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平成17年広審第78号
件名

旅客船翔洋丸モーターボートブルーセブンII衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年11月21日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(川本 豊,黒田 均,島友二郎)

理事官
蓮池 力

受審人
A 職名:翔洋丸船長 海技免許:四級海技士(航海)
補佐人
a
受審人
B 職名:ブルーセブンII船長 操縦免許:小型船舶操縦士
補佐人
b

損害
翔洋丸・・・右舷船首外板及び船首先端エプロンに擦過傷
ブルーセブンII・・・左舷側中央部付近が大破して沈没,同乗者1人が溺死,同乗者1人が右下腿打撲及び皮下出血,船長が左肋骨骨折及び左胸部打撲

原因
翔洋丸・・・見張り不十分,横切り船の航法(避航動作)不遵守(主因)
ブルーセブンII・・・見張り不十分,警告信号不履行,横切り船の航法(協力動作)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は,翔洋丸が,見張り不十分で,前路を左方に横切るブルーセブンIIの進路を避けなかったことによって発生したが,ブルーセブンIIが,見張り不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aの四級海技士(航海)の業務を1箇月15日停止する。
 受審人Bの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年1月18日10時26分
 愛媛県中島歌埼北方沖合
 (北緯34度02.8分 東経132度39.1分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 旅客船翔洋丸 モーターボートブルーセブンII
総トン数 696トン  
全長 55.90メートル 11.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 1,912キロワット 169キロワット
(2)設備及び性能等
ア 翔洋丸
 翔洋丸は,平成2年4月に進水した,ディーゼル機関2機を備える船首船橋型の旅客フェリーで,同船のほかC社所有の1隻やD社所有の2隻とともに,松山港と広島港の間を呉港を経由して所要時間2時間40分で結ぶ定期航路に就航していた。
 翔洋丸の構造は,上甲板は全通の車両甲板でその両端は車両が自走して乗下船するランプウエイとなっており,同甲板下は,前からフォアピークタンク,バウスラスター室,バラストタンク,清水タンク,機関室,燃料タンク等が設けられていた。一方,上甲板すぐ上の遊歩甲板前部には客室や売店等があり,後部は暴露甲板となっていてベンチが設けられていた。遊歩甲板の上は船橋甲板と称して,その前部が客室,後部が船員室となっており,最上階が航海船橋甲板で,船橋は最前部に位置し,見張りの妨げとなる死角は存在しなかった。
 船橋内は,中央部に手動操舵スタンドが,その左側にGPS及びレーダー2基が設けられていた。
 翔洋丸の運動性能は,最大横距が左旋回時で208メートル,右旋回時で221メートルとなっており,最短停止距離は641メートルであった。
イ ブルーセブンII
 ブルーセブンII(以下「ブ号」という。)は,キャビン付きのFRP製モーターボートで,キャビン内の操縦席,キャビン後部右舷側出入口ドアの外側及びフライングブリッジの3箇所で機関操作用のコントロールヘッド及び舵輪を操作して操船が行える構造となっており,船尾にスパンカーを装備しているほか,船首には流し釣りのときに使用する油圧駆動式のサイドスラスターを備え,航海計器は,GPS,レーダー,マグネットコンパス,測深儀及びVHF電話のほか音響信号用のモーターホーンが装備されていた。
 また,速力が15ノット以上に増速すると船首部浮上による船首死角が発生して前方の見通しが妨げられ,さらに19ノット以上になると滑走状態となって船首死角は解消されるようになっていた。

3 事実の経過
 翔洋丸は,A受審人ほか5人が乗り組み,売店販売員1人及び乗客28人を乗せたほか車両8台を積載して,船首1.80メートル船尾2.85メートルの喫水をもって,平成17年1月18日09時40分松山港を発し,呉港に向かった。
 A受審人は,発航時の操船に続き操舵手を手動操舵に当たらせて船橋当直に就き,09時52分興居島東端の頭埼沖を通過したのち釣島水道に差し掛かったとき,同水道を通航する東行船の船尾を避航して船位が睦月島寄りとなったので,第2基準航路である睦月島と野忽那島間の芋子瀬戸を通過することとし,その旨を運航管理者に連絡して同瀬戸に向け進行した。
 10時05分A受審人は,芋子瀬戸を通過した後,操舵手に対して呉港広区の高い煙突を船首目標にして操舵に当たるよう指示して進行し,歌埼に達するころ,前方の小館場島北東方から安居島西方にかけての広い海域に100隻ばかりの漁船が散在するのを認め,操舵室内右舷寄りのフロントガラスの前面に立って見張りに当たり,時折海図台上の航海日誌に各ポイントの通過時刻を記入したり,レーダーを見たりして続航した。
 A受審人は,10時19分歌埼灯台から078度(真方位,以下同じ。)1,800メートルの地点に達したとき,針路を前方の2つの漁船群の中間に向かう335度に定め,機関を回転数毎分620とし,13.5ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で進行した。
 10時22分A受審人は,歌埼灯台から040度1,950メートルの地点に達したとき,右舷船首39度2,000メートルのところに西行中のブ号を視認でき,その後同船が前路を左方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近するのを認めることができる状況であったが,船首方のみを注視して右舷前方の見張りを十分に行わなかったのでこのことに気付かず,右転するなどして同船の進路を避けることなく続航した。
 A受審人は,10時23分半左舷側を呉港に向かう高速船E丸が自船を追い越してゆくのを認めたのち,10時26分わずか前,右舷船首至近に迫ったブ号を初めて視認したが,何の措置も取り得ないまま,同号は自船の船首構造物の陰に入って見えなくなり,10時26分歌埼灯台から010度3,050メートルの地点において,翔洋丸は,原針路,原速力のまま,その右舷船首部がブ号の左舷側中央部付近に後方から85度の角度で衝突した。
 A受審人は,衝突時に衝撃を感じなかったので,ブ号は左舷側に替わったのかと思い,左舷側ウイングに移動して船尾側ドアから外に出て後方を確認したところ,自船の航跡の右側にブ号の積載物らしい浮遊物を認め,その付近に漁船数隻が集まっていたので,ブ号と衝突したことを知り,操舵手に機関停止を指示してその後の措置に当たった。
 当時,天候は晴で風力1の西風が吹き,潮候は上げ潮の中央期にあたり,視界は良好であった。
 また,ブ号は,B受審人が1人で乗り組み,同乗者2人を乗せ,たちうお釣りの目的で,同日09時00分愛媛県松山市和気地区の係留場所を発し,安居島南西方の釣り場に向かった。
 09時40分ごろB受審人は,安居島寄りの釣り場に達して,機関のクラッチを切って中立回転としたうえ,船尾マストに青色のスパンカーを掲げて折からの西風に船首を立て,漂泊して釣りを行った。
 B受審人は,その後付近で釣りをしていた10隻ばかりの漁船が小館場島東方の釣り場に向け西方に移動を始めたので,自船もその後に続いて前示の釣り場に向け移動することとし,10時20分歌埼灯台から032度2.3海里の地点を発進し,針路を250度に定め,10.0ノットの速力で,キャビン内にある操縦席に座って手動操舵により進行した。
 10時22分B受審人は,歌埼灯台から026度2.1海里の地点に達したとき,左舷船首56度2,000メートルのところに北上中の翔洋丸を視認でき,その後同船が前路を右方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近するのを認めることができる状況にあったが,前路の漁船に気をとられ,左舷前方の見張りを十分に行わなかったのでこのことに気付くことなく続航した。
 B受審人は,その後翔洋丸が避航の気配のないまま間近に接近したが,同船に対して避航を促すよう警告信号を行うことも,機関を停止するなどして衝突を避けるための協力動作をとることもなく進行するうち,ブ号は,原針路,原速力のまま,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,翔洋丸は右舷船首外板及び船首先端エプロンに擦過傷を生じ,ブ号は,左舷側中央部付近が大破して沈没し,その後引き揚げられたが廃船となり,同乗者のFが溺死し,他の同乗者1人が右下腿打撲及び皮下出血を,B受審人が左肋骨骨折及び左胸部打撲を負った。

(航法の適用)
 本件は,北上する翔洋丸と西行するブ号とが愛媛県中島歌埼北方の安芸灘で衝突した事件であり,以下適用する航法について検討する。
 安芸灘は,海上交通安全法が適用される海域であるが,同法には本件に適用される航法が規定されていないので,一般法である海上衝突予防法によって律することになる。
 本件の場合,翔洋丸及びブ号の両船は,ともに動力船であるから,特段の理由がない限り,ブ号を右舷側に見る翔洋丸側が避航義務を負うこととなり,ブ号は,針路・速力の保持及び最善の協力動作の履行義務を負うこととなる。
 ところで,本件が発生した海域には,広範囲にわたり多数の漁船が散在していたが,当時,翔洋丸が避航義務を,また,ブ号が針路・速力の保持及び協力動作の履行の各義務を果たすのに何の制約もなかったものと認められる。
 一方,両船は,衝突のおそれのある態勢で接近し始めてから衝突に至るまでの間に,それぞれの義務を履行するのに十分な時間的,距離的な余裕があったものと認められる。
 したがって,本件は,海上衝突予防法第15条横切り船の航法及び同法第17条保持船の義務を排除する特段の理由がなく,前示各条によって律するのが相当と認める。

(本件発生に至る事由)
1 翔洋丸
(1)船首方のみを注視して右舷前方の見張りを十分に行わなかったこと
(2)ブ号の進路を避けなかったこと
(3)左舷側を高速船E丸が追い越していったこと

2 ブ号
(1)キャビン内の操縦席で操船したこと
(2)前路の漁船に気をとられて左舷前方の見張りを十分に行わなかったこと
(3)警告信号を行わなかったこと及び衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと

3 共通事項
 歌埼北方から小館場島北東方沖合に100隻ばかりの漁船が散在していたこと

(原因の考察)
 翔洋丸は,右舷前方の見張りを十分に行っていれば,同方向から接近するブ号を見落とすことはなく,同船の存在及び接近に気付いて早期に適切な避航動作をとることが可能であり,衝突を回避できたものと認められる。
 したがって,A受審人が,船首方のみを注視して右舷前方の見張りを十分に行わず,ブ号の進路を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
 ブ号は,左舷前方の見張りを十分に行っていれば,同方向から接近する翔洋丸を見落とすことはなく,同船の存在及び接近に気付いて,翔洋丸が避航の気配のないまま間近に接近したとき,警告信号を行うことも,衝突を避けるための協力動作をとることも可能であり,衝突を回避できたものと認められる。
 したがって,B受審人が,前路の漁船に気をとられて,左舷前方の見張りを十分に行わなかったこと,警告信号を行わなかったこと及び衝突を避けるための協力動作をとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 B受審人が,キャビン内の操縦席に座って操船したことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,当時,船首部浮上による船首死角が発生していなかったのであるから,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは,多数の漁船が散在する海域を移動するときは,周囲の見通しが良いフライングブリッジでの厳重な見張りが求められるので,海難防止の観点から,是正されるべき事項である。
 歌埼北方から小館場島北東方沖合にかけて100隻ばかりの漁船が散在していたこと及び翔洋丸の左舷側を高速船E丸が追い越していったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。

(主張に対する判断)
 翔洋丸側は,衝突の30秒ばかり前に右舷正横300メートルの4隻ないし5隻の漁船群の中で停留していたブ号が,急発進して22.5ノットの速力で無難に航過した翔洋丸の右舷船首先端に衝突したもので,ブ号が新たな衝突の危険を生じさせたのであるから,本件は船員の常務が適用されるべき旨主張するので,以下この点について検討する。
 まず,ブ号の速力については,B受審人に対する質問調書において「ブ号は14ノットないし15ノットになると船首部が浮上して船首方に死角が生じる。当時はそうなる前で船首部が浮上していなかったので10ノットくらいの速力であったと思う。」旨を述べている。更に,当廷においても同人は,「当時,前路には移動中の漁船や停留中の漁船が散在しており高速力で航行できる状況になかった。また,船尾にスパンカーを展張していたので全速力では航行できない。速力は10ノットくらいであった。」旨を供述し,一貫して当時の速力は10ノットであったと主張している。
 一方,A受審人は,当廷において「ブ号を衝突の1秒ないし2秒前に見たときはその速力は分からなかった。また,同船が発進したときも航走しているときも見ていない。」旨を供述している。
 ところで,ブ号の引き揚げ作業写真をみると,フライングブリッジ及びキャビン後部右舷側出入口ドアの外側にある機関操作用のコントロールヘッドの位置は,いずれも全速力の位置になっているが,B受審人が当時操船していたキャビン内の同コントロールヘッドの位置は,全速力前進の位置になっていない。
 これらのことから,ブ号の速力が22.5ノットであったとする翔洋丸側の主張は受け入れ難い。
 また,ブ号が,右舷正横300メートルの4隻ないし5隻の漁船群の中で停留中のところ,衝突の30秒ばかり前に急発進したという点については,A受審人は当廷において「停留中のブ号を右舷正横300メートルのところで,4隻ないし5隻の漁船群の中に認めた。ブ号が衝突の40秒前に右舷正横300メートルで通過したとき同船が自身の視界から消えたので,衝突の30秒ばかり前にブ号が発進したものと思う。衝突直前に見たブ号と右舷正横300メートルに停留していた船は同一で,クルーザータイプのブ号である。」旨を供述している。
 一方,B受審人は,同人に対する質問調書において「安居島側の釣り場で10数隻の漁船群の後方で釣りをしていたところ,小館場島の釣り場がよく釣れるとの情報を得て衝突の10分くらい前に移動を開始した。少なくとも1分とか2分前ではない。」旨を述べ,また当廷においても同旨のことを一貫して供述している。
 ところで,G証人は,当廷において「衝突前に右舷正横300メートルのところに4隻ないし5隻の停留中の船を視認したが,それらは全て漁船であった。クルーザータイプのブ号をその中に認めていない。停留中の船はいつ移動するか分からないので,通過するまでは注意して見ている。」旨を供述している。
 これらのことから,ブ号が右舷正横300メートルのところに停留していて衝突の30秒ばかり前に急発進したとする翔洋丸側の主張は受け入れ難い。以上を総合して,停留中のブ号が急発進して翔洋丸に対し新たな衝突の危険を生じさせたとする翔洋丸側の主張は採用できない。

(海難の原因)
 本件衝突は,愛媛県中島歌埼北方において,両船が互いに進路を横切り衝突のおそれのある態勢で接近中,北上する翔洋丸が,見張り不十分で,前路を左方に横切るブ号の進路を避けなかったことによって発生したが,西行するブ号が,見張り不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,多数の漁船が散在する愛媛県中島歌埼北方を広島県呉港に向け北上する場合,右舷前方から接近するブ号を見落とすことのないよう,右舷前方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,船首方のみを注視して右舷前方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,ブ号を見落として同船との衝突を招き,ブ号の左舷側中央部付近を大破させて沈没させ,同船の同乗者1人を溺死させたほか,B受審人に左肋骨骨折,左胸部打撲及び同乗者1人に右下腿打撲,皮下出血を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の四級海技士(航海)の業務を1箇月15日停止する。
 B受審人は,多数の漁船が散在する愛媛県中島歌埼北方を安居島寄りの釣り場から小館場島東方の釣り場に向けて西行する場合,左舷前方から接近する翔洋丸を見落とすことのないよう,左舷前方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,前路の漁船に気をとられ,左舷前方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,翔洋丸を見落として同船との衝突を招き,前示の損傷,沈没及び死傷を生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

  よって主文のとおり裁決する。


参考図
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