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平成17年門審第59号
件名

油送船鶴富士丸漁船明神丸衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年10月31日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(千手末年,織戸孝治,片山哲三)

理事官
中谷啓二

受審人
A 職名:鶴富士丸船長 海技免許:三級海技士(航海)
指定海難関係人
B 職名:鶴富士丸甲板手
受審人
C 職名:明神丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
鶴富士丸・・・右舷後部外板の凹損を含む擦過傷
明神丸・・・船首部を圧壊,甲板員が1週間の通院加療を要する頭部裂傷及び頚椎捻挫等

原因
鶴富士丸・・・横切り船の航法(避航動作)不遵守(主因)
明神丸・・・居眠り防止措置不十分,警告信号不履行,横切り船の航法(協力動作)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は,鶴富士丸が,前路を左方に横切る明神丸の進路を避けなかったことによって発生したが,明神丸が,居眠り運航の防止措置が不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Cを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年12月18日00時35分
 山口県長門市今岬北西方沖合
 (北緯34度32.1分 東経131度00.8分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 油送船鶴富士丸 漁船明神丸
総トン数 3,676トン 11トン
全長 104.95メートル  
登録長   14.84メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 3,309キロワット 569キロワット
(2)設備及び性能等
ア 鶴富士丸
 鶴富士丸は,平成14年6月に進水した限定近海区域を航行区域とする船尾船橋型の鋼製油タンカーで,室蘭及び水島の精油所から日本諸港にある油槽所に向けて,ガソリン,灯油等のばら積貨物輸送に従事していた。
 同船は,可変ピッチプロペラを有し,船橋楼前端が船首端から約80メートルのところにあり,船橋には,レーダー2台,ディファレンシャルGPS2台が装備されていた。
 なお,同船は船舶職員及び小型船舶操縦者法第20条に規定の,乗組み基準の特例措置を受けており,配乗すべき甲板部船舶職員数は船長及び一等航海士の2人として許可されていた。
イ 明神丸
 明神丸は,昭和59年3月に進水した一層甲板型のFRP製漁船で,一本つり漁業,敷網漁業及び沖建網漁業に従事し,船首端から約12メートル後方に位置する操舵室には,レーダー,GPS,自動操舵装置などが装備され,同室前面の3枚の窓のうち右舷側の窓には直径約30センチメートルの旋回窓1個が設置され,同室右舷側の壁には折りたたみ式のいすが取り付けられ,その足元には,同室前方の計器室及び機関室へ通じる出入口が設けられていた。
 なお,同船は新造時から汽笛を装備していなかった。

3 事実の経過
 鶴富士丸は,A受審人及びB指定海難関係人ほか8人が乗り組み,空倉で,船首3.2メートル船尾4.7メートルの喫水をもって,平成16年12月16日14時30分新潟港を発し,関門港に向かった。
 ところで,A受審人は,船橋当直割及び同体制を,00時から04時及び12時から16時までを二等航海士,04時から08時及び16時から20時までを一等航海士,08時から12時及び20時から24時までを海技免許を受有する甲板長に当直の責任者としてあたらせ,各直に甲板手1名を就けた2人1組による4時間3直制と定め,出入港,狭水道通過,船舶輻輳時,荒天及び視界不良時には自らが昇橋して操船の指揮をとることとしていたものの,平成16年11月に二等航海士が休暇をとるため下船し,その交代として海技免許を受有しない乗組員が乗船したことから,それ以降前任二等航海士と相直をしていたB指定海難関係人を,同航海士の代わりに船橋当直の責任者とし,その相直にほかの甲板手を組み入れていた。
 A受審人は,B指定海難関係人と通算で約2年乗り合わせた経験があり,同人が海技免許を受有していないことを知っていたが,同人が甲板手として船長や航海士を補佐するときの所作や報告内容などが的を得ていたことや,同人に他船との関係において自船が避航すべき立場となる各状況については指導していたことから,任せていても大丈夫と思い,同人に対して,接近する他船と遭遇したとき,同船のコンパス方位の変化状況を見て衝突のおそれの有無を判断することや,避航すべき状況のときは早期に避航することを徹底して教示するなど,衝突のおそれの有無の判断方法及び避航時機についての指導を十分に行っていなかった。
 18日00時00分B指定海難関係人は,山口県長門市の今岬灯台から005度(真方位,以下同じ。)12.3海里ばかりの地点で,前直の甲板長から針路速力及び付近を航行する船舶の状況を引き継いで船橋当直を交代し,法定灯火の点灯状況を確認したのち,引き続き,234度の針路及び14.7ノットの対地速力(以下「速力」という。)で進行した。
 00時05分B指定海難関係人は,今岬灯台から001度11.6海里の地点で,船位が予定針路線より右方に偏位していたことから,針路を233度に定め,同一速力で,自動操舵によって続航した。
 00時21分半B指定海難関係人は,今岬灯台から341度9.6海里の地点に差しかかり,レーダーの距離レンジを12海里から6海里に切り替えたところ,右舷船首46度5.0海里のところに明神丸の映像を認め,作業灯のような明るい灯火を視認したことから,方位変化を確かめるため同船のレーダー映像にカーソルを当てて続航した。
 00時30分B指定海難関係人は,今岬灯台から329度9.2海里の地点に達し,明神丸が右舷船首46度2.0海里に接近したとき,同船の白,紅2灯を初認し,同船が前路を左方に横切る態勢であることを知り,その後,同船のレーダー映像が当てていたカーソルにほぼ沿って接近することから,同船と互いに衝突のおそれのある態勢で接近する状況であることを知った。しかし,同人は,A受審人からコンパスによる方位の変化を見ること及び避航時機について十分な指導を受けていなかったことや,同映像が当てていたカーソルからわずかに右方に外れたように感じたこと,また,過去に漁船が至近のところで自船を避航した経験があったことから,同船が船尾方の至近をそのまま航過するか,接近しても至近のところで避航動作をとるだろうと思い,速やかに右転するなどして同船の進路を避けることなく進行した。
 00時33分B指定海難関係人は,今岬灯台から324度9.2海里の地点に至り,明神丸が右舷船首46度1,500メートルに接近して衝突の危険を感じ,自ら操舵スタンドの前に立ったものの,他船が近距離に迫ったときに避航操船をしたことがなく,避航措置をとるべきかどうかを思案しているうち,同船がこれまでに経験したことのない速い速力で接近することから気が動転し,金縛り状態となって何もできないまま,00時35分今岬灯台から321度9.1海里の地点において,鶴富士丸は,原針路,原速力のままその右舷後部が,明神丸の船首部に前方から86度の角度で衝突した。
 当時,天候は晴で風力3の南東風が吹き,潮候は上げ潮の中央期で,視界は良好であった。
 A受審人は,自室で休息中,当直に就いていた甲板手の報告で衝突を知り,事後の措置にあたった。
 また,明神丸は,C受審人ほか2人が乗り組み,同月17日16時00分山口県黄波戸漁港を発し,同県見島西方の漁場において沖建網漁を行い,たい約100匹を漁獲したのち,マスト灯と両色灯を点灯し,船首0.35メートル船尾1.46メートルの喫水をもって,23時20分今岬灯台から320度30.4海里の地点を発進し,帰途についた。
 C受審人は,前日休漁して休息が十分にとれており,疲れや眠気を感じない状況のもと,操舵室右舷側のいすに腰掛けた姿勢で見張りにあたり,他の乗組員には休息をとらせ,針路を今岬灯台のわずか東方沖合に向く139度に定め,17.0ノットの速力で,自動操舵により進行した。
 翌18日00時30分C受審人は,今岬灯台から321度10.6海里の地点に達したとき,左舷船首42度2.0海里のところに白,白,緑3灯を見せて南西進する鶴富士丸が存在したが,折から南寄りの風が増勢して船首方から波しぶきを受けるようになり,操舵室前面の窓がしぶきで汚れ,旋回窓以外は前方を見ることができない状態となっていたものの,旋回窓からの見張りを十分に行わず,距離レンジを1.5海里としたレーダー画面を見ることで見張りのかわりとしていたことから,同距離レンジ外にあった同船の存在に気付かないまま,レーダー画面に海面反射が多く現われるようになったので,小型船を見落とさないようにするつもりで,距離レンジを0.75海里に切り替えた。
  00時31分C受審人は,今岬灯台から321度10.3海里の地点に差しかかったとき,鶴富士丸が前路を右方に横切る態勢で左舷船首42度1.6海里に接近し,その後,同船の方位が変わらず衝突のおそれのある態勢で接近することが分かる状況であったものの,0.75海里レンジとしたレーダー画面のみを見ていたので,このことに気付かず,操舵室下方の機関室からの暖気によって操舵室内の温度が上がるうち,次第に眠気を催すようになったが,前日休息を十分にとっていたこともあって,入港まであと30分ほどの航程であるから何とか持ちこたえることができると思い,自身が腰掛けているいすのすぐ後方の床で休息中のD甲板員を起こして当直を交代するなど,居眠り運航の防止措置をとることなく,いすに腰掛けた姿勢のままでいたところ,いつしか居眠りに陥った。
 C受審人は,その後,鶴富士丸が避航の様子を見せずに接近したが,居眠りに陥っていてこのことに気付かず,汽笛不装備で警告信号を行わず,更に接近しても衝突を避けるための協力動作をとることなく続航中,明神丸は,原針路,原速力のまま,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,鶴富士丸は,右舷後部外板に凹損を含む擦過傷を生じ,明神丸は,船首部を圧壊したが,のち修理され,D甲板員が1週間の通院加療を要する頭部裂傷及び頚椎捻挫などの傷を負った。

(本件発生に至る事由)
1 鶴富士丸
(1)二等航海士の交代として,海技免許を受有しない乗組員が乗船したこと
(2)A受審人が,B指定海難関係人を船橋当直の責任者の職務に就けたこと
(3)A受審人が,海技免許を受有しないB指定海難関係人に対して衝突のおそれの有無の判断方法及び避航時機についての指導を十分に行っていなかったこと
(4)衝突を避けるための措置をとらなかったこと

2 明神丸
(1)見張りを十分に行っていなかったこと
(2)居眠り運航の防止措置が不十分だったこと
(3)居眠りに陥ったこと
(4)汽笛不装備で警告信号を行わなかったこと
(5)衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと

(原因の考察)
  鶴富士丸が,明神丸と互いに衝突のおそれがある態勢で接近する状況となったとき,早期に同船の進路を避けていれば,本件は発生しなかった。
 B指定海難関係人が,速やかに明神丸の進路を避けなかったのは,船長から接近する他船に遭遇したときの衝突のおそれの有無の判断方法や避航時機について指導を十分に受けていなかったことによる。
 したがって,A受審人が,B指定海難関係人に対して衝突のおそれの有無の判断方法及び避航時機について指導を十分に行わず,同指定海難関係人が衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
 鶴富士丸の二等航海士の交代として海技免許を受有しない乗組員が乗船したこと,及びA受審人がB指定海難関係人を船橋当直の責任者に就けたことは,本船の甲板部法定職員数は2人で,有資格の船長及び一等航海士が乗船し,法に適合しており,同指定海難関係人が船橋当直をしていたことは違法ではなく,同人が当直の責任者として技量が特別に劣るものでもなく,また,見張りを十分に行っていたものであるから,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件発生と相当な因果関係があるとは認められず,本件発生の原因とならない。
 一方,明神丸において,船長が,眠気を催したとき,居眠り運航の防止措置をとっていれば,居眠りに陥ることなく,衝突を避けるための協力動作をとることができ,本件発生を防止できたものと認められる。
 したがって,C受審人が,居眠り運航の防止措置をとらず,居眠りに陥り,汽笛不装備で警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことは本件発生の原因となる。
 C受審人が,見張りを十分に行っていなかったことは,同人が,鶴富士丸まで1.6海里に接近したころから居眠りに陥ったものであることから,本件発生に関与した事実であるが,原因とならない。しかしながら,このことは海難防止の観点から是正すべき事項である。

(海難の原因)
 本件衝突は,夜間,山口県長門市今岬北西方沖合において,両船が互いに進路を横切り衝突のおそれがある態勢で接近中,南西進する鶴富士丸が,前路を左方に横切る明神丸の進路を避けなかったことによって発生したが,帰港の目的で南東進する明神丸が,居眠り運航の防止措置が不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
 鶴富士丸の運航が適切でなかったのは,船長が,海技免許を受有しない船橋当直の責任者に対して衝突のおそれの有無の判断方法及び避航時機についての指導を十分に行っていなかったことと,同当直の責任者が衝突を避けるための措置をとらなかったこととによるものである。

(受審人等の所為)
1 懲戒
 A受審人は,海技免許を受有しないB指定海難関係人を船橋当直の責任者に就ける場合,同人が当直の責任者としての経験が十分になかったのであるから,同人が衝突のおそれの有無を的確に判断し,早期に避航動作をとることができるよう,接近する他船と遭遇したとき,同船のコンパス方位の変化状況を見て衝突のおそれの有無を判断することや,避航すべき状況のときは早期に避航することを徹底して教示するなど,衝突のおそれの有無の判断方法及び避航時機についての指導を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同受審人は,同人が甲板手として船長や航海士を補佐するときの所作や報告内容が的を得ていたことや,同人に他船との関係において自船が避航すべき立場となる各状況については指導していたことから,任せていても大丈夫と思い,同人に対して衝突のおそれの判断方法及び避航時機についての指導を十分に行わなかった職務上の過失により,B指定海難関係人が,衝突のおそれがある態勢で接近する明神丸に対して,衝突を避けるための措置をとらないまま進行して同船との衝突を招き,鶴富士丸の右舷後部外板に凹損及び擦過傷を,明神丸の船首部に破口及び凹損をそれぞれ生じさせ,D甲板員が1週間の通院加療を要する頭部裂傷及び打撲並びに頚椎捻挫を負うに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 C受審人は,夜間,山口県長門市今岬北西方沖合において,漁場から帰港の目的で南東進中,眠気を催した場合,居眠り運航とならないよう,自身が腰掛けているいすのすぐ後方の床で休息中のD甲板員を起こして当直を交代するなどの居眠り運航の防止措置をとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,前日休息を十分にとっていたこともあって,入港まであと30分ほどの航程であるから何とか持ちこたえることができると思い,居眠り運航の防止措置をとらなかった職務上の過失により,自身が居眠りに陥り,衝突のおそれがある態勢で接近する鶴富士丸に気付かず,汽笛不装備で警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらないまま進行して同船との衝突を招き,前示の損傷等を生じさせるに至った。
 以上のC受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

2 勧告
 B指定海難関係人が,夜間,山口県長門市今岬北方沖合を南西進中,前路を左方に横切り,衝突のおそれのある態勢で接近する明神丸を認めた際,衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては,勧告しない。

  よって主文のとおり裁決する。


参考図1
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参考図2
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