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平成17年長審第16号(第1)
平成17年長審第17号(第2)
件名

(第1)モーターボート正生丸汚濁防止膜衝突事件
(第2)モーターボート筑後丸汚濁防止膜衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年10月27日

審判庁区分
長崎地方海難審判庁(稲木秀邦,山本哲也,藤江哲三)

理事官
清水正男

受審人
(第1) A 職名:正生丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
(第2) B 職名:筑後丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
指定海難関係人
(第1)及び(第2) C社 業種名:建設業
補佐人
D

損害
正生丸・・・船底全面に擦過傷,プロペラ軸及び同翼に曲損
筑後丸・・・プロペラ軸及び同翼に曲損,クラッチに焼損
汚濁防止膜・・・(第1)(第2)カーテン等の一部に損傷

原因
正生丸・・・水路調査不十分
筑後丸・・・水路調査不十分
建設業者・・・(第1)(第2)汚濁防止膜を敷設するに当たり,標識灯を適切な位置に設置しなかったこと

主文

(第1)及び(第2)
 本件汚濁防止膜衝突は,水路調査が十分でなかったことによって発生したものである。
 建設業者が,橋脚建設の現場に汚濁防止膜を敷設するに当たり,標識灯を適切な位置に設置しなかったことは,本件発生の原因となる。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
(第1)
 平成16年11月22日03時20分
 九州北西部日比水道
 (北緯33度26.6分 東経129度47.2分)
(第2)
 平成16年11月22日05時40分
 九州北西部日比水道
 (北緯33度26.5分 東経129度47.1分)

2 船舶の要目等
(1)要目
(第1)
船種船名 モーターボート正生丸
全長 14.60メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 264キロワット
(第2)
船種船名 モーターボート筑後丸
登録長 10.50メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 161キロワット
(2)設備及び性能等
(第1)
 正生丸は,昭和60年に進水し,平成6年7月にA受審人が中古で購入した,最大搭載人員7人のFRP製モーターボートで,船体中央やや後部の機関室上方に操舵室兼寝室があり,同室には,前部右舷側に舵輪が設けられ,前面の棚に右舷側から主機遠隔操縦装置,マグネットコンパス,GPSプロッター,魚群探知機がそれぞれ配置されていたが,レーダーは装備されておらず,操縦位置からの見通しは良好であった。
(第2)
 筑後丸は,昭和55年3月に進水し,平成6年にB受審人が中古で購入した,最大搭載人員8人のFRP製モーターボートで,船体中央やや後部に機関室,その上方に操舵室が設けられ,同室には,前部右舷側に舵輪が,前面の棚に右舷側から主機遠隔操縦装置,マグネットコンパス,GPSプロッター,魚群探知機がそれぞれ配置されていたが,レーダーは装備されておらず,操縦位置からの見通しは良好であった。

3 事実の経過
(1)鷹島肥前大橋安全対策協議会
 鷹島肥前大橋安全対策協議会(以下「安全対策協議会」という。)は,鷹島肥前大橋(仮称)(以下(仮称)を省略する。)に係る工事及び海上交通の安全を図るとともに,周辺地域の環境保持に寄与することを目的とし,長崎県及び佐賀県土木部が主体となって設置され,事務局が長崎県県北振興局田平土木事務所鷹島肥前大橋建設課内に置かれ,漁業協同組合,内航タンカー組合,旅客船協会などのほか,海上保安部,土木事務所など管轄官署が会員となっていた。
 安全対策協議会は,平成14年2月4日から同16年10月15日までに4回開催され,長崎県及び佐賀県土木部が工事の施工方法,工期等についての説明をし,橋脚工事に関して灯浮標の設置,警戒船の配置,汚濁防止膜の敷設,汚濁防止膜への灯火(以下「標識灯」という。)の設置等についての事項が承認された。
(2)日比水道の船舶交通
 長崎県及び佐賀県土木部は,架橋建設に当たり,鷹島肥前大橋架橋による通航船舶への影響調査専門委員会を設け,当該水道を航行する船舶を調査したところ,日中,100隻を超す通航量があり,プッシャーバージ,貨物船等も航行するが,9割が漁船及び小型船であり,夜間になると,隻数に変化はないものの,さらに漁船及び小型船の割合が増加し,100総トン以上の船舶が架橋予定海域ほぼ中央部の幅400メートル間を航行しているのに対し,これら漁船及び小型船は,水道両岸に接近して航行することも多いことを把握していた。
(3)航行制限区域
 航行制限区域は,橋脚工事海域に長崎県及び佐賀県の両発注者の指示に基づいてC社が定め,安全対策協議会に承認されたもので,水道中央部の肥前町側に緑色灯浮標を肥前宮埼灯台(以下「宮埼灯台」という。)から172度(真方位,以下同じ。)1,080メートルのA地点及び156.5度1,520メートルのB地点,また鷹島町側に赤色灯浮標を同灯台から180.5度1,260メートルのC地点及び165.5度1,680メートルのD地点にそれぞれ設置して各同色灯浮標を結ぶ線の内側を船舶の通航路とした。
 そして,各灯浮標から通航路とほぼ直角に陸側に向かって,A地点から300メートル,B地点から330メートル,C地点から450メートル及びD地点から230メートルの各位置にそれぞれ黄色灯浮標を設置して,それまで小型船が常用していた当該水道の東西両側に航行制限区域が設けられた。
 C社は,灯浮標を設置して航行制限区域を示せば,海技従事者は誰もがその意味を理解してそれに従い,また,夜間には,設置された灯浮標の灯火が操縦者の目に十分に留まり,灯火の効果が十分にあると思っていた。
(4)汚濁防止膜敷設及び標識灯の設置工事
 C社は,橋脚5本のうち肥前町側から2番目の橋脚(以下「4P橋脚」という。)の床堀作業を開始するに当たり,海洋汚濁の防止目的で,同橋脚の北西側と南東側に汚濁防止膜をそれぞれ敷設することとし,北西側から作業を開始して平成16年11月20日から同21日にかけ,宮埼灯台から168度1,150メートルのA-1地点,168.5度1,110メートルのA-2地点,169.5度1,070メートルのA-3地点及び161度950メートルのA-6地点の各点を結ぶ長さ300メートル,水面下8メートルとなる汚濁防止膜の敷設を終え,同膜の北側にゼニライトブイJ-9型と称する浮揚式の標識灯を同膜と長さ約1メートルのロープで繋ぎ,海面上の高さ約20センチメートルに浮かせた形で,60メートルの間隔で設置した。
 ところで,標識灯は,汚濁防止膜の南側から見ると海面上の高さ50センチメートルの同膜浮体によって視認を遮られていたが,C社は,水道内に航行制限区域を設置する際,安全対策協議会の承認を受け,関係各所に周知したことから,船舶が同区域を航行することはないと思い,同膜南側からも視認できるような措置をとらなかった。
 また,これより先,長崎県側の標識灯設置工事において,汚濁防止膜の浮体より低い灯火を設置すると浮体に遮られて灯火が視認できない不具合が指摘され,すでにこれに対する改善策がとられていたものの,佐賀県側に伝えられていなかった。
 こうして,4P橋脚の汚濁防止膜は,南東側の同膜については翌22日から作業に掛かる予定で,21日夕刻北西側の同膜のみがその北側の標識灯とともに敷設された。
(5)工事に関する周知
 長崎県及び佐賀県土木部は,平成16年10月15日第4回安全対策協議会において,工事区域及び期間を会員に説明するとともに,11月12日「鷹島肥前大橋建設工事(橋脚基礎工)についてのお知らせ」(以下「工事のお知らせ」という。)と題するリーフレットを作成して同会会員所属先等へ配布して関係先に周知を図ったが,同月18日佐賀県唐津土木事務所に対し,E組合所属の工事現場の警戒船から航行制限区域内の陸側沿いを航行する船舶が見受けられるとの報告があり,翌19日同事務所技師及びC社現場責任者がE組合F支所,G組合,H組合,波多津漁港の各所に出向き,各10部のリーフレットを手渡し再度周知の依頼を行った。
(6)衝突に至る経緯
(第1)
 正生丸は,A受審人が1人で乗り組み,同乗者5人を乗せ,釣りの目的で,船首0.5メートル船尾0.8メートルの喫水をもって,平成16年11月22日03時00分佐賀県高串漁港を発し,長崎県二神島沖合の釣り場に向かった。
 A受審人は,日比水道で架橋の建設工事が始まっていることを知っていたものの,居住地が遠方で「工事のお知らせ」のリーフレットを目にする機会はなく,同月18日に釣りに出かけ,朝と夕方に当該海域を通った際には,何も変化を認めなかったことから大丈夫と思い,地元漁業関係者等に建設工事の進捗状況を問い合わせ,設けられた航行制限区域の位置や灯浮標を確認するなど,水路調査を十分に行うことなく,同区域に汚濁防止膜が敷設されたことを知らずに,発航したものであった。
 発航後,A受審人は,平素のように宮崎出シ灯浮標を最初の目標とし低速で日比水道に向かい,03時15分少し過ぎ同灯浮標南西方約30メートルに当たる,宮埼灯台から150度2,800メートルの地点において,針路を宮埼灯台の西方沖合約200メートルに向く324度に定め,機関を航海速力より落とした回転数毎分1,500として13.0ノットの速力で,立った姿勢で手動操舵によって進行した。
 A受審人は,定針して間もなく,正船首わずか右側に停泊している起重機船の灯火を認め,同船に近付いてから避航することとしてGPSプロッターを見ながら続航し,03時18分少し前同船との距離が60メートルになったとき,宮埼灯台から154.5度1,560メートルの地点で,左転を始めて同船船尾側から海中に出されたワイヤロープを避け,同船との距離を約50メートルに保ちながら進行した。
 A受審人は,03時18分航行制限区域を示す緑色灯浮標を左舷側約10メートルに通過し,同区域に進入して起重機船を替わしたのち,同時19分少し前宮埼灯台から157度1,500メートルの地点に達して,針路を宮埼灯台の西方沖合約100メートルに向く332度に転じたところ,前示の汚濁防止膜に向首する態勢となったが,同膜北側に設置された標識灯の灯火を視認できなかったことから同膜の存在に気付かないまま続航中,03時20分正生丸は,宮埼灯台から161度960メートルの地点において,原針路,原速力のまま,佐賀県台ケ埼西方に敷設された汚濁防止膜に衝突し,乗り揚げた。
 当時,天候は晴で風はほとんどなく,潮候は上げ潮の中央期であった。
 衝突の結果,正生丸は,船底全面に擦過傷,プロペラ軸及び同翼に曲損を,汚濁防止膜は,一部に損傷をそれぞれ生じ,正生丸がC社の手配したクレーン船で吊り上げられて汚濁防止膜から引き離され,のち修理された。
(第2)
 筑後丸は,B受審人が1人で乗り組み,釣りの目的で,船首尾とも0.5メートルの等喫水をもって,平成16年11月22日05時28分佐賀県高串漁港を発し,長崎県的山大島沖合の釣り場に向かった。
 B受審人は,日比水道で架橋の建設工事が始まっていることを知っていたものの,居住地が遠方で「工事のお知らせ」のリーフレットを目にする機会はなく,同月17日に釣りに出かけ,朝と夕方の明るいうちに当該海域を通った際には,何も変化を認めなかったことから大丈夫と思い,地元漁業関係者等に建設工事の進捗状況を問い合わせ,設けられた航行制限区域の位置や灯浮標を確認するなど,水路調査を十分に行うことなく,同区域に汚濁防止膜が敷設されたことを知らずに,発航したものであった。
 発航後,B受審人は,平素のとおり,帆立岩に続いて宮崎出シ灯浮標を目標として操舵室の天井窓から頭部を出し,立った姿勢で手動操舵によって日比水道に向かい,05時36分少し前同灯浮標を左舷側約140メートルに離す,宮埼灯台から147度2,780メートルの地点において,針路を314度に定め,機関を全速力前進として14.0ノットの速力で進行した。
 定針したとき,B受審人は,前示の汚濁防止膜に向首する態勢となったがこのことに気付かず,間もなく,右舷船首約2度に停泊している起重機船の灯火を認めてそのまま続航し,肥前町側の航行制限区域の南側境界線に差し掛かり,05時39分少し前同区域を示す緑色灯浮標を左舷側約10メートルに通過して同区域に進入したのち,起重機船を右舷側約50メートルに離して通過した。
 こうして,B受審人は,汚濁防止膜に向首したまま,同膜北側に設置された標識灯の灯火を視認できなかったことから同膜の存在に気付かないまま進行中,05時40分筑後丸は,宮埼灯台から169度1,070メートルの地点において,原針路,原速力のまま,汚濁防止膜に衝突し,乗り揚げた。
 当時,天候は晴で風はほとんどなく,潮候は上げ潮の末期であった。
 衝突の結果,筑後丸は,プロペラ軸及び同翼に曲損を,並びにクラッチに焼損を,汚濁防止膜は,カーテンの一部に損傷をそれぞれ生じ,筑後丸がC社の手配したクレーン船で吊り上げられて汚濁防止膜から引き離され,のち修理された。

(本件発生に至る事由)
(第1)
1 正生丸
(1)水路調査を行わなかったこと
(2)汚濁防止膜に向首進行したこと

(第2)
2 筑後丸
(1)水路調査を行わなかったこと
(2)汚濁防止膜に向首進行したこと

(第1)及び(第2)
3 C社
(1)日比水道に設けられた航行制限区域が小型船が常用する海域であったこと
(2)航行制限区域を設定した広報が伝わらなかったこと
(3)汚濁防止膜敷設工事が北西側から始められたこと
(4)長崎県側の標識灯設置工事の不具合に対する改善策が,佐賀県側に伝えられなかったこと
(5)標識灯が汚濁防止膜の海面上の高さより低かったこと
(6)標識灯が適切な位置に設置されなかったこと
(7)航行制限区域を航行する船舶はないとの認識があったこと
(8)灯浮標が設置されれば誰もがその意味を理解して従うものとの認識があったこと
(9)設置された灯火の効果が十分あると思っていたこと

4 その他
(1)夜間であったこと

(原因の考察)
 本件は,水路調査を十分に行っておれば,夜間,水道中央に設けられた通航路を航行して,発生を回避できたものと認められる。
 したがって,A,B両受審人が,数日前に当該海域を通過した際,航行に支障となるものが何もなかったことから大丈夫と思い,水路調査を十分に行わず,汚濁防止膜に向首進行したことは,本件発生の原因となる。
 また,汚濁防止膜に,夜間,その存在を示す標識灯が適切な位置に設置されていれば,正生丸及び筑後丸が同膜に気付いて本件発生を回避できたものと認められる。
 したがって,指定海難関係人C社が,長崎県側の標識灯設置工事の不具合に対する改善策が佐賀県側に伝わらなかったことから,海面上の高さが汚濁防止膜より低い状態で標識灯を設置し,適切な位置に設置しなかったことは,本件発生の原因となる。
 両受審人の居住地が係留場所から離れていたことから,航行制限区域を設定した広報が伝わらなかったこと,C社が,水道内に通航路を設置する際,安全対策協議会で承認され,関係各所に周知したことから,航行制限区域を航行する船舶はない,灯浮標が設置されれば誰もがその意味を理解して従う,及び設置された灯火の効果が十分あるとの各認識を持ったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があると認められない。しかしながら,このことは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 小型船が常用する当該水道東側に航行制限区域が設定されたこと,汚濁防止膜敷設工事を北西側から始めたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,原因とならない。

(海難の原因)
(第1)及び(第2)
 本件汚濁防止膜衝突は,夜間,日比水道の架橋工事海域を北上するに当たり,水路調査不十分で,標識灯が視認できない状態で設置された汚濁防止膜に向首進行したことによって発生したものである。
 建設業者が,橋脚建設の現場に汚濁防止膜を敷設するに当たり,夜間,その存在を示す標識灯を適切な位置に設置しなかったことは,本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
1 懲戒
(第1)
 A受審人が,夜間,日比水道を北上して沖合に向かう際,事前に水路調査をしなかったことは,本件発生の原因となる。
 しかしながら,以上のA受審人の所為は,事前に工事海域内に航行制限区域の設定及び同区域内に汚濁防止膜が敷設されたことの情報が同人に届かなかった点,標識灯がいずれの方向からも視認できるよう,適切な位置に設置されていれば,同膜の存在を認識できた点に徴し,職務上の過失とするまでもない。
(第2)
 B受審人が,夜間,日比水道を北上して沖合に向かう際,事前に水路調査をしなかったことは,本件発生の原因となる。
 しかしながら,以上のB受審人の所為は,事前に工事海域内に航行制限区域の設定及び同区域内に汚濁防止膜が敷設されたことの情報が同人に届かなかった点,標識灯がいずれの方向からも視認できるよう,適切な位置に設置されていれば,同膜の存在を認識できた点に徴し,職務上の過失とするまでもない。

2 勧告
(第1)及び(第2)
 指定海難関係人C社が,日比水道の橋脚建設工事海域において,小型船が常用する同水道東側の航行制限区域に,汚濁防止膜を敷設する際,夜間,標識灯をいずれの方向からも視認できるよう,適切な位置に設置しなかったことは,本件発生の原因となる。
 指定海難関係人C社に対しては,本件後,直ちに衝突発生要因に対する総点検を実施して,原因究明と再発防止について検討し,標識灯の設置位置をいずれの方向からも視認できるよう,汚濁防止膜の頂部にしたこと,汚濁防止膜標識灯の設置間隔を40メートル以下と密にしたこと,航行制限区域を示す灯浮標を2基増設したこと,プレジャーボートに対して工事案内を各ボートへ配布し,同ボート係留場所付近に掲示して工事の周知徹底を図っていることなど,夜間に航行する船舶に対する汚濁防止膜衝突防止措置を講じた点に徴し,勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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