(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年11月14日11時35分
東京湾中ノ瀬
(北緯35度21.1分 東経139度44.3分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
遊漁船第二新明丸 |
モーターボート佐渡丸 |
総トン数 |
15.58トン |
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全長 |
17.00メートル |
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登録長 |
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5.33メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
電気点火機関 |
出力 |
382キロワット |
29キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第二新明丸
第二新明丸(以下「新明丸」という。)は,昭和54年5月に建造され,船体中央部に操舵室が設けられたFRP製遊漁船(旅客船)兼作業船で,遊漁船として使用する場合の最大搭載人員が,旅客35人船員1人の計36人と定められ,周年にわたり東京湾内において,釣り客に遊漁を行わせる目的で使用されていた。
イ 佐渡丸
佐渡丸は,平成2年2月に建造された和船型FRP製プレジャーモーターボートで,船体中央部の右舷側に舵輪を備え,舵輪に隣接して船外機始動スイッチの鍵穴が設けられ,船外機と舵輪とをワイヤーロープで連結してあった。また,重さ5キログラム(以下「キロ」という。)のダンホース型錨と,5本の棒鋼を曲げ爪として金属製パイプに溶接した重さ約6キロの錨(以下「手製錨」という。)とを積み付けてあり,錨泊していることを示す黒色の球形形象物を備えていた。
3 事実の経過
新明丸は,A受審人が1人で乗り組み,釣り客2人を乗せ,遊漁の目的で,船首0.3メートル船尾1.2メートルの喫水をもって,平成16年11月14日07時30分横浜市の停船地を発し,東京湾内の釣り場に向かった。
発航後,A受審人は,横浜市金沢区,横須賀市及び第1海堡北方各沖合の釣り場を順次移動し,10時30分中ノ瀬中央部に至って釣り客に遊漁を行わせていたが,潮の変わり目に合わせて再度第1海堡北方沖合の釣り場に移動することとし,11時30分中ノ瀬中央部を発進し,中ノ瀬航路の西側を南下した。
A受審人は,11時31分東京湾中ノ瀬A灯標(以下「A灯標」という。)から052度(真方位,以下同じ。)1.5海里の地点で,針路を201度に定め,機関を回転数毎分1,700にかけ17.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)として,手動操舵により進行した。
定針したときA受審人は,左舷船首3度1.1海里に錨泊している佐渡丸を認めたが,折からの北北東風によって同船の船首に白波が立っていたことから,微速力で北上している船舶であると見誤ったまま続航した。
ところで,新明丸は,17.0ノットの速力で航走すると滑走状態になって船首方の水平線は見えるが,同方約100メートル以内が船首に隠れて死角となる状況であった。
A受審人は,中ノ瀬航路を航行する大型船の動静を監視しながら左転して同航路を横切る時期を計って,佐渡丸の南側を航過して第1海堡の東端に向けることとし,11時34分半わずか過ぎA灯標から090度1,510メートルの地点に達したとき,佐渡丸が左舷船首25度200メートルになり,依然として同船が錨泊していることに気付かなかったものの,同船が見えているところより更に約50メートル南側をかわすつもりで左舵をとって左転を開始したが,転舵と同時に左舷後方の同航船の有無を確かめ,その後,中ノ瀬航路を航行する大型船の引き波に気をとられ,転針方向の見張りを十分に行わなかった。
A受審人は,11時35分わずか前舵を中央に戻したとき,左転し過ぎて佐渡丸に向首し同船が船首の死角に入っていたが,転針方向の見張りを十分に行っていなかったので,このことに気付かず,同船を避けないまま進行中,同船が見えないことに気付いたがどうすることもできず,11時35分A灯標から098.5度1,550メートルの地点において,新明丸は,143度を向首し,原速力のまま,その船首が佐渡丸の左舷中央部に,前方から70度の角度で衝突した。
当時,天候は曇で風力4の北北東風が吹き,視界は良好で,潮候は下げ潮の末期であった。
また,佐渡丸は,B受審人が1人で乗り組み,友人2人を乗せ,釣りの目的で,船首0.2メートル船尾0.7メートルの喫水をもって,同日07時40分千葉県富津漁港を発し,東京湾中ノ瀬の釣り場に向かった。
B受審人は,積み付けてあった2種類の錨を海底の状況や底質によって使い分けており,08時20分A灯標東側の釣り場に至り,ダンホース型錨を投錨して釣りを開始したところ,風潮流によって走錨したのでその都度釣り場を数回移動し,11時20分前示衝突地点に至り,直径12ミリメートルの化繊ロープを錨索として手製錨を投入し,風潮流により北北東を向首し,船体中央部の右舷側に座り,同乗者の1人を右舷船首に,他の1人を左舷船尾にそれぞれ座らせ,錨泊していることを示す黒色の球形形象物を表示しないまま,釣りを再開した。
B受審人は,釣りに熱中していて,新明丸が接近してくることに気付かず,11時34分半わずか過ぎ033度を向首していたとき,同船が左舷船首37度200メートルのところで左転を開始したが,このことにも気付かないまま釣りを行っていたところ,11時35分少し前接近する機関音に気付いて振り返り,初めて新明丸が左舷船首70度の至近に迫り自船に向首して進行してくるのを認め,立ち上がって手を振ったが効なく,同乗者に飛び込むように叫ぶとともに自身も海中に飛び込んだ直後,佐渡丸は,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,新明丸は船首部に擦過傷を生じ,佐渡丸は,中央部で折損して船尾側が沈没し,船首側が海上保安部により京浜港横浜区に引き付けられ,のち,廃船処理された。
(本件発生に至る事由)
1 新明丸
(1)佐渡丸を北上している船舶と見誤ったこと
(2)船首方の約100メートル以内が死角となる状況であったこと
(3)左転する際,中ノ瀬航路を航行する大型船の引き波に気をとられ,転針方向の見張りを十分に行わなかったこと
(4)左転し過ぎて佐渡丸に向首したことに気付かず,同船を避けなかったこと
2 佐渡丸
(1)錨泊中であることを示す黒色の球形形象物を表示していなかったこと
(2)釣りに熱中していて新明丸が接近することも,左転を開始したことにも気付かなかったこと
(原因の考察)
本件は,新明丸が,左転する際,転針方向の見張りを十分に行っていれば,左転し過ぎて佐渡丸に向首したことに気付き,同船を避けることができたと認められる。
したがって,A受審人が,中ノ瀬航路を航行する大型船の引き波に気をとられ,転針方向の見張り不十分で,左転し過ぎて佐渡丸に向首したことに気付かず,同船を避けなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
A受審人が,佐渡丸を北上している船舶と見誤ったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難発生防止の観点から,自船の運航に関わる他船の動静については慎重に判断するよう是正されるべき事項である。
B受審人が,他の船舶が通常航行する水域である東京湾中ノ瀬において錨泊する際,法令の定めに従わず錨泊していることを示す黒色の球形形象物を表示していなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難発生防止及び法令遵守の観点から是正されるべき事項である。
B受審人が,釣りに熱中していて新明丸が接近することも,左転を開始したことにも気付かなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,同船が左転を開始したときは衝突のおそれを生じていなかったのだから,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難発生防止の観点から,錨泊中であっても十分な見張りを行い,付近を航行する船舶の動静を早期に把握できるように是正されるべき事項である。
新明丸の船首方約100メートル以内が死角となる状況であったことは,本件発生の原因とならない。
(主張に対する判断)
新明丸側補佐人は,本件当時佐渡丸が走錨しており,このことが本件発生の原因であると主張するので,これについて検討する。
B受審人は,当廷において,「投錨してから衝突するまで何回か周囲の物標を見て,走錨していないことを確認した。」旨の供述をしており,同供述を覆す証拠も,佐渡丸が走錨していたことを示す証拠もないことから,新明丸側補佐人の主張を認めることはできない。
(海難の原因)
本件衝突は,東京湾中ノ瀬において,釣り場を移動中の新明丸が,中ノ瀬航路を横切ろうとして左転する際,転針方向の見張り不十分で,錨泊中の佐渡丸を避けなかったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,東京湾中ノ瀬において,釣り場を移動中,中ノ瀬航路を横切ろうとして左転する場合,左舷船首方に佐渡丸が存在するのを知っていたのだから,同船に著しく接近することのないよう,転針方向の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,中ノ瀬航路を航行している大型船の引き波に気をとられ,転針方向の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,左転し過ぎて佐渡丸に向首したことに気付かず,同船を避けないまま進行して衝突を招き,新明丸の船首部に擦過傷を生じさせ,佐渡丸を大破させて廃船させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B受審人の所為は,本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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