(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年12月23日19時45分
志布志湾北部
(北緯31度27.3分 東経131度09.8分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
モーターボート漁旬 |
漁船五月丸 |
総トン数 |
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0.8トン |
登録長 |
7.36メートル |
6.35メートル |
機関の種類 |
電気点火機関 |
電気点火機関 |
出力 |
84キロワット |
30キロワット |
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6キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 漁旬
漁旬は,昭和60年3月に第1回定期検査を受け,航行区域を限定沿海区域とする平甲板型のFRP製プレジャーモーターボートで,船体後部に船尾側が開口した操舵室が,その前方に物入れ室がそれぞれ配置され,操舵室には,前部右舷寄りに操舵輪が,その後方にいすが,いすの右脇の側壁に機関の遠隔操縦レバーがそれぞれ設けられ,前部窓際の棚の中央部にマグネットコンパスが,その右側に魚群探知機と一体となったGPSプロッタがそれぞれ備えられており,前面及び左右の窓はいずれも1枚ずつで,10ノットの速力のときには船首が浮上せず,いすに腰掛けた姿勢でも前方の見通しに支障がない状況であった。
イ 五月丸
五月丸は,平成元年6月に進水した和船型のFRP製漁船で,船尾部に物入れが左右並列に2個設けられ,それらの船首方の甲板下に魚倉1個が設けられており,船尾左舷側に出力30キロワットの,同右舷側に同6キロワットの船外機がそれぞれ取り付けてあった。
灯火については,船体前部に設けたマストの頂部で海面からの高さが約2.5メートルの位置に白色全周灯を,その下方でブルワーク上縁よりわずかに高い位置に両色灯をそれぞれ設置しており,電源用の電線はいずれもマストに沿わせ,その基部まで下ろして左舷側に導き,ブルワーク上縁の外板側に沿って設けたプラスチック製パイプの中を通し,左舷船尾から船内に取り込み,右舷船尾物入れの中に置いたバッテリーに繋いでいたが,スイッチについては,両灯ともマスト下部において,灯火側の一方の電線の被覆を剥がし,同部分を曲げてフック状の端子としたものに,電源側の電線を同様にフック状の端子としたものを掛けたり外したりすることでスイッチ代わりとしていた(以下「電線接続部」という)。
3 事実の経過
漁旬は,A受審人が1人で乗り組み,妻を同乗させ,いか釣りに備えて餌となる小あじを釣る目的で,白色全周灯及び両色灯を表示し,船首0.35メートル船尾0.40メートルの喫水をもって,平成16年12月23日19時40分福島高松漁港を発し,同漁港南方1.8海里ばかりの釣り場に向かった。
ところで,福島高松漁港は,宮崎県串間市高松地区の陸岸,同漁港南部に位置するヨゴセ島,同島の北西岸から北西方に伸びる沖防波堤及び同漁港北西部の陸岸から南々東方に伸びる西防波堤で囲まれており,出入航する船舶は,沖防波堤と西防波堤との間の可航幅約50メートルの防波堤入口を通航していた。そして,両防波堤の海面高が高いことから,船外機を使用する船舶や小型のモーターボートなどは,防波堤入口以外のところでは反対側に存在するこれらの船舶を見通すことができない状況であった。
19時42分A受審人は,港内を進行していたところ,日向福島港北防波堤西灯台から286度(真方位,以下同じ。)1.25海里に所在する山の頂(41.6メートル)にある三角点(以下「三角点」という。)から305度750メートルの地点で,針路を防波堤入口に向く270度に定め,機関を極微速力前進にかけて2.5ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,いすに腰掛け,手動操舵により進行した。
19時44分A受審人は,防波堤入口ほぼ中央の,三角点から298度860メートルの地点に達し,左舷船首22度230メートルのところに五月丸の赤色点滅灯を見る態勢にあったとき,同点滅灯の光達距離が短かったのでこれを視認できず,同船の存在に気付かないまま,沖防波堤先端付近から南西方に拡延する浅所をいったん南西進して替わしたのち釣り場に向けることとした。
19時44分半少し前A受審人は,三角点から298度880メートルの地点で,周囲を見渡して他船の有無を確認したのち,針路を沖合の枇榔島(びろうじま)の島影に向く240度に転じたとき,五月丸が右舷船首4度200メートルのところに接近していたが,依然として同船の赤色点滅灯の光達距離外であってほぼ無灯火状態の同船を視認できない状況にあり,同船の存在に気付かないまま,10.0ノットの速力に増速したところ,その後五月丸の方位が変わらず,同船と互いに衝突のおそれのある態勢で接近する状況となって進行した。
19時45分少し前A受審人は,右舷前方至近に五月丸の赤色点滅灯を視認できる状況となったものの,間もなく次の転針を予定していたことから,中腰の姿勢で転針方向の左舷前方を見ていて,同点滅灯に気付かないまま続航し,19時45分三角点から289度1,000メートルの地点において,漁旬は,原針路,原速力のまま,その船首が五月丸の左舷前部に前方から69度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で風はほとんどなく,視界は良好で,潮候は下げ潮の中央期であった。
また,五月丸は,B受審人が1人で乗り組み,いか引き釣り漁の目的で,船首0.05メートル船尾0.43メートルの喫水をもって,同日18時00分福島高松漁港を発し,同時06分同漁港北西方0.7海里ばかりの漁場に至り,操業を開始したものの漁獲が思わしくなかったので,操業を続けながら帰途に就くこととした。
ところで,B受審人は,これより先の同漁港発航時には,両色灯のみを表示して出航操船にあたっており,また,帰途に就くにあたり,白色全周灯が眩しく前方が見にくいことなどから,白色全周灯及び両色灯をいずれも表示することなく,日光弁付きで外径約9センチメートルの縦型になった円盤状発光部の両面が毎分120回点滅する,道路工事用の赤色点滅灯を左舷船首部に立て掛けていた。
19時00分B受審人は,出力6キロワットの船外機を使用して,三角点から299度1.1海里の漁場を発進し,同漁港沖に向く129度に針路を定め,右舷船尾物入れの上に腰掛け,右手で釣竿をときおり前後にしゃくりながら疑似餌であおりいかを誘い,左手で船外機の舵柄を操作し,機関を極微速力前進にかけたり中立にしたりしながら0.8ノットの速力で進行した。
19時44分B受審人は,三角点から289度1,025メートルの地点に差しかかったとき,左舷船首61度230メートルのところに防波堤入口から出航する漁旬の紅灯を初認したので,自船の存在を示すつもりで,単1電池4個直列使用の懐中電灯を腰掛けたままの姿勢で約5秒間点滅したが,時間帯からして同漁港西方沖合にいか釣りに出漁する漁船であろうから,自船の左舷側を無難に航過して行くものと思い,その後,同船に対する動静監視を行うことなく,同じ針路及び速力で操業を続けた。
19時44分半少し前B受審人は,漁旬が左舷船首65度200メートルのところに接近し,白,緑2灯を見せ始めたことから,同船が左転したことが分かり,このとき同船が増速したことから,その後その方位が変わらず,互いに衝突のおそれのある態勢で接近していることが分かる状況となったが,依然として動静監視を行っていなかったので,この状況に気付かず,白色全周灯及び両色灯を表示することも,行きあしを止めるなどして同船との衝突を避けるための措置をとることもなく操業を続行中,五月丸は,原針路,原速力のまま,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,漁旬が五月丸に乗り上がり,漁旬は右舷外板下部に擦過傷を生じ,五月丸は,左舷前部及び同中央部ブルワーク上縁部を破損したほか,漁旬を引き下ろす際に船外機を損傷したが,のち修理され,B受審人が海中に投げ出され,1箇月の入院を要する外傷性右鎖骨並びに右第5及び左第9肋骨骨折を負った。
(主張に対する判断)
漁旬側受審人は相手船の白色全周灯が表示されていなかった旨を主張し,五月丸側受審人は表示していた旨を主張するので,五月丸の白色全周灯の表示の有無について,以下検証する。
A受審人に対する質問調書に関しては,
1 第1回質問調書中,「友人から防波堤入口付近に無灯火の船がいることがあるので注意した方が良いと聞いていたことから,防波堤入口を2ないし3ノットの速力で通過し,周囲を注意して見ながら進行した。家内は船尾に腰掛けて見張りを行っていた。枇榔島の島影が見えていたので同島に向け,速力を上げたときは前方に何もなかった。」旨の供述記載
2 第2回質問調書中,「約1箇月前に友人から無灯火の船がいると聞いていたほか,これまでに無灯火で操業する漁船と出会ってヒヤリとしたことがあったので,衝突するまで肉眼で周囲を十分見張りながら進行した。妻が左舷船尾に船首方を向いて座っていたので,左前方の見張りを頼んでいたが,他船についての報告はなかった。また,衝撃を感じた後にもB船長を救助したのち自船を相手船から引き下ろすために相手船の前部に乗り移ったときにも,私と妻は白色全周灯が点灯しているのを見ていない。」旨の供述記載がそれぞれある。
一方,B受審人に対する質問調書については,
1 第1回質問調書中,「港を出るときまでは両色灯のみを点灯し,外側の防波堤を替わったころに白色全周灯も点灯して漁場に向かった。漁場に向かうときは航行中なので白色全周灯と両色灯を点灯していた。操業中は機関を極微速力前進にかけたり中立にしたりしてほとんど速力がなく,止まっているような状態なので,自船の存在と航行中でないことを示すつもりで,両色灯を消して白色全周灯を点けていた。本件後,修理業者から白色全周灯の線が電線接続部で外れていたと聞いたような気がする。衝撃で外れたのではないかと思う。」旨の供述記載
2 第2回質問調書中,「操船位置から白色全周灯の光が見えて眩しいこととバッテリーの消耗を防ぐことから,普段から漁場まで両色灯のみで航行していた。懐中電灯は避航の気配がない船に注意を喚起するためと手元の作業を行うために置いていた。本件時は,相手船の舷灯を初認したとき,もしかすると自船に気付いていないかもしれないと思い,白色全周灯の光力が十分あって明るかったけれども,用心して懐中電灯を点滅したが,その後同船に対する動静監視を行わなかった。本件の結果,前部マストや白色全周灯及び両色灯に損傷がなかったのでそのまま再用した。」旨の供述記載があり,さらに,理事官による「白色全周灯の電線接続部が外れていたことを灯火設備の修理業者や曳航したC丸船長から聞いたか。」の問いに対して,「外れていたとは聞いていない。」旨の供述記載がそれぞれある。
これらのほか,検査調書には「枇榔島東岸に光源となる施設は確認できなかった。」旨の記載がある。
また,本件後に撮影し,白色全周灯,両色灯及び赤色点滅灯の点灯状況を示した船体写真がある。
以上の各証拠からは,漁旬が,防波堤入口付近における無灯火の船舶の存在を承知していたことから,低速力で進行しながら見張りにあたっていたこと及び漁旬が針路を転じる際,五月丸は陸上灯火のない枇榔島の島影を背景としており,仮に五月丸が白色全周灯を表示していたとすれば,漁旬が同島影を目視しながら転針角がわずか30度の転針をするのであるから,五月丸の白色全周灯を必然的に視認できたと認められる。
次に,五月丸が,漁港から漁場に向かって航行する際,操船位置から白色全周灯の光が眩しいこととバッテリーの消耗を防ぐため,白色全周灯を消灯し,両色灯のみを表示していた旨の供述については,操船位置から白色全周灯の光が眩しく見えることが,船体写真中に示された白色全周灯の光力及び位置と操船者の位置及び眼高との関係からも裏付けられ,この状況では,前方の他船の灯火などを視認することが極めて困難となるので,前方の見張りに支障を来さないよう同灯を消灯することは,当然あり得ることと認められる。
また,五月丸が,本件時に両色灯を消灯して白色全周灯のみを表示していた旨の供述があるが,往路の灯火不表示の理由としているところの,操船位置から白色全周灯の光が眩しく見える点からみると,同灯を短時間である航行中に消灯して長時間となる引き釣り漁中に表示することは不自然であり,バッテリーの消耗を防ぐという点からみると,それぞれの灯火の消費電力を考えると不合理である。加えて,両端子を互いにフック止めとした電線接続部は,同線が銅製の単線であり,漁旬の船体の一部がマスト下部を直撃したのであればともかく,衝撃のみで外れる可能性は極めて薄いこと,さらに,B受審人の往路の灯火表示状況についての供述が第1回質問調書と第2回質問調書とでは変わっており,一貫性に欠けるものとなっていること,これらを総合勘案すると,五月丸が白色全周灯を表示していたとは認められない。
したがって,当海難審判庁は,五月丸が白色全周灯を表示していなかったと判断する。
(航法の適用)
本件は,夜間,宮崎県福島高松漁港の防波堤沖において,同漁港から出航した漁旬が,針路を南西方に転じて間もなく,低速力で南東進しながら操業中の五月丸と衝突した事件であり,同海域には海上衝突予防法が適用されるが,五月丸が航行中の動力船であることを示す法定灯火を表示しておらず,航法の規定が適用できないので,同法第38条及び第39条の規定を適用するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 漁旬
五月丸の赤色点滅灯に気付かなかったこと
2 五月丸
(1)航行中の動力船が示すべき法定灯火を表示しなかったこと
(2)漁旬が自船の左舷側を無難に航過して行くものと思ったこと。
(3)動静監視を十分に行わなかったこと
(4)衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(原因の考察)
五月丸が法定灯火を表示していなくとも,漁旬が,前方至近の赤色点滅灯に気付いていたなら,移動する物件が存在することが分かり,転舵するなどして衝突を回避することはできたと考えられるが,漁旬は,針路を転じるとき,周囲を見渡しており,このとき五月丸の同点滅灯を視認できる距離に達していなかったことから,同船の存在に気付かなかったものである。そして,衝突直前に同点滅灯を視認できる距離となったとき,次の転針方向である左方を見ていたのであり,これは安全運航を期するための当然の行為であるから,A受審人が船舶用の灯火ではない赤色点滅灯に気付かなかったことは,本件発生の原因とならない。
一方,五月丸は,航行中の動力船を示す法定灯火を表示していたなら,漁旬が,五月丸の存在及び同船と衝突のおそれのある態勢で接近することを時間的,距離的に余裕があるときに知ることができ,衝突を回避できたと認められる。したがって,B受審人が,航行中の動力船が示すべき法定灯火を表示しなかったことは,本件発生の原因となる。
また,出航中の漁旬に対する動静監視を十分に行っていたなら,同船が左転したこと,また,互いに衝突のおそれのある態勢で接近していることに気付き,行きあしを止めるなどして同船との衝突を避けるための措置をとることができたと認められる。したがって,B受審人が,漁旬が自船の左舷側を無難に航過して行くものと思い,動静監視を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
(海難の原因)
本件衝突は,夜間,宮崎県福島高松漁港の防波堤沖において,南東進しながら引き釣り漁操業中の五月丸が,航行中の動力船を示す法定灯火を表示しなかったばかりか,同漁港から出航した漁旬と互いに衝突のおそれのある態勢で接近した際,動静監視不十分で,同船との衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
B受審人は,夜間,宮崎県福島高松漁港の防波堤入口付近の沖側において,引き釣り漁の操業中,同防波堤入口から出航する漁旬を認めた場合,同船と衝突のおそれが生じないかどうかを判断できるよう,動静監視を十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,時間帯からして福島高松漁港西方沖合にいか釣りに出漁する漁船であろうから,自船の左舷側を無難に航過して行くものと思い,動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,漁旬が左転したことも,同船と互いに衝突のおそれのある態勢で接近する状況となったことにも気付かず,行きあしを止めるなどして同船との衝突を避けるための措置をとらないまま進行して衝突を招き,漁旬の右舷外板下部に擦過傷を生じさせ,五月丸の左舷前部及び同中央部ブルワーク上縁部を破損させ,自らが外傷性右鎖骨並びに右第5及び左第9肋骨の骨折を負うに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人の所為は,本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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