日本財団 図書館




 海難審判庁採決録 >  2005年度(平成17年度) >  衝突事件一覧 >  事件





平成17年神審第67号
件名

漁船幸丸漁船第十八昭久丸衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年11月16日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(甲斐賢一郎,工藤民雄,橋本 學)

理事官
黒田敏幸,小俣幸伸

指定海難関係人
A 職名: 幸丸操縦者
受審人
B 職名:第十八昭久丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
幸丸・・・左舷船首部に擦過傷
第十八昭久丸・・・右舷中央部に亀裂,操舵室右舷に損壊

原因
幸丸・・・見張り不十分,船員の常務(衝突回避措置)不遵守,船舶職員及び小型船舶操縦者法不遵守(主因)
第十八昭久丸・・・動静監視不十分,船員の常務(衝突回避措置)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は,左小回りの旋回を繰り返しながら操業する漁船を,操業を中断して移動する漁船が避けて航行するという慣行のある曳き縄漁の漁場において,移動中の幸丸が,有資格者を乗り組ませずに運航されたばかりか,見張り不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが,操業中の第十八昭久丸が,動静監視不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Bを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年11月9日11時00分
 足摺岬南方沖合
 (北緯32度33.4分 東経133度00.0分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船幸丸 漁船第十八昭久丸
総トン数 4.83トン 4.2トン
登録長 10.80メートル 10.63メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 139キロワット 150キロワット
(2)設備及び性能等
ア 幸丸
 幸丸は,昭和54年に進水した,船尾付近に操舵室を備えたFRP製漁船で,同室中央に設置された舵輪の前方に磁気コンパス,方向探知機,漁業無線機,GPSプロッター装置,主機クラッチ・スロットルなどが設備され,さらにその上のデッキ部にはモーターサイレンが設置されていた。
 前進全速中に後進全速をかけたとき,その停止距離は船の長さの2倍程度であった。
イ 第十八昭久丸
 第十八昭久丸(以下「昭久丸」という。)は,昭和60年に進水した,船尾に操舵室を備えたFRP製漁船で,操舵室内にGPSプロッター装置,魚群探知機,磁気コンパス,主機クラッチ・スロットルなどが設備されていた。
 汽笛については,船舶検査時に取り付けるため,船内に置いていたが,使用できるように装備してはいなかった。
 同船の旋回径は,全長の2倍程度で,前進全速中に後進全速をかけたとき,その停止距離は40メートルであった。

3 事実の経過
(1)メジカ曳き縄漁
 メジカとは,鰹節の原料となるソウダ鰹の別称で,メジカ曳き縄漁は,四国南方沖合などで,周年行われていた。
 同漁では,1人又は2人乗り組みの小型漁船の船尾部に設置した数本の竿先から延ばされた曳索に潜行板とメジカカブラと称する疑似餌を取り付けた漁具を使用していた。


 これら曳き縄漁の漁船は,漁場に達すると,船尾から冷凍キビナゴなどの餌を撒きながら,前示漁具を海中に入れて3から4ノットの低速で縄を曳き,左舵15度を維持して直径20メートルほどの左小回りの旋回を繰り返して海流に流されながら,メジカを釣り上げ続けるが,魚群から外れて釣果が薄れると,操業を中止して潮上りや漁場の移動を行っていた。
 前示漁具が操業中に漁船の操縦性能を制限することはなく,単独で乗船している乗組員が船尾でメジカを取り込んでいても,他船との衝突のおそれが生じたときなどには,短時間のうちに 舵を操作し,回避することが可能であった。
 過去に釣果があった場所や現在の魚群の出ている水域については,漁船間で情報交換がされて,漁場における一定の海域に漁船が集中しがちであった。
(2)漁場での慣行
 メジカ曳き縄漁では,一定の海域に漁船が集中しがちであったので,出現した魚群を散らさないようにするためと衝突などの海難を避けるために,次の事項を慣行としていた。
ア 操業中の漁船は,互いに船間距離を十分に保って左小回りの旋回をすること
イ 操業を中断して潮上りや漁場の移動を行う漁船は,操業中の漁船を十分に離して航行すること
(3)本件発生に至る経緯
 幸丸は,A指定海難関係人が有資格者を乗り組ませずに,単独で操縦し,船首0.40メートル船尾1.45メートルの喫水をもって,メジカ曳き縄漁の目的で,平成16年11月9日03時00分高知県清水港を発し,足摺岬南方の漁場に向かった。
 同日06時00分A指定海難関係人は,足摺岬南方約12海里の漁場に達したところで,周囲に10隻以上のメジカ曳き縄漁の漁船が集まっていたのを確認したのち,海流で東方に2ノットの速力で流されながら操業を開始した。
 10時30分A指定海難関係人は,足摺岬灯台から176度(真方位,以下同じ。)12.5海里の地点に至ったとき,釣果が薄れてきたので,操業を一旦中断し,僚船から携帯電話で知らされた魚群の集まった位置に向かうこととし,針路を304度に定め,機関回転数毎分1,500の7.2ノットの対水速力として,自身は操舵室左側に立ち,手動操舵によって進行した。
 ところで,A指定海難関係人が針路を定めた漁場では,速力2ノットの東向きの海流の影響を受け,定針後の実効針路は316度,同速力は5.6ノットとなっていた。
 10時55分A指定海難関係人は,足摺岬灯台から184度10.8海里の地点で,船首方1,000メートルのところに左小回りでメジカ曳き縄漁操業中の昭久丸を視認することができたが,右舷側の漁船群に気を取られ,前方の見張りを十分に行わなかったので,同船に気付かないまま続航した。
 10時59分少し前A指定海難関係人は,船首方やや右舷260メートルのところに操業中の昭久丸を認めることができ,このまま進行すると,衝突するおそれのある態勢にあったが,依然として,見張りを十分に行っていなかったので,このことに気付かず,転針するなど衝突を避けるための措置をとらないまま進行した。
 幸丸は,11時00分足摺岬灯台から186度10.5海里の地点において,原針路原速力のまま,その船首が昭久丸の右舷中央部に後方から56度の角度で衝突した。
 当時,天候は晴で,風力4の北東風が吹き,波高約2メートルの波があり,付近には2ノットの東向きの海流が存在した。
 また,昭久丸は,B受審人が,単独で乗り組み,船首0.5メートル船尾1.3メートルの喫水をもって,メジカ曳き縄漁の目的で,同年11月9日04時30分同県土佐清水市中ノ浜漁港を発し,足摺岬南方の漁場に向かった。
 06時00分B受審人は,足摺岬南南西方12海里の漁場に達して,海流で東方に2ノットの速力で流されながら操業を開始した。
 操業中に潮上りをしたB受審人は,10時30分足摺岬灯台から191度10.6海里の地点で操業を再開し,3.0ノットの速力で左小回りを続けた。
 10時55分B受審人は,足摺岬灯台から187度10.5海里の地点に至ったとき,南東方1,000メートル離れたところに自船に向けて航行する幸丸を認めたが,特に危険を感じないまま操業を続けた。
 10時59分少し前B受審人は,自船の船首が西を向いたとき,左舷船尾35度260メートルのところに自船に向けて航行する幸丸を再度認めたが,漁場での慣行どおり,接近すれば操業を続ける自船を避けてくれるものと思い,幸丸から目を離し,その後の動静監視を十分に行わないで,同船が衝突のおそれのある態勢で自船に接近する状況にあることに気付かず,汽笛不装備で注意喚起信号を行うことができないまま,右転するなど衝突を避けるための措置をとることなく,操業を続けた。
 11時00分わずか前B受審人は,エンジン音を聞いて右舷間近に接近する幸丸を認めたが,どうすることもできず,船首が北を向いたとき,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,幸丸は左舷船首部に擦過傷を,昭久丸は右舷中央部に亀裂と操舵室右舷に損壊を生じた。

(航法の適用)
 本件は,足摺岬南方沖合において発生したものであり,同海域は港則法及び海上交通安全法の適用はないから,一般法である海上衝突予防法によって律することとなる。
 漁船が集まって操業している漁場において,操業を中断して移動中の幸丸と,低速で左小回りしながら操業中の昭久丸とに衝突のおそれが生じたが,両船の互いに視認する方位は刻々変化しており,海上衝突予防法にはこの関係を規定する具体的な条文はないので,船員の常務によるのが相当である。
 また,同漁場において,メジカ曳き縄漁で操業している漁船には,移動する漁船が,操業している漁船を十分に離して航行するという慣行があることは,A指定海難関係人及びB受審人の一致した供述記載から認めることができる。

(本件発生に至る事由)
1 幸丸
(1)有資格者を乗り組ませずに運航したこと
(2)見張りを十分に行わなかったこと
(3)衝突を避けるための措置をとらなかったこと

2 昭久丸
(1)汽笛不装備で注意喚起信号を行うことができなかったこと
(2)動静監視を十分に行わなかったこと
(3)衝突を避けるための措置をとらなかったこと

3 海域の状況
(1)衝突海域は,メジカ曳き縄漁の漁場であったこと
(2)衝突海域で多数の漁船が操業していたこと

(原因の考察)
 本件は,幸丸が,有資格者を乗り組ませ,十分な見張りを行っていたなら,衝突を避けるための措置がとられていたものと認められる。
 したがって,A指定海難関係人が有資格者を乗り組ませず,十分な見張りを行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
 一方,昭久丸が,十分な動静監視を行っていたなら,衝突を避けるための措置がとられていたものと認められる。
 したがって,B受審人が,十分な動静監視を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
 昭久丸に汽笛が不装備で注意喚起信号を行うことができなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,法令順守の観点から直ちに是正されるべき事項である。
 また,衝突海域がメジカ曳き縄漁の漁場であったこと,及び,多数の漁船が操業していたことは,僚船同士で漁獲情報などを交換しつつ操業しているのであるから,一定の海域に漁場が形成され,そこに多数の漁船が集まることは自明の理である。そのような漁場で操業することについては,応分の危険認識が要求されており,当時,同漁場では安全運航が阻害されるような状況でなかったのであるから,いずれも本件発生の原因とはならない。

(海難の原因)
 本件衝突は,足摺岬南方沖合において,左小回りの旋回を繰り返しながら操業する漁船を,操業を中断して移動する漁船が避けて航行するという慣行のある曳き縄漁の漁場で,移動中の幸丸と操業中の昭久丸が衝突のおそれがある態勢で接近中,幸丸が,有資格者を乗り組ませずに運航されたばかりか,見張り不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが,昭久丸が,動静監視不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人等の所為)
 B受審人は,足摺岬南方沖合において,左小回りの旋回を繰り返しながら操業する漁船を,操業を中断して移動する漁船が避けて航行するという慣行のある曳き縄漁の漁場で,移動する漁船が接近してくる場合,衝突のおそれの有無を判断できるよう,動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら,同人は,接近すれば操業を続ける自船を避けてくれるものと思い,動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,幸丸との衝突を招き,幸丸の左舷船首部に擦過傷を,昭久丸の右舷中央部に亀裂と操舵室右舷に損壊を生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定より,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 A指定海難関係人が,足摺岬南方沖合において,前示漁場内で操業を中断して移動する際,有資格者を乗り組ませずに運航したばかりか,見張りを十分に行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
 A指定海難関係人に対しては,本件後,早期に免許を取得することに決め,免許取得までは単独で操船しないこと,安全運航を行うことなどに徹して深く反省していることに徴し,勧告しない。

  よって主文のとおり裁決する。


参考図
(拡大画面:13KB)





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION