(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年11月15日00時50分
静岡県下田港
(北緯34度39.4分 東経138度57.2分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第十金比羅丸 |
総トン数 |
97トン |
全長 |
32.67メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
(2)設備及び性能等
第十金比羅丸(以下「金比羅丸」という。)は,平成10年7月に進水した船体中央部に操舵室を有する鋼製漁船で,伊豆諸島周辺を主な操業海域として底立てはえ縄漁業に従事していた。
操舵室には,ジャイロコンパス,磁気コンパス,舵輪,主機操縦装置,レーダー,自動衝突予防援助装置,GPSプロッタ及び魚群探知機等が備えられ,同室の前方には見張りを妨げる構造物はなかった。
3 下田港港口東部の防波堤築造工事区域
静岡県下田港港口東部の洲佐利埼沖では防波堤築造工事が行われており,同工事区域(以下「工事区域」という。)の四隅には,下田灯台から292度(真方位,以下同じ。)400メートルに南西角を示す下田港洲佐利埼沖A灯浮標(以下,灯浮標については「下田港洲佐利埼沖」の冠称を省略する。),同灯台から336度600メートルに北西角を示すB灯浮標,同灯台から352度490メートルに北東角を示すC灯浮標及び同灯台から295度210メートルに南東角を示すD灯浮標が設置され,それぞれ黄色1閃光を3秒毎に発し,そのうちA,D両灯浮標が200メートルの間隔でほぼ港界線上に,B,C両灯浮標が同線から400メートル北方の港内に位置していた。
工事区域の中央部付近には,下田灯台から335度350メートルのところを東端として,290度方向にケーソン5個を連ねた長さ約100メートル水面上高さ約2メートルの防波堤が築造の途上にあり,その両端には黄色1閃光を3秒毎に発する標識灯が設置されていた。
4 事実の経過
金比羅丸は,A受審人ほか7人が乗り組み,きんめだい漁の目的で,船首1.1メートル船尾3.2メートルの喫水をもって,平成16年11月4日08時45分静岡県下田港を発し,22時ごろ伊豆諸島青ヶ島西方沖合の漁場に至って操業を開始し,約6トンの漁獲を得て操業を打ち切り,同月14日14時00分同漁場を発進し,下田港に向けて帰途に就いた。
漁場を発進したのち,A受審人は,他の乗組員を2ないし3時間毎の船橋当直に就かせ,機関を全速力前進にかけ,12.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で伊豆諸島西方を北上し,22時50分神津島西方沖合で前直者から引継いで,単独の船橋当直に就き,神子元島東方約2海里の沖合を北行したのち,翌15日00時30分洲佐利埼まで2.5海里となったころ,東西に行き交う船舶の多い海域に備えて機関を半速力前進とし,速力を8.0ノットに減じ,同時42分半わずか過ぎ下田灯台から178度1,480メートルの地点で,針路を350度に定めて自動操舵とし,工事区域の南西角を示すA灯浮標を右舷側に見て航過するつもりで進行した。
ところで,A受審人は,下田港への夜間入航経験は豊富で,工事区域の各灯浮標の設置状況や築造中の防波堤の状況等同港の水路事情を熟知しており,視界が良好であったことから,目視だけで船位がわかると思い,レーダー等による船位の確認を十分に行わずに続行した。
00時45分半A受審人は,下田灯台から186度770メートルの地点に達したとき,右舷船首3度850メートルに,工事区域の南東角を示すD灯浮標の灯火を初認したが,下田灯台の灯火で陸岸までの接近模様を漫然と認めていただけで,同区域を示す各灯浮標の配置を確認したり,築造中の防波堤のレーダー映像を確認したりするなど,レーダー等による船位の確認を十分に行わなかったので,D灯浮標をA灯浮標と誤認したまま進行した。
A受審人は,00時49分下田灯台から294度230メートルの地点に達したとき,D灯浮標を右舷側に40メートル隔てて航過するとともに,ほぼ港界線上の工事区域南端に差し掛かり,針路を港奥に向けて006度に転じたところ,同区域に侵入し,正船首260メートルのところに築造中の防波堤が存在して,その後同防波堤の西端付近に向首したまま接近する状況となったが,依然,レーダー等による船位の確認を十分に行っていなかったので,このことに気付かず続航した。
00時50分わずか前A受審人は,目前に迫った同防波堤を初認し,急ぎ全速力後進としたが及ばず,00時50分下田灯台から329度410メートルの地点において,金比羅丸は,原針路,原速力のまま,その船首が同防波堤西端付近に76度の角度で衝突した。
当時,天候は曇で風力2の北東風が吹き,潮候はほぼ低潮時で,視界は良好であった。
防波堤衝突の結果,金比羅丸は,船首及び球状船首部に凹損と船首楼甲板に歪損を,防波堤は,コンクリートに欠落をそれぞれ生じたが,のちいずれも修理された。
(本件発生に至る事由)
1 目視だけで船位がわかると思い,レーダー等による船位の確認を十分に行わなかったこと
2 D灯浮標とA灯浮標の灯質が同じであったこと
3 D灯浮標をA灯浮標と誤認したこと
(原因の考察)
本件防波堤衝突は,夜間,下田港に入航中,工事区域を示す四隅に設置された灯浮標の一つを視認した際,灯質が同じD灯浮標とA灯浮標とを誤認したことによって発生したものであるから,各灯浮標の配置を確認したり,築造中の防波堤のレーダー映像を確認したりするなど,レーダー等による船位の確認を十分に行っていれば,D灯浮標をA灯浮標と誤認することもなく,発生を回避できたと認められる。
したがって,A受審人が,目視だけで船位がわかると思い,レーダー等による船位の確認を十分に行わず,D灯浮標をA灯浮標と誤認したことは,本件発生の原因となる。
D灯浮標とA灯浮標の灯質が同じであったことは,原因とならない。
(海難の原因)
本件防波堤衝突は,夜間,静岡県下田港に入航中,工事区域を示す四隅に設置された灯浮標の一つを視認した際,レーダー等による船位の確認を十分に行わず,D灯浮標をA灯浮標と誤認して同区域に侵入し,築造中の防波堤に向首進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,静岡県下田港に入航中,工事区域を示す四隅に設置された灯浮標の一つを視認した場合,築造中の防波堤に著しく接近しないよう,レーダー等による船位の確認を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,目視だけで船位がわかると思い,同区域を示す各灯浮標の配置を確認したり,同防波堤のレーダー映像を確認したりするなど,レーダー等による船位の確認を十分に行わなかった職務上の過失により,D灯浮標をA灯浮標と誤認して同区域に侵入し,同防波堤に向首していることに気付かないまま進行して同防波堤西端付近への衝突を招き,金比羅丸の船首及び球状船首部に凹損と船首楼甲板に歪損を,同防波堤のコンクリートに欠落をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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