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平成17年神審第62号
件名

貨物船第二十八勢寶丸貨物船ステラ ホープ衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年11月29日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(工藤民雄,甲斐賢一郎,村松雅史)

理事官
佐野映一

受審人
A 職名:第二十八勢寶丸一等航海士 海技免許:四級海技士(航海)
指定海難関係人
B 職名:第二十八勢寶丸機関長

損害
第二十八勢寶丸・・・左舷船首部を圧壊
ステラ ホープ・・・左舷後部外板に凹損

原因
ステラ ホープ・・・船員の常務(新たな危険)不遵守(主因)
第二十八勢寶丸・・・動静監視不十分,警告信号不履行,船員の常務(衝突回避措置)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は,ステラ ホープが,進路が交差する態勢で接近する第二十八勢寶丸に対し,大きく右転して無難に航過する態勢となったのち大角度左転し,新たな衝突の危険を生じさせ,衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが,第二十八勢寶丸が,動静監視不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年9月1日00時30分
 紀伊水道
 (北緯33度53.6分 東経134度59.6分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船第二十八勢寶丸 貨物船ステラ ホープ
総トン数 199トン 77,240トン
全長 57.50メートル 273.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 735キロワット 15,401キロワット
(2)設備及び性能等
ア 第二十八勢寶丸
 第二十八勢寶丸(以下「勢寶丸」という。)は,平成7年5月に進水した,限定沿海区域を航行区域とする二層甲板船尾船橋型の貨物船で,船首から約46メートル後方に操舵室があり,主に山口県徳山下松港又は同県宇部港と京浜港との間でソーダ灰などの輸送に従事していた。
 操舵室には,前面窓の後方中央にコンソールが設けられ,これの中央部にジャイロコンパス組込型の操舵装置,その左舷側にレーダー2台,また右舷側に主機遠隔操縦盤等が,更に左舷側後部に海図台,そのすぐ前に長いすが配置され,GPS装置とモーターホーンスイッチが装備されていた。
 海上運転成績書によれば,最大速力は,主機回転数毎分330の12.3ノットであり,同速力における右舵35度での最大縦距が166メートル,最大横距が189メートル,左舵35度での最大縦距が177メートル,最大横距が207メートルで,同速力で前進中,全速力後進発令から船体停止に要する時間は1分00秒であった。
イ ステラ ホープ
 ステラ ホープ(以下「ス号」という。)は,西暦1996年(以下「西暦」を省略する。)3月に日本の造船所で建造された船首船橋型の貨物船で,船首から約38メートル後方に船橋楼を配置し,日本各港と海外との間でばら積み貨物の輸送に従事していた。
 船橋には,航海計器としてジャイロコンパス,レーダー2台,GPS装置,音響測深儀,ドップラーログ,コースレコーダ,エンジンロガ,昼間信号灯,VHF無線電話及びエアーホーンスイッチ等が装備されていた。
 ス号は,単暗車,一枚舵を有し,スラスタの設備がなく,操縦性能表によれば,満載時の最大速力がプロペラ回転数毎分83.4の15.3ノットであり,同速力における右舵35度での最大縦距が0.43海里,最大横距が0.47海里で,同速力で前進中,機関停止から船体停止に要する時間は約17.7分,停止までの航走距離は2.0海里であった。

3 事実の経過
 勢寶丸は,船長C,A受審人及びB指定海難関係人の3人が乗り組み,ソーダ灰550トンを積載し,船首2.20メートル船尾3.60メートルの喫水をもって,平成16年8月28日19時35分宇部港を発し,途中,香川県坂出港で錨泊して台風の通過を待ったのち,越えて31日17時20分同港を発進し,鳴門海峡を経由する予定で京浜港に向かった。
 出港後,C船長は,船橋当直を,A受審人と自らの2人による単独5時間交替として瀬戸内海を東行し,鳴門海峡を通航したのち,23時30分紀伊日ノ御埼灯台から309度(真方位,以下同じ。)13.4海里の地点で,昇橋したA受審人に同航船が多いので注意するようにと告げて降橋し,自室で休息をとった。
 単独で当直に就いたA受審人は,針路を138度に定めて自動操舵とし,機関を回転数毎分300の全速力前進にかけ,10.5ノットの対地速力(以下「速力」という。)で,航行中の動力船の灯火を表示して進行した。
 翌9月1日00時ごろA受審人は,機関室の巡回を終えたB指定海難関係人が昇橋してきたので,同人と雑談しながら日ノ御埼沖合に向けて南東進していたところ,00時08分紀伊日ノ御埼灯台から301度6.9海里の地点に達したとき,双眼鏡で右舷船首23度5.5海里に,ス号の白,白2灯と緑色閃光灯を初めて視認し,同船が海上交通安全法適用海域に近づいていたことから巨大船が北上しているものと考えて続航した。
 A受審人は,00時15分紀伊日ノ御埼灯台から297度5.8海里の地点に差し掛かり,ス号を右舷船首22度3.0海里に認めるようになったとき,急に強い便意を催し,便意を我慢できなかったので,平素,食事交替のときなどに時折当直に就いているB指定海難関係人に,一時当直を委ねて上甲板左舷側にあるトイレに行くことにした。
 その際,A受審人は,ス号までの距離がまだ遠かったうえ,ほかに危険な関係になりそうな他船が見当たらず,用を足すだけで短時間で済むから大丈夫と思い,B指定海難関係人に対し,ス号の動静監視を十分に行い,接近するときには,速やかにC船長に報告するよう指示することなく降橋した。
 B指定海難関係人は,当直を引き継いだ後,周囲を見渡して近くに航行の支障となる他船を認めなかったことから,しばらくの間大丈夫と思い,左舷船尾の海図台の前にある長いすに腰を掛けて見張りに当たった。
 00時16分半B指定海難関係人は,紀伊日ノ御埼灯台から296度5.5海里の地点に達し,ス号が右舷船首22度2.5海里に接近したとき,同船が右転を始め,やがて白1灯と緑色閃光灯のみを見せるようになり,自船と無難に航過する態勢となっていたが,ス号の動静監視を十分に行っていなかったので,このことに気付かないまま進行した。
 B指定海難関係人は,00時24分紀伊日ノ御埼灯台から290度4.3海里の地点で,ス号が右舷船首24度1.0海里になったとき,今度は左転が始まり,やがて白,白,紅3灯と緑色閃光灯を見せ,新たな衝突の危険を生じさせて接近するようになったが,家庭内のことを考え込んでいて,依然,同船に対する動静監視を行っていなかったので,このことに気付かず,C船長に報告せずに,警告信号を行うことも,更に近距離に接近したとき,速やかに機関を停止するなど衝突を避けるための措置をとることもできないまま,同じ針路,速力で進行中,00時30分わずか前,右舷至近に迫ったス号の船影を認め,驚いて手動操舵に切り換えて右舵一杯としたが及ばず,00時30分紀伊日ノ御埼灯台から281度3.4海里の地点において,勢寶丸は,原針路,原速力のまま,その左舷船首部がス号の左舷後部に前方から42度の角度で衝突した。
 当時,天候は曇で風力2の南風が吹き,潮候は下げ潮の末期にあたり,視界は良好であった。
 また,ス号は,大韓民国の国籍を有するDが船長として,ほか同国人3人及びミャンマー連邦人18人と乗り組み,石炭136,486トンを積載し,船首尾とも16.15メートルの喫水をもって,平成16年8月19日08時00分(現地時間)オーストラリア連邦グラッドストーン港を発し,岡山県水島港に向かった。
 D船長は,大韓民国及びパナマ共和国交付の海技免許を有し,本邦には,これまで15回の寄港経験があり,2004年6月からス号に船長として乗り組んでいた。
 越えて,平成16年8月31日23時30分D船長は,日ノ御埼南方10海里付近において,紀伊水道通航のために昇橋し,当直航海士を補佐に,甲板手を手動操舵に配置して操船指揮に当たり,23時55分紀伊日ノ御埼灯台から222度5.9海里の地点で,針路を355度に定め,全速力より少し減じたプロペラ回転数毎分75にかけ,12.5ノットの速力で,航行中の動力船の灯火と緑色閃光灯を表示して手動操舵により進行した。
 翌9月1日00時00分D船長は,紀伊日ノ御埼灯台から230度5.3海里の地点に達したとき,12海里レンジとしたレーダーで左舷船首15度8.4海里のところに勢寶丸の映像を認め,自動衝突予防援助装置(以下「ARPA」という。)でその動静を監視しながら続航した。
 D船長は,00時05分紀伊日ノ御埼灯台から241度4.8海里の地点で,針路を001度に転じて北上を続け,00時08分左舷船首20度5.5海里のところに,勢寶丸の白,白,緑3灯を視認するようになり,同船が自船の前路を右方に向かう態勢であることを知り,昼間信号灯を照射し,汽笛を吹鳴して注意を喚起し,更にVHF無線電話で呼びかけたものの応答がないことから,00時16分半,紀伊日ノ御埼灯台から271度4.1海里の地点に至り,勢寶丸を左舷船首21度2.5海里に視認するようになったとき,同船との接近を避けようと右舵35度をとって大きく右回頭を始め,間もなく回頭により減速して約5.0ノットの速力となって右転を続けた。
 00時21分D船長は,紀伊日ノ御埼灯台から277度3.8海里付近で,船首が約080度に向き,このまま右回頭を続ければ勢寶丸と十分な距離をもって無難に航過する状況であったところ,右舷方約2海里を北上する大型船が気になって,今度は左舵35度を令し,やがて,00時24分には113度に向首して右回頭が収まり,勢寶丸を左舷船尾49度1.0海里に認めるようになり,その後,同船の船首方に向けて左回頭して接近し始め,勢寶丸に対して新たな衝突の危険を生じさせる状況となったが,速やかに機関を後進にかけるなど,勢寶丸との衝突を避けるための措置をとることなく左転を続け,船首が000度に向いたとき,約5.0ノットの速力をもって,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,勢寶丸は,左舷船首部を圧壊したが,のち修理され,ス号は,左舷後部外板に凹損を生じた。

(航法の適用)
 本件は,日ノ御埼西方沖合の紀伊水道において発生したもので,海上交通安全法が適用される海域であるが,同法には両船に適用すべき航法規定がないことから,一般法である海上衝突予防法によって律することになる。
 当時,勢寶丸は,138度の針路,10.5ノットの速力で南東進中,また,ス号は,001度の針路,12.5ノットの速力で北上中で,互いに進路が交差する態勢であった。衝突の13分半前,両船の距離が2.5海里になったとき,ス号が大きく右転し,やがて衝突の約6分前には,両船間の距離が1.0海里となり,ス号が右回頭を続ければ両船とも無難に航過する態勢となったものの,ス号が勢寶丸の前路に向け左転して衝突したもので,海上衝突予防法には,このような状況における関係を定める具体的な航法の規定はない。
 よって,海上衝突予防法に規定された,2船間の定型航法を適用することは妥当でなく,同法第38条及び第39条の船員の常務によるのが相当である。

(本件発生に至る事由)
1 勢寶丸
(1)A受審人が,便意を催して降橋する際,用を足すだけで短時間で済むから大丈夫と思い,無資格の機関長に対し,ス号に対する動静監視を十分に行い,接近するときには,速やかに船長に報告するよう指示しなかったこと
(2)B指定海難関係人が,左舷船尾の海図台の前にある長いすに腰を掛けて見張りに当たっていたこと
(3)B指定海難関係人が,家庭内のことを考え込んで,ス号に対する動静監視を十分に行わず,接近したとき船長に報告しなかったこと
(4)警告信号を行わなかったこと
(5)衝突を避けるための措置をとらなかったこと

2 ス号
(1)右転したのち左転し,無難に航過する態勢の勢寶丸に対して新たな衝突の危険を生じさせたこと
(2)衝突を避けるための措置をとらなかったこと

3 その他
 ス号の右舷側約2海里に同航船が存在していたこと

(原因の考察)
 事実経過で示したとおり,衝突の13分半前,両船の距離が2.5海里になったとき,ス号が,右舵35度をとって大きく右転し,勢寶丸と無難に航過する態勢となったのち,左転していなければ本件は発生していなかったものと認められる。
 したがって,ス号が,右転して勢寶丸と無難に航過する態勢となったあと,左転して急接近し,新たな衝突の危険を生じさせたうえ,衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
 一方,勢寶丸が,ス号を視認したのち,その動静を十分に監視していたなら,同船と無難に航過する態勢となり,やがてス号が左舵をとって新たな衝突の危険がある態勢で接近するようになったことが分かり,警告信号を吹鳴し,さらに衝突を避けるための措置をとることで,衝突を回避することができたと認められる。
 また,A受審人が,急に便意を催し,無資格の機関長に当直を行わせて降橋するとき,同人に,先に視認していたス号に対する動静監視を十分に行い,接近するときには,速やかに船長に報告するよう指示しておれば,本件は発生していなかったものと認められる。
 したがって,A受審人が,急に便意を催して降橋するとき,用を足すだけで短時間で済むから大丈夫と思い,B指定海難関係人に対し,ス号の動静監視を十分に行い,接近するときには,速やかに船長に報告するよう指示しなかったこと及び同指定海難関係人が,左舷船尾の海図台の前にある長いすに腰を掛けて見張りに当たり,家庭内のことを考え込んでいて,ス号に対する動静監視を十分に行わず,ス号が接近したとき船長に報告せずに,警告信号を行うことも,衝突を避けるための措置をとることもできなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 ス号の右舷側に同航船が存在していたことは,同航船との距離が2海里ほど離れており,ス号の操縦性能から見て操船に直接影響を及ぼすほどのこととは認められないことから,本件発生の原因とならない。

(海難の原因)
 本件衝突は,夜間,紀伊水道において,大阪湾に向け北上中のス号が,進路が交差する態勢で接近する勢寶丸に対し,大きく右転して無難に航過する態勢となったのち大角度左転し,新たな衝突の危険を生じさせ,衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが,南東進中の勢寶丸が,ス号に対する動静監視不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 勢寶丸の運航が適切でなかったのは,当直航海士が,便意を催し,無資格の機関長に当直を一時委ねて降橋する際,ス号に対する動静監視を十分に行い,接近するときには,速やかに船長に報告するよう指示しなかったことと,機関長が,動静監視を十分に行わず,接近したとき船長に報告しなかったこととによるものである。

(受審人等の所為)
 A受審人は,夜間,船舶の輻輳する紀伊水道を南東進中,右舷船首方にス号の白,白2灯と緑色閃光灯を認めたあと,急に便意を催し,用足しのため,B指定海難関係人に当直を一時委ねて降橋する場合,同人に対し,ス号の動静監視を十分に行い,接近するときには,速やかに船長に報告するよう指示すべき注意義務があった。しかしながら,同受審人は,まだ距離が遠かったうえ,ほかに危険な関係となる他船を認めなかったことから大丈夫と思い,ス号の動静監視を十分に行い,接近するときには,速やかに船長に報告するよう指示しなかった職務上の過失により,ス号が衝突のおそれがある態勢となって接近したとき船長への報告がなされず,警告信号を行うことも,衝突を避けるための措置をとることもできずに進行してス号との衝突を招き,勢寶丸の左舷船首部を圧壊させ,また,ス号の左舷後部外板に凹損を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B指定海難関係人が,夜間,紀伊水道を南東進中,当直航海士が用足しのため一時降橋して単独で当直に就いた際,ス号に対する動静監視を十分に行わず,接近したとき船長に報告しなかったことは,本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては,勧告するまでもない。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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