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平成16年第二審第33号
件名

旅客船ラ・トルチェ潜水者死亡事件[原審・那覇]

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成17年12月2日

審判庁区分
高等海難審判庁(平田照彦,大須賀英郎,上中拓治,坂爪 靖,長谷川峯清,黒田 勲,堀野定雄)

理事官
長浜義昭

受審人
A 職名:ラ・トルチェ船長 操縦免許:小型船舶操縦士
補佐人
a,b,c,d,e

第二審請求者
受審人A

損害
潜水者・・・死亡

原因
ラ・トルチェ・・・揚収時の安全措置不十分
潜水者・・・くも膜下出血を発症して溺水したこと

主文

 本件潜水者死亡は,荒天下,スキューバーダイビングを終えた者を揚収する際,潜水者が,くも膜下出血の発症により溺水したことによって発生したが,ラ・トルチェが,安全措置を十分にとらなかったことも原因となる。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年1月3日10時55分
 沖縄県伊良部島西方沖
 (北緯24度51.9分 東経125度09.4分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 旅客船ラ・トルチェ
総トン数 10トン
全長 16.50メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 506キロワット
(2)設備及び性能等
 ラ・トルチェ(以下「ラ号」という。)は,平成5年4月に進水した,2機2軸の推進装置を有する,スキューバーダイビングツアーに参加する潜水者の搬送業務に従事する,最大とう載人員24人のFRP製旅客船で,甲板下には,船首方から順に船首格納庫,客室,機関室,船尾格納庫及び舵機庫などを配置していた。
 甲板上には,船首端から5.10メートルの位置に操舵室を配置し,同室後部に便所などが設けられたエントランス,次いで船尾方に長さ1.15メートル幅1.20メートルのスロープ(以下「スロープ部」という。)を有する船尾甲板をそれぞれ設けていた。
ア 操舵室等
 操舵室は,長さ2.40メートル幅2.0メートル高さ1.55メートルで,同室前部の右舷側に,主機遠隔操縦装置,操舵輪,コンパス,GPSなどの操船機器類を備えていた。また,同室上部には,同操縦装置,操舵輪及び操縦席などが備えられたフライングブリッジを配置し,同ブリッジから操船できるようになっていた。
 フライングブリッジの操縦席から船尾方への見通しは,船尾甲板前部の上方に張られたオーニングが視界を遮って船尾端が見えなかったうえ,両舷船尾端から約0.9メートル側方の海面及び船尾端中央部から約5.7メートル後方の海面がそれぞれ死角となっていた。
イ スロープ部
 スロープ部は,船尾方に向かって緩やかに傾斜しており,同部の両舷端に長さ1.15メートル幅0.55メートルの潜水者昇降用階段,続いて両階段の船尾端に幅約0.5メートルのはね上げ式潜水者昇降用ラダー(以下「ラダー」という。)を設けていた。
ウ プロペラ及び舵板の取付け位置
 両プロペラは,直径0.7メートルで,スロープ部の船尾端から船首方に約3メートル,船体中央線から両舷に0.72メートル,船底外板から下方に0.50メートルの位置にそれぞれ取り付けられていた。
 両舵板は,高さ0.60メートル上部幅0.42メートル下部幅0.31メートルで,スロープ部の船尾端から船首方に約2.5メートル,船体中央線から両舷に0.82メートルの位置にそれぞれ取り付けられていた。

3 関係人の経歴等
(1)A受審人
 A受審人は,平成3年5月に一級小型船舶操縦士の免許を取得したのち,同4年4月B社の設立に参加し,同5年5月からラ号に船長として乗り組み,沖縄県平良港を基地として,同県の伊良部島及び下地島周辺でのダイビングツアーに参加する潜水者の搬送などの業務に従事していた。
 そして,A受審人は,潜水者をダイビングポイントに搬送するに当たり,テレビ放送,インターネット及び電話などにより気象情報を入手し,波高4メートル以上及び風速毎秒15メートル以上であれば出港を中止するようにしており,また,出港する際には,ダイビングを終えて疲労した潜水者の揚収を安全,確実に行うことができるよう,南寄りの風向及び波浪の場合には,下地島北方のポイントに,北寄りの場合には,同島南方のポイントに潜水者を搬送するようにしていた。
 ところで,B社は,主にダイビングツアー及びダイビング器具の販売などを営業目的とし,ダイビングインストラクター(以下「インストラクター」という。)2人を擁し,船舶所有者からラ号を用船し,これを運航していた。
(2)潜水者
 平成15年1月3日ダイビングツアーに参加した潜水者は次のとおりであった。
ア C潜水者
 C潜水者は,これまでの潜水回数が245本に達し,そのうち200本以上が宮古島周辺での潜水回数であり,7,8年前からB社の潜水客であった。
 平成14年12月下旬C潜水者は,B社のダイビングツアーに参加するに当たり,同ツアー申込書に,過去に頭部に損傷を受けたことも,てんかん,心臓障害,狭心症,高血圧及び貧血症などの病歴もないこと,及び常用している薬がないこと,並びに同月30日から翌15年1月4日までの予定などをそれぞれ記入し,また,同ツアーに参加中は,体調の悪いときは事前に連絡すること,船長及びインストラクターの指示に従うこと,気象などの悪化で同ツアーを中止,変更することがあることなどを承諾していた。
イ 男性潜水者
 男性潜水者は,医師で,昭和56年7月からダイビングを始め,インストラクタートレーナーの資格を有し,潜水回数が1,000本を超えており,そのうち600本以上が宮古島周辺での潜水回数で,B社のなじみの潜水客であった。また,C潜水者とは,バディを組み合うなど潜水仲間でもあった。
ウ 女性潜水者
 女性潜水者は,これまでの潜水回数が47本で,宮古島周辺でのダイビング経験はなかった。

4 事実の経過
 ラ号は,A受審人ほかインストラクター1人が乗り組み,ダイビングツアーに参加した潜水者3人を乗せ,船首0.6メートル船尾1.2メートルの喫水をもって,平成15年1月3日09時30分少し前平良港下里船だまりを発し,伊良部島北西端から西方約400メートルに位置する干出さんご礁帯北方沖にある,通称クロスホールと呼ばれる,水深が入口で約26メートル,出口で約8メートルの海底洞窟のダイビングポイントに向かった。
 ところで,A受審人は,出港に先立ち,06時30分ごろテレビ放送の気象予報で,九州の南岸に1,020へクトパスカルの発達中の低気圧があり,15ノットの速度で東進しており,同低気圧から南西に伸びる寒冷前線が伊良部島北西方にあって,同島付近では,寒冷前線の通過により昼前ごろから風向が南方から北寄りに変わり,風力が強まって波浪が高まることや宮古島地方に対して強風,波浪注意報が発表されていることを知っていた。
 A受審人は,伊良部島東岸に沿って北上中,沖縄県佐良浜漁港沖を航過した09時45分ごろ風向が南方から西方寄りに変わるとともに,雲の変化などから寒冷前線の通過が気象予報よりも早くなったのを認め,予定していた約40分間のダイビングツアーを終えるころには北寄りの増勢した波浪により船体が大きく動揺して潜水者の揚収が困難となるおそれがあることから,同ツアーの中止を提言したが,なじみの潜水客であったC及び男性両潜水者が昼ごろまでの潜水を強く希望したので,これまで荒天下でも潜水者を揚収することができたので大丈夫と思い,予定していたダイビングポイントに向け航行を続けた。
 ラ号は,10時00分下地島空港管制塔から010.5度(真方位,以下同じ。)4,390メートルの地点に至り,伊良部島北西端から西方に拡延する干出さんご礁帯の約50メートル北方沖の,水深約5メートルの岩礁に予め設置された,直径20ミリメートル(以下「ミリ」という。)長さ約2メートルのロープの先端に取り付けた水中にある係留用ブイに,船首から延出した直径22ミリのロープを連結し,機関を停止して係留し終えた。
 インストラクター及び潜水者3人は,マスク,ウェットスーツ,ベスト式浮力調整器(以下「B・C」という。),レギュレータ,エアボンベ,フィン,ダイビンググローブ,ウエイトベルト,ダイビングブーツ及びダイビングコンピュータなどのダイビング器具を装着し,10時07分海中に入り,クロスホールの入口に向かった。
 A受審人は,10時20分ごろ寒冷前線の通過によって風向が北方に変化し,風速が毎秒10メートルを超えるようになり,北寄りの波浪も次第に増勢して船体の動揺が激しくなったものの,ハンドレールを叩くなどしてインストラクターに浮上を促すことをせず,船首を北方に向けて係留を続け,10時46分ごろ10メートルばかり離れた海面に潜水者の気泡を認め,そろそろ浮上してくると思っていたころ,ラ号の船体が激しい動揺を繰り返すうち,係留用ブイのロープを固定していた岩礁が損壊し,ラ号が風下の干出さんご礁帯に向けて圧流されるのを認めた。
 ところで,A受審人は,ラ号が圧流する状態で潜水者を揚収すると,波浪に翻弄される船体が潜水者に接触するおそれがあったが,備付けの錨を少し沖合に投入し,船体の圧流を防止したうえで,船首を風に立てて船体の動揺を少なくし,船尾からカレントラインを延ばし,同ラインに潜水者を取り付かせるなど揚収時の安全措置を十分に講じることなく,機関を始動して北方沖に向け移動したのち,船首を南方に向けて待機していたところ,10時49分インストラクター及び潜水者3人が順に右舷船首から30度50メートルばかりの海面に浮上したのを認め,左舵を取って船尾部を遊泳しているインストラクターに向けた。
 浮上したインストラクター及び潜水者3人は,インストラクターを先頭として,更にその後方約5メートルに男性潜水者を頂点とし,C潜水者が左後方に,女性潜水者が右後方に,一辺が約2メートルの三角形の隊形を組んで,北寄りの波高4メートルばかりに高起した波浪の影響を受けて船尾を激しく上下,左右に動揺しているラ号に向けて水面移動しているうち,左方に回頭して船首を東北東方に向けながら風下方に圧流されてきたラ号の右舷側ラダーにインストラクターが取り付き,次いで男性潜水者が,打ち寄せる激しい波浪に抗しながら左舷側ラダーにたどり着き,先に上がり終えたインストラクターの支援を受けながらラダーを上がった。
 また,女性潜水者は,右舷側ラダーにたどり着いたが,波浪に翻弄され,1人では上がることができず,インストラクターと男性潜水者の2人が女性潜水者の乗船の支援を始めた。
 C潜水者は,ラ号の船尾方に占位したとき,同船が風浪を受けて西南西方に毎分約10メートルの速度で圧流され,自分に接近する状況にあったが,女性潜水者が船上に引き上げられるのに少し時間がかかるものと思い,海面に顔をつけるなどしてラ号から目を離していたところ,ラ号が近くに接近したことに気付かず,10時54分圧迫感を感じて,顔を上げたとき,波浪で激しく動揺するラ号の右舷側後部船底を認め,潜水して水中に避難しようとB・Cの空気を排出しているとき,船底が頭部及び顔面に激突し,右側頭部に頭骨に達する裂傷等を負い,マスクが外れ,残圧計ホース取付け部が切断し,レギュレータが損傷したこともあって,エアボンベの空気を吸引することができない事態となり,精神的動揺をきたして血圧が著しく上昇するかして,くも膜下出血を発症し,多量の海水を飲み込みながらも,小さく手足を動かして,同船の船底を替わして右舷方に離れたのち,10時55分嘔吐しながら意識を失った。
 当時,天候は曇で風力6の北北西風が吹き,海上には高起した波高4メートルの北寄りの波浪があり,潮候は下げ潮の中央期であった。
 A受審人は,女性潜水者の揚収を確認してラ号のフライングブリッジの操縦席に上がったとき,下地島空港管制塔から010度4,370メートルの地点において,C潜水者が,右舷後部至近の海面に,マスクが外れた顔面から出血しながら浮上してくるのを発見し,船尾甲板にいたインストラクターに救助を指示し,同人がC潜水者をラ号に引き寄せて男性潜水者とともに船上に引き上げ,C潜水者に対し,男性潜水者及び女性潜水者が心肺蘇生術などの救急救命措置を行い,その後,推進器に絡まった係留索を錨泊して取り除き,救急車を手配するとともに平良港下里船だまりに急行した。
 C潜水者は,待機していた救急車で病院に搬送されたが,右側頭部に頭骨まで達した長さ4.5センチ幅0.7センチの,及び右眼窩部に長さ5.8センチ幅0.8センチの各裂傷などを負い,大脳左半球にくも膜下出血を発症した状態で,12時30分死亡が確認され,溺死と検案された。
 また,C潜水者が装着していたダイビング器材のうち,マスクを紛失したほか,残圧計高圧ホースがファーストステージ取付けネジ部で,及び中圧ホースのファーストステージ取付け部で,それぞれ切断し,使用していたエアボンベにラ号の船底部に塗装されていたピンク色の塗膜片が付着していた。

(本件発生に至る事由)
1 C及び男性両潜水者がB社の常連であるとともに熟練者であったこと
2 荒天下,スキューバーダイビングが行われたこと
3 ダイビングポイントが北からの大きな波浪を直接受けるところであったこと
4 潜水を中止しなかったこと
5 係留索をとっていた岩礁が損壊したこと
6 揚収時の安全措置が講じられなかったこと
7 C潜水者にくも膜下出血が発症したこと

(原因の考察)
 本件は,荒天下,沖縄県伊良部島西方の干出さんご礁帯の北方沖において,スキューバーダイビングを終えた潜水者をラ号に揚収中,C潜水者が死亡したもので,その死因は溺死と検案されたが,同人は,右側頭部及び右眼窩部に裂傷などを負っていたほか,大脳左半球に限局的なくも膜下出血を発症しており,その原因等について検討する。

1 C潜水者のくも膜下出血の発症について
(1)C潜水者の体調
 男性潜水者が当廷において述べたところによれば,C潜水者は,昨年秋ごろから家族,仕事の関係などで心労が重なる状況が続き,体重が10キログラム余り痩せていたとのことであるが,同人は,てんかん,心臓障害,狭心症,高血圧及び貧血症の病歴はなく,年末の30日に来島し,翌日からスキューバーダイビングを行い,1月2日の夜は遅くならないよう健康管理に気を付け,酒もあまり飲んでいなかった。そして,翌3日は,最初の1本目のダイビングであり,疲労等による血圧の上昇は考え難い状態であった。
(2)C潜水者の遊泳模様
 C潜水者は,潜水を開始してから終えて浮上するまで,そして浮上後,インストラクターを先頭として,その後方約5メートルに男性潜水者を頂点とする一辺が約2メートルの三角形の隊形で,同潜水者の左側をラ号に向かって遊泳していたが,この時点までは,その行動に何らの異常はなかった。
(3)C潜水者の潜水技能
 C潜水者は,これまで約10年間潜水を行い,潜水のボンベ数では245本に達しており,そのうち,200本以上が宮古島周辺で,その経験,技能,土地勘は十分なものがあり,ベテランの男性潜水者は,C潜水者のダイビング技能について,資格は初級であったが,技量としては上級に見ていた。
(4)ラ号の動揺,圧流状況について
 潜水者が浮上したときは,毎秒10メートルを超える北風が吹き,波高が4メートルに達する状況下で,ラ号は上下,左右に大きく,激しく揺れるとともに,1分間に10メートルばかり西南西方に圧流されていて,仮に,潜水者がラ号から5メートル離れていたとしても30秒後にはラ号の船尾が潜水者に接触する状況にあった。
(5)くも膜下出血発症の推定
 鑑定要旨写中,「脳において,左大脳半球には軽度の限局的なくも膜下出血があり,髄液は血性である。」の記載があり,C潜水者がくも膜下出血を発症していたことは,まぎれもない事実である。
 くも膜下出血の発症理由としては,脳内の血管に発生した脳動脈瘤の破裂によるもの,過重な労働による精神的・肉体的負担やパニックによる一過性血圧上昇によるもの,外傷によるもの等が指摘されており,本件で生じた裂傷は頭骨まで達していたものの,出血に直接影響はなかったことが認められている。
 当時は,荒天で,ラ号の船体は,大きく上下,左右に激しく揺れており,相当なスピードで圧流されていたのであるが,C潜水者は,女性潜水者の乗艇をインストラクターと男性潜水者が協力し,支援しているのを見て,少し時間がかかりそうであったことから,顔を海面につけて海底の珊瑚などを眺めるなどしていたところ,圧迫感を覚え,ふと顔を上げたところ風浪に圧流されたラ号の船尾が自分に急迫しているのを認め,その後船底が頭部や顔面に激突する緊急事態となり,パニックに陥って血圧が著しく上昇するかして大脳左半球に限局的なくも膜下出血が発症したものと推定することができる。
 確かに,血管に発生していた脳動脈瘤の破裂は,通常の生活状態においても生じることであるから,くも膜下出血の発症にラ号の急迫が不可欠の条件であるとか,このことが引き金になったとの断定はできないが,少なくとも,C潜水者にとっては,ラ号とは数メートル離れているものと思ってゆったりした気持ちでいたとき,突然,予想もしていなかったラ号の接近を目の当たりにし,その後船底が頭部,顔面に激突する状況になれば,瞬間,驚愕とパニックにより血圧が著しく上昇することは十分予測できるところである。

2 B・Cの損傷について
 C潜水者が着用していたB・Cの背中上部の裂け目については,同人が浮上してラ号に向け,水面移動中には異常が認められなかったこと,男性潜水者に対する質問調書中,「同裂け目は決して潜水中に生じる箇所ではなく,C潜水者を船に引き上げ,B・Cを外したあとに生じたものと考えられる。」旨の供述記載にあるように,潜水中においては,浮遊物などとの接触により生じることは考えられず,同裂け目が生じた箇所に相対するウェットスーツに異常がないところから,B・Cの損傷は,C潜水者が船に引き上げられたのちに生じたものとするのが相当である。

3 荒天下の潜水実施と揚収時の安全措置について
(1)船体の圧流防止等安全措置を講じなかったこと
 A受審人は,係留用ブイの岩礁が損壊したとき,ラ号に約10キログラムの錨と長さ約50メートルの係留索を備えていたのであるから,水深の適当なところに錨を投入して船体の圧流を防止するとともに船尾からカレントラインを流す等の安全措置をとるべきであった。
 そうしていたなら,ラ号は船首が風浪に立つ態勢となり,船体の動揺も軽減でき,インストラクター,男性潜水者,女性潜水者次いでC潜水者が,順次,船尾からのカレントラインを利用して容易にラダーに取り付き,安全かつ迅速にラ号に乗船することができた。それは,男性潜水者の原審審判調書中,「係留ロープが外れなければ全員楽に乗船でき,本件は発生しなかったと思う。」旨の供述記載とともに,錨泊の状況についての報告書写中,「ラ号はC潜水者を揚収後,11時10分ごろから13分ごろまでの間,現場を少し移動して錨泊し,プロペラに絡まったロープを取り外す作業をスムーズに行った。」旨の記載にあるように,投錨して船体の圧流を防止することは可能であり,こうした措置をとっていたなら,C潜水者は,ラ号の船尾と一定の間隔を保持しながら主体的に行動がとれ,そして,投錨によって船首が風浪に立つことから,動揺が大きく軽減され,カレントラインを使用するなどして容易に乗船することができたのである。
 このことは,仮に,C潜水者が浮上直後にくも膜下出血を発症していたとしても,インストラクターが乗船したとき,ほかの三人は,ラ号の船尾にいたのであるから,C潜水者を優先的に直ちに収容することができ,海水を飲み込むことはなかった。
(2)荒天となったとき潜水を中止しなかったこと,及びダイビングポイントが北側であったこと
 A受審人は,天候の悪化を予想し,潜水者に中止を提言したが,結局,予定のポイントに向かうこととなったのであるが,このことは,潜水者に対して安全な潜水の提供ではなく,幾分なりとも危険性のある潜水ポイントを選択したのであるから,A受審人としては,その危険性について具体的に想定し,それに対処する措置を講ずる必要があった。
 例えば,一つは水中のブイロープの切断・岩礁の損壊であり,一つは機関の損傷や推進器の絡縄である。そうしたときには,先に検討したように,船体の圧流を防止し,その動揺を少しでも軽減する措置を早急に実施すべきであった。
 そうしたことが講じられていたなら,C潜水者の溺死は,回避できた蓋然性は高かったのであるから,荒天となったとき潜水を中止しなかったこと,及びダイビングポイントが北側であったことは,あえて原因とするまでもない。
 しかし,A受審人が,スキューバーダイビングを業として営むB社の社員で,かつ,ラ号の船長の立場にある者としては,スキューバーダイビングを安全かつ健全な海洋レジャーとして発展成長させる視点からみたとき,荒天が予測される状況下では,潜水の中止や潜水ポイントの変更がなされるべきであり,今後は,こうした安全確保の措置が順守されるべきである。
(3)潜水者が常連客で熟練者であったこと
  男性潜水者やC潜水者が常連客で熟練した技能を有していたことは,A受審人に彼らなら大丈夫であるとの気持ちを生じさせ,このことが,荒天を予想しながら潜水を実行したこと,圧流防止の措置をとらないで揚収しようとしたことに多分に作用していたものと推定される。
(4)係留索をとった岩礁が損壊したこと
 岩礁が損壊しなかったならば,A受審人としても,精神的にも,時間的にも余裕があり,潜水者の動向を十分監視でき,不測の事態に積極的に対応することが期待できた。
 ただ,このことは,荒天下の潜水を選択した以上,船長としては予測すべきことであり,A受審人は,過去,何回か経験していたのであり,そして,投錨することによって代替的措置がとれたのであるから,このことは,原因とするまでもない。

(海難の原因)
 本件潜水者死亡は,強風,波浪注意報が発表されている状況下,伊良部島西方の干出さんご礁帯北方沖にあるダイビングポイントにおいて,ラ号が係留ブイの索が外れ,強風と高い波浪で船体が大きく,激しく揺れる状況で潜水者を揚収する際,潜水者が,くも膜下出血の発症により溺水したことによって発生したが,ラ号が,少し沖合に投錨して船体の圧流を防止し,船首を風に立てて船体の動揺を軽減し,カレントラインを延ばし,同ラインに潜水者を取り付かせて船上に上げるなどの揚収時の安全措置を十分にとらず,停留してダイビングを終えた潜水者を揚収中,激しく動揺しながら圧流される船体を,大波に翻弄されながら船上に上がる機会を窺っていた潜水者に接触させたことも原因となる。

(受審人の所為)
 A受審人は,強風,波浪注意報が発表されている状況下,伊良部島西方の干出さんご礁帯北方沖にあるダイビングポイントにおいて,ラ号を係留していたブイの索が外れ,強風と高い波浪で大きく,激しく揺れる状況下でダイビングを終えた潜水者を揚収しようとした場合,停留の状態では,激しく揺れながら圧流する船体と潜水者が接触するおそれがあったから,少し沖合に投錨して船体の圧流を防止し,船首を風に立て,船体の動揺を軽減し,カレントラインを延ばし,同ラインに潜水者を取り付かせて船上に上げるなど揚収時の安全措置を十分にとるべき注意義務があった。しかしながら,同人は,停留したまま何とか潜水者を揚収できるものと思い,揚収時の安全措置を十分にとらなかった職務上の過失により,停留して潜水者を揚収中,波浪の影響で激しく動揺しながら圧流される船体を,大波に翻弄されながら船上に上がる機会を窺っていた潜水者に接触させ,右側頭部に頭骨に達する裂傷等を負わせるとともに,このこと又はほかの理由によって大脳左半球に軽度の限局的なくも膜下出血が発症し,海水を飲み込んで溺死させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

  よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文 平成16年8月31日那審言渡
 本件潜水者死亡は,強風,波浪注意報が発表されている状況下,ダイビングポイントに向け航行中,寒冷前線の通過が気象予報よりも早くなったのを認めた際,ダイビングツアーを中止しなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。


参考図1
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参考図2
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参考図3
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