(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年8月22日06時42分
静岡県御前崎港北東方沖合
(北緯34度39.6分 東経138度15.3分)
2 船舶の要目
(1)要目
船種船名 |
遊漁船第八福徳丸 |
モーターボートさなみ |
総トン数 |
7.9トン |
|
登録長 |
11.95メートル |
5.37メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
電気点火機関 |
出力 |
330キロワット |
36キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第八福徳丸
第八福徳丸(以下「福徳丸」という。)は,平成4年8月に進水したFRP製小型兼用船で,平日は一本釣りや刺網漁業の漁船として,土曜日,日曜日及び祝日には,航行区域を御前埼付近に限定された近海区域とする最大搭載人員14人の遊漁船として使用されていた。
船体中央よりやや後方に操舵室を設け,同室内には,旋回窓,操舵用磁気コンパス,舵輪,舵角指示器,主機操縦装置,レーダー,GPSプロッタや魚群探知機等が備えられ,同室屋上の操縦席(以下「上部操縦席」という。)には,舵輪,舵角指示器及び主機操縦装置が備えられていた。
同船の船首部には,見張りを妨げる構造物はなかったが,17ノットばかりの速力で航走すると船首が浮上し,操舵室内からは正船首左右各10度の範囲で水平線が死角となっていたが,船首浮上時でも上部操縦席で操船すると船首方に死角が生じなかった。
イ さなみ
さなみは,平成4年9月に第1回定期検査を受けた最大搭載人員6人のFRP製プレジャーボートで,船尾に船外機を装備し,静岡県付近の沿海区域を航行区域とし,平成13年2月にB受審人が購入し,主として御前埼沖合において釣りの目的で使用されていた。
本件当時さなみには,操舵用磁気コンパス,GPSプロッタ,魚群探知機,錨泊船が表示する黒色球形形象物及び笛付き救命胴衣6個等が備えられていたが,音響信号の設備はなかった。
3 事実の経過
福徳丸は,A受審人が船長として1人で乗り組み,釣り客5人を乗せ,遊漁の目的で,船首1.2メートル船尾1.4メートルの喫水をもって,平成16年8月22日01時30分御前崎港を発し,同港北東方約5海里の釣り場でたちうお釣りをしたのち,あじ釣りのため同港西防波堤近くの釣り場に向かうこととした。
06時30分A受審人は,御前崎港西防波堤東灯台(以下「西防波堤灯台」という。)から039度(真方位,以下同じ。)5.4海里の地点で,機関を半速力前進にかけて発進し,針路を220度に定め,17.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で,船首が浮上した状態で,手動操舵により進行した。
A受審人は,平素,船首浮上による死角を補うために上部操縦席で操船に当たることにしていたが,たちうお釣りの間に魚群探知機で魚影を探していたことと,次の目的地が近いこととから,死角が生じた状態であったものの,操舵室内で操船に当たり,船首を左右に振るなり,同操縦席で操船するなりの船首浮上による死角を補う見張りを行わないまま,0.75海里レンジにしたレーダーを時折見ながら進行した。
ところで,A受審人は,たちうお釣りの間,レーダーの電源を切っていたが,あじ釣りに向かう5分前に電源を入れ直したところ,映像は映るものの,休止中にレーダーに湿気が浸入したため警報音とともに,画面の左舷船首5度付近から時計回りに右舷後方にかけて黒い影が生じる状況となっていた。
A受審人は,レーダーの不調により同画面に現れない他船がいるかも知れないことに思い至らず,06時35分左舷前方に2隻の錨泊中の小型船を視認し,間もなく,これらのレーダー映像を左舷前方に認めた際,ほかに映像を認めないので,これら2隻のほか前路に他船はいないものと思い,船首を左右に振るなり,上部操縦席で操船するなりの死角を補う見張りを行わないまま進行した。
06時41分A受審人は,西防波堤灯台から038度2.4海里の地点に達したとき,正船首520メートルのところにさなみを視認することができ,同船が錨泊船であることを示す黒色球形形象物を掲げていないものの,速力がなく,船首方向が変わらないことから,錨泊していることがわかる状況下,その後さなみに向首して衝突のおそれのある態勢で接近したが,前路には左舷前方2隻のほか他船はいないものと思い,船首を左右に振るなり,上部操縦席で操船するなりの死角を補う見張りを十分に行っていなかったので,このことに気付かず,さなみを避けることなく続航中,06時42分西防波堤灯台から038度2.1海里の地点において,福徳丸は,原針路,原速力のまま,その船首がさなみの右舷船首に前方から20度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で風力2の北北東風が吹き,潮候は上げ潮の中央期であった。
また,さなみは,B受審人が船長として1人で乗り組み,同乗者2人を乗せ,釣りの目的で,船首0.2メートル船尾0.3メートルの喫水をもって,同日05時10分御前崎港を発し,05時45分前示衝突地点付近で水深30メートルの海底に四爪錨を投じ,長さ3メートルの錨鎖につないだ化学繊維製錨索を50メートル繰り出して船首部に係止し,船外機を直ちに使用できる状態として,錨泊船が表示する黒色球形形象物を掲げないまま錨泊した。
B受審人は,自らを含む全員が救命胴衣を着用しないまま魚釣り中,06時41分020度を向首しているとき,右舷船首20度520メートルに福徳丸を初認し,同船が自船に向首し衝突のおそれのある態勢で接近することを認めたが,福徳丸が右舷側を幾分多く見せており,そのうち自船を避けるものと思い,直ちに機関を始動して移動するなど,衝突を避けるための措置をとることなく,錨泊を続けた。
06時42分わずか前B受審人は,90メートルに迫った福徳丸が正面を見せながら接近するのを認め,衝突の危険を感じ,同乗者1人と立ち上がって大声を出しながら同船に対して手を振ったが効なく,さなみは020度を向首したまま,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,福徳丸は,船首及び船底に擦過傷と推進器翼に曲損を生じ,さなみは,船首部を大破,操縦席前壁を破損し,後日廃船とされ,同乗者1人が腰椎横突起骨折,肋骨骨折及び頸椎捻挫,他の同乗者1人が両膝打撲を負った。
(本件発生に至る事由)
1 福徳丸
(1)船首が浮上して船首方に死角を生じていたこと
(2)レーダーが正常に作動するよう防湿対策をとっていなかったこと
(3)前路に他船はいないものと思ったこと
(4)船首を左右に振るなり,上部操縦席で操船するなりの死角を補う見張りを行わなかったこと
(5)錨泊中のさなみを避けなかったこと
2 さなみ
(1)錨泊中の船舶であることを示す黒色球形形象物を掲揚していなかったこと
(2)避航を促す有効な音響による信号を行わなかったこと
(3)福徳丸が,そのうち自船を避けるものと思ったこと
(4)直ちに機関を始動して移動するなど,衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(原因の考察)
本件は,釣り場を移動中の福徳丸が,船首方の死角を補う見張りを行っていれば,前路に錨泊中のさなみを視認して避航することは容易であり,発生を回避できたと認められる。
したがって,A受審人が,前路に他船はいないものと思い,船首を左右に振るなり,上部操縦席で操船するなりの死角を補う見張りを行わず,錨泊中のさなみを避けなかったことは,本件発生の原因となる。
福徳丸のレーダーが正常に作動するよう防湿対策をとっていなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
福徳丸の船首が浮上して船首方に死角を生じていたことは,操舵室内から船首方の見張りを妨げることとなるが,船首を左右に振るか,上部操縦席で操船すれば,その死角を補うことができるのであるから,本件発生の原因とならない。
一方,錨泊中のさなみが,衝突のおそれのある態勢で自船に向首接近する福徳丸を認めたとき,直ちに機関を始動して移動するなど,衝突を避けるための措置をとっておれば,本件発生を回避できたと認められる。
したがって,B受審人が,向首接近する福徳丸が,そのうち自船を避けるものと思い,直ちに機関を始動して移動するなど,衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
さなみの全長が7メートル未満とはいえ,錨泊していたところが御前崎港の港外付近で,他の船舶が通常航行する水域であるから,黒色球形形象物を掲げるべきであるとするのが相当である。しかしながら,福徳丸側から見ると,速力がなく船首方向が変わらないことから,さなみが錨泊中であることがわかる状況であったので,同形象物を掲げていなかったことを,本件発生の原因とはしない。
さなみが,避航を促す有効な音響による信号を行わなかったことについては,本件当時使用可能な音響信号が,救命胴衣のポケットに入っていた笛のみであったことから,本件発生の原因とするまでもない。
(海難の原因)
本件衝突は,福徳丸が,静岡県御前崎港北東方沖合において釣り場を移動する際,見張り不十分で,前路で錨泊中のさなみを避けなかったことによって発生したが,さなみが,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,静岡県御前崎港北東方沖合において釣り場を移動する場合,船首方に死角を生じていたから,前路で錨泊中のさなみを見落とすことのないよう,船首を左右に振るなり,上部操縦席で操船するなりの死角を補う見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,前路に他船はいないものと思い,船首を左右に振るなり,上部操縦席で操船するなりの死角を補う見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,錨泊中のさなみに気付かず,これを避けないまま進行して衝突を招き,福徳丸の船首及び船底に擦過傷と推進器翼曲損を,さなみの船首部及び操縦席前壁に破損をそれぞれ生じさせ,同乗者1人に腰椎横突起骨折,肋骨骨折及び頸椎捻挫を,他の同乗者1人に両膝打撲をそれぞれ負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B受審人は,静岡県御前崎港北東方沖合において,釣りの目的で錨泊中,福徳丸が衝突のおそれのある態勢で自船に向首接近するのを認めた場合,直ちに機関を始動して移動するなど,衝突を避けるための措置をとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,福徳丸がそのうち自船を避けるものと思い,直ちに機関を始動して移動するなど,衝突を避けるための措置をとらなかった職務上の過失により,衝突を避けるための措置をとらないまま錨泊を続けて福徳丸との衝突を招き,前示の損傷及び負傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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