁獲対象とするひき縄漁の目的で,船首及び船尾とも0.30メートルの等喫水をもって,同日06時00分長崎県伊奈漁港(志多留地区)を発し,07時15分棹埼北西方約5海里の漁場に至り,操業を開始した。
 ところで,B受審人は,平素,壱岐島周辺海域を漁場としていたが,同漁場での漁獲が芳しくなかったことから,対馬上島西方沖合の漁場で操業することとし,同月4日夕刻から伊奈漁港に寄港していたものであった。
 B受審人は,魚群に遭遇するとその周囲を旋回して行う操業と,漁獲がなくなれば別の魚群を求めての探索を繰り返しながら南西進し,13時40分ごろ魚群を探索中,前示衝突地点付近に差し掛かり,よこわの群れに遭遇したことから,操舵を舵輪から遠隔操舵装置に切り替えて船尾甲板に移動し,同群れから離れないよう同装置で左舵10度ないし20度をとり,機関を全速力前進が回転数毎分2,600のところ800にかけ,4.0ノットの速力で,直径200メートルの円を描くように左旋回を開始し,仕掛けにかかったよこわを取り込みながら同旋回を続けた。
 13時55分B受審人は,4周目の旋回に入り,棹尾埼灯台から260度6.5海里の地点で,船首が126度を向いたとき,左舷船尾6度1.7海里のところに萬吉丸を初認し,高速力で伊奈埼の方に向かう漁船であることを認めたが,一べつしただけで特に気に留めることなく旋回を続けた。
 B受審人は,13時59分棹尾埼灯台から260.5度6.5海里の地点に達し,船首が203度を向いたとき,萬吉丸が右舷船尾78度550メートルのところに,同時59分半少し前船首が180度を向いたとき,右舷船尾52度350メートルのところにそれぞれ接近し,このまま旋回を続ければ同船と衝突のおそれのある態勢で接近する状況にあったが,同船を初認したとき,同船の立て置きした竿を認めて同船が同業船であることが分かっていたことから,操業しながら旋回中の自船を避けていくものと思い,魚の取り込みに熱中していて,同船に対する動静監視を十分に行わなかったので,このことに気付かず,行きあしを止めるなどして衝突を避けるための措置をとることなく,旋回を続けた。
 14時00分少し前B受審人は,5周目の旋回に入るころ,ふと船尾方を見たところ,右舷船尾至近に迫った萬吉丸を再び認め,衝突の危険を感じ,操舵室に入って遠隔操舵装置から舵輪による操舵に切り替えたが,操舵する間もなく,船首が132度を向いたとき,同じ速力のまま,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,萬吉丸は,船首部錨台座の損壊及び船首部船底外板に擦過傷を生じたが,のち修理され,恵比須丸は,右舷船尾部,操舵室天井,船尾マスト及びレーダーマストの損壊を生じたほか,舵板に曲損及びGPSアンテナなどに損傷をそれぞれ生じたが,のち修理されないまま売船処分された。

(航法の適用)
 本件衝突は,対馬上島西方沖合の海域において,直進中の萬吉丸とひき縄漁をしながら旋回中の恵比須丸とが衝突したものであり,同海域は港則法及び海上交通安全法の適用がないから,一般法である海上衝突予防法によって律することとなる。
 恵比須丸が旋回運動を続けていたことから,両船は,互いに視認する方位が刻々と変化する態勢で接近する見合い関係にあり,両船にこの関係を適用できる個別の航法規定が存在しないので,海上衝突予防法第38条及び第39条の規定によるのが相当である。

(本件発生に至る事由)
1 萬吉丸
(1)船首方に死角を生じる状況にあったこと
(2)発進時,恵比須丸のレーダー映像を見落としたこと
(3)発進後,レーダーをスタンバイ状態としていたこと
(4)周辺で操業していたほとんどの同業船は既に帰途に就いていたことから,前路に操業中の同業船などはいないと思ったこと
(5)船首死角を補う見張りを十分に行わなかったこと
(6)衝突を避けるための措置をとらなかったこと

2 恵比須丸
(1)接近する船が同業船であるから,操業しながら旋回中の自船を避けていくものと思ったこと
(2)魚の取り込みに熱中していたこと
(3)動静監視を十分に行わなかったこと
(4)衝突を避けるための措置をとらなかったこと

(原因の考察)
 本件は,萬吉丸が,見張りを十分に行っていれば,恵比須丸を視認し,その後衝突のおそれが生じていることが分かり,衝突を避けるための措置をとることができ,発生を回避できたものと認められる。
 したがって,A受審人が,周辺で操業していたほとんどの同業船が既に帰途に就いていたことから,前路に操業中の同業船などはいないと思い,死角を補う見張りが不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
 A受審人が,発進時,恵比須丸のレーダー映像を見落としたこと及び発進後,レーダーをスタンバイ状態としていたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,船首方に死角を生じる状況にあったのであるから,常時適切な見張りを十分に行うための補助手段として,レーダーの適切な活用が望まれる。
 萬吉丸の船首方に死角を生じる状況にあったことは,通常の操舵位置からの船首方の見張りを妨げることとなるものの,身体を左右に移動するなり,船首を左右に振るなどの手段をとることにより,その死角を解消することができたのであるから,本件発生の原因とはならない。
一方,恵比須丸が,萬吉丸に対する動静監視を十分に行っていれば,衝突のおそれが生じていることが分かり,衝突を避けるための措置をとることができ,発生を回避できたものと認められる。
 したがって,B受審人が,接近する船が同業船であるから,操業しながら旋回中の自船を避けていくものと思い,魚の取り込みに熱中していて,動静監視が不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。

(海難の原因)
 本件衝突は,対馬上島西方沖合において,漁場から帰港するため直進中の萬吉丸とひき縄漁をしながら旋回中の恵比須丸とが衝突のおそれのある態勢で接近中,萬吉丸が,見張り不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことと,恵比須丸が,動静監視不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったこととによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,対馬上島西方沖合において,漁場から帰港する場合,船首浮上により前方に死角を生じていたから,前路の他船を見落とさないよう,身体を左右に移動するなり,船首を左右に振るなどして,死角を補う見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,周辺で操業していたほとんどの同業船が既に帰途に就いていたことから,前路に操業中の同業船などはいないと思い,死角を補う見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,前路で旋回中の恵比須丸に気付かず,同船との衝突を避けるための措置をとらずに進行して衝突を招き,萬吉丸の船首部錨台座の損壊及び船首部船底外板に擦過傷を,恵比須丸の右舷船尾部,操舵室天井,船尾マスト及びレーダーマストを損壊させたほか,舵板に曲損及びGPSアンテナなどに損傷をそれぞれ生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B受審人は,対馬上島西方沖合において,ひき縄漁の操業をしながら旋回中,接近する萬吉丸を認めた場合,衝突のおそれの有無を判断できるよう,その動静監視を十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,接近する船が同業船であるから,操業しながら旋回中の自船を避けていくものと思い,魚の取り込みに熱中していて,その動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,萬吉丸が衝突のおそれのある態勢で接近していることに気付かず,衝突を避けるための措置をとらずに旋回を続けて同船との衝突を招き,前示の損傷を生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

  よって主文のとおり裁決する。


参考図
(拡大画面:20KB)





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION